著者
中村 彰男
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.133, no.3, pp.144-148, 2009 (Released:2009-03-13)
参考文献数
18

血管平滑筋の収縮は細胞内Ca2+の上昇に伴い,平滑筋ミオシン軽鎖キナーゼ(SmMLCK)が平滑筋ミオシンの制御軽鎖(MLc20)をリン酸化することにより引き起こされると考えられている.しかしながら,このリン酸化仮説は細胞内Ca2+の上昇を伴わないCa2+非依存性収縮やミオシンが脱リン酸化されているにもかかわらず収縮が維持されるなどこれまでのリン酸化仮説では説明できない多くの問題点を孕んでいる.これらの問題は血管病の薬物治療において一つの壁を作っている.この問題をブレイクスルーするきっかけとなったのはリコンビナントSmMLCKを用いた研究である.リコンビナントSmMLCKには従来のキナーゼ活性に着目した研究では見えてこなかった新たな制御機構の存在が次第に明らかになってきた.それはキナーゼ活性以外にもミオシンやアクチンに直接作用して平滑筋収縮を制御する機構である.このリン酸化によらない制御機構はSmMLCKの非キナーゼ活性と呼ばれる.ここではSmMLCKのもつ非キナーゼ活性に焦点を当てて紹介したい.
著者
成田 年 鈴木 勉
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.130, no.2, pp.124-127, 2007 (Released:2007-08-10)
参考文献数
6
被引用文献数
1 1

疼痛と鎮痛の基礎実験では,主に生理的疼痛,炎症性疼痛,神経障害性疼痛に対する動物モデルが用いられている.一般に,リウマチに代表される慢性疼痛である炎症性疼痛は,炎症局所の浮腫あるいは痛覚過敏反応(軽い痛み刺激をより強い痛み刺激と感じる症状)などの症状により特徴づけられており,これら炎症性疼痛モデルは,起炎物質である完全フロイントアジュバンド(complete Freund's aduvant:CFA),ホルマリンおよびカラゲニンの足蹠皮下投与により作製される.一方,神経障害性疼痛は,末梢あるいは中枢神経の損傷や機能障害により引き起こされると考えられており,主に自発痛,痛覚過敏反応やアロディニア(軽く触れた程度の触刺激によっても痛みが誘発される症状)といった症状が認められる.現在までにこれら神経障害性疼痛に対し,末梢神経の結紮などによる様々な動物モデルが確立されている.本稿では,炎症性疼痛モデルならびに神経障害性疼痛さらにはその評価法について簡潔に紹介する.
著者
山口 拓 富樫 広子 松本 真知子 吉岡 充弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.2, pp.99-105, 2005 (Released:2005-10-01)
参考文献数
43
被引用文献数
2 11

高架式十字迷路試験は,抗不安薬をスクリーニングするための不安関連行動評価法として開発され,広く用いられている.また,薬効評価のみならず,遺伝子改変動物や疾患モデル動物の情動機能,特に不安関連行動の行動学的表現型を検索するためのテストバッテリーの一つとしても応用されている.本試験は特別な装置や操作を必要とせず簡便であるが,実験環境の設定条件が結果に大きく影響することから,その結果の解釈には注意する必要がある.重要な実験条件として,(1)実験動物の飼育環境および実験前の処置,(2)照明強度,(3)実験装置の形状が指摘されている.特に照明強度は,定量的に条件を変化させることが可能な設定条件の一つであり,目的に応じた条件設定を行うことによって感度よく不安水準を評価することが可能である.高架式十字迷路を不安誘発のためのストレス負荷方法として利用し,不安惹起中の神経生理・生化学的な生体内変化を自由行動下にて測定する試みがなされている.その一例として,皮質前頭前野におけるセロトニンおよびドパミン遊離の増加が,高架式十字迷路試験試行中の不安誘発に関連した脳内神経伝達物質の変化として部位特異的な役割を演じている可能性が考えられる.このように高架式十字迷路試験は,不安水準の評価法として薬効評価やモデル動物の情動応答を適切に,かつ,簡便に測定できる方法として有用である.また,不安関連行動中の行動変容と生体内変化を同時に解析することは,不安・恐怖・ストレスの神経科学的基盤の解明のみならず,不安障害に対する治療薬の開発に向けての新たな情報が提供されるものと期待される.
著者
生島 一真 清野 雄治 小嶋 正三
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.4, pp.245-255, 2004
被引用文献数
9

