著者
野村 大成
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第40回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.1103, 2013 (Released:2013-08-14)

放射線も化学物質も,受精(男性にとっては授精)前の被曝により,子孫に継世代的(遺伝的)影響が発生することは,膨大な数のマウスを用いて証明されている(通称“100万匹マウス実験”等)。また,親の被曝により子孫にがんや形態異常が発生することもマウス,ラットで報告されています(通称“大阪レポート”)。ヒトにおいても,放射線被曝(健康診断,核実験,原発事故等)で,次世代にがん,形態異常や突然変異が発生したという論文も発表されている。しかし,広島・長崎被曝者の子供において,近距離被爆と遠距離被曝の間での差は明らかにされていないことから,“放射線は調べた限りヒトを除くすべての生物に突然変異を起こす”というような表現がされることがある。日本毒性学会シンポジウム「放射線毒性学における課題」においては,放射線の継世代影響に焦点を絞り,各種放射線の外部・内部被曝による遺伝的影響に関するこれまでの動物実験での成果に最新の研究成果を加えて総括を行うとともに,ヒト放射線被曝集団での次世代影響について最近の調査研究と今後の方針を紹介する。動物実験においては,生殖細胞期や胎児期放射線被曝単独では,次世代での腫瘍発生頻度の増加はわずかであるが,生まれてから,非発がん性,非変異原性腫瘍促進物質や,微量の発がん性物質の投与や放射線照射を受けると,がん発生が大きく促進されることが示されている。放射線と化学物質の複合被曝による生体影響の増幅であり,後日,放射線による遺伝的不安定性を示した最初の動物実験と評価されている。このような複合被曝においても,放射線の線量率効果は明確に存在している。人類の実際の被曝形態が,このような複合被曝であることを考えると,放射線毒性学における大きな課題を提起するものであり,そのリスク推定と防護の見地から重要な意味がある。
著者
香川(田中) 聡子 中森 俊輔 大河原 晋 岡元 陽子 真弓 加織 小林 義典 五十嵐 良明 神野 透人
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第40回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.2003146, 2013 (Released:2013-08-14)

【目的】室内環境中の化学物質はシックハウス症候群や喘息等の主要な原因,あるいは増悪因子となることが指摘されているが,そのメカニズムについては不明な点が多く残されている。イソチアゾリン系抗菌剤は塗料や化粧品・衛生用品等様々な製品に使用されており,塗料中に含まれるこれら抗菌剤が室内空気を介して皮膚炎を発症させる事例や,鼻炎や微熱等のシックハウス様症状を示す事例も報告されている。本研究では,侵害受容器であり気道過敏性や接触皮膚炎の亢進にも関与することが明らかになりつつあるTRPイオンチャネルに対するイソチアゾリン系抗菌剤の活性化能を検討した。【方法】ヒトTRPV1及びTRPA1の安定発現細胞株を用いて,細胞内Ca2+濃度の増加を指標としてイオンチャネルの活性化能を評価した。Ca2+濃度の測定にはFLIPR Calcium 5 Assay Kitを用い,蛍光強度の時間的な変化をFlexStation 3で記録した。【結果および考察】2-n-octyl-4-isothiazolin-3-one (OIT)がTRPV1の活性化を引き起こすことが明らかになった(EC50:50 µM)。また,TRPA1に関しては,2-methyl-4-isothiazolin-3-one (MIT),5-chloro-2-methyl-4-isothiazolin-3-one (Cl-MIT),OIT,4,5-dichloro-2-n-noctyl-4-isothiazolin-3-one (2Cl-OIT)及び1,2-benzisothizolin-3-one (BIT)が顕著に活性化することが判明し,そのEC50は1~8 µM (Cl-MIT, OIT, 2Cl-OIT, BIT)から70 µM (MIT)であった。これらの物質が,TRPV1及びA1の活性化を介して気道過敏性の亢進等を引き起こす可能性が考えられる。諸外国においてはこれら抗菌剤を含む製品の使用により接触皮膚炎等の臨床事例が数多く報告されており,我が国でも近年,冷感効果を謳った製品の使用による接触皮膚炎が報告され,その原因としてイソチアゾリン系抗菌剤の可能性が指摘された。これら家庭用品の使用により,皮膚炎のみならず,気道過敏性の亢進等シックハウス様の症状が引き起こされる可能性も考えられる。
著者
東阪 和馬 宇治 美由紀 山口 真奈美 三里 一貴 角田 慎一 吉岡 靖雄 堤 康央
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第40回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.2003167, 2013 (Released:2013-08-14)

