著者
久志本 成樹 工藤 大介 川副 友
出版者
一般社団法人 日本血栓止血学会
雑誌
日本血栓止血学会誌 (ISSN:09157441)
巻号頁・発行日
vol.27, no.4, pp.399-407, 2016 (Released:2016-08-05)
参考文献数
69

要約:外傷患者の急性期死亡原因としての出血はきわめて重要である.従来,外傷後の急性期に認められる凝固異常は,アシドーシス,低体温などの生理学的恒常性の破綻や,輸液・輸血による希釈などに起因するものであり,治療に伴う副産物であるとされてきた.しかし,この10 年間,転帰に大きな影響を与える外傷急性期凝固障害の存在が広く認識された.外傷とこれに伴うショックにより惹起される線溶亢進病態であるacute traumatic coagulopathy,治療に関連する因子が加わり形成されるtrauma-induced coagulopathy がこれらを形成するが,そのメカニズムは必ずしも明確ではなく,病態解明のためのさらなる検討を要する.凝固障害の回避と治療であるdamage control resuscitation を理論的背景に基づき施行することは,今後の重症外傷に対する治療戦略としての中心的課題である.
著者
三好 剛一
出版者
一般社団法人 日本血栓止血学会
雑誌
日本血栓止血学会誌 (ISSN:09157441)
巻号頁・発行日
vol.32, no.5, pp.607-612, 2021 (Released:2021-10-22)
参考文献数
27

経口避妊薬(oral contraceptive: OC)とホルモン補充療法では,いずれもエストロゲンに伴う血液凝固亢進より静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)の発症リスクが高まる.VTEの発症率は,OCでは3~5倍,ホルモン補充療法では1.3~3倍上昇し,開始後比較的早い時期に発生しやすい.エストロゲン含有量が多いほどVTEのリスクが上昇する一方で,肝通過効果のない経皮投与ではリスクを回避しうる.配合されるプロゲスチンの種類とVTEのリスクについては一定の結論が得られていない.女性ホルモン剤使用時のVTEのリスク因子として,肥満,年齢(40歳以上),喫煙,家族歴などが知られているが,現時点では発症を予測する有効なバイオマーカーはない.遺伝性血栓性素因には人種差があり,日本人ではプロテインS欠乏症が最も多い.女性ホルモン剤使用による凝固線溶系の変化は1周期目には生じていることから,開始後早期より注意が必要と考えられる.
著者
小林 隆夫
出版者
一般社団法人 日本血栓止血学会
雑誌
日本血栓止血学会誌 (ISSN:09157441)
巻号頁・発行日
vol.32, no.5, pp.600-606, 2021 (Released:2021-10-22)
参考文献数
14

COVID-19感染妊婦に関する海外の系統的レビューでは,7~10%がICUに入院し,母体死亡率は1%前後,新生児死亡率は1%以下であったが,わが国では感染者数および重症者数は少なく,家庭内感染が最多であった.海外の報告では,妊婦のCOVID-19重症化と関連しているのは,高年齢,肥満,慢性高血圧,糖尿病などであった.COVID-19は凝固障害をきたすので,妊婦ではDダイマー,血小板数,FDPs,フィブリノゲンなどを定期的に測定する.妊婦を敢えて特別扱いする必要はないが,妊婦は過凝固状態であるためCOVID-19に罹患すると一層静脈血栓塞栓症(venous thromboembolism: VTE)リスクは高くなる.VTEリスクを充分に評価したうえで,理学的予防法やヘパリンによる抗凝固療法を行う.抗凝固療法としては海外では低分子量ヘパリンが推奨されているが,日本ではVTE予防に適応がないため,未分画ヘパリンを使用する.
著者
射場 敏明
出版者
一般社団法人 日本血栓止血学会
雑誌
日本血栓止血学会誌 (ISSN:09157441)
巻号頁・発行日
vol.30, no.5, pp.726-732, 2019 (Released:2019-10-15)
参考文献数
47
被引用文献数
1

要約:血管内皮上に存在するグリコカリックスは,1)血球と血管内皮の摩擦を軽減し円滑な血液循環を維持する,2)血管内腔の抗血栓性を維持する,3)血管透過性の調節を行う,4)血漿蛋白を保持するなどの重要な役割を担っている.グリコカリックスは極めて跪弱な構造体であるがゆえに,様々な生体侵襲によって容易に障害され,結果として生じる組織循環障害の成立に深く関わっている.グリコカリックスの急性障害は,これまで敗血症を中心に研究されてきたが,最近になって外傷をはじめとする非感染性疾患においてもみられることが注目され,endotheliopathy として多くの研究報告が行われているようになっている.今回はグリコカリックス障害と微小循環障害の密接な関係について最近の知見を紹介する.
著者
濱口 重人 朝野 和典
出版者
一般社団法人 日本血栓止血学会
雑誌
日本血栓止血学会誌 (ISSN:09157441)
巻号頁・発行日
vol.27, no.1, pp.34-41, 2016 (Released:2016-02-26)
参考文献数
31

