著者
伊集院 睦雄
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.218-226, 2018-09-25 (Released:2018-10-11)
参考文献数
23

こころのしくみや機能を明らかにするにあたり,認知心理学(あるいは認知神経心理学)では,コンピュータ・メタファーを用いた情報処理的アプローチが用いられてきた.これに対して,メタファーの源泉を脳に求め,脳の情報処理様式で動作するシステムをコンピュータ上に構築し,シミュレーションによってこころを理解しようとする研究手法が,ここで紹介するコネクショニスト・アプローチである.本稿では,語彙処理,特に読みに関する脳型情報処理モデルを具体的に紹介しながら,コネクショニスト・アプローチの特徴を述べ,従来の研究手法との違いを明らかにする.また,近年の注目すべき動向についても簡単に触れる.
著者
坂井 麻里子 西川 隆
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.33, no.3, pp.167-176, 2017-09-25 (Released:2017-10-11)
参考文献数
51

認知症における食行動異常と嗅覚・味覚の生理学的機能との関連についての近年の知見を概説した.嗅覚障害に関してはいくつかの認知症性疾患に合併するという多くの報告がある.アルツハイマー病(AD)とレビー小体型認知症(DLB)ではしばしば著明な嗅覚障害を早期より認めるが,他の認知症性疾患では著明な障害はみられない.一方,味覚についてはいまだ少数の研究しか見あたらず,結果にも相違がみられる.著者らはADの基本4味覚(甘味・塩味・酸味・苦味)の検知・認知閾値を測定し,認知閾値は初期から上昇するが,検知閾値は遅れて上昇することを見出した.また,意味性認知症(SD)に関する予備的研究では,検知・認知閾値ともに初期から上昇した.これらの知見は特に嗜好の変化を呈するADとSDにおいて基礎的な味覚機能が食行動異常の背景にあることを推測させる.
著者
井堀 奈美
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.290-300, 2016-12-25 (Released:2017-01-18)
参考文献数
52

左頭頂葉病変による読み書き障害に関する研究をレビューした.1)失読失書,2)孤立性失書(純粋失書,失行性失書,構成失書),3)体性感覚性失読,4)タイピング障害を取り上げ,過去の知見を整理するとともに,最近の研究を紹介した.最後に読み書き障害のリハビリテーションについてもふれた.
著者
渡部 宏幸 平山 和美 古木 ひとみ 貝梅 由恵 濱田 哲 原 寛美 山尾 涼子 今村 徹
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.33, no.1, pp.35-43, 2017-03-25 (Released:2017-05-09)
参考文献数
11

左側頭葉後下部の皮質下出血後に,抽象的態度の障害を呈した症例を報告した.症例は69歳,右利き女性.回復期に,以下の所見がみられた.(1)性質の似た色の聴覚指示および分類,色の呼称の障害.(2)実際の家具の聴覚指示において,対象の個別性にこだわった反応.両者はGoldstein(1948)およびYamadoriら(1973)が報告した抽象的態度の障害と類似しており,本症例にも既報告例と共通の障害が存在すると考えられた.
著者
内山 由美子
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.155-162, 2018-06-25 (Released:2018-08-29)
参考文献数
33

注意は,様々な認知機能の基盤をなす機能で,その障害で日常,社会生活に支障が生じる.古典的に,脳幹,視床が含まれるalerting network,頭頂葉,前頭眼野皮質などの前頭葉が含まれるorienting network,前帯状皮質背側部,内側前頭皮質が含まれるexecutive networkが注意と関連するとされてきたが,近年,脳幹から大脳半球へのアセチルコリン,ノルアドレナリン投射系や,前頭前野腹側,前頭葉背外側面も含むcingulo-opercular networkやfrontoparietal networkなど,より広い脳領域の関与が想定されている.注意障害の臨床症状として半側空間無視,Bálint 症候群,保続性失書を取り上げた.局所の脳損傷だけでなく変性疾患,発達障害などでも注意障害を認め,これら疾患で生じる注意障害の特徴にも言及した.
著者
近藤 正樹
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.32, no.4, pp.311-321, 2016-12-25 (Released:2017-01-18)
参考文献数
46

後頭葉病変では純粋失読が主体であり,後頭葉病変による失書の発症は後頭葉と頭頂葉,側頭葉の境界域を含めた病巣の広がりと関係していると考えた.頭頂葉であれば角回への広がり,側頭葉であれば中・下側頭回への広がりにより失読失書が出現し,後頭葉から離れて頭頂葉ないし側頭葉寄りになると純粋失書になることが想定された.境界に関係する部位として,側頭葉では中・下側頭回,頭頂葉では角回への病変の広がりに注目する必要がある.また,純粋失読にまつわる話題として,視覚性語形領域(visual word form area:VWFA)に関する最近の知見,数字読み,逐次読みの病態機序に関する報告を紹介した.
著者
東山 雄一 田中 章景
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.34, no.1, pp.45-62, 2018

