著者
中村 重穂
出版者
北海道大学留学生センター
雑誌
北海道大学留学生センター紀要
巻号頁・発行日
vol.13, pp.78-97, 2009-12

小論は、日本語の論文に於ける「だ」と「である」の選好状況をアンケート調査によって調べた上で、その選択条件を考察したものである。調査・考察の結果、基本的に論文では「である」が用いられ、特に、段落の順序構造を示す、書き手が強調したい部分を含む、先行内容を承ける指示詞を含む述部、例示表現を含む、文末に一定の述定成分を要求する表現が先行する、「名詞1であるという名詞2」や「名詞/ナ形容詞であると動詞」の構造内、モダリティ表現の後ろという七つの特徴を持つ文では「である」が選好されることが解った。また、「だ」は、文末に現れる「だろう」、「だ」を構成要素として含む文末表現、書き手や引用文の話し手の主観性が反映されている箇所に現れることが観察された。これらによって文章表現指導の際の一定の規則は提示し得たと考えられるが、さらなる妥当性の検証と新たな条件の解明、及び"混用文体"指導の適否やその技術的可能性の追究が必要になると考えられる。
著者
和田 弥恵子
出版者
北海道大学留学生センター
雑誌
北海道大学留学生センター紀要
巻号頁・発行日
vol.2, pp.41-57, 1998-12

日本語の発音指導において、学習者の母語の音声に関する知識は非常に重要である。音声を表記するためには、国際音声字母(IPA)が現在世界で使用されているが、語学書や辞書の中にはIPAと一部異なる記号で発音表記されているものもあり、複数の言語の発音比較の際や、教師が精通しない文字の発音を調べる際に不便である。また、仮名習得を必要としない学習者に対する日本語教育では一般にローマ字表記が用いられているが、日本語ローマ字表記の文字と音声の対応関係が、学習者の母語と異なることもあり、その場合には学習者に誤った発音を想起させる結果を招くこともある。より効率よく日本語の発音を把握させるためには、学習者の母語の文字表記習慣に則った音声表記が有用であろう。本稿では、スラヴ語の中からポーランド語を取り上げ、まずスラヴ語全般に関する背景知識について述べた後に、ポーランド語の音をIPAで確認し、音声的特徴をまとめた。最後に、ポーランド語話者のための日本語音声表記を試みた。
著者
小池 真理
出版者
北海道大学留学生センター
雑誌
北海道大学留学生センター紀要
巻号頁・発行日
vol.4, pp.58-80, 2000-12

本稿では、日本語学習者の依頼の発話行為を母語話者に評価してもらい、失礼な印象を受けるのが学習者のどのような発話行為からなっているか、さらに同じ状況での母語話者の発話行為と比較して、どのような違いがあるのかを分析することを目的とする。まず、学習者の依頼のロールプレイを母語話者に見せ、自由に印象を語ってもらった。そのコメント中から失礼な印象、不安を感じると述べられた学習者の発話を取り出し、分析した。そして同じ場面での母語話者のロールプレイから得られた発話データと比較した。分析の結果、「依頼」の場面において母語話者が失礼な印象を持ったのは、(1)終助詞「ね」の多用で、特に文節末における多用、(2)「明日時間がありますか」と突然尋ねる用件の切り出し方、(3)可能形を使った依頼表現、(4)開き手とのネゴシエーションが不足した一方的な談話展開、であった。さらに、学習者の発話行為には母語話者のものと比べて、(1)聞き手の負担に遠慮を示す発話行為の不足、(2)相手の負担の軽減を提示する発話行為の不足、(3)開き手の反応に応じたネゴシエーションの不足、が見られた。
著者
小林 ミナ
出版者
北海道大学留学生センター
雑誌
北海道大学留学生センター紀要
巻号頁・発行日
vol.1, pp.54-67, 1997-10

日本語学習者が、外国語が外来語として日本語にとりこまれる際の日本語化規則を習得する過程を調べるために、初級の日本語学習者(17名)を対象に、「英語を日本語の外来語としてかたかなで表記する」という48の英単語からなる調査を実施した。学習者の回答をパーソナルコンピュータ上でデータベースに入力し、正解率、誤答例などを日本語化規則ごとに出力した。本稿では、このうち、開音節化に関する規制をとりあげ、考察する。開音節化規則の平均正解率は56.43%であり、音韻に関する規則の中で、もっとも高かった。しかし、「かたかなで表記する」という調査方法そのものが、開音節化と直結しているため、学習者が本当の意味で日本語の音韻体系の習得に成功しているかどうかについては、本調査の結果からは判断することはできない。次に、開音節化規則が適用された36語、延べ55箇所(=チェックポイント)に対する回答に基づいて、S-P表を作成し分析したところ、次の3点がわかった。1)17名の学習者は、開音節化規則について等質と考えられる。2)問題項目としての開音節化規則も、ほぼ等質と考えられる。しかし、[t / d / dʒ / tʃ / m] の開音節化規則については、異質であることが観察される。3)前舌母音に後続する[k]、[tʃ / dʒ / ʃ / θ ] 、音節末の[ŋ]、音節末以外の[p]、[u] が添加される[t]、は習得しにくい。以上のことから、音韻論上の制約、また、年代的に古い外来語などにしか適用されない生産性の低さ、などの点で、開音節化規制において例外といえる規則は、習得の面においても、習得しにくい、言い換えれば、有標(marked)な規則であることが示唆される。また、本調査の被験者間にみられた習得の傾向が、縦断的な習得のプロセスを反映しているとすれば、日本語学習者は「基本的な開音節化規則→子音による例外規則→語彙による例外規則」の順で、開音節化規則を習得していることが推測される。
著者
鄭 惠先 小池 真理 舩橋 瑞貴
出版者
北海道大学留学生センター
雑誌
北海道大学留学生センター紀要
巻号頁・発行日
vol.13, pp.4-21, 2009-12