要約:好中球のneutrophil extracellular trap(s NETs)は,2004 年に,LPS やサイトカインなどの刺激に応じて,自己の核内のDNA を能動的に周辺に網目のように拡散し,細菌やウイルスなどの病原微生物をトラップすると同時に,DNA に付着する抗菌蛋白やヒストンで殺菌的に処理することで感染防御に働く自然免疫の新しい機構として発見された.その後の研究の進展によって,局所の感染症のみならず血栓形成やDIC との関連や,自己免疫疾患との関連など,当初の予想をはるかに超えた多彩な作用を持ち,種々の疾患の進展に関与していることが明らかになってきている.現在これまでの断片的な病態の理解をある程度集約化できる概念として登場してきており,NETs 研究の動向は新たなステージを迎えていると言える.
著者
村嶋 正幸 成田 有吾 岩崎 英一 橋爪 永子 出口 晃 西川 政勝 出口 克巳 白川 茂
出版者
The Japanese Society on Thrombosis and Hemostasis
雑誌
日本血栓止血学会誌 (ISSN:09157441)
巻号頁・発行日
vol.3, no.6, pp.392-398, 1992-08-01 (Released:2010-08-05)
参考文献数
13
被引用文献数
2 2

The effect of a novel compound, 3-isobutyryl-2-isopropylpyrazolo [1, 5-a] pyridine (ibudilast, KC-404), on human platelet aggregation and its mechanism of action were investigated.In vitro, KC-404 inhibited human platelet aggregation induced by ADP, collagen, adrenalin, platelet activating factor and arachidonic acid but not by ristocetin. Together, KC-404 and agents which increased cAMP (prostaglandin I2, prostaglandin E1 (PGE1), forskolin) or cGMP (3-morpholinosydnonimine (SIN-1)) produced synergistic inhibitory effects on platelet aggregation.KC-404 inhibited human platelet cAMP phosphodiesterase (PDE) (IC50: 50μM) and cGMP-PDE (IC50: 5.2μM) activities. cAMP and cGMP concentration of human platelets were not increased by KC-404 itself. PGE1, an adenylate cyclase stimulator, increased cAMP content; KC-404 enhanced the effect of PGE1 on cAMP accumulation. SIN-1, which stimulates guanylate cyclase, increased cGMP content; KC-404 enhanced the effect of SIN-1 on cGMP accumulation.These results suggest that effects of KC-404 on accumulation of cyclic nucleotides and inhibition of platelet aggregation are mediated via inhibition of platelet cyclic nucleotide phosphodiesterase activities.
著者
芦田 明
出版者
一般社団法人 日本血栓止血学会
雑誌
日本血栓止血学会誌 (ISSN:09157441)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.37-44, 2020 (Released:2020-02-22)
参考文献数
29

溶血性尿毒症症候群(hemolytic uremic syndrome: HUS)は破砕赤血球を伴う微小血管症性溶血性貧血(microangiopathic hemolytic anemia: MAHA),血小板減少症,急性腎傷害(acute kidney injury: AKI)を3主徴とし,小児期においてはその大半が志賀毒素産生性腸管出血性大腸菌感染症に続発する.我が国では感染症法により本感染症は三類感染症に指定され,全例届け出義務があり,その集計より年間感染者数は3,000~4,000名で,100件程度がHUSを発症することが明らかとなっている.近年の傾向として従来,HUSを続発する血清型は主にO157:H7であったが,O157以外の血清型による症例が増えており感染の確定診断の際には注意を要する.HUSの診断は3主徴の有無により行い,治療は支持療法が主体となる.志賀毒素産生性溶血性尿毒症症候群発症に関する補体系の関与も報告されているが,補体制御薬の効果は確認されていない.基礎,臨床双方の面からのさらなる検討が必要である.
著者
平橋 淳一
出版者
一般社団法人 日本血栓止血学会
雑誌
日本血栓止血学会誌 (ISSN:09157441)
巻号頁・発行日
vol.32, no.6, pp.679-686, 2021 (Released:2021-12-25)
参考文献数
50

