著者
田野村 忠温 Tadaharu TANOMURA
出版者
国立国語研究所
雑誌
日本語科学
巻号頁・発行日
no.9, pp.9-32, 2001-04

現代語におけるサ変動詞の活用のゆれについては,古くは湯沢(1944)などに記述が見られ,サ変から五段または上一段への活用型の移行としてゆれを捉え得ることが指摘されている。しかし,その活用型の移行の程度は動詞や活用形によるばらつきが大きく,湯沢以後の研究においてもサ変動詞の活用のゆれは予測不能の無秩序な現象と見なされてきた。この小論では,『朝日新聞』6年分の電子テキストに見られるサ変動詞の形態のゆれを調査・分析し,サ変から五段への変化については,動詞による五段化の遅速はかなりの範囲にわたって音韻的な考慮によって説明が付くこと,そして,そうした観点で説明できない現象の側面の一部についても他の要因が複合的に作用した結果として解釈できることを明らかにする。これに対して,サ変から上一段への変化については,動詞によるばらつきを明確に説明する原理は残念ながら見出しがたいことを述べる。また,サ変動詞の活用のタイプの網羅的な記述を意図し,従来あまり取り上げられることのなかった「欲する」「なくする」「進ずる」「魅する」などの例外的な性格を有する動詞をも考察の対象とし,サ変動詞全体におけるそれらの位置付けを明らかにする。
著者
田野村 忠温 Tadaharu TANOMURA
出版者
国書刊行会
雑誌
日本語科学
巻号頁・発行日
vol.25, pp.91-103, 2009-04
被引用文献数
1

大阪大学この数年来,コーパスに基づく日本語研究を取り巻く環境は急速な進展を見せている。利用可能な電子資料の面で言えば,広義コーパス・狭義コーパスともに選択の幅が広がりつつある。この小論では,最近利用可能になった2種類の大規模な電子資料-国会会議録のデータと,筆者の試作した巨大なWebコーパス-を用いて一字漢語複合サ変動詞の活用のゆれの問題の主要部分を調査・分析する。この問題については過去の拙論で朝日新聞6年分の記事データに基づく分析を行ったことがあるが,そのときには確かめようのなかった活用のゆれの通時変化の様相を観察することができるとともに,筆者が「属する」類と呼んだ一群の動詞については五段活用化の進行の程度に基づく下位分類をさらに精密化することができることを示す。
著者
朱 京偉 Jingwei ZHU
出版者
国立国語研究所
雑誌
日本語科学
巻号頁・発行日
no.12, pp.96-127, 2002-10

北京外国語大学本稿では,語彙史の視点から近代哲学用語の成立を考察するにあたって,明治以後の哲学辞典8種を選定し,基本的な哲学用語を抽出して検討を加えた。方法としては,西周の訳語と『哲学字彙』初版の用語が,明治前期においてどんな役割を果たしていたか,また,その後の哲学用語にどんな影響を与えたかを解明するために,検討の対象となる881語を「西周と『字彙』初版の用語」と「西周と『字彙』以外の用語」の二部類にふりわけ,その下でさらに10項目の下位分類を設けた。そして,この下位分類によってグループ分けした各種の語について,所属語のリストを掲げ,それぞれの性質を検討してみた。結論から言えば,「西周と『字彙』初版の用語」は,近代哲学用語の草創期にあたる明治前期に早く登場し,明治全期にわたって強い影響を持っていた。これに対して,「西周と『字彙』以外の用語」は,明治後期から急増し,明治末期に増加のピークに達して,大正期以後しだいに減少していくというプロセスを経ている。大正後期になると,哲学用語の創出は終焉期を迎えたといえる。また,抽出した哲学用語では,在来語と新造語の比率は大体4対6の割合になっていることも今度の調査で明らかになった。This paper clarifies how modern philosophical terminology was established. The author chose 881 basic terms from 8 dictionaries of philosophy published since the Meiji era and classified them into 10 categories. The terms from each category can be divided into two groups: (1) Terms from the works by Nishi Amane (西周) and the dictionary, Tetsugaku-jii (『哲学字彙』), (2) Terms from the others. Tables display the source of each term. The philosophical terms used in the work by Nishi Amane and Tetsugaku-jii appeared in early Meiji, and had great influence during the whole period. The other terms increased drastically in the latter part of Meiji, and reached their peak at the end of the era. Their use gradually decreased in the Taisho era. We can consider the formation of modern philosophical terminology to have been completed in this time. This research also revealed that the ratio of traditional to newly coined terms was about 4:6.
著者
金沢 裕之 Hiroyuki KANAZAWA
出版者
国立国語研究所
雑誌
日本語科学
巻号頁・発行日
no.1, pp.105-113, 1997-04

