著者
崎村 克也 平仁田 尊人 宮本 道彦 永田 健一郎 山本 経之
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.126, no.1, pp.24-29, 2005 (Released:2005-09-01)
参考文献数
52

薬物依存研究の視点は,(1)依存の形成機構の解明および(2)薬物への“渇望”の再燃・再発機構の解明にある.薬物依存の実験法としては,1)薬物選択試験法,2)条件づけ場所嗜好性試験法,3)薬物弁別試験法および4)薬物自己投与実験法が繁用されている.しかし,前者3つの実験法は依存性薬物の強化/報酬効果または薬物摂取行動の機構解明に迫れても,薬物への“渇望”の再燃・再発の機構解明に向けての妥当性の高い戦略とは言い難いが,ラットの薬物自己投与実験法では“渇望”の動物モデルが確立されている.“渇望”を誘発する臨床上の要因として,(1)少量の興奮性薬物の再摂取(priming),(2)薬物使用を想起させる環境因子(薬物関連刺激),そして(3)ストレスの3種類が知られている.ヒトで乱用される薬物はラットでの薬物自己投与行動が成立し,上記の刺激により生理食塩液投与下でのレバー押し行動(薬物探索行動)が発現する.この行動が臨床上の“渇望”を表す動物モデルとして考えられている.脳内局所破壊法と薬物の脳内微量注入法により,薬物摂取行動と薬物探索行動(“渇望”)では,脳内責任部位が異なることが明らかにされている.また,薬物探索行動は,その誘発要因により発現パターンやD2受容体の関与の仕方が異なることも分かっている.これらの知見は,薬物探索行動の発現機序が誘発要因の違いによって異なることを示唆している.一方,近年,薬物探索行動における内因性カンナビノイドの関与が示唆され,内因性カンナビノイドとドパミンやグルタミン酸神経系とのクロストークに熱い視線が注がれている.今後の薬物依存研究は,“渇望”の発現機序の解明と共に,“渇望”のモデル動物での情動や認知機能の変容にも焦点をあて,多面的に薬物依存を捉えていく必要がある.
著者
鳥居 邦夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.110, no.supplement, pp.28-32, 1997 (Released:2007-01-30)
参考文献数
12
被引用文献数
2 3

Taste preferences are altered to reflect physiological needs and to support the recovery from nutritional disorders. The central mechanism both recognition for and adaptation to a deficient essential nutrient, i.e. L-lysine, have been unveiled that the feeding center in the hypothalamus is a primary center nucleus to induce a neuronal plasticity responding to dietary intake of deficient nutrient in the brain and peripherally, such as sense of taste and its concentration change. Changing preferences may act as an alarm, signaling protein malnutrition or metabolic adult disease, such as hypertension for saltiness, diabetes for sweetness, etc. In addition, our consumption of alcohol beverage is still increasing despite of one of candidate to induce the hepatic disorders, because pharmacological function of alcohol in the brain is welcome for people enjoying meal or being relieved from stresses. Preference for both L-alanine and L-glutanine was observed when alcoholic rats fell in the hepatic disorder. Acute alcohol loading induced suppression of motor activity and the hepatic dysfunction, but both amino acids did obviously protect these alcoholic symptoms. People should have to require a little bit more specific L-amino acid physiologically and pharmacologically depending upon different states among aging, lifestyle, metabolic diseases and various stresses.
著者
亀山 勉 鍋島 俊隆 山口 和政
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.75, no.1, pp.73-89, 1979 (Released:2007-03-29)
参考文献数
30
被引用文献数
4 4