新たな生体防御機構として2004年に発見された好中球細胞外トラップ(neutrophil extracellular traps: NETs)は,自然免疫にとどまらずその制御不全が自己免疫疾患にも根本的に関わることが明らかとなってきた.NETsは自己免疫疾患の発症と進展へ少なくとも次の4つの点で寄与している.①病原性自己抗体産生における自己寛容(tolerance)の破綻②NETs成分の露出による自己抗原の供給③炎症の増幅④炎症に伴う血栓症(thromboinflammation)である.2007年,NETsが臓器損傷を誘発して宿主を傷つける可能性が初めて示唆されたのを契機に,NETosis阻害により様々な感染症における組織損傷を軽減できることが報告され,現在では,全身性エリテマトーデス(systemic lupus erythematosus: SLE),関節リウマチ(rheumatoid arthritis: RA),糖尿病,アテローム性動脈硬化症,全身性血管炎,血栓症,がんの転移,創傷治癒,外傷など様々な病態に関与していることが報告されている.しかし,NETsは本来生体防御機構の一つであり,感染防御のみならず何らかの有益な機能を果たしている可能性も忘れてはならず,NETsの制御法は重要な研究テーマの一つとなっている.
著者
加藤 克 山本 一博
出版者
一般社団法人 日本血栓止血学会
雑誌
日本血栓止血学会誌 (ISSN:09157441)
巻号頁・発行日
vol.31, no.6, pp.571-576, 2020 (Released:2020-12-14)
参考文献数
15

高齢化に伴い心房細動(atrial fibrillation: AF)患者は増加し,2050年にはAF有病率が1.1%(103万人)を超えるとされている.AF患者の心原性脳塞栓発症率は年間約5%と高く,90%以上が左心耳由来である.心原性脳塞栓はアテローム血栓性脳梗塞に比べ,梗塞巣が広く重篤化しやすく死亡率や介護度も高くなる.したがってAF患者の治療に際しては抗凝固療法の適応の有無を評価することが推奨される.一方,脳卒中のリスクが高く長期的に抗凝固療法が推奨される患者のうち,出血リスクの高い患者への対応に苦慮することも少なくない.このような患者に対する長期的抗凝固療法の代替として,WATCHMAN左心耳閉鎖デバイス(left atrial appendage closure: LAAC)が2019年9月に日本でも保険適用となった.本稿ではLAACの適応,術前後の流れや併用薬,さらには今後の期待と課題について概説する.
著者
桐戸 敬太
出版者
一般社団法人 日本血栓止血学会
雑誌
日本血栓止血学会誌 (ISSN:09157441)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.376-382, 2021 (Released:2021-08-31)
参考文献数
48

本態性血小板血症(essential thrombocythemia: ET)の予後を規定する因子は,血栓・出血の合併,骨髄線維症や急性骨髄性白血病への移行および他の固形腫瘍の合併であるが,現時点では,ETを治癒に導く治療は確立されていないため,治療の目標は血栓・出血の抑制が主体となる.血栓・出血のリスクを評価し,それに沿って治療の選択がなされる.従来は,年齢と血栓・出血の既往歴のみに基づいてリスク分類が行われてきたが,最近ではドライバー変異の種類と心臓血管リスク因子の有無なども取り入れられている.さらには,非ドライバー変異の存在の影響も検討されている.治療手段は,アスピリンを用いた抗血小板療法と細胞減少治療に大別される.細胞減少治療としては,ハイドロキシカルバミドとアナグレリドがともに第一選択薬として位置付けられている.新たな治療薬としては,JAK阻害剤ルキソリチニブおよびインターフェロン等があり臨床試験が進んでいる.
著者
工藤 龍彦 首藤 裕
出版者
The Japanese Society on Thrombosis and Hemostasis
雑誌
日本血栓止血学会誌 (ISSN:09157441)
巻号頁・発行日
vol.7, no.3, pp.239-243, 1996-06-01 (Released:2010-08-05)
参考文献数
10

Patients on oral anticoagulant therapy present a clinical problem when they take large amounts of natto, because immoderate ingestion of natto results in reduction of the effect of warfarin so that thrombotest and PT-INR are adversely affected.We previously demonstrated an undesirable effect of immoderate ingestion of natto in a trial in patients given 100g of natto each. In the present study changes in blood levels of vitamins K were determined after the administration of reduced doses of 10 and 30g of natto.There was no change in blood levels of MK-4. Howevere, the blood levels of vitamin K1 increased from 0.53±0.26ng/ml to 0.72±0.25ng/ml at 4 hours after the administration of 10g of natto (p<0.001). After the administration of 30g of natto the blood level of vitamin K1 increased from 0.46±0.28ng/ml to 0.70±0.21ng/ml at 4 hours (p<0.001). The blood level of MK-7 increased from 0.58±0.15ng/ml to 2.43±0.77ng/ml at 4 hours, 1.66±0.69ng/ml at 24 hours, and 1.28±0.46ng/ml at 48 hours after the administration of 10g of natto (p<0.001).After the administration of 30g of natto the blood level of MK-7 increased from 0.57±0.18ng/ml to 7.24±2.92, 4.53±1.82, and 3.00±1.09ng/ml at the same time points as mentioned above, respectively (p<0.001).The results of this study suggest the wisdom of discouraging patients on anticoagulant therapy from taking natto, since it may reduce the effect of warfarin, be the amount ingested 30g or 10g insted of 100g.
著者
須田 将吉 清水 逸平 南野 徹
出版者
一般社団法人 日本血栓止血学会
雑誌
日本血栓止血学会誌 (ISSN:09157441)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.521-528, 2019 (Released:2019-06-14)
参考文献数
19