岡山大学動詞の否定の連用中止法は,一般には,「~(せ)ず,…」の形が正しく,助動詞「ない」を使った「~(し)なく,…」の形は規範的でないとされている。しかし近年,一部の用例にではあるが,この形式が認められ,それらの用例を観察してみると,先行する動詞句,あるいは「動詞+ない」全体が状態的な意味を表す場合に多く用いられていることがわかった。大学生に対するアンケート調査でも,この観察の妥当性が概ね確認された。この現象を通時的変化の流れから考えると,否定の助動詞における「ず」から「ない」への移行が最終的な段階を迎えようとしていることの予兆として捉えられる可能性がある。
著者
三井 はるみ Harumi MITSUI
出版者
国書刊行会
雑誌
日本語科学
巻号頁・発行日
vol.25, pp.143-164, 2009-04

国立国語研究所全国規模での文法事象の分布図である『方言文法全国地図』から,順接仮定の条件表現を取り上げ,方言文法体系の多様性を把握するための研究の端緒として,(1)全国における分布状況の概観と結果の整理,(2)青森県津軽方言の「バ」や佐賀方言の「ギー」といった,特定方言で観察されるそれぞれに特徴的な形式を中心とした体系記述の試み,を行った。(1)では,方言特有の形式は少なく,「バ」「タラ」「ト」「ナラ」など共通語と同じ形式が,方言によって用法の範囲を異にして分布している場合が目立つことを述べた。(2)では,共通語で効いている語用論的制約が働かない例,多くの方言で区別されている「なら」条件文の意味領域を,区別せずに同一の形式でカバーする例等を示した。最後に,条件表現および方言の文法体系の多様性の記述に向けての方向性について触れた。
著者
鄭 惠先
出版者
国立国語研究所
雑誌
日本語科学
巻号頁・発行日
vol.23, pp.37-58, 2008

本稿では、方言を役割語の一種として定義した上で、日韓両国での方言意識調査を通して、役割語としての両言語方言の共通点と相違点を具現化した。最終的には、日韓・韓日翻訳の上で、両言語方言を役割語として有効活用することが本研究の目的である。考察の結果、以下の4点が明らかになった。1)両言語母語話者の方言正答率から、韓国の方言に比べて日本の方言のほうで役割語度が高いことが予想される。2)「共通語」対「方言」の対比的な役割語スタイルは、両言語母語話者の方言意識の間で共通している。3)「近畿方言」と「慶尚方言」の間には共通する役割語スタイルが見られる一方で、一部のステレオタイプの過剰一般化が役割語度アップを促進していると推測される。4)「東北方言」と「咸鏡・平安方言」の間には共通する役割語スタイルが見られる一方で、「東北方言」に比べて「咸鏡・平安方言」の役割語度がきわめて低い可能性がうかがえる。以上の結果をもとに、両言語方言の役割語としての類似性を巧く生かすことで、より上質の日韓・韓日翻訳が実現できると考える。
著者
Narrog Heiko
出版者
国立国語研究所
雑誌
日本語科学
巻号頁・発行日
no.4, pp.7-30, 1998-10