Morphineによって生じるStraub挙尾反応(STR)と鎮痛作用の発現機構を脊髄レベルで検討し,以下の成績を得た.1)STRは背側仙尾骨筋の切断によって消失した.2)spinal miceの脊髄を電気刺激すると挙尾反応が生じる.3)morphine 0.25~5μgを腰椎髄腔内に投与するとSTRが用量依存的に生じた.しかし,spinal miceの腰椎髄腔内にmorphineを投与してもSTRは生じなかった.4)STRは末梢性筋弛緩薬のtubocurarineおよびmorphine拮抗薬のnaloxoneの腰椎髄腔内投与によって抑制および拮抗された.5)STRはC5~6の右後半部,左後半部または左右後半部およびT11~12の右後半部または左右後半部を切除しても抑制されず,T11~12のTransectionで始めて消失した.6)脊髄のcatecholamine(CA)ニューロンを破壊したり,5-hydroxytryptamine(5-HT)ニューロンを破壊してもTail Reactionは生じなかったが,morphineで生じるSTRは増強された.7)morphine 0.5μgを腰椎髄腔内に投与すると鎮痛作用が得られた.8)C5~6の左後半部または左右後半部を切除すると疼痛閾値が上昇したが,C5~6の右後半部を切除しても疼痛閾値は変化しなかった.Morphineの鎮痛作用はC5~6の右後半部,左後半部または左右後半部を切除すると抑制された.T11~12の右後半部を切除しても疼痛閾値は変化しなかったが,morphineの鎮痛作用は減弱した.9)脊髄のCAニューロンを破壊したり,5-HTニューロンを破壊すると疼痛閾値が低下したが,morphineの鎮痛作用はnorepinephrine(NE)ニューロンを破壊した場合にのみ抑制された.以上の知見から,morphineは脊髄に作用しSTRと鎮痛作用を生じ,STR発現は脊髄の前半部が重要であり,NEニューロン,5-HTニューロンの神経活動が抑制され生じるが,morphineの鎮痛作用発現には脊髄の後半部が重要であり,NEニューロンの神経活動が増強されることによって生じることを見い出した.
著者
永井 拓
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 : FOLIA PHARMACOLOGICA JAPONICA (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.129, no.5, pp.354-359, 2007-05-01
参考文献数
47
被引用文献数
2 2

薬物依存(精神依存)はある薬物の精神的効果(快感)を体験するためにその薬物の摂取を強迫的に欲求している精神的・身体的状態である.中脳腹側被蓋野から側坐核に投射する中脳辺縁系ドパミン作動性神経系は報酬回路を構成する重要な神経系の一つである.これまでの研究により,依存性薬物の乱用により報酬回路の異常興奮が長期間持続すると,報酬回路に病的な可塑的変化が生じ,渇望を伴う依存状態になると考えられている.我々は,薬理作用としては中枢抑制と興奮と全く逆の作用を示す麻薬および覚醒剤による薬物依存症に共通して関連する生体分子を同定するために,DNAマイクロアレイを用いて麻薬(モルヒネ)および覚醒剤(メタンフェタミン)依存動物の脳内に発現する遺伝子を解析し,両薬物の依存症を悪化させる分子の一つとして組織プラスミノーゲン活性化因子(tPA)を同定した.さらに,tPAはプラスミンを介してプロテアーゼ活性化受容体-1を活性化し,ドパミン遊離を促進することにより麻薬(モルヒネ)およびタバコ(ニコチン)依存症を悪化させることを見出した.一方,依存性薬物の使用により統合失調症に類似した精神病が誘発され,その精神症状は長期間持続することが知られている.我々は,低用量のメタンフェタミンをマウスに反復投与し,メタンフェタミン休薬後も長期間にわたり記憶障害を呈するメタンフェタミン誘発性記憶障害モデルマウスを作製した.さらに,記憶の長期固定には前頭前皮質におけるドパミンD1受容体の刺激と下流に存在するextracellular signal-regulated kinase 1/2(ERK1/2)の活性化を介したタンパク合成が重要であること,メタンフェタミンの連続投与によるドパミンD1受容体/ERK1/2の機能不全が記憶障害に関与していること見出した.本総説では,我々の知見から得られた依存性薬物による精神障害の分子機序を概説し,従来にない新しい治療薬の薬理学的コンセプトとなりうる可能性について述べる.<br>
著者
木皿 憲佐 桜田 忍 只野 武 桜田 司 丹野 孝一 碓井 千春 北野 裕 高砂 浄
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.101, no.4, pp.269-280, 1993 (Released:2007-02-06)
参考文献数
8