近年,ナノマテリアル(NM)や,蛋白質と同等サイズのサブナノマテリアル(sNM)など,種々超微粒子の利用が食品業界においても急速に進行している。例えば,sNMの代表例であるサブナノ銀・サブナノ白金は,強い抗酸化活性や抗菌活性を有し,健康食品・サプリメント・食品添加物に幅広く実用化されている。一方で,これらNM・sNMがサブミクロンサイズの従来素材とは異なる想定外の生体影響を誘発し得ることが懸念されている。しかし現状では,食品中超微粒子の安全性評価は世界的にも殆ど手つかずであり,物性や曝露実態情報と,それに基づく毒性解析(所謂,ADMET情報)は殆ど理解されていない。そこで本研究では,強力な殺菌/抗菌効果を発揮することが知られている1次粒子径が20 nmのナノ銀粒子(nAg)と,1 nmのサブナノ銀粒子(snAg),コントロール群として硝酸銀水溶液(Agイオン)を用い,単回経口投与時の体内動態解析を試みた(なお,本年会において,サブナノ白金の体内動態解析についても別演題で発表予定である)。BALB/cマウスにnAg,snAgを単回経口投与し,経時的に血液を回収した後,誘導結合プラズマ質量分析計(ICP-MS)を用いて血中・臓器中の銀量を測定した。その結果,nAgは体内へ殆ど吸収されない一方で,snAgは投与量の約0.2%が血中に残留していることが判明した。すなわち,snAgが,同一素材のnAgあるいはAgイオンとは異なり,経口曝露後に高い腸管吸収性や体内滞留性を示すことを示唆するものであると考えている。現在,より詳細な体内動態解析を進めると共に,一般毒性学的観点からのハザード情報の収集を図っている。今後,閾値追求や物性-経口曝露後動態-安全性についての定量的連関解析を推進することで,NM・sNMのリスク解析に資するADMET情報を集積したいと念じている。
著者
木村 真三
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第40回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.1104, 2013 (Released:2013-08-14)

放射線影響とは,放射線により物質が電離される際に電子軌道より飛び出した自由電子によって細胞やDNAを傷つけることで生じる様々な障害を総称する言葉である。放射線被ばくを考えた場合,外部から放射線にさらされた場合と放射性物質が生体内部に取込まれた場合では,影響が異なるのか否か,まだまだ不明な点が多いのも放射線の難しさのひとつと言える。チェルノブイリでは事故から27年が過ぎた現在でも,汚染地域では汚染食品による内部被ばくが続いている。我々の調査では,高濃度の汚染食品を食べて生活している30歳代男性で58,000ベクレル,預託実効線量に換算して5.2ミリシーベルトだった。近年ウクライナの報告では,心疾患や閉経後の女性の甲状腺がんの増加などが報告されている。科研費番号22406019 H22年度~H24年度「チェルノブイリ被災地をモデルとした原発解体作業に伴う被ばく影響の基礎的研究」(研究代表者 木村真三)でも,成人を対象とした調査結果から,国際疾病分類表ICD-10のカテゴリーより,妊娠,分娩および産褥(単胎自然分娩を除く)等において土地の汚染度と上記疾病に関して有意な値が示された。一方,東京電力福島第一原発事故では,事故発生より3日目には福島県内に入り環境調査を進めながら,高線量地域と知らされずに避難していた浪江町住民を再避難させるなど,事故当初から福島県内の実態を明らかにしてきた。今回は,演者が健康アドバイザーを務める二本松市の外部被ばく,内部被ばくについて報告する。現在の二本松市では,明らかに内部被ばくをしている市民は0.5%程度であり,食事コントロールが成功しているが,事故から2年が過ぎ,市民の危機意識も薄らいで来たために,僅かながら内部被ばくを呈する市民が増え始めている。また,外部被ばくは,H23年度とH24年度の推定年間被ばく線量に変化がなかった。
著者
瀧山 和志 武田 志乃 内川 拓也 小久保 年章 島田 義也
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第40回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.1002024, 2013 (Released:2013-08-14)