ミチグリニドカルシウム水和物(以下,ミチグリニド,商品名:グルファスト<sup>&reg;</sup>)は,グリニド系の新規速効性・短時間作用型インスリン分泌促進薬である.ミチグリニドは,膵&beta;細胞のATP感受性K<sup>+</sup>(K<sub>ATP</sub>)チャネルを介し速効性かつ作用時間の短いインスリン分泌促進作用を示すことにより,食後の血糖上昇を効果的に抑制するものと考えられている.K<sub>ATP</sub>チャネルを再構築した実験において,本薬は,心筋型のSUR2Aまたは平滑筋型のSUR2Bよりも膵&beta;細胞型のSUR1に対して強い親和性を示し,その作用選択性はスルホニル尿素(SU)薬のグリベンクラミドおよびグリメピリドに比較して極めて高かった.本薬のインスリン分泌促進作用は,in vitroおよびin vivo共にナテグリニドに比較し強力であり,SU薬に比較し速効性であった.また,正常および糖尿病モデル動物において,優れた血糖上昇抑制作用が認められた.国内の臨床試験においては,良好な食後高血糖の改善効果を示し,空腹時血糖値およびHbA<sub>1C</sub>等の臨床評価項目を低下させた.副作用はプラセボと同等であり,特に低血糖発現率もプラセボ群と差が認められなかった.以上,基礎および臨床試験成績から,ミチグリニドは2型糖尿病患者の食後高血糖改善に高い有効性を有し,かつ安全性に優れた薬剤であると考えられた.<br>
著者
片山 泰之 井上 明弘 堀籠 博亮
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.132, no.3, pp.181-188, 2008 (Released:2008-09-12)
参考文献数
20
被引用文献数
2 1

インスリン デテミル(遺伝子組換え)(販売名:レベミル®注300フレックスペン®,レベミル®注300,以下「デテミル」)は,脂肪鎖を付加しアルブミンとの結合を利用することにより,作用の持続化を図った新規持効型溶解インスリンアナログ注射製剤である.非臨床試験では,デテミルはヒトインスリンの分子薬理学的作用を有することが示された.また,NPH(neutral protamine Hagedorn)ヒトインスリン(以下「NPH」)よりも緩徐で持効型の薬理作用を有することが示唆された.デテミルとヒトインスリンの代謝パターンは類似していると考えられ,ヒトインスリンとデテミルの間に安全性に影響するような差異は認められなかった.臨床試験では,デテミルは,NPHと比較して,よりピークが少なく,より長時間(24時間)に渡り効果が持続することが確認された.国内における第III相臨床試験は,1型および2型糖尿病患者を対象としたBasal-Bolus療法,小児1型糖尿病患者を対象としたBasal-Bolus療法,2型糖尿病患者を対象とした経口血糖降下剤との1日1回併用治療の3試験が実施され,NPHに対する非劣性,空腹時血糖の低下,空腹時血糖値の個体内変動の減少,夜間低血糖の減少といった特徴が認められた.さらに,既存のインスリン治療では得られない体重増加抑制効果が認められたため,大いに臨床的メリットが期待される新規インスリンアナログ製剤である.
著者
花田 充治 野口 俊弘 村山 隆夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.2, pp.141-150, 2003-08-01
被引用文献数
1 14

