著者
高橋 英次
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.79, no.3, pp.259-286, 1971 (Released:2008-02-26)
参考文献数
15
被引用文献数
7 9

アジアおよびヨーロッパにおける身長の地理的分布および東アフリカにおける部族の身長と環境要因との関係を検討した.アジア地域については,MARTIN-SALLER の人類学教科書に所載のアジア諸地域住民の平均身長を利用した.測定年次•被検数•標準偏差などの記載のないものが多いが,他に適切な資料がえられないのでこれを使用した.身長分布の地域差の大きい印度およびその周辺地域では,西パキスタンを含む北西部地方の砂漠•乾燥地帯が一般に長身で165cm 以上を示すが,これに対して東部ガンジス河流域からビルマにかけて,また南インド•セイロンにかけてはすべて165cm 未満であり,山間部族のうちには155cm 末満のものもある.この地方は気候的には降水量が多く,概して稲作地帯に属する.シベリア北部では冬季狩猟•夏季漁撈を行う種族が多いが,牧畜は行っていない.中緯度地方に向うにしたがって半ば定着した遊牧民や農耕民が居住するが,これらシベリア以北の住民の平均身長はすべて155~164cm の範囲内にある.日本列島および朝鮮半島を含む極東地域住民も同じ範囲の中位身長を示している.島嶼東南アジアについては,ルソン島ザンバレス山系のアエタ族やスマトラ西北方のアンダマン島民のように155cm 未満の低身長種族もみられるが,大部分は155~164cm の中位身長を示す.第2次大戦中ジャワ島で計測を行った附田の数値によれば,同島在住の諸種族間の身長差は社会階層や年齢層による差に近い値を示している.中国から大陸東南アジアにかけては,内陸部寄りの住民に高身長がみられるが,平野部の稲作地帯では一般に155~164cm の中位身長を示している.ただしマライ半島山岳部原住民は155cm 未満の低身長である.蒙古•トルキスタン•チベットから中央アジアを経て西アジアに至る中緯度内陸部はインド北西部とともにその大部分が砂漠•半砂漠•高原ステップなどで占められているが,これらの地域の住民の大部分は165cm 以上の高身長を示している.ただし,中央アジアの砂漠地帯の中でもアム•シル両河による灌概が行われ農耕に従事している流域住民は165cm に達しない。要するにアジアでは,主として稲作農業の行われているモンスーン地域やその他の農耕地域の住民にくらべて,食生活において畜産品に対する依存度の大である内陸砂漠地域住民は長身である.FAO の調査報告により1951/53年の国民1人当り食糧供給量をみると,乳および乳製品の配分量は日本•台湾•フィリッピンなどにくらべてトルコやパキスタンは約10倍ほども多い.東アフリカの同一地域に住む原住民について食生活形態と身長の関係をみた。ケニヤの部族については主として East Afr.Med.J.所載の文献により,タンザニヤの部族については京都大学アフリカ学術調査隊報告および同未発表資料を供与利用させてもらったが,牧畜民は農耕民に比して長身である.ヨーロッパについては身長の地理的分布を示した LUNDMAN の地図によって16か国国民の身長を6つの階層に格づけし,FAO の国民1人当りの食品群別配分量との間に相関を求あてみた.身長と乳および乳製品,砂糖類およびいも類との間に順相関,穀類,豆類および野菜果実との間に逆相関がみられた.これらの関係の解釈にはなお慎重な検討を要するものがあるが,著者が前に46都道府県について14才と17才の男女生徒の身長と消費実態調査成績による米•肉魚•牛乳卵•野菜の消費額との間に相関を求めた結果,米とは相関がなく他の3者ことに牛乳卵との相関が最も顕著であったこととも関連して,著者は動物性蛋白質とともにカルシウムの身長発育に対する意義を重視している.カルシウムその他の鉱物質は食物のみならず飲料水からの摂取も当然考えられる.フランスおよびスペインの壮丁身長の地理的分布には地質との関連の考慮されるものがある.この関連は河川水のミネラル含量によって仲介されるものと考えられ,セーヌ•ライン•ローヌの河川水はロアール•ガロンヌにくらべてミネラルことにカルシウムの含量が大である.
著者
江上 波夫
出版者
日本人類学会
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.53, no.6, pp.259-277, 1938-06-25 (Released:2008-02-26)
参考文献数
23
著者
石川 元助
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.70, no.3-4, pp.149-162, 1963 (Released:2008-02-26)
参考文献数
48
被引用文献数
1