<p>外国語様アクセント症候群(foreign accent syndrome:FAS)とは,同じ母国語を使用する第三者が"外国語のようだ"という違和感を持つような発話障害を特徴とした症候群である.比較的稀な症候ではあるが,これまで100例以上の報告がなされており,発話障害の特徴として,音の高低や強弱,リズム,音調などのイントネーションの異常といった超分節素の障害や,母音・子音変化などの分節素の障害が報告されている.脳卒中以外にも様々な原因疾患で生じることが知られており,その責任病巣については左中心前回など左半球による報告が多いが,右半球や脳幹,小脳病巣での報告もあり多様である.このように,FASは原因も病巣も様々であることから,そもそも"症候群"として扱うほどの一貫性や普遍性があるのか,発語失行(apraxia of speech:AOS)との異同についてなど未解決の問題が山積している.</p><p>今回,FASを呈した自験例の紹介と既報告例を振り返ることで,FASの特徴や発現機序などについて考察を行った.特に日本人FAS例は,英語アクセント型と中国・韓国語アクセント型の2つに分類されることが多く,AOSの特徴が目立つ例では,母音や子音の長さの変化を特徴とした英語アクセント型に,AOSの特徴が目立たずピッチの障害が目立つ例は中国・韓国語アクセント型になる可能性が考えられた.</p><p>また,失語症を伴わないFAS既報告例の病巣を用いたlesion network mapping解析を行った結果,喉頭の運動野(Larynx/Phonation area)として報告されている中心前回中部が,FASの神経基盤として重要である可能性が示唆された.</p>
著者
小熊 芳実 佐藤 卓也 佐藤 厚 今村 徹
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.248-259, 2016-09-25 (Released:2016-11-04)
参考文献数
24

【背景】疫学研究によって,頭部外傷はアルツハイマー病(AD)の危険因子であることが示されてきたが,頭部外傷の既往を有する進行性の認知症高齢者の臨床像はADとして非典型的である場合が少なくない.【目的】頭部外傷の既往と緩徐進行性の認知機能障害を有する患者の臨床的特徴を検討する.【対象】認知症専門外来で精査を完了した787症例の臨床データベースから,以下の条件をすべて満たす6症例を抽出した.①重大な外傷の既往が特定されている,②その際に頭部外傷があったことを示す所見または診断がある,③頭部外傷後,周囲が認知機能や精神・人格に関する後遺症に気づいていない,④頭部外傷後,家庭生活や職業における役割が保たれている,⑤頭部外傷よりも明らかに後に緩徐に発症し進行する認知機能障害が存在する,⑥頭部画像検査上での陳旧性の外傷性病変がみられる.【方法】6症例の認知機能障害と行動心理学的症候について診療録を元に回顧的に分析した.【結果】6症例中3症例で脱抑制,感情・情動の変化や常同行動などが見られ,前頭側頭型認知症(FTD)の臨床診断基準の中核的診断基準と支持的診断的特徴に一致する項目が多かった.しかし,近時記憶障害で発症し,構成障害や道順障害もみられており,原因疾患はADであると考えられた.他の3症例は高齢発症型のADの臨床像であった.【結果】頭部外傷の好発部位は前頭葉底面と側頭葉の前方から外側底面であるので,頭部外傷による脳予備能の減少はこれらの部位でより強いと考えられる.頭部外傷によって前頭葉症状の責任病巣となる部位の脳予備能が減少し,その後に発症したADの比較的初期から,近時記憶障害とともにFTD様の前頭葉症状が出現した可能性が考えられる.
著者
浦野 雅世 石榑 なつみ 谷 永穂子 中尾 真理 三村 將
出版者
日本神経心理学会
雑誌
神経心理学 (ISSN:09111085)
巻号頁・発行日
pp.17006, (Released:2017-08-25)
参考文献数
29

右半球病変で錯文法を呈した矯正右手利きの症例を報告した.呼称障害はごく軽微でありながら,自由発話/説明発話の別を問わず助詞の誤用が著明であり,脱落は皆無であった.逸脱語順や統語構造の単純化は明らかでなかった.理解面では語義理解は良好に保持されながらも,平易な会話の理解からしばしば困難を呈した.側性化の異なる失文法症例では統語的側面と形態論的側面の障害が共起しているのに対し,本例は形態論的側面のみに障害を呈しており,側性化の異なる失文法とは発現機序が異なると考えられた.本例の錯文法の発現は異常側性化に起因するものとであると推察された.