アムルビシンは住友製薬により全合成された新しいアントラサイクリン系の抗癌薬であり,2002年4月に非小細胞肺癌と小細胞肺癌を適応症として製造承認を得た.ドキソルビシンなど現在市販されているアントラサイクリン系薬剤は全て発酵品あるいは発酵品からの半合成品であるのに対し,アムルビシンは化学的に全合成された化合物である.9位に水酸基の代わりにアミノ基を有し,アミノ糖の代わりにより簡単な糖部分を有するという,発酵品あるいは発酵品からの半合成品にはない化学構造上の特徴を有している.非臨床試験では,アムルビシンはヌードマウス皮下に移植したヒト腫瘍細胞株に対しドキソルビシンより強い抗腫瘍効果を示した.このマウスモデルにて薬剤組織分布を調べたところ,in vitroにてアムルビシンの約5~200倍の細胞増殖抑制活性を示す活性代謝物アムルビシノール(13位ケトン還元体)が正常組織に比べ腫瘍組織に多く分布していた.アムルビシンは組織分布の上でドキソルビシンに比べより腫瘍選択性の高い薬剤であると考えられ,また,既存のアントラサイクリン系薬剤と異なり,その抗腫瘍効果の発現に活性代謝物アムルビシノールが重要な役割を果たすと考えられた.アムルビシンはトポイソメラーゼIIを介したクリーバブルコンプレックスの安定化により抗腫瘍効果を示し,強いインターカレーション作用により抗腫瘍効果を示すドキソルビシンとは作用機序が異なると推察された.臨床試験では,未治療の進展型小細胞肺癌に対し高い奏効率(76%)を示した.未治療の非小細胞肺癌に対する奏効率は23%であった.主な副作用は骨髄機能抑制で,特にグレード3以上の好中球減少の発現率は77%であった.現在,悪性リンパ腫に対する後期第II相試験と未治療の進展型小細胞肺癌に対するシスプラチンとの併用による第II相試験が進行中である.<br>
著者
土肥 敏博 北山 滋雄 熊谷 圭 橋本 亘 森田 克也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.120, no.5, pp.315-326, 2002-11-01
被引用文献数
1 6

神経終末から放出されたノルエピネフリン(NE),ドパミン(DA)およびセロトニン(5-HT)は,それぞれに固有の細胞膜トランスポーター(NET,DAT,SERT)によりシナプス間隙から速やかに除去されて神経伝達が終息される.さらにこれらのモノアミンはシナプス小胞トランスポーター(VMAT)によりシナプス小胞内に輸送&middot;貯蔵され再利用される.NET,DAT,SERTはNa<sup>+</sup>,Cl<sup>&minus;</sup>依存性神経伝達物質トランスポーター遺伝子ファミリーに,VMATはH<sup>+</sup>依存性トランスポーター遺伝子ファミリーに属する.また選択的RNAスプライシングにより生じるアイソフォームが存在するものもある.NET,DAT,SERTは細胞膜を12回貫通し,細胞内にN末端とC末端が存在する分子構造を有すると予想される.近年,トランスポーターの発現は種々の調節機構により誘導性に制御されていると考えられるようになった.例えば,kinase/phosphataseの活性化によりその輸送活性あるいは発現が修飾され,トランスポータータンパク質あるいは相互作用するタンパク質のリン酸化による調節が考えられている.また,トランスポーターの発現は神経伝達物質それ自身の輸送活性に応じて調節されることやアンフェタミンなどの輸送基質あるいはコカインなどの取り込み阻害薬による薬物性にも調節されることが示唆されている.NET,DAT,SERTは抗うつ薬を始め種々の薬物の標的分子であることから,うつ病を始めとする様々な中枢神経疾患との関わりが調べられてきた.近年,遺伝子の解析からもその関連性が示唆されてきている.これまで抗うつ薬は必ずしも理論に基づき開発されたものばかりではなかったが,これらトランスポーターのcDNAを用いた発現系により,これまで検証できなかった多くの問題が分子レベルで詳細に検討されるようになった.その結果,多くの精神作用薬のプロフィールが明らかになったばかりでなく,より優れた,理論的に裏打ちされた多様な化学構造の新規治療薬の開発が可能となった.<br>
著者
福井 裕行
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 : FOLIA PHARMACOLOGICA JAPONICA (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.5, pp.245-250, 2005-05-01
被引用文献数
1 1

