著者
今泉 和則 原 英彰 伊藤 芳久 田熊 一敞 布村 明彦
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.6, pp.477-482, 2007 (Released:2007-12-14)
参考文献数
15
被引用文献数
1 1

アルツハイマー病,パーキンソン病を代表とする神経変性疾患は,進行性の神経細胞死という解剖学的所見を共通の特徴とする疾患であるが,その発症原因は不明であり,充分に有効な治療法・治療薬は未だ見いだされていない.また,脳虚血などの脳血管性疾患については,脳血流の低下あるいは再灌流をトリガーとして神経細胞死が惹起されることは明白であるものの,未だ著効な治療法・治療薬は明らかではない.このような背景のもと,これら神経変性疾患および脳血管性疾患に共通する「神経細胞死」という現象に関わる分子機序の解明を通して新たな治療法開発にアプローチしようという試みが,国内外ともに最近の研究の潮流となりつつある.本稿では,第80回日本薬理学会年会において開催された表題のシンポジウムでの講演より,神経変性疾患および脳血管性疾患の病態解明ならびに新規治療法の開発に大きく貢献しうる神経細胞死メカニズムの最先端研究を紹介する.

1 0 0 0 OA 遺伝毒性試験

著者
羽倉 昌志
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.1, pp.57-61, 2007 (Released:2007-07-13)
参考文献数
9

遺伝毒性試験は,化学物質が細胞DNAの構造・機能に影響を与え,その結果,DNA損傷やDNA修復,突然変異や染色体異常を引き起こす性質(遺伝毒性)を有するか否かを調べる.医薬品開発に必要な遺伝毒性試験は3試験を基本とし,in vitro試験の細菌を用いる復帰突然変異試験と哺乳類細胞を用いる染色体異常試験あるいはマウスリンフォーマ試験の2試験,in vivo試験のげっ歯類を用いる染色体異常試験あるいは小核試験の1試験となっている.この中で2種類のin vitro試験は臨床第1相試験開始前までに,これら全ての試験は臨床第2相試験開始前までに評価終了する必要がある.医薬品候補化合物は,DNAに作用する制癌剤を除き,これら全ての遺伝毒性試験で陰性であることが基本であり,1試験でも陽性結果が得られた場合は,適切な遺伝毒性試験を追加実施し,遺伝毒性のリスクを評価する必要がある.

1 0 0 0 OA P450と発がん

著者
山崎 浩史 鎌滝 哲也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.119, no.4, pp.208-212, 2002 (Released:2003-01-21)
参考文献数
19

ヒトのがんの大部分は環境中に存在する化学物質にその原因があると考えられるようになった.発がん物質の多くは不活性な物質であり,生体内で代謝的に活性化されてその作用を発揮することが知られている.しかし,代謝過程で不安定な中間代謝物の生成が見られ,これらの活性中間体がDNA等を攻撃することにより発がん性を示すことが観察されている.この反応に関与する薬物代謝酵素の中にチトクロムP450(総称をP450,各分子種をCYP)と呼ばれる一群の酵素がある.化学物質の発がん性と関係の深い変異原性を調べるバクテリア試験菌株に,ヒトP450を導入することで,実験動物ではなく,ヒトにおける代謝を調べると同時に,反応性に富む代謝中間体のDNA損傷性を高感度に検出できる系が樹立されている.動物のin vivoにおけるがん原性の作用発現におけるP450の役割を明らかにする目的で,CYP1A2,CYP1B1およびCYP2E1遺伝子のノックアウトマウスが作出された.これらのノックアウトマウスにおいては,典型的な発がん性物質を投与してもその発がん性が極めて劇的に低減することから,哺乳動物種におけるP450の役割がin vivoにおいて明らかとなった.ヒトのP450を実験動物に発現させた世界最初の例はヒト胎児に特異的に発現しているCYP3A7である.ヒト胎児に特異的に発現するP450であるCYP3A7を導入したトランスジェニックマウスは,ヒトの胎児に対する発がん性物質などの毒性の一部を推測するための強力な遺伝子改変動物となることが期待された.肝外臓器において,遺伝子改変の結果発現したCYP3A7は発がん性アフラトキシンを代謝的に活性化した.しかし,肝においては,マウス固有のCYP3A酵素の影響を受け,その役割は必ずしも明らかにすることはできなかった.P450の比較的ゆるやかな基質特異性を考慮し,宿主の対応するP450をノックアウトして,ヒトP450遺伝子を導入すると,優れたヒト型の遺伝子改変動物を用いた薬理学的研究のツールとなるであろう.
著者
植木 智一
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.4, pp.276-280, 2007 (Released:2007-04-13)
参考文献数
11
被引用文献数
3

1990年代に欧米の製薬企業で相次いで導入された高速大量スクリーニング(HTS)は,標的分子に親和性を有する化合物の探索の重要な手段として利用されている.その規模は,現在百万化合物を超える化合物ライブラリーを対象にしたスクリーニングに達している.このようなスクリーニング規模に到達した要因として測定技術をはじめとする多くの分野での技術革新が挙げられる.また,HTSの技術利用は,従来の創薬研究の初期段階である「新薬候補化合物の探索」からリード化合物選定に重要な安全動態分野である肝代謝試験,変異原性試験等へ拡大しており,創薬研究の重要な基盤技術となっている.一方,このように応用範囲が拡大するにつれて,予想外な課題や問題点も浮き彫りになってきた.この重要な創薬基盤と位置づけられる高速大量スクリーニングの現状と今後の展望について紹介する.
著者
金子 周司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.5, pp.306-310, 2005 (Released:2006-01-01)
参考文献数
24