【はじめに】原子力発電で利用されるウランは腎毒性物質として知られている。ウランは地殻成分として環境中に広く分布し、原発事故で飛散した多くの放射性核種と同様に、その内部被ばく影響に関心が高まっている。劣化ウラン弾汚染や鉱山乱開発による環境負荷の懸念、あるいは地下水汚染地域での健康調査報告などを背景に、放射線防護の観点から早急な対応が求められている。緑藻の一種であるクロレラは、鉛、カドミウム、メチル水銀といった有害金属の吸着作用あるいは排泄促進作用が報告されている。そこで、本研究ではクロレラのウラン腎臓蓄積低減効果を調べることを目的とし、ウラン吸収および排泄へのクロレラの効果について検討を行った。【実験】動物の処置:Wistar系雄性ラット(10週齢)に胃ゾンデにより酢酸ウラン(天然型)を単独(0.5 mg/kg)あるいはクロレラ(1 g/kg)を併用一回投与した。個別に代謝ケージに移し3日間飼育し、摂食、摂水、尿、および糞量を測定した。ウランの分析:腎臓、血液、尿、糞は高純度硝酸を加えて湿式灰化し、ウラン濃度を誘導結合プラズマ質量分析により測定した。【結果および考察】観察期間中、クロレラ併用群の腎臓中ウラン濃度はウラン単独群に比べ50-60%低値となった。投与後初期の血漿へのウラン移行がクロレラ併用群で減少しており、腸管でのウラン取り込みが低下していたものと考えられた。糞・尿代謝への影響についても併せて報告する。
著者
佐藤 洋美 島田 万里江 佐藤 友美 シディグ サーナ 関根 祐子 山浦 克典 上野 光一
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第40回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.150526, 2013 (Released:2013-08-14)

【目的】医薬品の中には、対象疾病の受療率に男女差があり、男女のどちらかに偏って使用されるものが少なからず存在する。また、薬物動態や薬効・副作用の発現に性差の存在する薬物も多々存在することが報告されている。そこで、安全な医薬品の開発及び個々人に対する医薬品の適正使用に還元されることを目的として、本検討においては、申請資料概要が提出済みの既承認医薬品の中で、女性が組み込まれている臨床試験を実施したものがどの程度存在するかを調査し、解析を行った。【方法】独立行政法人医薬品医療機器総合機構(Pharmaceuticals and Medical Devices Agency: PMDA)のホームページから検索を行った。2001年4月から2011年12月に承認審査された医薬品のうち、申請資料概要が入手可能な医薬品を対象に調査し、臨床試験における各相の女性の組み込み等について解析を行った。【結果】承認審査された医薬品のうち、国内または海外における第Ⅰ相~Ⅲ相試験及び臨床薬理試験のいずれかには女性は非常に高い割合で組み込まれていた。しかし、第Ⅰ相試験や臨床薬理試験に関しては、女性の組み込み率が低かった。女性を組み込んでいても男女別のデータを区別している医薬品はさらに少なかった。一方、女性が組み込まれ、データを区別している医薬品の添付文書において、性差に関する記述が記載されている医薬品は極めて少なかった。【考察】第Ⅰ相試験や臨床薬理試験の女性の組み込み率が低いことより、薬物動態や薬力学的作用における性差の概念が浸透していないことが考えられた。また、男女のデータを区別している医薬品において、性差に臨床的意義がない場合は添付文書にその旨を記載していないことが多いが、臨床効果に性差がなかったことを記載することは医療現場における安全な医薬品適正使用に貢献すると思われる。
著者
中村 一美 樹野 淳也 米原 牧子 竹原 伸 山田 康枝
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第40回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.2003181, 2013 (Released:2013-08-14)

【目的】交通環境では排気ガスをはじめとする悪臭物質が自動車室内へと流れ込んでいる.そこで本研究では自動車の空調システムにおいて異臭原因物質の主成分であるプロピオン酸,吉草酸,酪酸に着目し,各物質がマウスの自発運動能におよぼす影響を調べた.また,定量的な評価をおこなうため,各物質の投与方法は腹腔内への注射による投与とした.【方法】本研究には18週齢のC57BL雄性マウス24匹を用いた.全てのマウスに対し,自発運動能測定システム(Wheel Manager, MED Associates Inc.)を用いて回し車(直径10.9cm)の回転数を60分間測定し,controlデータとした.次に24匹のマウスを,注射の有無による影響を調べるためのリンゲル液投与群,悪臭物質による影響を調べるためのプロピオン酸(1µg/kg)投与群,吉草酸(1µg/kg)投与群,酪酸(0.5µg/kg)投与群の4群各6匹ずつに分けた.なお,4群のcontrolデータにおいて一元配置の分散分析をおこなった結果,各群の間に統計学的な有意差はなかった(P>0.05).各物質をそれぞれの群のマウスの腹腔内に投与し,controlデータと同様に自発運動能を60分間測定した.各物質の投与による統計学的有意差の検定にはウィルコクソンの符号順位和検定を用いた.【結果および考察】リンゲル液を投与した群では投与の有無による統計学的な有意差はなかった(P>0.05)ため,注射による腹腔内投与の影響はないと判断した.プロピオン酸,吉草酸,酪酸を投与した群では,controlデータと比較して回転数が減少した.とくに酪酸を投与した群においては,統計学的な有意差があった(P<0.05).本研究を通して,悪臭物質がマウスの自発運動能に影響をおよぼすことがわかった.以上のことから,ヒトにおいても悪臭物質は快/不快の感覚に影響を与えるだけではなく,運動能に影響を与える可能性が示唆された.
著者
梅村 隆志
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第40回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.2032, 2013 (Released:2013-08-14)