ヒスタミンH<sub>1</sub>受容体を介するシグナルはH<sub>1</sub>受容体の発現レベルにより調節を受けることが明らかにされつつある.先ず,リコンビナントH<sub>1</sub>受容体を発現する培養細胞を用いて,H<sub>1</sub>受容体のダウン調節が明らかにされた.この機構にはH<sub>1</sub>受容体分子のリン酸化が関与することを明らかにした.そして,リン酸化部位として5ヵ所のセリンおよびスレオニン残基が明らかにされた.そのうち,<sup>140</sup>T,および,<sup>398</sup>Sの2つの部位がより重要なようである.H<sub>1</sub>受容体リン酸化にはカルシウム/カルモジュリン依存性キナーゼII,タンパクキナーゼC,タンパクキナーゼG,タンパクキナーゼAなどの関与が示唆される.そして,ダウン調節にはH<sub>1</sub>受容体を介する同種ダウン調節に加えて,M<sub>3</sub>ムスカリン受容体やβ<sub>2</sub>アドレナリン受容体を介する異種ダウン調節の存在を明らかにした.異種の受容体ダウン調節は受容体分子のリン酸化が関与していないようである.それに対して,H<sub>1</sub>受容体を介するH<sub>1</sub>受容体遺伝子発現亢進による受容体アップ調節機構の存在が明らかとなった.この機構にはタンパクキナーゼCの関与が示唆される.さらに,異種のH<sub>1</sub>受容体アップ調節の存在も明らかにしつつある.アレルギーモデルラット鼻粘膜H<sub>1</sub>受容体mRNAレベルがアレルギー発作により上昇することを見いだしたが,この上昇にはH<sub>1</sub>受容体遺伝子発現の関与が示唆された.そして,H<sub>1</sub>受容体自身の刺激とそれ以外のメディエーターの関与が考えられる.また,H<sub>1</sub>受容体mRNA上昇はデキサメサゾンにより完全に抑制され,この上昇機構がデキサメサゾンの標的であることが明らかとなった.さらに,培養細胞におけるH<sub>1</sub>受容体誘発性H<sub>1</sub>受容体遺伝子プロモーター活性の上昇がデキサメサゾンで完全に抑制されることを見いだした.そして,H<sub>1</sub>受容体遺伝子には多数のイカロスサイト類似部位が見いだされた.<br>
著者
平田 拓也 舩津 敏之 毛戸 祥博 阿久沢 忍 秋保 啓 西田 明登 笹又 理央 宮田 桂司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.133, no.5, pp.281-291, 2009 (Released:2009-05-14)
参考文献数
35

イリボー®錠(ラモセトロン塩酸塩)は,男性における下痢型過敏性腸症候群(IBS)治療薬として2008年に上市された,強力かつ選択的なセロトニン5-HT3受容体拮抗薬である.ラットを用いた薬理試験において,ラモセトロンは恐怖条件付けストレス(CFS)およびコルチコトロピン放出因子(CRF)により惹起される排便亢進を用量依存的に抑制し,その効力は他の5-HT3受容体拮抗薬や既存のIBS治療薬よりも強力であった.また,これらの排便異常を抑制する用量とほぼ同じ用量範囲で,ラモセトロンはCFSによる大腸輸送能亢進およびCRFによる大腸水分輸送異常に対しても有意な改善効果を示したことから,その排便異常抑制作用には,ストレスによる大腸輸送能および水分輸送の異常に対する改善作用が寄与していると考えられた.さらに,ラモセトロンは拘束ストレスによる下痢および大腸痛覚閾値低下をほぼ同じ用量範囲で有意に抑制したことから,ストレスによる排便異常および大腸痛覚過敏のいずれにも有効であることが明らかとなった.一方,臨床においては,RomeII基準に合致した下痢型IBS患者を対象に,第II相および第III相多施設共同二重盲検プラセボ対照比較試験を実施した.その結果,ラモセトロン5μgの1日1回12週間投与は,全般症状,腹痛・腹部不快感および便通異常のいずれに対しても優れた改善効果を示し,プラセボに対する優越性が確認された.また,同じく下痢型IBS患者を対象に実施した長期投与試験の結果から,ラモセトロンの治療効果が長期間持続するとともに,効果や副作用の発現に応じて用量を適宜増減することで,より高い有効性と安全性が得られることが明らかとなった.以上,非臨床薬理試験および臨床試験の結果から,ラモセトロンは下痢型IBS患者において便通異常と腹痛をともに抑制し,その症状の寛解に極めて有効な薬剤であると考えられる.
著者
永井 純也
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.135, no.1, pp.34-37, 2010-01-01