イオヘキソール及びイオパミドールの静脈内投与時の中枢作用9項目((1)一般症状,(2)自発運動量,(3)直腸体温,(4)電撃痙攣,(5)抗痙攣,(6)脳波,(7)催眠増強,(8)筋弛緩,(9)抗侵害刺激)について比較検討した.(1)一般症状観察の項目の内で驚き反応に対するスコアはddY系のマンニトール投与群で0であるのに対しICR系では0.6と高い値であった.さらに,両造影剤投与による驚き反応はマンニトール投与群との間に明らかな差は認められなかった.(2)自発運動量に対してはイオパミドールの1750mgI/kgで抑制作用が認められた.チオペンタールナトリウムの(7)催眠作用に対してイオヘキソールの7000mgI/kg投与によって催眠作用の増強が認められた.(3)直腸体温及び(4)電撃痙攣に対して両造影剤の高用量において正常体温の下降作用と電撃痙攣による死亡率の有意な上昇が引き起こされた.(5)抗痙攣,(6)脳波,(8)筋弛緩及び(9)侵害刺激に対して両造影剤は有意な作用は示さなかった.以上の実験結果から,両造影剤は必ずしも類似の薬理作用を示すものではないことが示された.しかし,両造影剤のLD50値が約15000mgI/kgであることから判断すると,それぞれの造影剤投与によるこれらの作用は非特異性なものであると考えられた.
著者
中尾 薫 安藤 晃裕 平形 美樹人 安藤 直生 竹下 浩一郎 宮本 庸平 望月 英典
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.135, no.5, pp.205-214, 2010-05-01
被引用文献数
2 6

レミッチ<sup>®</sup>カプセル2.5 <I>μ</I>g(主成分はナルフラフィン塩酸塩)は,血液透析患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果が不十分な場合に限る)を効能・効果として2009年1月に承認された,選択的なオピオイド<I>κ</I>受容体作動薬である.各種そう痒モデル動物の抗ヒスタミン薬感受性および抵抗性の引っ掻き行動に対して,ナルフラフィン塩酸塩は用量依存的な抑制作用を示し,種々の痒みに対して止痒作用を発現する可能性が示唆された.また,ナルフラフィン塩酸塩の作用が<I>κ</I>受容体拮抗薬nor-BNIの脳室内投与により抑制されることから,中枢神経系の<I>κ</I>受容体の活性化を介して止痒作用を発現するものと考えられた.非臨床および臨床試験から,薬物動態学的特徴として,(1)長期投与により未変化体または代謝物が蓄積する可能性はないと考えられる,(2)投与後速やかに吸収され,肝臓や腎臓に高濃度分布すると共に,薬理作用部位と考えられる中枢神経系にも分布する,(3)CYP代謝反応の主な分子種はCYP3A4であり,それを阻害する薬剤との併用により未変化体の血漿中濃度が上昇する場合がある,(4)ナルフラフィン塩酸塩はP糖タンパク質の基質であるが,併用した他のP糖タンパク質基質薬物の輸送に影響を及ぼす可能性は低い,(5)未変化体およびその代謝物は,透析により除去され,血液透析患者において蓄積する可能性は低い,という特徴を有する.臨床においては,ナルフラフィン塩酸塩2.5および5 <I>μ</I>gの1日1回原則として夕食後の経口投与により,既存治療抵抗性そう痒症を有する血液透析患者に対して止痒作用を示し,その作用は長期の反復投与によっても減弱しなかった.また,動物を用いた依存性試験および臨床試験の結果から,ナルフラフィン塩酸塩が依存性および乱用をもたらす可能性は非常に低いと考えられた.以上のように,ナルフラフィン塩酸塩は,血液透析患者の既存治療抵抗性のそう痒症を抑制し,QOLを向上できる極めて有効な薬剤であると考えられる.
著者
森際 克子 福田 淳 山下 勝幸
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.115, no.4, pp.185-192, 2000 (Released:2007-01-30)
参考文献数
48
被引用文献数
11 13