「遺伝毒性発がん物質にはその作用に閾値が存在しない」という概念は,DNA塩基修飾の定量解析やin vivo変異原性試験の進歩に伴い,科学的観点からは否定的な傾向にあるものの,リスク評価の実際では,この概念に基づいた考え方から無毒性量(NOAEL)は設定できないとされている。従って,食品添加物などの意図的な食品中化学物質では,その際に使用を禁ずる処置などで対応できるが,食品製造過程で生じてくる化学物質や汚染物質などの非意図的食品中化学物質の場合,その含量をゼロにすることは困難であり,また,食品添加物においてもその製造過程等で生じる副生成物などがそれに該当する場合など,NOAELが設定できない遺伝毒性発がん物質へのリスクマネージメントが求められている。そのような背景の中で,1995年に国際保健機関(WHO)・国連食糧農業機関(FAO)合同食品添加物専門家会議(JECFA)はアクリルアミドに対して,ベンチマークドーズ(BMD)を用いた暴露マージン(MOE)アプローチを実施した。現在この方法は,他の国際機関においても追随され,我が国唯一の食品安全のリスク評価機関である食品安全委員会においてもその使用が検討されている。具体的には,実験動物を用いた発がん性試験の用量反応曲線から求められるBMD(通常は95%信頼限界からのBMDL)と当該物質の推定ばく露量との差を求めていくと言うものである。本シンポジウムでは,これまで6年間にわたり参加しているJECFA会議での実例を紹介しながら,MOEアプローチの問題点を議論したい。また,JECFAのみならず,食品安全委員会でもすでに実施しているMOEをその評価手順に組み込んだ香料の安全性評価(この場合はBMDLではなくNOAEL)について概略し,香料評価の際の遺伝毒性発がん物質への対応,また,その算出の際に最も重要な推定ばく露量の考え方等についても,併せて紹介していきたい。
著者
新見 伸吾
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第40回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.2041, 2013 (Released:2013-08-14)

これまでに多くのバイオ医薬品が医療の現場に提供され,患者が恩恵を受けているが,有効性及び安全性の観点から世界的に最も問題となっているのが免疫原性である。一般的に,抗原が抗体の産生や細胞性免疫を誘導する性質を免疫原性と呼ぶが,バイオ医薬品の場合は,バイオ医薬品に対して抗体が産生されることを指す。 免疫原性の予測方法として使用頻度の高いのは,T細胞エピトープのin silico予測方法とT細胞を用いたアッセイである。T細胞反応の検出は,通常,ヒト由来の抗原提示細胞とT細胞存在下において,バイオ医薬品あるいはそのペプチドを添加し,T細胞の増殖あるいはサイトカインの遊離を測定することにより行なう。 臨床において免疫原性の主な原因として問題となっているのは,IFN-β等における凝集体,抗体医薬品における特に相補性決定領域のマウス及びヒト由来配列及び酵素補充療法における内在的な酵素欠損による異種タンパク質としての認識である。 産生された抗体は,バイオ医薬品のクリアランスの増加あるいは機能の中和により有効性を低下させる場合があるが,影響を及ぼさない場合もある。また,安全性についてはⅠ型アレルギー,Ⅲ型アレルギー,インフュージョン反応を起こす可能性がある。バイオ医薬品の免疫原性軽減戦略としては,methotrexateのような免疫抑制剤の投与,IVIG (intravenous injection of immunoglobulin)によるレギュラトリーT細胞の誘導,バイオ医薬品投与量の増加により免疫寛容の誘導等が考えられる。 本講演では上記について具体例を示し,免疫原性予測法の現状と問題点,臨床における免疫原性評価のポイント,免疫原性軽減戦略の現状と問題点について考察したい。
著者
上山 純 野村 洸司 斎藤 勲 近藤 高明 杉浦 友香 村田 勝敬 岩田 豊人 涌澤 伸哉 上島 通浩
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第40回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.1002019, 2013 (Released:2013-08-14)