臨床において,患者に薬物が単独で投与されるよりも,複数の薬物が投与される場合の方が多い.したがって,薬物治療を受けている患者において,程度の差はあるものの,少なからず薬物相互作用が生じているものと予想される.また,医薬品が市販後に市場から撤退を余儀なくされる場合,薬物相互作用による重篤な副作用が原因であることが少なくない.したがって,薬物相互作用をいかに回避あるいは予測できるかは,安全性に優れた医薬品を開発していく上で重要である.これまで代謝酵素が関与する薬物相互作用については数多くの報告がなされてきた.一方,近年,薬物の生体膜透過を担うトランスポーターが分子レベルで解明されるとともに,代謝過程の阻害のみでは説明できない薬物相互作用にトランスポーターが関与することが明らかになってきている.本稿では,腎臓および肝臓におけるトランスポーターを介した薬物相互作用を中心に概説する.
著者
淺井 康行
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.134, no.6, pp.320-324, 2009 (Released:2009-12-14)
参考文献数
5

創薬研究においてcell–based assayと呼ばれる細胞機能性試験は,簡便・迅速なアッセイ方法として頻用されている.これまでの細胞機能性試験で使われる細胞は,旺盛な増殖能を有するCHO細胞やHeLa細胞といったがん化した動物由来あるいはヒト由来の細胞株に目的とするターゲット分子の遺伝子を導入したものであった.しかし,このような細胞を用いたアッセイ系の一部はヒトへの外挿性はあまり高くはないことが経験的にわかってきた.一方,外挿性の低さを克服するためのフェノタイプ(形質)利用アッセイで主として用いられる初代培養細胞は,実験に用いるまでの工程が煩雑である上に,得られた細胞が脆弱であったり,ロット間のバラツキが大きかったりHTSに必要な細胞量を確保することが難しい細胞が多いことが欠点であった.このような状況から,これまで使用されている細胞株のように大規模な実験に使用できるほどの細胞量を容易に確保することができ,かつ,初代培養細胞のようにnativeに近い細胞として幹細胞由来細胞が期待され実用化され始めている.ES/iPS細胞由来心筋細胞を用いたQT延長アッセイ系(QTempo:QT prolongation Examination with Myocardia derived from Pluripotent cell)は,化合物を創薬早期に検索し創薬後期以降での“ドロップアウト”を少なくすることを主眼に置いて研究開発されてきた.QT延長関連試験は用いる細胞材料や検出法によりいくつかの方法があるが,本法はAPD(action potential duration)検出手法とヒトへの創薬に適していると考えられているサルES細胞やヒトiPS細胞を組み合わせたものである.われわれが構築したアッセイ系において化合物を評価することでよりヒトへの外挿性の高い心毒性の予測が可能となる.
著者
竹島 浩
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.121, no.4, pp.203-210, 2003 (Released:2003-04-11)
参考文献数
40
被引用文献数
3 3

筋収縮や伝達物質放出などの興奮性細胞での生理反応に先立ち,膜興奮による電気的信号は細胞質Ca2+上昇へシグナル変換される.細胞内ストア膜上のCa2+放出チャネルであるリアノジン受容体は一般的機能として細胞表層膜のCa2+チャネルと共役し,そのシグナル変換反応に寄与する.興奮性細胞系に広く分布する3種のリアノジン受容体サブタイプに関して,構造-機能相関や生理機能上の重要性が明らかにされている.一方,リアノジン受容体が生理機能を発揮するためには細胞表層膜とストア膜の近接構造が必要であると考えられる.最近,結合膜構造の形成に関与する膜タンパク質としてジャンクトフィリンが分子同定され,そのサブタイプ群の生理的重要性が変異マウスを用いて証明されている.さらに,リアノジン受容体とジャンクトフィリンサブタイプの遺伝子の変異は,ヒト遺伝性疾患の原因となることも明らかにされた.
著者
廣瀬 謙造
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.5, pp.362-367, 2006 (Released:2006-07-01)
参考文献数
18