北海道大学現代日本語の動詞の活用・派生体系にどのような語形を含めるべきか,そしてその語形はどのような構造をもつかについては様々な説がある。本稿では,実現された形態にもとづき,特定の理論的枠組みに依存しない,かつ誰もが検証可能と思われる方法を用いて,動詞の活用・派生体系の分析を試み,そこから「活用語尾」と「活用語幹を派生する接尾辞」が活用・派生の中心的な要素であると結論づける。また,連続動詞や複合動詞は,活用・派生体系には直接属さないが,その周辺にあるものとして位置づけられる。この活用語形の構造分析は多くの文法理論で使用できると考える。最後に,同じ方法を他言語の動詞の形態分析に応用し,動詞形態の比較をおこなう。
著者
井上 史雄 Fumio INOUE
出版者
国書刊行会
雑誌
日本語科学
巻号頁・発行日
vol.16, pp.47-68, 2004-10

東京外国語大学この論文では,従来分析を進めてきた標準語形使用データについて,二つの単純化を適用した。地理的位置を鉄道距離によって表現したことと,語形の地理的分布を1点の重心で示したことである。本稿では,まず「河西データ」の県別使用率のグラフにより,標準語形の中でも古代初出語の一部が辺境残存分布を示すことを確認した。つぎに「河西データ」の行にあたる各語形について,鉄道距離重心を計算し,各語形の全国使用率,初出年との対応をみた。2要素ずつを組み合わせた2次元のグラフを考察し,また3要素の関係を示す3次元のグラフを考察した。さらに古代・近代2時代への区分と東西2クラスターへの区分を組み合わせて82語を4区分して検討した。古代初出の東部クラスターの語は,初出年との相関を見せない。しかし他の三つの区分では,初出年がかなりの相関を見せ,しかも近似直線の数値が似ていて,1000年につき31~36%の減少を示す。これは普及年速1キロ(弱)という仮説と矛盾しない。文化的中心地から新しく出た語は,最初は全国使用率が低いが,年数が経つと古く出現した語と同じ過程をたどって全国に広がって,全国使用率が高まると考えられる。また古代に出た語は,その後の新形に侵食されて,文化的中心地を明け渡すことがある。
著者
眞田 治子 Haruko SANADA
出版者
国立国語研究所
雑誌
日本語科学
巻号頁・発行日
no.11, pp.100-114, 2002-04

東京学芸大学幕末から明治初期にかけて,西欧文化との接触や文明開化の影響によって数多くの新しい単語が生じた結果,日本語の語彙はその基本的な部分にまで大きな変動がもたらされた。この研究は,そのような語彙の中でも特に学術分野の専門用語の一般化の過程をとりあげ,現代の各種基本語彙表や,明治から現代までの雑誌・新聞・テレビなど各種メディアにおける変遷を主に計量的手法によって明らかにしようと試みたものである。その結果,一部の専門用語は基本語彙表や現代メディアの比較的高頻度の階級に見られるなど,現代日本語の中核の部分に深く浸透していることがわかった。このような学術漢語の一般化の現象は特に雑誌などでは,明治初期から急激に進行し,1900年前後には現代の様相の基礎が既に形成されていたと推定される。
著者
朱 京偉 Jingwei ZHU
出版者
国書刊行会
雑誌
日本語科学
巻号頁・発行日
no.10, pp.80-106, 2001-10

北京外国語大学本稿は,『哲学字彙』初版・再版・三版の訳語の性質を明らかにしようとして,初版訳語の調査(1997)に続き,再版と三版の訳語をとりあげて検討したものである。再版については増補訳語の字数別で,また,三版については収録語の急増をもたらした四つの面,つまり,見出し語と訳語の増加,小見出しの増加,注脚付き語の増加,および哲学者人名の増加から,それぞれ検討した。再版の増補訳語の中で,とくに日中の現代語でともに現存するC類語とD類語に注目するほか,現存する一部の三字語・四字語にも留意すべきであろう。一方,三版の改訂が幅広く行なわれたため,増補訳語も,専門語に偏るものと一般語に偏るものとが混在していて,『哲学字彙』の専門語辞典としての性質を多様化するとともに,曖昧化してしまった。明治末期における三版の位置付けといえば,かつて初版が持っていた先進性が失われ,単なる対訳辞書の一種に過ぎなかったのかもしれない。
著者
衣畑 智秀 Tomohide KINUHATA
出版者
国立国語研究所
雑誌
日本語科学
巻号頁・発行日
vol.17, pp.47-64, 2005-04