Stingrays are dangerous fish living in the tropical, subtropical, and warm temperate seas.They are classified into the following seven families; Dasyatidae, Gymnuridae, Myliobatidae, Rhino pteridae, Mobulidae, Urolophidae and Potamotrygonidae, only a few species having been studied by venomologist. The families dealt with in this paper are Dasyatidae and Potamotrygonidae.The representative species of Japanese Dasyatidae is Dasyatis akajei (Müller & Henle) called as Akaei, Ei, Ebuta, Kasebuta (in Japanese), Ai-koro-chiep (in Ainu). This fish, though not so delicious, has been widely utilized by mankind because of it habit and caudal sting. Its origin may probably be traced back as far as to the Paleolithic age (Magdalenian).Ainu has a lore that this Akaei is " a fish that causes earthquakes ". In Palau Is. of Micronesia, there is a tale that Rurr (in Palau ; stingray) and Kim (in Palau ; giant clam) fought each other.Caudal stings have been from old times utilized as arrow poison because of their barbs, and venom gland which secretes strong toxic substances. They have beenused as arrow heads especially by the Ainu, Negritos of Malay (Jakun and Benua), Mentawei islanders, and Indians living in the catchment area of the River Amazon. The caudal stings have also been widely used throughout the world as hunting implements and arms.They were utilized as fish spears by aborigines of northern Australia and Papuans, and were used as spears or harpoons in Micronesia (Truk, Palau, and Mortlock), and in Melanesia (Admiralty, Fiji, New Caledonia, and New Hebrides). As daggers they were employed in Mortlock, Admiralty, and Solomon (Ontong Java and Nukumanu).From Jomon shell mound of Japan many old stings have been excavated which seem to have been used as arrow heads or harpoon heads. This paper has been devoted to the emeritus professor Kotondo Hasebe, Tohoku University.
著者
小浜 基次 加藤 昌太良 欠田 早苗
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.24-36, 1964 (Released:2008-02-26)
参考文献数
19

樺太アイヌは、はじめ1875年に北海道に移住し、1905年に樺太に復帰、1945年にふたたび北海道に移住して今日に至っている。したがってその純血度を追求することは、はなはだ困難である。現代樺太アイヌの形質のうちで原樺太アイヌの特徴として残されている形質は、顔高と鼻高の大きいことである。そのほかの諸特性は認めがたく、恐らくは混血によってその特性を失ったものであろう。現代樺太アイヌの諸形質を総合すれば、北海道混血アイヌにもつとも近似する。体部は北海道純アイヌにやや近く、樺太和人とは遠いが、頭部、顔部は北海道純アイヌよりも和人に接近し、ギリヤーク、オロッコとはもつとも離れている。この研究に協力された現地の方々に対し深甚の謝意を表する。
著者
吉田 巖
出版者
日本人類学会
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.29, no.10, pp.397-409, 1914-10-20 (Released:2010-06-28)
著者
鈴木 尚 馬場 悠男 神谷 敏郎
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.94, no.4, pp.403-440, 1986 (Released:2008-02-26)
参考文献数
52
被引用文献数
1 1

脳下垂体の腫瘍にもとつく巨人症の形質を,力士•出羽ケ嶽の骨格について,人類学的に研究した。脳頭蓋の外形は巨大であるが,実は,骨の病的肥厚による矢状径と横径の著しい増大にもとつくもので,脳容積に異常はない。顔面は高径•幅径とも過成長をとげ,とくに前者が甚だしく,上顔より下顔部に進むほど加速される。さらに上•下顎骨の不平等な成長による咬合の左右差は,咀蠕筋の不相称を招き,結局,全頭蓋の左右不相称を生じた。四肢は身長に比しても長く,逆に体幹は太く短かったらしい。上肢骨は相対的にも極めて頑丈であるが,下肢骨はあまり頑丈ではない。上肢骨の大きさには特有の相補的な左右差あるいは不均衡が見られる。
著者
石川 元助
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.69, no.3-4, pp.141-153, 1962-03-30 (Released:2008-02-26)
参考文献数
50
被引用文献数
2 2

The Ainu, a tribe who has inhabited in the northernmost area of Japan, the area which has traditionally been called "Yeso", used toxic substances of various kinds for hunting and fishing. Aconite (surku in Ainu), Ikema (penup in Ainu), Naniwazu (ketuhas in Ainu) and Aka-ei (aikoro chiep in Ainu), Japanese sting ray, were the most popular toxic substances used for the purposes.Since we have already published a report on Aconite, we should like to take up here the rest of the substances, that is to say, Ikema, Naniwazu and Aka-ei.1) Ikema (Cynanchum caudatum Maxim.)Ikema is a climbing plant. The Ainu mix beaten roots of this plant with the flesh of the salmon. They stuff salmon with this mixture and leave the stuffed salmon in haunting places of Bering Island Raven (Corvus corax behringianus Dyb.). Those Bering Island Raven who have pecked Ikema in the flesh of the salmon become intoxicated and giddy and loose balance to be readily captured by hunters.2) Naniwazu (Daphne kamtchatica Maxim, var. yesoensis Ohwi)This plant grows into a shrub of about 1 meter in height. The Ainu make use of the plant for catching Walrus (Odobenus rosmarus divergens Illiger) by smearing its sap on a harpoon or lance heads.3) Aka-ei (Dasyatis akajei Müller & Henle)The habitat of Aka-ei ranges from the tropics, sub-tropics to temperate zones. When grown up, the fish measures 1 meter or so in length. Its caudal sting (about 7-10 cm long) contains a venom. There are three ways of using the venom for hunting:a) To use the caudal sting as a lance to stab bears.b) To grind the caudal sting into powder and to spread it on the arrow heads together with aconite.c) To stick the caudal sting to the arrow heads. The Ainu use it repeatedly by sharpening it when its head is broken.As is evident from the above descriptions, plant poisons are used in the cases of 1) and 2) and the fish venom in the case of 3). Where did these methods of hunting and fishing using poisons and the venom originate? In order to solve this problem, it is necessary to make comparative studies between these methods of the Ainu and those of other tribes inhabiting in areas north of Yeso, such as Gilyak, Chukuchee, Koryak, Kamchadal, Yukagir, Aleut and Pacific Eskimo. To achive this end, it may also be necessary to make studies on the religious aspect of their life and on ceremonies and rites practiced by those tribes with regard to hunting and fishing.
著者
鈴木 隆雄
出版者
日本人類学会
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.92, no.1, pp.23-31, 1984
被引用文献数
2