中枢神経系における傷害,虚血に際して,免疫細胞であるミクログリアやグリア細胞が活性化され,サイトカインを分泌して侵入物の撲滅と組織修復を図る.この免疫細胞が,プリン受容体のイオンチャネル型P2XおよびGタンパク共役型P2Yを発現し,傷害された細胞から放出されるATPに応答して,その機能を変化させることが明らかとなって来た.単離培養されたラット網膜ミクログリアでは,非刺激下で,Gタンパク共役型P2U(P2Y2,P2Y4)とイオンチャネル型P22Z(P2X7)が同等に発現しているのに対して,LPS刺激下では,P2Z優位となり,そのCa2+応答が増大する.一方,虚血(低酸素1%濃度)下で活性化されたミクログリアはP2UとP2Zの両受容体の感受性が共に高く,また,P2Uの応答が優位である.この低酸素濃度下では代謝型P2Uの活性化を介してミクログリアの増殖が誘導され,P2Uによる細胞内Ca2+動態と容量性流入がこの増殖機構に関与していると考えられる.さらに,LPS刺激と低酸素の両活性化においてTNF-αとIL-1βの分泌が見られ,その分泌がP2ZのアゴニストBzATPにより亢進し,アンタゴニストoATPにより抑制されることから,P2Z(P2X7)受容体がサイトカイン分泌機構に関与していると考えられる.P2Z(P2X7)はまた同時に増殖を阻止し,アポトーシスを誘導する.このP2Z(P2X7)受容体は,マクロファージ,単球,線維芽細胞のいずれにもあり,サイトカインのみならずプラスミノゲンの分泌にも関与する.TNF-αの転写,遊離にはMAPキナーゼのp44/42およびp38が関与することが示唆されており,P2Z(P2X7)の活性化はCa2+依存性に,NFAT,NF-κをも活性化させて,増殖のシグナル経路を阻止し,アポトーシス誘導経路とp44/42とp38を介する分泌経路を駆動する可能性がある.
著者
栗山 千亜紀 植田 喜一郎 荒川 健司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.146, no.6, pp.332-341, 2015 (Released:2015-12-10)
参考文献数
25
被引用文献数
2 3

カナグリフロジン水和物(以下カナグリフロジン,製品名:カナグル®錠(国内),Invokana®錠(海外))は,2型糖尿病治療薬として2013年3月に米国で初めて承認されたナトリウム/グルコース共輸送体(SGLT)2阻害薬である.2014年7月には,国内でも承認を取得した.1990年,田辺三菱製薬は世界に先駆け,尿糖排泄促進による経口糖尿病治療薬の創薬研究に着手し,経口投与でSGLTを阻害するT-1095の創製に成功した.さらに治療薬としてより適した化合物を探究し,誕生したのがカナグリフロジンである.カナグリフロジンは,腎近位尿細管において糸球体ろ過された大部分のグルコースの再吸収を担うSGLT2を選択的かつ競合的に阻害し(SGLT1とのIC50値の比は158倍),血中の過剰なグルコースを尿糖として排泄することでインスリン非依存的に糖尿病モデル動物の高血糖を是正する.肥満モデル動物においては,体重および体脂肪増加を抑制する効果を認めた.Zucker diabetic fatty(ZDF)ラットにカナグリフロジンを反復投与することで,持続的に血糖値を低下し,インスリン分泌能の改善および膵β細胞量の維持をもたらした.また,カナグリフロジンとDPP-4阻害薬テネリグリプチンとの併用投与,およびラットでの消化管内糖質量に関する検討から,小腸SGLT1阻害を介した糖質吸収遅延作用を有することも示された.2型糖尿病患者を対象とした国内外の臨床試験において,カナグリフロジンは持続的なヘモグロビンA1c(HbA1c)改善,体重および血圧低下,eGFRの低下抑制効果等を示しており,実施中のグローバル大規模臨床試験(CANVAS,CREDENCE)の結果にも大いに期待がもたれている.
著者
鹿子嶋 正彦 友松 貴子 福田 哲子 三ヶ島 浩 寺澤 道夫
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.97, no.5, pp.277-286, 1991 (Released:2007-02-13)
参考文献数
34
被引用文献数
1

