著者
佐々木 正人
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.46-62, 2011 (Released:2020-07-09)

床の上に仰向けに置いたカブトムシが,様々な物など,周囲の性質を使って起き上がる過程を観察した。床の溝,タオル,うちわ,鍋敷,チラシ,爪楊枝,リボン(細,太),ビニルヒモ,ティッシュ,T シャツ,シソの葉,メモ用紙,割り箸,フィルムの蓋を起き上がりに利用する虫の行為が記録された(図 1~17)。周囲の性質で起き上がりに利用されたのは,物の網目状の肌理,床とその上に置かれた物の縁・隙間,穴上の陥没,抱え込んで揺らすことのできる物,床とひも状,棒状,円形状の物がつくる隙間であった。これらの観察をまとめるとカブトムシの起き上がりが,1)「地面-単一の脚」(図 18a),2)「変形する物-複数の脚・湾曲した背-地面」(図18b),3)「固い物-複数の脚・湾曲した背-地面」(図 18c)の 3 種の環境-行為系の創発として記述できることが明らかになった。
著者
伊藤 万利子 三嶋 博之 佐々木 正人
出版者
日本認知科学会
雑誌
認知科学 (ISSN:13417924)
巻号頁・発行日
vol.21, no.3, pp.325-343, 2014-09-01 (Released:2015-05-12)
参考文献数
31

We examined the relationship between dexterity and movement to facilitate picking up visual information in a skilled task, the kendama trick of “swing-in.” Two kendama experts performed the swing-in motion while wearing liquid crystal occlusion goggles in the control and experimental (occluded) conditions. Occlusion glasses were open in the control condition, but open and closed at pre-set intervals in the occluded condition. After practice, the results identified a preference for seeing of the zenith of the ball trajectory for both experts at all levels in the occluded condition. Ball movement in the anterior-posterior axis for both experts was larger in the occluded than in the control condition, and was changed by the opening time of the goggles for expert A. Head movement in the vertical axis for both experts was longer in the occluded than in the control condition, but changed by the goggle’s intervals for expert B. Ball velocity with the coordinate origin at the head for both experts was nearly constant when the ball trajectory was near the zenith in both conditions and when the goggles were open in the occluded condition. However, the orientation of the head was longer in the occluded than in the control condition. These findings suggest that both experts detected optical information for catching the ball when the ball trajectory was near its zenith in intermittent viewing conditions,and that it is easier pick up this information in the occluded condition due the longer duration of the nearly constant relative velocity of the ball. Both experts adjusted their actions to easily detect the necessary optical information under visual constraints, al-though expert A adjusted the movement of the ball and expert B adjusted his head movement to the goggle’s opening intervals.
著者
村田 純一 河野 哲也 染谷 昌義 池上 高志 長滝 祥司 吉澤 望 石原 孝二 柳澤 田実 佐々木 正人 三嶋 博之 工藤 和俊 柴田 崇 丸山 慎
出版者
立正大学
雑誌
基盤研究(B)
巻号頁・発行日
2009

わたしたちの生活はつねに多様な人工環境によって支えられている。この「人工環境・内・存在」のあり方を生態学的現象学、技術哲学、生態学的心理学、さらには、認知科学や建築学などの知見を利用して解明すること、これが第一に取り組んだことである。第二に、この知見に基づいて、バリアフリーデザイン、ユニバーサルデザイン、そして、人間中心設計などの設計観の意義を明らかにし、具体的な人工物の製作過程への応用可能性を検討した。
著者
西尾 千尋 工藤 和俊 佐々木 正人
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.73-83, 2018 (Released:2020-06-20)
参考文献数
30
被引用文献数
3

乳児が一歩目を踏み出すプロセスを明らかにするために,乳児3名について家庭で観察を行った。独立歩行開始から1ヶ月以内の自発的な歩行を対象に,歩き出す前の姿勢,手による姿勢制御の有無,一歩目のステップの種類,物の運搬の有無の4つの変数を用いて歩き出すプロセスを分析した。まず乳児ごとに歩き出すプロセスを分析したところ,立位から正面に足を踏み出すだけではなく,ツイストして一歩目から方向転換をする,物を拾い立ち上がりながら一歩目を踏み出すなど多様なプロセスが現れた。最も頻繁に用いたステップの種類はそれぞれ異なり,各乳児に特徴があった。さらに,それぞれの部屋において,乳児が歩き出した場所と歩き出しのプロセスの関係について検討したところ,歩き出す前に進行方向と同じ方向を向いているのかどうか,その際に姿勢を保持するのに利用出来る家具があるのかどうかにより足を踏み出す方法が制約されていることが示唆された。歩行という運動の発達を,個体とそれを取り巻く部屋という環境から成る一つのシステムに現れるタスクとして捉えられることについて考察した。
著者
西尾 千尋 青山 慶 佐々木 正人
出版者
日本認知科学会
雑誌
認知科学 (ISSN:13417924)
巻号頁・発行日
vol.22, no.1, pp.151-166, 2015-03-01 (Released:2015-09-15)
参考文献数
21
被引用文献数
1