北海道渡島半島西海岸の上之国町に位置する中世城跡「勝山館」は1979年から発掘調査が進められている。今回報告するものは,1982年に発掘された多数の人骨片のうち,幾つかの骨片に認められた興味ある古病理学的所見についてである。この病変を示す骨片は頭蓋片,右大腿骨,左脛骨,左腓骨の4つであり保存は良好である。これらの骨片は発掘状況や病変からみて同一個体(熟年&bull;男性)に属すると推定されるものである。<br>古病理学的所見として,特に頭蓋では,後頭骨において,底面に不整な骨溶解像を呈するクレーター状の陥凹が数個所に存在している。また頭頂骨では骨硬化像を伴う星芒状の"ひきつれ"たような病変が不整な骨新生像とともに認められる。このような特徴ある骨病変は明らかに骨梅毒症と診断されるものである。<br>上之国町「勝山館」遺跡は,その考古学的調査から,室町時代末葉から江戸時代初頭のものであることが確認されている。従って本人骨も同時期に属するものと考えられるが,この時期は我が国に梅毒がもたらされた時期とほぼ一致する。その意味において,本例は我国の梅毒の起源とその伝播やその初期の爆発的流行とも深く関連のある症例と考えられ,極めて興味あるものであるろう。
著者
埴原 和郎
出版者
The Anthropological Society of Nippon
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.95, no.3, pp.391-403, 1987 (Released:2008-02-26)
参考文献数
17
被引用文献数
30 33

主として弥生時代から初期歴史時代にかけての日本への渡来者は,先住の縄文人に対して文化的にも身体的にも多大の影響を与えたと考えられる.この点について,以前は否定的見解もあったが,現在では渡来そのものを否定する研究者はいないと思われる.しかし渡来者の土着集団への影響については見解の相違が大きく,まだ定説を得るに至っていない.ある研究者は渡来者の影響が無視しうる程度という一方で,他の研究者は少なからぬ影響があったことを想定している.しかしこれらはいずれも科学的根拠をもたず,想像の域を出ていない.このような現状を考えると,どれほどの集団が渡来したかという問題を放置しておくわけにいかず,渡来者の数を推定することは極めて重要な問題となる.しかし実際にそれを行うには多くの困難が伴う.その解決法のーつとして,この研究では2種のモデル,すなわち人口増加モデルと形態変化モデルによるシミュレーションを試みた.人口増加モデルは,弥生時代初期から7世紀にいたる約1000年間の人口増加率の特異性に基づき,この期間に渡来した集団の数を推定する方法である.また形態変化モデルは,弥生時代から古墳時代にいたる頭骨形態の変化に基づく方法であるが,基準となる集団を西北九州型弥生人および南九州古墳人(内藤芳篤による)とした.一方,渡来系と思われる北九州型弥生人と土着系の西北九州型弥生人の計測値に基づき,混血率を変化させながら仮想集団の計測値を推定し,これらと古墳人集団との類似係数ならびに距離を計算した.その結果,最も高い類似性を示す仮想集団の混血率を採用し,渡来人の数を推定した.これら2種のモデルによるシミュレーションはほぼ同じ結果を示したが,それらは予想をはるかに越える多数の渡来者があったことを示唆している.おそらく,この結果は常識外とも受け取られるであろうが,一方で日本人の形質や日本文化の多様性を考えると,相当に多数の渡来者があったと考えざるをえない点もある.今後,モデルをさらに精密化して研究を続ける必要があることはいうまでもないが,予想を越える数の渡来者が日本に入ったということを念頭に入れて,関連諸分野の研究を進めることも必要かと思われる.ただし,今回得られた結果を機械的に採用することは危険であり,私としても,おおよその見当がついたという程度に考えていることをつけ加えておきたい.

2 0 0 0 OA 北海道の土城

著者
阿部 正已
出版者
日本人類学会
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.34, no.10, pp.325-331, 1919-10-25 (Released:2010-06-28)
著者
中谷 治宇二郎
出版者
一般社団法人 日本人類学会
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.41, no.5, pp.240-250, 1926-05-25 (Released:2010-06-28)
参考文献数
8
著者
甲野 勇
出版者
日本人類学会
雑誌
人類學雜誌 (ISSN:00035505)
巻号頁・発行日
vol.40, no.1, pp.32-33_1, 1925-01-25 (Released:2010-06-28)
被引用文献数
1