現在,殺虫剤の化学物質曝露が及ぼす健康への影響について国内外で関心を集めており,尿中バイオマーカーを用いた曝露レベル等を評価する試みがアメリカやドイツ等で多く実施されている。合成ピレスロイド系殺虫剤(PYR)は農業用あるいは家庭用殺虫剤として日本人にも馴染のある化学物質であるが,PYR曝露マーカーである尿中クリサンテマムジカルボン酸(CDCA)および3フェノキシ安息香酸(3PBA)排泄量に関する日本人のデータは少ない。本研究では日本人成人の尿中に排泄されるCDCAおよび3PBA量をモニタリングし,それらの季節変動,職域間差および曝露源について検討した。調査対象は食品配送小売業者(FD, n=92),リンゴ農家(AF, n=144)および殺虫剤撒布職域従事者(PCO, n=24)とし,それぞれ夏季および冬季に採尿とアンケート調査を行った。ガスクロマトグラフ質量分析計で定量された尿中3PBAとCDCAは非正規分布を示していたため,対数変換値(正規化)を用いて季節変動はpaired t-検定,職域間差は一元配置分散分析,その後の検定にはScheffeの方法を用いて有意差を検出した。全対象者における尿中3PBAとCDCAの検出率は92%以上であり,ほとんどの日本人が日常的にPYRに曝露していることが明らかとなった。夏と冬における3PBA濃度の幾何平均値(GM)はそれぞれ0.7および 0.5 (FD),0.9および0.4 (AF),2.6および1.8 (PCO) (μg/g creatinine)であった。また,CDCAのGMは0.33および0.13 (FD), 0.30および0.21 (AF), and 0.56および0.26 (PCO)であり,PCOの3PBAを除き,代謝物量は冬に比べて夏で有意に高い値を示した(p<0.05)。すなわち,冬に比べて夏におけるPYRの曝露レベルが高いことが示唆された。PCOの3PBA量は他群のそれに比べて高い値を示した。一方,CDCAにはその傾向が見られなかったことから,CDCAに代謝されるPYRの職業的曝露は多くないことが推察される。FDのみを対象とした予備的解析において,夏における蚊やハエ防除のための家庭用殺虫剤使用者(n=12)の尿中CDCA量は,殺虫剤非使用者(n=80)に比べて有意に高いことが明らかとなった(GM 0.70 v.s. 0.29 mg/g creatinine, p<0.05)。すなわち,室内で使用したPYR殺虫剤がPYR曝露源の一部であることが示唆された。
著者
下村 和裕
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第40回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.4016, 2013 (Released:2013-08-14)

製薬企業では新薬の開発にあたり生殖発生毒性試験として,3種類の動物実験を実施し,妊娠と授乳に及ぼす影響を評価している。生殖発生毒性試験のガイドラインは1961年のサリドマイド事件を契機に,1963年に通知されたのが始まりである。1975年には3節試験ガイドラインに改訂が行われ,さらに,1994年には国際協調されたICHガイドラインへと発展した。試験の結果として,母動物の一般毒性学的影響,母動物の生殖に及ぼす影響,次世代の発生に及ぼす影響の3つのカテゴリーごとに無毒性量が評価される。受胎能及び着床までの初期胚発生に関する試験は交配前から交尾,着床に至るまでの被験物質の投与に起因する毒性および障害を検索する試験である。雌では性周期,受精,卵管内輸送,着床および着床前段階の胚発生に及ぼす影響を検索する。雄では生殖器の病理組織学的検査では検出されない機能的影響(例えば性的衝動,精巣上体内の精子成熟)を検索する。出生前及び出生後の発生並びに母体の機能に関する試験は着床から離乳までの間,雌動物に被験物質を投与し,妊娠および授乳期の雌動物,受胎産物(胎盤を含む胚・胎児)および出生児の発生に及ぼす悪影響を検索する試験である。この試験で誘発される影響は遅れて発現する可能性があるので,観察は出生児が性成熟期に達するまで継続する。出生前および出生後の児(胚,胎児および出生児)の死亡,成長および発達の変化,行動,成熟(性成熟を含む)および生殖を含む出生児の機能障害を検索する。胚・胎児発生に関する試験は着床から硬口蓋の閉鎖までの期間中雌動物に被験物質を投与し,妊娠動物および胚・胎児の発生に及ぼす悪影響を検索する試験である。着床から硬口蓋の閉鎖までの期間は胎児の器官が形成される時期であり,妊娠期間中で最も奇形が起こりやすい期間である。胚・胎児の死亡,成長の変化および形態学的変化を検索する。
著者
六角 香 大中 浩貴
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第40回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.2002091, 2013 (Released:2013-08-14)