細胞内カルシウムは,筋収縮,神経伝達物質放出,シナプス可塑性,発生分化,免疫といった様々な生理機能の制御において重要な役割を果たす.その細胞内動態は,蛍光プローブを用いたイメージングにより解析されており,時間,空間的に特徴的なパターンを持つことが示されている.特徴的な時間的パターンとしてカルシウム振動が挙げられる.これはカルシウム濃度上昇が間欠的かつ律動的に起こる現象である.また,空間的パターンとして,カルシウム濃度上昇が細胞内あるいは細胞間を波状に広がるカルシウム波と呼ばれる現象が知られるようになった.ここで,2つの問題が存在する.ひとつは,どのような機構でこのような複雑な時間空間パターンが形成されるのかという問題であり,もう一つは,そのようなパターンが下流のシグナル分子によってどのように解釈されるのかという問題である.我々は,カルシウムの上流・下流にある分子の動態をイメージングすることがこの問題を解くうえで有効であると考えた.これまでに上流分子についてはカルシウムストアからのカルシウム放出を制御するIP3のイメージング法を開発した.その結果,IP3もカルシウム同様複雑な細胞内動態を示すこと,さらに,カルシウムとIP3には相互フィードバック的な制御が存在することを見出した.また,小脳プルキンエ細胞内のIP3動態を解析し,AMPA型受容体の下流においてIP3が産生される新しい経路が発見された.カルシウムの下流にある分子としては,転写因子であるNFATの細胞内動態を可視化し,カルシウム濃度上昇によってNFATが核内に移行する時間経過を詳細に解析することに成功している.この解析によって,カルシウム振動が効率的にNFATの移行を起こすことを明らかにした.以上のように,イメージングはカルシウムシグナルの時間空間的側面を解析することに有用である.
著者
岡本 裕子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.125, no.6, pp.350-357, 2005 (Released:2005-08-01)
参考文献数
38

化学物質の安全性評価には動物実験が不可欠であり,その膨大な動物実験データを基に現在の化学物質のリスク評価は成立している.一方,1960年代にイギリスで発生した動物愛護の考え方は,その後,環境問題と連動し,社会問題のひとつとして大きくとりあげられ,EUでは,化粧品に対する動物実験の禁止が施行されるに至っている.またOECDでも化学物質の評価へのin vitro試験法ガイドラインの受け入れがなされている.これらは,経済,貿易に関する国際ハーモナイゼーションの観点から社会科学的に重要な課題である.このような社会的背景から,ここ10数年の間,日本でも動物実験代替法の開発が開始され,産官学の協力で厚生労働科学研究を中心に代替法の開発評価研究に取り組んでいる.安全性評価に対する代替法は,Russellらが定義した3Rの原則(Replacement:置換,Reduction:削減,Refinement:試験法の洗練)の考え方をもとに評価されている.特に,動物実験代替法は,それを用いてヒトへの安全性を評価する試験法であることから,通常の生体機能評価に用いられているin vitro試験法とは異なり,試験法としての有用性の確認に加えて,バリデーションによる試験法の再現性確認や倫理性,経済性,国際性,技術的一般性についても考慮して開発される必要がある.現在,完全に置き換えられると認証された代替試験法は存在していない.毒性試験の代替法の困難さは,invitro 試験法は毒性の有無の識別は可能であっても,動物において評価可能な用量.反応関係の確認が期待できない点にある.したがって,毒性の有無の識別を利用したスクリーニング法としての利用にとどまることが多い.しかし,ヨーロッパでの動物実験禁止という現実問題をクリアするため,社会科学的な観点から,実際的な取り組みとして代替法を組み込んだ安全性評価試験体系を構築していくことが必要と考えている.ここでは,現在代替法開発が進んでいる局所刺激性試験法である眼刺激性試験法および光毒性試験法について,その開発と応用について述べる.
著者
南 新三郎 服部 力三 松田 朗
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.122, no.2, pp.161-178, 2003 (Released:2003-07-22)
参考文献数
23
被引用文献数
7 7

メシル酸パズフロキサシン(PZFX:パシル点滴静注液,パズクロス注)は富山化学工業株式会社において創製され,三菱ウェルファーマ株式会社と富山化学工業株式会社で共同開発された,1-aminocyclopropyl基を有する新規な注射用ニューキノロン系抗菌薬である.PZFXは静注投与後に高い血中濃度を示しながらも,けいれん誘発作用,局所刺激作用および血圧降下作用などの注射用ニューキノロン系抗菌薬で懸念される作用が弱いことが基礎的検討で認められている.一方,PZFXはセフェム系,カルバペネム系,アミノグリコシド系抗菌薬に耐性を示す細菌に対しても強い抗菌力を示し,その強い殺菌作用により各種耐性菌での動物感染実験モデルにおいて,既存注射用セフェム系抗菌薬より優れた治療効果を示した.更に,臨床試験においても,PZFXは注射用抗菌薬の対象となる中等症以上の感染症にて,注射用セフェム系抗菌薬ceftazidime(CAZ)と同等の臨床効果と安全性を示し,加えて各科領域の前投薬無効例に対しても良好な臨床効果を示した.これらの基礎試験および臨床試験成績から,PZFXは細菌感染症治療の有用な選択肢として期待される.本総説では,PZFXの基礎的·臨床的成績を概説し,注射用抗菌薬の中におけるPZFXの臨床的位置付けについて考察する.
著者
谷口 勝彦 浦上 美鈴 高中 紘一郎
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.90, no.2, pp.97-103, 1987
被引用文献数
10