イオンチャネル分子を標的とする薬物はその数こそ少ないが,これまでも優れた薬物が創出されている.しかしそれらは薬理作用の研究で作用点がたまたまイオンチャネルであることが分かってきたに過ぎず,先にイオンチャネルを標的と定めて薬物を創出してきた例は数少ない.イオンチャネルをコードする遺伝子の数の予測は,多数の薬物標的となりうるチャネル分子の存在を示唆しているが,ゲノム創薬的な手法が創薬の潮流を占めている現在においても,イオンチャネルを創薬標的とする機運は盛り上がらない.この原因として,内在性リガンドが存在しないことによる薬物設計の困難さ,細胞を用いた薬効評価が必要なためにスループットが高い評価系の開発が遅れたこと,さらに基礎研究においてイオンチャネルの機能解明が遅れてきたことを指摘することができる.しかし一方,イオンチャネルに対する薬効を詳細に検討すると,ヘテロマーやバリアントを含めた遺伝子表現型の多様性,アロステリック調節部位や細胞内調節ドメインの多様性,細胞の状態に依存した薬効強度の変化など,病態特異的に作用し,かつ多様な化学構造の薬物を設計するのに好都合な材料も見つけることができる.さらに,生細胞を用いたハイスループット評価系の中には,機能評価精度の高い電気生理学的な手法を応用する例が生まれてきており,ようやくイオンチャネル創薬を実行に移すためのインフラが整備されてきた.一例として神経薬理学領域で新しい薬理作用に基づく創薬が期待されている難治性疼痛や神経変性疾患を対象に考えてみると,最近では非常に多くの新しいイオンチャネルが創薬対象として十分な可能性を持っていることがわかってきた.薬理学研究者のもつ優れた研究手法によってイオンチャネルの創薬標的としてのバリデーションを推進する一方,製薬企業によって生み出される新しい低分子リガンドの発見によって,近い将来にイオンチャネルを標的とした多数の新薬の創出を期待したい. (注)NMDA受容体やP2X受容体のような明らかに内在性リガンドの存在するイオンチャネル共役型受容体は,ここではイオンチャネルに含めず受容体に含めているが,薬物作用点としてはチャネルポアも考えられるので各論においては含めている.また,イオンチャネルとトランスポータを合わせて膜輸送タンパク質と称しているが,イオンチャネルとトランスポータの境界も必ずしも明確でないので,ここではイオンチャネルという名称を象徴的に用いることにする.
著者
高島 成二
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.2, pp.69-75, 2004 (Released:2004-07-26)
参考文献数
5
被引用文献数
2

循環器領域においてアンジオテンシンIIは重要な役割を担うことが知られている.特に強い生理作用とあわせてシグナル阻害薬が高血圧や心不全の治療に使用されていることからその作用メカニズムを知ることは循環器疾患を考える上で重要である.心筋細胞におけるアンジオテンシンIIの役割はそのGタンパク共役型受容体を介すると考えられており,その結果として心筋細胞の肥大をきたす.しかし,タンパク合成を必要とする肥大反応にG共役型受容体を介する比較的一時的で敏速な細胞シグナルが関与することは特異的なシグナル経路の存在を示唆する.私はアンジオテンシンIIによる心筋肥大シグナルにEGFファミリーに属するHB-EGFという増殖因子が関与することを明らかにした.HB-EGF(heparine binding EGF-like Growth Factor)はG共役型受容体の刺激により細胞膜からメタロプロテアーゼにより分解して遊離され,心筋細胞の肥大を引き起こすことが明らかになった.さらにこのHB-EGFの細胞膜からの遊離が起こらない遺伝子改変マウスを作成すると,このマウスは生後4週ぐらいから徐々に心筋細胞の変性·脱落をきたし,心不全により早期に死亡した.これらの事実はHB-EGFが心筋細胞の肥大をきたすのみならず心筋細胞の代謝·維持に重要な働きを担うことを示唆する.AngiotensinIIなどの刺激によるシグナルはHB-EGFを介していかなる心筋細胞代謝を司るかを概説し,新しい心不全治療の可能性を検討する.
著者
池谷 裕二
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.5, pp.355-361, 2006 (Released:2006-07-01)
参考文献数
100

海馬苔状線維は歯状回顆粒細胞の軸索である.この軸索は歯状回門で束状化し,透明層と呼ばれる帯状の領域内を投射しながら,歯状回門や海馬CA3野の標的細胞とシナプスを形成する.しかし側頭葉てんかん患者の海馬では,この投射パターンがしばしば崩壊している.苔状線維は歯状回門で異常分岐し,歯状回の内側分子層でシナプスを形成する.これは「苔状線維発芽」とよばれ,ヒトだけでなく側頭葉てんかんのモデル動物でも確認されている.同現象が注目を集める理由は,発芽によって顆粒細胞が再帰型の興奮入力を受けるようになるためであり,この異常回路から過剰な神経活動が発せられるものと想定される.本総説では苔状線維が異常発芽するメカニズムとその結果に焦点を当て,てんかん原性にどのように関与するのかを考える.近年の発見を考慮すれば,発芽は軸索誘導の分子機構の破綻であると捉えることができる.これを踏まえ,異常発芽の予防が側頭葉てんかんの治療につながる可能性についても考察したい.