This longitudinal research examined an infant’s walking in the house for three months from the onset of walking, in order to describe where the behavior typically occurred. The beginning and end of locomotion were defined, and units of locomotion broken down into three aspects: 1. the posture at the beginning and the end of one unit, 2. locations where the locomotion began and concluded, and 3. paths of locomotion. The results for each of these aspects of locomotion were as follows, 1. Locomotion started from a sitting position in which the infant frequently touched the small objects coin-cided with carrying it at 80%. 2. From the erect position walking tended to commence in the surrounding area where the infant could hold on to items for support. 3.Loco-motion in one room was observed most frequently, though locomotion that crossed into other areas increased in the latter half of the three-month observation period. Travel diversified among areas that afforded the infant various activities, including passing through the area. However, some paths were frequently observed. These results sug-gest that the locomotion is conditioned by information of the surroundings, and the development of infant locomotion is characterized by the increasing connections to a variety of places in the house.
著者
佐分利 敏晴 佐々木 正人
出版者
バイオメカニズム学会
雑誌
バイオメカニズム学会誌 (ISSN:02850885)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.56-60, 2004 (Released:2005-02-23)
参考文献数
16

機械論的世界観や決定論に基づいて自然科学になろうとした心理学は,同じ世界観から成立した物理学と同じ運命をたどり,心と身体を分離し,心を身体(自然)から排除するか,心を機械的な身体の支配者とするか,どちらかの結論に追い込まれた.この方法では,ヒトを含めた高等動物の行為の能動性や創造性をその領域で扱うことができない.極端な場合,それらは神秘的なものとなってしまう.このジレンマに陥らないためにも,身体と心,身体と知覚と行為は同時に扱われるべき事柄,事象であると考える必要がある.この事象を分析する論理と手段の一つとして,生態心理学がある.
著者
佐々木 正人 渡辺 章
出版者
一般社団法人 日本教育心理学会
雑誌
教育心理学研究 (ISSN:00215015)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.182-190, 1984-09-30 (Released:2013-02-19)
参考文献数
24
被引用文献数
5 4

ほぼすべての日本人成人に観察される空書行動 (単語等の想起時の手指による書字類似行動・動作) が漢字文化に起源を持つとする仮説を検討するために, 日本と同一の漢字圏, そして非漢字圏からの留学生を対象として 5つの実験が行われた。結果は以下のようであった。1) 日本と同様に母国語の文字体系に漢字を有する中国語話者では, すべての者 (21名) に漢字課題解決時の空書の自発が観察された。2) 中国語を母国語とする者においては, 日本人成人に見られたと同様な空書行動の漢字問題解決促進効果が確認された (FIG. 1)。3) 3種の英単語課題 (単語綴り順唱, 逆唱, 欠落英単語完成課題) 事態で日本人 (83名) と非漢字圏からの留学生 (23名) を対象に空書行動の出現の有無が観察された, 結果, 英単語事態での空書の自発は, ほぼ日本人に限定しうることが明らかとなった (FIG. 4)。4) 英単語完成課題を用い空書行動の機能を日本人と非漢字圏で比較した。結果は空書の英単語想起効果は同事態で空書の出現した日本人のみに見られることを示した。非漢字圏では空書行動を求める手続は, むしろ妨害的ですらあった (FIG. 2)。5) 中国語を母国語とする者を対象とし, 3) と同様な英単語課題事態で空書の出現が観察された。彼等にも日本人同様にすべての課題で空書の自発が見られたが, その出現率には日本人と微妙な差異が見られた (FIG. 4)。以上の結果が空書行動の「漢字文化起源説」及び比較文化認知心理学との関連で議論された。また, 日本人の漢字圏における特殊性が指摘された。
著者
佐々木 正人
出版者
東京大学
雑誌
基盤研究(C)
巻号頁・発行日
2007