各種抗アレルギー系薬物の多形核白血球(PMNs)におけるアラキドン酸遊離活性,スーパーオキサイドァニオン(O<SUB>2</SUB><SUP>-</SUP>)産生能に及ぼす薬物の阻害効果を検討した.formyl-methionyl-leucyl-phenylalanine(FMLP)刺激によるPMNsからのアラキドン酸遊離に,20μMの濃度でazelastineとclemastineは約50%の阻害を示し,50μMの濃度でほぼ100%の阻害を示した.他方,cromoglycate,chlorpheniramine,diphenhydramineは50μMまでの濃度では50%以上の阻害作用は示さなかった.O<SUB>2</SUB><SUP>-</SUP>産生能に対する効果は,上記の薬物ではほぼアラキドン酸遊離阻害作用と平行的な相関性を示したが,ketotifenはこれらの薬物の中間的な作用様式を示し,アラキドン酸遊離は50μMで50%以上を抑制したが,O<SUB>2</SUB><SUP>-</SUP>産生能にはほとんど影響しなかった.これら薬物の細胞毒性をトリパンブルー試験法により検討をおこなった結果,いずれも50μMまでの濃度では有意な障害性を示さなかった.これらの実験結果から,抗アレルギー系薬物の中で化学伝達物質遊離阻害薬として知られるazelastine及びヒスタミン(H<SUB>1</SUB>)受容体遮断薬として分類されるclemastineは,低濃度で細胞を傷害する事なくPMNsの機能を抑制し,アラキドン酸カスケードの第一段階を阻害することにより抗アレルギー効果の重要な一端を担っていることが.示唆された.
著者
木村 伊佐美 永濱 忍 川崎 真規 神谷 明美 片岡 美紀子
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.105, no.3, pp.145-152, 1995-03-01
被引用文献数
3 9

われわれはこれまで,ラットに3%デキストラン硫酸ナトリウム(DSS)を自由飲水させることにより,体重の増加抑制,血便および貧血などの症状並びに大腸におけるびらんの形成,さらに小腸病変を欠くことなどの点でヒト潰瘍性大腸炎に類似した実験的潰瘍性大腸炎モデルが作製できることを確認した.また潰瘍性大腸炎発症動物のホルマリン固定大腸標本は,1%アルシアンブルーにより濃淡のある特徴的な青色に染色され,その濃青色領域は組織学的にびらんであることを明らかにした.今回,薬物の治療効果を評価する上で病態の程度が均等で,かつバラツキの小さい大腸炎モデルを作製するための実験条件について種々検討し,以下の結果を得た.1)ラットに3%DSSを連日自由飲水させ,飲水開始後に90%以上の個体に血便が観察された時点で選別した.2)選別基準は,(1)選別日を含めて少なくとも2日以上連続して血便が観察されること,(2)ヘモグロビン濃度が10g/d1以上であることおよび(3)選別当日の体重が,前日の体重に比べ20g以上減少していないこととした.3)選別基準を満足するラットを用い,選別日より1%DSSの自由飲水に切り替えることにより,血便の発現びらんの形成並びに赤血球数,ヘモグロビン濃度およびヘマトクリット値の低下,さらに生存率および体重などの面からみて,薬物の治療効果を判定できる適度な病態の維持が可能となった.4)選別日より1%DSSの自由飲水下でサラゾスルファピリジン(1日1回14日間経ロ投与)およびプレドニゾロン(1日1回7日間直腸内投与)を反復投与した場合,両薬物は潰瘍性大腸炎モデルに対して有意な治療効果を示した.以上の結果,本モデルを用いて1%DSSの自由飲水に切り替えた日より薬物投与を開始することにより,有用な潰瘍性大腸炎治療薬の評価が可能と考える.
著者
曽良 一郎 池田 和隆 三品 裕司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.120, no.1, pp.47-54, 2002 (Released:2003-01-28)
参考文献数
17

