- 著者
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安田 喜憲
- 出版者
- 国際日本文化研究センター
- 雑誌
- 日本研究 : 国際日本文化研究センター紀要 (ISSN:09150900)
- 巻号頁・発行日
- vol.16, pp.101-123, 1997-09-30
ギルガメシュ叙事詩は四六〇〇年前にメソポタミヤ南部で書かれた人類最古の叙事詩である。この叙事詩のメインテーマはウルクの王ギルガメシュと友人エンキドゥが、森の神フンババを殺す物語である。フンババはメソポタミヤの神エンリルに命ぜられてレバノンスギの森を数千年の間守ってきた。そこに青銅の斧をもったギルガメシュとエンキドゥがやってきた。フンババは怒り狂い口から炎を出して襲いかかった。しかしギルガメシュたちは強く、とうとうフンババは殺されてしまった。フンババの森の神を殺したことによって、ギルガメシュはレバノンスギを自由に手に入れることができた。人類が最初に書いた物語は森林破壊の物語だった。フンババの殺害を知ったエンリルは激怒し、大地を炎にかえ、食べ物を焼き尽くすという。すでにギルガメシュ叙事詩の作者は森林破壊の恐ろしさを知っていたのである。フンババが殺されてから三〇〇〇年後、日本では八世紀に日本書紀が編纂された。その日本書紀のなかにスサノオノミコトとイタケルノミコトの物語が書かれている。二人は新羅国より日本にやってきて、スサノオノミコトは髭からスギを胸毛からヒノキを産みだし、イタケルは持ってきた木の種を九州からはじめて日本全土に播いた。この功績で紀ノ国に神としてまつられた。この二つの神話にかたられる神の行動はあまりにも相違している。ギルガメシュはフンババを殺しレバノンスギの森を破壊した。スサノオノミコトとイタケルノミコトは木を作りだし木を植えた。この神話の相違は花粉分析の結果から復元した両地域の森林の変遷にみごとに反映されていた。フンババの森の神を殺したメソポタミヤや地中海沿岸では森はすでに八六〇〇年前から大規模に破壊され、五〇〇〇年前にはアスサリエ山などのメソポタミヤ低地に面した山の斜面からはほとんど森が消滅していた。そして森は二度と回復することはなかった。これにたいし、日本でもたしかに森は破壊された。しかし、八―一〇世紀の段階で、すでに植林活動が始まっていた。このためいったん破壊された後地にふたたび森が回復してきた。日本では今日においても国土の六七パーセントもが森に覆われている。二つの神話はそののちの二つの地域がたどる森の歴史をみごとに予言していた。フンババの森の神を殺したメソポタミヤでは森という森はことごとく消滅し文明も崩壊した。これにたいしスサノオノミコトとイタケルノミコトが森を植えた日本は、今日においても深い森におおわれ繁栄を享受しているのである。