ケミカルメディエーターにより誘発されるモルモット気道収縮とその時肺灌流液中に遊離されるケミカルメディエーター量に対するY-20811の作用を検討した.acetyl salicylic acidやindomethacinと同様にY-20811は0.01~1mg/kg,i.v.で用量に依存してarachidonic acidおよびLTD4により誘発されるモルモット気道収縮を抑制した.また,Y-20811(1mg/kg,i.v.)はPAFによるモルモット気道収縮も抑制した.Y-20811は経口投与でも0.3~10mg/kgでLTD4により誘発されるモルモット気道収縮を用量依存的に抑制し,10mg/kgでは抑制作用が投与24時間後まで持続した.しかし,Y-20811(1mg/kg,i.v.,10mg/kg,p.o.)はhistamine,serotonin及びacetylcholineによるモルモット気道収縮を抑制しなかった.mepyramineで前処置した受動感作モルモットでY-20811(10mg/kg,p.o.)は抗原誘発気道収縮を抑制した。arachidonic acidにより誘発されるモルモット気道収縮をY-20811(10mg/kg,p.o.)は抑制し,またその時肺灌流液中に遊離されるTXA2(TXB2として測定)の産生量を減少させ,PGE2の産生量を増加させた(TXB2およびPGE2の産生量はHPLCにより測定).LTD4およびPAFによる気道収縮時にもTXA2が産生されていることが明らかにされている.以上のことからY-20811がケミカルメディエーターにより誘発されるモルモット気道収縮を抑制するのはTXA2の産生量を減少させ,PGE2の産生量を増加させることに基づくことが示唆された.これらの成績からY-20811は新しい抗喘息薬としての有用性が期待される.
著者
中村 春木
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 : FOLIA PHARMACOLOGICA JAPONICA (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.116, pp.18P-22P, 2000-11-01

ゲノム、プロテオーム、フィジオームという、全体とネットワークとを解析する"-ome"研究が意味を持つのは、たとえばプロテオーム研究においては、素子としての個々の蛋白質分子と、素過程としての分子間相互作用がそれぞれ物理化学的に詳細に明らかにされていることが前提である。単なる部品の名前と結果としての各部品の機能だけでは、モデルとしてのネットワークを超えることはできない。そのための実体を明らかにする研究こそが、構造生物学およびそのゲノム・スケールでの構造ゲノム科学であり、創造的な薬物設計につながる。
著者
森口 茂樹 福永 浩司
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.4, pp.206-210, 2016 (Released:2016-04-09)
参考文献数
20

近年,うつ病患者の増加は深刻な社会問題であり,なかでも,うつ病治療薬であるparoxetine,fluvoxamineなどの選択的セロトニン再取り込み阻害薬(selective serotonin reuptake inhibitors:SSRIs)が治療効果を示さない難治性うつ病患者の増加が注視されている.私達は,sigma-1受容体欠損マウスがうつ様症状を発現することから,難治性うつ病治療におけるSSRIsに代わる新しい治療標的としてsigma-1受容体賦活化作用を提唱している.Sigma-1受容体は,神経細胞の小胞体に局在し,inositol 1,4,5-triphosphate(IP3)受容体を介して小胞体からミトコンドリアへのカルシウム輸送を担う分子シャペロンである.私達はcalcium/calmodulin-dependent protein kinase IV(CaMKIV)欠損マウスにおいて,うつ様症状の発現と海馬歯状回におけるadult neurogenesis(神経新生)の低下を見出しており,CaMKIV欠損マウスを難治性うつ病のモデルマウスとしてsigma-1受容体作動薬の効果を検討した.CaMKIV欠損マウスのうつ様症状はsigma-1受容体に親和性のないparoxetineは改善効果を示さないが,sigma-1受容体に親和性の高いfluvoxamineは有意な改善効果を示した.さらに,CaMKIV欠損マウスに対して,sigma-1受容体アゴニストであるSA4503がうつ様症状を改善した.FluvoxamineおよびSA4503によるCaMKIV欠損マウスのうつ様症状の改善効果には,神経新生と密接に関与するprotein kinase B(Akt)およびextracellular signal-regulated kinase(ERK)の活性化,続いてbrain-derived neurotrophic factor(BDNF)の産生亢進が関与していた.私達の研究結果は,sigma-1受容体賦活化が難治性うつ病の治療法になる可能性を示している.
著者
樋口 宗史 山口 剛 仁木 剛史
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.127, no.2, pp.92-96, 2006 (Released:2006-04-01)
参考文献数
16
被引用文献数
2 3

