- 著者
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大沢 綱一郎
- 出版者
- 公益社団法人 日本気象学会
- 雑誌
- 気象集誌. 第2輯 (ISSN:00261165)
- 巻号頁・発行日
- vol.36, no.6, pp.227-238, 1958
- 被引用文献数
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東支那海殊に九州西方海上で寒候季に起る突風は,温暖で静かな海面を急に襲うもので従来小さい漁船の脅威のまとであった.昭和30年の始めに多数の船舶の協力をえて協同観測を実施した結果,アメリカ合衆国でしばしば観測されるタツマキを伴う不安定線と同一と見られるものが東支那海にも存在し,雷雨を伴う発達した不安定線に.強烈な突風が伴うものであごるとがわかった.<br>また,暖候季殊に梅雨末期によく局地性豪雨があり,これも雷雨を伴うことが多いが,その場合雷雨細胞が一線上に並ぶ場合が多いものである.この雷雨細胞が一線上に並んだものの東縁を結んだものが不安定線である場合が多い.不連続線は寒暖両気塊の境界であるが,不安定線はそれとは別の場所で同一気塊内の対流現象の起る線であり,不連続線とは性質を異にする.<br>過去における長崎県のタツマキの数種も不安定線に伴うものであることがわかった.<br>不安定線通過に際しては,気象要素の急激な変化を伴うもので気圧の急上昇,気温の急降下,湿度の上昇,風速の急増(突風),風向の急変,雷雨現象(タツマキ)などが認められ,亦線の背後に雷雨高気圧とよばれる寒冷域が表現せられるのが普通であるが,之等を三つの実例,(1)昭和30年1月30日の突風(2)昭和31年8月27日のタツマキと雷雨,(3)昭32年7,月25日の豪雨と洪水によって示した.<br>昭和30年1月30日の冬の突風の例では,電光・雷鳴・ヒヨウ・アラレなど雷雨現象がもっとも発達した玄海灘で突風がもっとも強烈であったことから見ても冬の突風は雷雨現象と関連していることがわかる.この例では寒冷前線の前方約160キロメートルの処に寒冷前線にほぼ平行に不安定線が表現せられた.昭和31年8月27日の雷雨の場合には,佐世保で1時間の雨量102ミリという強烈のものでタツマキを伴ったものであるが,之等は不安定線に伴ったもので,その背後約70キロメートルの処に表現せられる寒冷前線上には著しい雲は認められないことが,運転を開始したばかりの背振山のレーダー写真に依って確認された.昭和32年7月25日の諫早方面の豪雨と洪水の場合には1時間100ミリ以上という強い雨が3時間以上も続いたものであるが,これは気象状態に地形の影響が加わって,はじめ対馬暖流にそうて走っていた不安定線がしだいに東西方向に傾いてついに停滞前線(梅雨前線)と一緒になり長い間動かなかったことに依るものである.<br>これら三例とも,いずれも雷雨高気圧が不連続線と不安定線の間または不安定線の背後に表現されている.対馬暖流上では平常は気温は周囲よりも高温であるのが普通であるが,対馬暖流上で雷雨高気圧が発達する場合には気温は周囲よりもかえって低く表現せられる.雷雨高気圧の寒冷部分は上層からの吹きおろし(Downdraft)によって生ずるものであり,上層の強風がDowndraftにより吹きおろされたものが突風であると推定される.不安定線は,対馬暖流以西の海上で発生しはじめ,対馬暖流上にきてもっとも発達することが多いのは暖い海面の影響に依る所が大きいのであろう.冬の突風の場合には,対馬暖流上で発達した不安定線はその勢力をしばらく維持して九州西沿岸を襲うが内陸に入ると地面摩擦のため,また冷却のために衰弱する.一方,夏の雷雨の場合には,九州の内陸に入り益々発達する傾向があるのは,夏の内陸の加熱作用と地形の影響による所が大きいためであろう.殊に第三の例では,Downdraftによる寒気が地形の影響を受けて不安定線を発達停滞させ諫早大水害のような惨事のもととななったことは特筆に値する.