【目的】CHL/IU細胞はチャイニーズハムスター肺由来の線維芽細胞である。当細胞は,培養方法に難しい技術を必要としないこと,染色体数が少なく,染色体標本の観察が比較的容易であることから,遺伝毒性試験(特に染色体異常誘発性を評価する試験)において汎用されている。通常,培養細胞をこれらの試験に用いる際,あらかじめ継代培養を行った細胞を適宜使用するが,継代培養操作を繰り返すことによる品質の変化についての基礎データは少なく,とくに数週間から数箇月以上に及ぶ試験において,試験使用時毎にその細胞の品質の劣化の有無を確認することは容易ではない。今回,継代操作を多数回繰り返した細胞について,その特性の変化及び劣化の程度を検討した。【方法】CHL/IU細胞を,10%牛胎仔血清含有MEMアール液体培地を入れたシャーレを用いて,5%CO2,37℃の条件で継代培養した。継代回数が10回未満,20回,40回,60回の細胞を用い,各々について特性検査を行った。検査は1)細胞の倍加時間,2)染色体数,3)自然発生による異常細胞出現頻度,4)既知の染色体異常誘発物質(マイトマイシンC,ジメチルニトロサミン及びシクロフォスファミド)で処理した際の異常細胞出現頻度の各項目について実施した。【結果及び考察】細胞の倍加時間,染色体数(異数性異常細胞の増加)並びに自然発生による異常細胞出現頻度(構造異常・数的異常)は,いずれの継代回数の細胞にも差は認められなかった。一方,既知の染色体異常誘発物質で処理した際の異常細胞出現頻度は,いずれの物質においても継代回数40回以上の細胞において減少したことから,継代操作の多数回の繰り返しは染色体異常誘発性の検出精度を低下させると考えられた。
著者
豊國 伸哉
出版者
日本毒性学会
雑誌
日本毒性学会学術年会 第40回日本毒性学会学術年会
巻号頁・発行日
pp.1044, 2013 (Released:2013-08-14)

1981年以降,日本人死因の第1位はがんである。喫煙や特定の感染症が発がんリスクとして同定された。しかし,産業・経済を重視するあまり,リスク評価が十分になされず,ナノマテリアルが社会に多量に持ち込まれ,がんの原因となったことも忘れてはならない。それが繊維状鉱物のアスベストであり白石綿・青石綿・茶石綿が使用された。日本では2006年に禁止となったが,アジアの諸国やロシアなどでは今も使用されている。日本の中皮腫発生ピークは2025年で今後40年間に10万人以上の方が中皮腫で死亡すると試算されている。ラットを使用して上記3種の石綿で,腹腔内10mg投与により中皮腫発がん実験を行った。2年の経過でほぼ全動物に中皮腫が発生した。石綿投与に伴い,同部の中皮細胞や貪食細胞に著明な鉄沈着を認め,Fenton反応促進性のニトリロ三酢酸の追加投与でどの石綿でも中皮腫発生が早くなった。93%の腫瘍でCdkn2A/2Bのホモ欠損を認めた。アスベスト発がんでは局所の過剰鉄病態が重要なことが示唆された。このような背景のもと,すでに中皮腫の危険性の報告のあった多層カーボンナノチューブ(CNT)の評価を行った。CNTは軽量・高強度で熱伝導性が高く導体・半導体になることからすでに電池・液晶パネルのマテリアルとして使用されているが,形状は石綿に酷似している。直径が15/50/115/150nmのCNTを使用し中皮細胞毒性実験と上記と同様のラットを使用した発がん実験を行った。中皮細胞への毒性と発がん性はほぼ一致し,50nmの発がん性が最も高かった。Cdkn2A/2Bのホモ欠損をほぼ全例で認めた。このことは,剛性が高い50nm直径のCNTは特に注意して扱うべきことを示唆している。一方,石綿はendocytosisで中皮細胞に取り込まれるが,CNTは突き刺さり入ることも明らかになった。ヒトで体腔に繊維が到達することはそう簡単ではないと考えられるが,ますます長寿化が進む現在,十分なリスク評価が必要と考えられる。