摂食行動は中枢視床下部摂食中枢の神経細胞に存在する10種あまりの摂食関連神経ペプチド遺伝子の発現により精密に調節されている.その主体をなすものは視床下部弓状核にある摂食誘導性のNPY/AgRP神経と摂食抑制性のα-MSHを産生するPOMC(proopiomelanocortin)神経の拮抗的支配であることが明らかになってきた.NPYは弓状核NPY-Y1とY5受容体を介して最も強い摂食誘導を引き起こす中枢内在性の神経活性ペプチドである.絶食負荷は摂食行動を強く誘導するが,これは末梢での血糖,インスリン,レプチンの低下が摂食中枢の神経ペプチドNPY/AgRP遺伝子転写を誘導し,逆に摂食抑制性のPOMC,CART遺伝子を抑制することに依る(血糖恒常説,脂肪恒常説).摂食関連ペプチド群の中でNPY遺伝子発現系が摂食調節にどのように関わるかを調べるために,NPY-Y5受容体ノックアウトマウスの摂食行動と脳内摂食関連ペプチド遺伝子発現の変化が調べられた.急性投与ではNPY受容体Y1,Y5アンタゴニストはそれぞれ摂食行動を有意に抑制するが,NPY-Y5受容体の生後よりの持続的遮断を反映するY5受容体ノックアウトマウスでは逆に特徴的な肥満と,それに伴う自由摂食時と絶食負荷時の摂食量の増加が認められた.自由摂食時の視床下部弓状核でのNPY遺伝子発現は著しく減少していたが,摂食抑制性のPOMC遺伝子発現は弓状核で有意に減少していた.絶食負荷時にはこれらの遺伝子発現の変化が増強された.NPY受容体ノックアウトを用いた実験から,NPY神経系が持続性遮断されるような状態では他の摂食関連遺伝子発現,特にPOMC遺伝子発現が視床下部摂食中枢で代償的に変化する代償機構の存在が明らかになった.
著者
山下 富義
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.2, pp.95-100, 2016 (Released:2016-02-10)
参考文献数
16
被引用文献数
2

代謝酵素を介した薬物間相互作用は薬物療法上大きな問題となっており,医薬品開発段階でもその予測・評価が求められている.生体の階層構造を考慮した生理学的速度論モデルはin vitro-in vivo補外予測に有効であり,医薬品開発ガイドラインの中でもモデリング&シミュレーションの一手法として活用が推奨されている.しなしながら,酵素誘導を伴う薬物間相互作用に関しては,遺伝子の転写・翻訳を伴う現象であることから予測はかなり難しい.筆者らは,CYP3A4の強力な誘導薬であるリファンピシンを例として,生理学的速度論モデルと酵素誘導ダイナミクスとを組み合わせて酵素誘導による薬物間相互作用の予測に成功した.さらに,この薬物間相互作用モデルを,近年活発に開発が進められているシステムバイオロジー関連のオープンプラットフォーム(CellDesigner/PhysioDesigner)上に再現した.これらのプラットフォームはモデルの共有・再利用性に優れており,現在注目を集めているシステム薬理学研究に有効なツールとなる.
著者
山本 経之 薮内 健一 山口 拓 中路 将徳
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.117, no.1, pp.49-57, 2001 (Released:2002-09-27)
参考文献数
51
被引用文献数
1 2

本論文では, (1)渇望状態や薬物探索行動の動物モデルと, (2)それらの発現機構について, コカイン自己投与実験を中心に概説する.実験動物において, 自己投与行動習得後薬物を生理的食塩液に置換しても激しいレバー押し行動が観察される.この行動を薬物探索行動と捉え, 薬物自己投与の終了からの時間経過によって, within-sessionモデルとbetween-sessionモデルとに区別する.一方, 生理的食塩液によるセッションを反復すると, 薬物探索行動は消去(extinction)されるが, 少量の薬物再投与, ストレス付加および薬物関連刺激の呈示によって探索行動が再発する.これを再発(relapse/reinstatement)モデルと呼ぶ.電気生理学的研究によって, コカイン自己投与中のラット側坐核ニューロンの発火頻度は, レバー押し直後に抑制され, 次のレバー押しまで漸増的に回復する現象が見い出された.こうした特異的な発火パターンは, 渇望状態や薬物探索行動を反映している可能性がある.マイクロダイアリシス法による検討によると, 薬物探索時のレバー押し行動は, 側坐核のドパミン濃度の変動によって予測できる可能性が指摘されている.ドパミンD2様受容体作動薬はコカインの強化効果を増強し, コカイン探索行動の再発を生じさせるのに対し, D1様受容体作動薬はコカイン摂取行動を減少させ, コカイン探索行動を消失させる.コカイン再投与によって惹起されるコカイン探索行動は, AMPA受容体拮抗薬の側坐核内注入により抑制されたが, ドパミン受容体拮抗薬では抑制されなかったことから, 側坐核内のグルタミン酸伝達は, 渇望や薬物探索行動の発現にとってより重要な役割を担っていることが示唆される.今後, 薬物依存症の解明に向けてより妥当性の高い薬物探索モデルの確立が望まれる.
著者
木戸 秀明 久保 佳史 井上 理 林 一孝 成田 祐士 内田 武 渡辺 正弘
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.101, no.2, pp.79-91, 1993