ある課題を行うときには、その目的の動作とともにそれを支える姿勢が制御されている。姿勢は課題によって調整されるものであり、課題の達成を促進するものであるということが明らかになっている。この身体の習慣の成立を二つの研究で検討した。第1の研究では、配置を変化させる行為の柔軟性のダイナミクスの問題をめぐって,画家の描画行為を検討対象とし,ビデオ観察では記述することが難しい身体運動の時間変化のパターンを3次元モーションキャプチャーシステムによって計測し,非線形時系列解析などの手法を用いた検討を行った.分析の結果,自然な状況でブロンズ像のデッサンを行う二人の画家において,左右に配置されたモチーフと画面の両方を見るという課題を解決する仕方が,画面の変化と描画の進行にともなってダイナミックに変化していることが示された.また,描画行為が埋め込まれた周囲と身体との関係に目を向けると,モチーフを固視する頻度や画家の身体運動は,行為が埋め込まれた周囲のモチーフや画面の配置および画面の変化と独立した要素ではなく,進行中の描画の状況と,環境のさまざまな制約との関係において共起する複数のプロセスのせめぎあいの結果として生じているものであることが示唆された.従来の描画行為の研究のように(e.g., Cohen, 2005),"モチーフを見る頻度"といった単一の変数を切り取ることからは見えない柔軟性の側面が,配置(持続するモチーフと画面の配置,および変化する画面上の線の配置)と行為の組織(見る行為と,鉛筆の動きを画面上に記録する行為)という全体の構造に注目することで浮かび上がってくることを実証的に示した.第2研究では、複雑な視覚-運動課題であると考えられるけん玉操作の事例をとりあげ、熟練者群と初心者群との姿勢の比較を通して、こつを必要とする技において姿勢がどのように制御されているのか、その特徴を明らかにすることを目的とした。研究ではけん玉の技の一つであるふりけんを運動課題として設定した。実験には、けん玉の初心者・熟練者各4名が参加した。初心者群は実験を行う前にふりけんを実行したことがなかった。熟練者群の参加者はみな、日本けん玉協会で実力が最高レベルに達していると認定されていた。実験参加者はふりけんを20回を1ブロックとして10ブロック、合計200回のふりけん試行を実行した。実験参加者のふりけん動作とけん玉の運動が3次元動作解析装置により記録された。分析によると、頭部・膝の運動ともに熟練者群のほうが初心者群よりも単位時間あたりの変化量が大きかった。頭部運動と膝の運動の速度ピークについても、基本的に熟練者群のほうが初心者群よりも大きかった。頭部の運動に関しては、特に垂直方向への運動の違いが両群で顕著であった。玉と頭部のカップリング、玉と膝のカップリングについては、両方とも熟練者群の方が初心者群よりも強かった。各ふりけん試行の最終時点における頭部と玉との距離・膝と玉との距離が試行間で一貫しているのかを調べたところ、頭部と玉との距離については、熟練者群のほうが初心者群よりも試行間でのばらつきが小さかったが、膝と玉との距離については、両群でそのばらつきは変わらなかった。以上の結果から、初心者群では運動する玉に対して身体の姿勢はスタティックなものであったのに対し、熟練者群では運動する玉に頭部・膝がダイナミックに協調するような姿勢を採用していたと言える。
著者
佐々木 正人
出版者
日本生態心理学会
雑誌
生態心理学研究 (ISSN:13490443)
巻号頁・発行日
vol.14, no.1, pp.113-141, 2022-05-01 (Released:2022-06-27)
参考文献数
41

こんにちは,佐々木です.日本生態心理学会20 周年おめでとうございます.この機会を記念して何か話すようにご依頼いただきました.パワポを用意しました.はじめに本会創設の頃を短く振り返ります.次にエコロジカル・アプローチについて,自分のフィールドでの経験も紹介しながら,身体,場所,モノの3 つをテーマに話します.
著者
小林 勝法 佐々木 正人
出版者
文教大学
雑誌
文教大学国際学部紀要 = Journal of the Faculty of International Studies Bunkyo Univesity (ISSN:09173072)
巻号頁・発行日
vol.20, no.2, pp.113-133, 2010-01-01