オピオイド系の分子メカニズムの研究は,遺伝子ノックアウト動物モデルを利用することにより,作動薬,拮抗薬などを用いるだけでは為し得ない解析が可能となった.遺伝子ノックアウトマウス作製は,分子遺伝学,細胞培養,発生工学の実験手技の集大成であり,長期にわたる労働集約的な実験作業を要するプロジェクトである.ターゲティングベクター作製のためのゲノムDNAの入手から始まり,ES細胞への遺伝子導入,キメラマウス作製の後に,はじめてノックアウトマウスを得ることができる.また,表現型を行動学的,解剖学的,生化学的に解析する際に,ノックアウトマウスであるが故の留意点もある.本稿では,新規のみならず既知のノックアウトマウスの解析を予定されている研究者も対象に,概略的知識および成功を左右するいくつかのコツを,筆者らの経験をもとに紹介する.
著者
上野 浩晶 中里 雅光
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.2, pp.73-75, 2006 (Released:2006-04-01)
参考文献数
9

近年,肥満者の増加と,肥満を基礎にして発症する糖尿病,脂質代謝異常,高血圧症などの肥満症やメタボリックシンドロームを呈する患者数が増加している.しかし,その根底にある肥満の治療法は不十分なままである.最近,NPYやそのファミリー(PP,PYY)を含めてさまざまな摂食調節物質の同定や機能解析が進んでいる.NPYは中枢神経系に存在しており,強力な摂食亢進作用を有している.NPYニューロンを活性化する入力系としてグレリンやオレキシン,抑制する入力系としてレプチンやインスリンがある.入力系の中でも胃から分泌される摂食亢進ペプチドであるグレリンは迷走神経や神経線維を介してNPYニューロンにシグナルを伝達してその作用を発揮している.PPは主に膵臓に発現しており,摂食抑制作用を有する.PYYは十二指腸から結腸までの腸管で産生され,摂食抑制作用を有する.PYYは迷走神経を介して中枢の摂食抑制系ペプチドであるPOMCニューロンを活性化してその作用を発揮している.これら摂食調節ペプチドの機能解析が進んで,ペプチドそのものや受容体のアゴニスト,アンタゴニストといった新規の抗肥満薬の開発や実用化が期待される.
著者
高橋 良輔
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.124, no.6, pp.375-382, 2004 (Released:2004-11-26)
参考文献数
37
被引用文献数
1 3

パーキンソン病は,ドパミンニューロンの選択的変性による進行性の運動障害を主症状とする神経変性疾患である.家族性パーキンソン病の一型である常染色体劣性若年性パーキンソニズム(AR-JP)の病因タンパク質であるParkinは,基質タンパク質を特異的に認識し,プロテアソームによる分解を促進する酵素,ユビキチンリガーゼ(E3)である.このためE3の不活性化により,基質タンパク質が異常蓄積してAR-JP発症に至ると考えられる.その仮説に基づいてParkinの基質タンパク質が探索された結果,現在では約10種類の異なる分子がParkinの基質として報告されている.その中で我々が見出したパエル受容体(Pael-R)は黒質ドパミン細胞に高度に発現する,リガンド不明のGタンパク質共役型受容体である.Pael-Rは折れたたみ(フォールディング)が困難なタンパク質で,新生タンパク質の約50%がフォールディングに失敗し,構造が異常で機能をもたないミスフォールドタンパク質になる.ParkinはE3として構成的にミスフォールド化Pael-Rをユビキチン化し,その分解を促進している.AR-JPではParkinが不活性化されるために分解されなくなったミスフォールド化Pael-Rが小胞体に蓄積し,小胞体ストレスによって細胞死を引き起こすと考えられる.Pael-Rは培養細胞でアポトーシスを起こすだけでなく,ショウジョウバエのニューロンで過剰発現させてもドパミンニューロン選択的細胞死を引き起こすことが示された.一方Parkinノックアウトマウスではドパミンニューロン死は起こらず,既知の基質の蓄積もみられないことから,病因となる基質の特定は困難な状況である.Pael-R蓄積による小胞体ストレスがAR-JPの神経変性をどこまで説明できるのか,最新のデータに基づいて議論する.