大阪大学大学院日本語の「逆接」の研究においては,個々の形式がどのように対立しているかを捉えるための,理論的枠組みについての考察が十分ではなかった。本稿では,関連性理論を援用し,話し手の知識や対話における情報の処理についての理論的考察を行い,これを踏まえることで,ノニ,ケド,テモといった「逆接」の接続助詞が適切に記述できることを示した。一般に「逆接」では,何らかの含意関係が否定されていると言えるが,この含意関係が,ノニは,話し手の「知識」という特殊なものであり,ケド,テモは,「文脈」という発話解釈に一般的な情報である。主節の制約やニュアンスなどのノニの特殊性は,この否定される含意関係の特殊さから説明することができる。一方,ケドとテモは,「文脈」が否定される中で,前者が前件と後件がそれぞれ独立した情報として扱われているのに対し,後者は前件と後件が合わさって一つの情報として処理される,という対立を成している。
著者
彦坂 佳宣 Yoshinobu HIKOSAKA
出版者
国立国語研究所
雑誌
日本語科学
巻号頁・発行日
vol.17, pp.65-89, 2005-04

立命館大学原因・理由の接続助詞について,『方言文法全国地図』と各地の過去の方言文献とを対照してその歴史を推定した。基本的には京畿から「已然形+バ」→カラ→ニ→デ→ケン類→ホドニ→ヨッテ→サカイの放射があったと考えた。西日本にはこれらの伝播が重なり,東日本ではカラ辺りまでで,西高東低の模様がある。それは京畿からの地理的・文化的距離やカラの接続助詞化の経緯差によるところが大きいと考える。カラの他にデ・ケン類・サカイなどもかなり地域的変容が想定され,上の放射順が必ずしも順当に受容されたとは限らない。また,標準語のカラとノデに似た表現区分をもつ中央部ともたない周辺部とに分析的表現に関わる差異があり,中央語と地方語との性格の違いも認められる。
著者
鄭 惠先
出版者
国立国語研究所
雑誌
日本語科学
巻号頁・発行日
vol.23, pp.37-58, 2008-04

本稿では、方言を役割語の一種として定義した上で、日韓両国での方言意識調査を通して、役割語としての両言語方言の共通点と相違点を具現化した。最終的には、日韓・韓日翻訳の上で、両言語方言を役割語として有効活用することが本研究の目的である。考察の結果、以下の4点が明らかになった。1)両言語母語話者の方言正答率から、韓国の方言に比べて日本の方言のほうで役割語度が高いことが予想される。2)「共通語」対「方言」の対比的な役割語スタイルは、両言語母語話者の方言意識の間で共通している。3)「近畿方言」と「慶尚方言」の間には共通する役割語スタイルが見られる一方で、一部のステレオタイプの過剰一般化が役割語度アップを促進していると推測される。4)「東北方言」と「咸鏡・平安方言」の間には共通する役割語スタイルが見られる一方で、「東北方言」に比べて「咸鏡・平安方言」の役割語度がきわめて低い可能性がうかがえる。以上の結果をもとに、両言語方言の役割語としての類似性を巧く生かすことで、より上質の日韓・韓日翻訳が実現できると考える。
著者
小椋 秀樹 山口 昌也 西川 賢哉 石塚 京子 木村 睦子
出版者
国書刊行会
雑誌
日本語科学
巻号頁・発行日
vol.16, pp.93-113, 2004-10
被引用文献数
1

国立国語研究所国立国語研究所国立国語研究所埼玉大学大学院国立国語研究所『日本語話し言葉コーパス』では,形態論的な単位として,品詞の分布などの計量研究によって資料の特徴を明らかにするための長単位と,用例を採集し,話し言葉の語彙・語法の研究を行うための短単位の2種類の単位を採用した。本稿では,この2種類の単位の設計方針及び認定基準の概略について述べることとする。