The purpose of this study is to clarify the role that the travel industries played a popularization of skiing in Japan. At fi rst, we clarify the components and the relative industries of the leisure skiing. And we made the history chronology of leisure skiing that is composed of skiing, other sports, the ski areas, leisure, the travel industries, and the society and the cultures. The development of skiing is quantitatively clarifi ed from the statistical materials, and it has been clarifi ed that the most advanced by popularize time is between 1995 and around 1980. And, historical research topics were extracted as follows; (1) The travel industries: How have the travel agencies supported the popularization of skiing? (2) The traffi c industries: How have the traffi c industry companies supported the popularization of skiing? (3) The lodging industries: How have the inn, the hotel, the bed and breakfast, and the resort condominium, etc. supported the popularization of skiing?
著者
西崎 実穂 野中 哲士 佐々木 正人
出版者
日本質的心理学会
雑誌
質的心理学研究 (ISSN:24357065)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.64-78, 2011 (Released:2020-07-08)
被引用文献数
1

本研究は,高度な経験を有する描画者による,一枚のデッサンの制作過程を分析することを目的とした。対象の特徴を捉え,形状や質感,陰影を描くという客観描写としてのデッサンは,通常数時間を要する。本研究では,制作開始から終了までの約 2 時間半,描画者によるデッサンの描画行為の構成とその転換に着目し,制作過程に現れる身体技法を検討した。結果,描画行為を構成する複数の描画動作パターンの存在と時間経過に伴う特徴を確認した。特に,観察を前提とした客観描写に重点を置くデッサンにおいて,「見る」行為の役割を,姿勢に現れる描画動作の一種である「画面に近づく/離れる」動作から報告した。デッサンにおいて「見る」という視覚の役割は,姿勢の変化に現れると同時にデッサンの制作過程を支えていることが示された。
著者
佐々木 正人 鈴木 健太郎
出版者
心理学評論刊行会
雑誌
心理学評論 (ISSN:03861058)
巻号頁・発行日
vol.37, no.4, pp.454-472, 1994 (Released:2019-07-24)
被引用文献数
4
著者
渋谷 友紀 森田 ゆい 福田 玄明 植田 一博 佐々木 正人
出版者
日本認知科学会
雑誌
認知科学 (ISSN:13417924)
巻号頁・発行日
vol.19, no.3, pp.337-364, 2012 (Released:2014-10-10)
参考文献数
41
被引用文献数
3

In Japanese traditional performing arts, “breathing” is consideredone of the most fundamental techniques. Recent studies reveal that breathing is not synchronized with body action in masters or experts in Kyogen and Kabuki, Japanese traditional performing arts. This result contrasts sharply with the report that, with growing proficiency,breathing becomes synchronized with body actionin sports and Western dances. Bunraku,which is also one of the Japanese traditional performing arts, is a form of puppet theater in which three puppeteers cooperatively maneuver one puppet. Bunraku has thus different characteristics from Kyogen and Kabuki; the body (puppet) that performs actions is different from thebodies (puppeteers) that control the actions. Therefore we can expect to find, in Bunraku, a relation between body action and breathing which is different fromthat in Kyogen and Kabuki. In this paper, we clarified relation between body action and breathing in Bunraku puppeteers and compared it with that found in Kyogen and Kabuki. Two Bunraku puppeteers who were different in career (one puppeteer’s career spanned 31 years while the other puppeteer’s career spanned 13 years)participated in our experiment: We asked them to execute the following three tasks; the first task was to perform basic actions called Kata with a familiar puppet, the second was to perform the same basic actions with an unfamiliar puppet, and the third was to perform an actual Bunraku play both to the music by shamisen and to the narration by Tayu. In order to clarify whether or not a puppeteer’s breathing was synchronized with his body action, we investigated the correspondence between his breathing phases and the puppet’s motions in performance aswell as the periodicity and stability of his breathing by analyzing autocorrelation of and applying Fourier analyses to breathing curves. As a result breathing was found less synchronized with body action for the more experienced puppeteer with 31 years career than for the less experienced puppeteer with 13 years career. When they executed the first and third tasks, in addition, the more experienced puppeteer showed more periodic and stable breathing patterns than the less experienced puppeteer did. These findings are consistent with the previous ones found in Kyogen and Kabuki. On the other hand, a clear difference in breathing pattern between the two puppeteers was not found when they did the second task, which is not necessarily consistent with the finding in Kyogen and Kabuki. Along with the previous findings, the results suggest that a common breathing technique may be used among Japanese traditional performing arts, Kyogen, Bunraku and Kabuki.
著者
佐々木 正人
出版者
一般社団法人 日本発達心理学会
雑誌
発達心理学研究 (ISSN:09159029)
巻号頁・発行日
vol.22, no.4, pp.357-368, 2011-12-20 (Released:2017-07-27)
被引用文献数
3