要約:老化は様々な疾患のリスク因子である.動脈硬化巣に老化細胞が蓄積していることがわかり,血管細胞の老化がこれらの疾患に関与していることが示された.血管内皮細胞特異的に老化を抑制すると血管機能が保たれ,反対に老化を促進すると血管機能が悪化することも報告されている.さらに血管内皮細胞の老化抑制は,脳血管・心血管疾患だけでなく,肥満や糖尿病も改善させることが明らかとなり,血管内皮細胞の老化抑制は加齢関連疾患の包括的治療につながる可能性が示唆されている.さらに近年では,老化細胞除去(senolytic)治療という新しいストラテジーに注目が集まっている.老化した血管内皮細胞を選択的に除去する薬剤を投与したマウスでは,認知症や加齢による筋力低下などの老化の表現型が改善し,さらには寿命が延長するという結果も出てきている.血管内皮細胞老化は,血管疾患だけでなく様々な疾患の発症や個体老化にも重要であり,新しい治療標的となりつつある.
著者
蓮見 惠司
出版者
一般社団法人 日本血栓止血学会
雑誌
日本血栓止血学会誌 (ISSN:09157441)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.278-283, 2021 (Released:2021-06-22)
参考文献数
20

プラスミノゲン・フィブリン結合を促進する化合物の探索において,我々がクロカビから単離した小分子SMTPは,生理的血栓溶解を促進するとともに抗炎症作用,抗酸化作用を併せ持ち,血栓性および塞栓性脳梗塞モデルで再灌流促進,浮腫抑制,出血転換抑制活性を示す.SMTP同族体の一つは脳梗塞治療薬として開発中である(第2相試験の症例組入れを2020年11月に完了).本稿ではSMTPの発見,作用機序,薬理活性,医薬開発について紹介する.
著者
畠山 金太 浅田 祐士郎
出版者
一般社団法人 日本血栓止血学会
雑誌
日本血栓止血学会誌 (ISSN:09157441)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.265-273, 2012-06-01 (Released:2012-07-04)
参考文献数
33

粥状動脈硬化症の発生および進展の鍵を握っているのは血管壁における慢性炎症である.その原因は完全には解明されてないが,糖尿病,高血圧,脂質代謝異常などの危険因子の集積が重要であると考えられている.また慢性炎症反応の誘導に関して自然免疫系分子の関与も明らかとなってきた.このような炎症性刺激によるマクロファージの活性化はプラーク不安定化と破綻に深く関与する.さらにイベント発症を決定する重要なプロセスである血栓の形成・増大においても炎症性因子が関与する.動脈硬化の進展とその合併症である血栓症の予防および治療戦略を考える上で,基盤病態としての慢性炎症の制御機構の解明が重要である.
著者
中島 典子 鈴木 忠樹
出版者
一般社団法人 日本血栓止血学会
雑誌
日本血栓止血学会誌 (ISSN:09157441)
巻号頁・発行日
vol.32, no.6, pp.708-714, 2021 (Released:2021-12-25)
参考文献数
31
被引用文献数
1

COVID-19の死亡者の多くは,ウイルス性肺炎に急性呼吸速迫症候群を併発し,呼吸不全で亡くなっている.ウイルスの肺胞上皮細胞への感染に加え,血管内皮細胞への作用と血栓形成が重症化の一因となると考えられている.COVID-19関連死亡例の主たる肺病理像は,びまん性肺胞傷害(diffuse alveolar damage: DAD)であり,進行度の異なるDAD病変が混在している.免疫機能が正常の場合,SARS-CoV-2ゲノムは,肺組織から発症4週間頃まで検出され,ウイルス抗原は,肺組織の肺胞上皮細胞,単球/マクロファージに発症2週間頃まで検出されたが,血管内皮細胞には検出されなかった.肺内フィブリン血栓は動脈系の血管と毛細血管に多くみられ,国内の院外死亡例で33%,院内死亡例で10%に観察され,発症早期から形成されていた.COVID-19組織標本の分子病理学的解析によりSARS-CoV-2の血管内皮細胞への作用と血栓形成機序が明らかになり,重症化の予防ならびに治療の開発につながることが期待される.