イヌ急性心筋梗塞モデルを用いて,血栓溶解薬ナサルプラーゼ(plasminogen pro-activator)を静脈内に持続投与し,血栓溶解作用ならびに血栓溶解後急性期および慢性期の心機能の変化を検討した.冠動脈の閉塞により,循環動態においては心拍出量の減少,体血管抵抗および左心室拡張終期圧(LVEDP)の上昇が認められ,また左心室造影による解析の結果,左心室駆出率および左心室局所壁運動の低下等の心機能の低下がみられた.このモデルに,冠動脈閉塞30分後よりナサルプラーゼを8単位/kg/分の用量で静脈内投与した結果,78.6%(11/14)に再開通を認め,投与開始から再開通までの時間は平均37.4分であった.再開通時における血漿中フィブリノゲン量は薬物投与前と比較してほとんど変化しなかった.なお,再開通5~10分後より徐々に不整脈が出現した.再開通直後は左心室収縮機能がやや改善する傾向を示したものの,心機能全体としては改善をみなかった.しかしながら,1週間後にはナサルプラーゼによる再開通群で心機能,とりわけ収縮機能の回復がみられ,心臓に対する負荷が軽減されたのに対し,対照群(薬物非投与群)では回復を認めなかった.対照群では冠動脈の持続的な閉塞によって心臓が肥大し,左心室前壁から心尖部にかけて広範な心筋壊死が観察されたが,再開通群では梗塞サイズが対照群に比して有意に小さく,心肥大の進展が抑制された.以上のことから,イヌを用いた急性心筋梗塞モデルにおいて,ナサルプラーゼの静脈内投与による再潅流療法は有用であると示唆された.
著者
苅谷 嘉顕 本間 雅 鈴木 洋史
出版者
公益社団法人 日本薬理学会
雑誌
日本薬理学雑誌 (ISSN:00155691)
巻号頁・発行日
vol.147, no.2, pp.89-94, 2016 (Released:2016-02-10)
参考文献数
10
被引用文献数
1 2

臨床現場における薬物副作用出現は,その症状に伴った臨機応変な対応が求められるのみならず,減量や休薬などにより治療効果を減弱させる場合があり,大きな問題となっている.そのため,治療効果を減弱させないマネージメント法の提案や,開発段階から副作用を回避する薬物を探索する手法構築は極めて重要な課題である.しかしながら,薬物副作用は,主作用と異なり起因分子が明確でないことが多いため,メカニズム解明やその出現予測は一般に困難である.本稿ではまず,副作用解析アプローチを,チロシンキナーゼ阻害薬erlotinibやsunitinibに対する副作用解析を具体例として紹介している.これらの薬物副作用解析において,生体を分子レベル,細胞レベル,組織レベル,個体レベルと階層性に基づき理解し,ベースと考えられる分子レベルでの薬物親和性に関する網羅的解析により,副作用を誘導する候補分子を同定し,システム生物学的手法により細胞レベルでの応答を理解することで,副作用メカニズムを同定することが可能となった.このアプローチを,より広範な薬物副作用解析に応用するためには,複雑なシステムである細胞内分子ネットワークの〝動的〟挙動解析に関する技術開発が今後の課題と考えられた.また,副作用予測に関しては,副作用発現に関わる細胞レベルでの網羅的で複雑な分子連関を解析することにより予測可能と期待されるが,このアプローチにおいても複雑システムの解析が重要となることが想定される.〝動的〟挙動解析は,副作用解析および予測のどちらにおいても強力なツールとなると考えられるが,これまでの解析技術では,シミュレーションモデルにおけるパラメータの信頼性や解析対象モデルの複雑性による解析困難といった課題がある.これらの克服が,副作用解析および副作用予測へのブレイクスルーになると考えられる.