乳幼児が屋内で出会う複数の段差が行為に与えることについて縦断的に観察した。観察した段差は,ベビー布団と床との縁,床上の建具突起,浴室や洗面所への境界にある段差,ベッド,ソファー,父親の膝,子ども用イス,階段であった。各段差はユニークな性質をもつことを,乳児の行為の柔軟性が示した。素材,高さ,形状,周囲のレイアウトの中での位置などから,各段差の意味について考察した。42の事例からこの時期の段差にまつわる行為を記号化し,それを一枚の図に表示した(Figure 23)。段差と行為からもたらされる系は,「落下」「繋留」,「飛越」に大別できることが明らかになった(Figure 24)。3種の系を発達の図にマッピングして(Figure 25)考察した。これらの段差に包囲されることが,移動を開始するまでの0歳児の行為の発達に多様性と制約をもたらすことが示された。
著者
伊藤 万利子 三嶋 博之 佐々木 正人
出版者
日本認知心理学会
雑誌
日本認知心理学会発表論文集
巻号頁・発行日
vol.2010, pp.23, 2010

本研究では、けん玉の技の一つであるふりけんの事例を通して、視覚―運動スキルを必要とする動作における姿勢調整について検討した。実験では、けん玉の熟練者4名と初心者4名にふりけんを200試行行ってもらった。ふりけん動作時の実験参加者の身体運動(頭部、膝)と玉の運動は、3次元動作解析装置によって記録された。分析によると、頭部・膝の運動ともに熟練者群のほうが初心者群よりも大きかったが、熟練者の運動のほうがより玉の運動と協調していた。特に各ふりけん試行の最終時点に注目すると、熟練者群のほうが初心者群よりも頭部運動と玉の運動のカップリングは強かったが、膝の運動と玉の運動とのカップリングの強さは両群で変わらなかった。以上の結果から、熟練者群では運動する玉に対して頭部が動的に協調するように姿勢を調整していたのに対し、初心者群では玉に対して頭部を静的に安定させた姿勢でふりけんを行っていたと考えられる。
著者
佐々木 正人
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.64, no.3, pp.317-326, 1997-09-30 (Released:2007-12-27)

筆者らは参加観察とインタビューで重度の視覚障害者のナヴィゲーションについての情報について検討している。たとえば、通路が交差するところでの独特な音響的構造によって通路の転換点を知覚することができる。また足裏の接触感の連続によってルートの延長を知覚できる。盲人も、視覚に障害がない者も、このように環境に偏在し、埋め込まれている情報によってナヴィゲーションが可能になっているが、伝統的な盲人の認知研究ではこのような環境に存在する情報については無視してきた。その理由は一つの光学理論にある。ルネッサンス以来、西欧の視覚理論は、イメージが視覚の原因であると考えられてきた。デカルトは幾何光学の方法で、眼球の後ろに外界と類似した像が映っているとするこの考え方をしりぞけ、視覚の像理論を否定した。彼は、像に変えて、視覚刺激に由来する微小な運動が視覚の原因であるとした。彼の転換によって視覚の理論は無意味な運動刺激を解釈する「心」という機構を必要とすることになった。このような光学の「記号化」が、特殊な盲人という問題を登場させた。それは無意味な刺激と意味深い情報との関係という問題であり、制限された刺激が盲人の思考にどのような問題を引き起こすのかという問題であった。この文脈では盲人の問題は非常に狭く設定された。アメリカの心理学者ギプソンは、物理的エネルギーとしての光と、視覚刺激としての光と、視覚情報としての光を区別した。彼はその生態光学によって、環境に存在する視覚の情報としての包囲光を問題にした。放射光が多重に反響した状態である照明が環境には満ちている、この照明光はすべての観察点を包囲する光の基礎となる。この光は環境の表面の構造に依存しており、知覚の情報となる。構造化した包囲光がナヴィゲーションをガイドする。図1には弱視の女性の事例を示した。環境に意味の存在を認める生態光学を基礎とすることで、盲人の認知の研究は、デカルト光学の設定した境界をこえることができ、この問題への多元的理解に接近することができる。