本稿では、類義表現の「~てならない」「~てたまらない」「~てしかたない」「~てしようがない」に関して、前接語彙とジャンルという2つの観点からその使い分けを分析した。本稿で使用した『現代日本語書き言葉均衡コーパス』は、大規模かつ複合性を持つ多ジャンルコーパスであるため、近似的ではあるが現実の日本語使用を多く反映している。よって、つぎに示す本稿での分析結果は、実際の使用場面に直結する有益な情報として、日本語学習者に提供できるものと考える。1)「ならない」は動詞、中でも自発、心状を表す動詞との共起関係が強く、「たまらない」はイ形容詞、中でも希望、感情を表すイ形容詞との共起関係が強い。2)「気がしてならない」「~たくてたまらない」「気になってしかたない」など、いくつかの定型的な共起パターンが存在する。3)文字言語的要素の強いジャンルでは「しかたない」、音声言語的要素の強いジャンルでは「しようがない」の使用が目立つ。4)国会議事録のような、フォーマルさを持ち、客観性が求められる話題の場では、「ならない」の多用、「たまらない」の非用という特徴的な傾向が見られる。
著者
中村 重穂
出版者
北海道大学留学生センター
雑誌
北海道大学留学生センター紀要
巻号頁・発行日
vol.11, pp.56-75, 2008-03

小論は、2002年度目本語教育学会春季大会シンポジウムに端を発する安田敏朗と松岡弘の「論争」を批判的に検討したものである。松岡は、安田が日本語教育史研究の「これから」に対して行った批判に反批判を加え、コメニウスと山口喜一郎の言語教育観・教授法の類似性を根拠に言語教育の普遍性を主張し、日本語教育を論難する安田に反論する。しかし、筆者は、この反論に於ける松岡による安田の見解の不当な矮小化、歴史的文脈を無視したコメニウスと山口の対比の不的確性、松岡のテキスト解釈の狭さを指摘し、さらに、こうした松岡の解釈が安田や、同様に日本語教育を批判する駒込武に対する"報復感情"に起因することを批判した。また、松岡や関正昭の駒込・安田批判が、日本語教育の部外者に向けられながら内部者には為されない不徹底さを指摘し、その閉鎖的な体質を批判するとともに、歴史研究者からも学ぶこと及び日本語教育に無理解な言説に対する批判の必要性を提唱した。
著者
阿部 保子
出版者
北海道大学留学生センター
雑誌
北海道大学留学生センター紀要
巻号頁・発行日
vol.2, pp.1-12, 1998-12

思考動詞「思う・考える」等は、一人称主語の文中、ル形で主語の現在の思考、すなはち発話時を表す。それは、発話時で話者の内的思考を認識できるのは、話者以外にはいないからである。発話時を基準として、発話行為と思考行為とが別々の人によって行なわれ、話者は他者の思考を直接認識することができない二・三人称主語の文では、思考動詞の語彙的意味が変化する。この場合、思考動詞は「食べる・見る・読む・蹴る」等の動作性動詞に、意味上近づく。思考動詞の意味上の変化が原因となって、二・三人称主語の文で発話時を示すには、「思っている・考えている」等のテイル形になる。本稿では、思考動詞の意味上の変化がル形とテイル形というアスペクト対立を無くすことを、またなぜ動作性動詞に近づくかを明らかにしたい。日本語教育の場でも、「思う」の語彙的意味の変化を使って、三人称主語と「思っている」の関連を説明することができる。本稿では、「ラオさんは明日晴れると思う」の誤用例を図を用いて説明した。
著者
中村 重穂
出版者
北海道大学留学生センター
雑誌
北海道大学留学生センター紀要
巻号頁・発行日
no.6, pp.106-114, 2002-12

In this paper, the author points out some methodological problems in historical studies of Japanese language teaching, namely, a tendency towards studies focused on particular individuals and on the Euro-American origins of teaching methods as well as hasty generalizations of research in this field. Finally, the author advocates the necessity for a joint study between scholars of history and teachers of Japanese language towards further investigations in this field and suggests some new perspectives.
著者
池上 素子
出版者
北海道大学留学生センター
雑誌
北海道大学留学生センター紀要
巻号頁・発行日
vol.8, pp.14-27, 2004-12

本稿では、レポート作成の予備教育としての作文教育に生かすことを目的として農学系論文コーパスを分析し、原因用法を中心に「ため」と「ために」の使用実態の相違を明らかにすることを試みた。その結果明らかになったことは以下の通りである。1)「ため」は主に原因・理由用法に、「ために」は主に目的用法に用いられる。2)「ため」は原因にも理由にも用いられるが、「ために」は原因に用いられることはあっても、ほとんど理由に用いられることはない。3)原因を表す「ために」にはいくつかの特徴が認められた。それは、(1)「ため」より連体修飾節内に収まるものが多い。(2)談話レベルにおいて「ために」が用いられやすい文脈がある、ということである。談話レベルにおいて用いられやすい文脈とは、a)ある現象を述べ、その原因を後から記述する文脈、b)ある現象を述べ、それがいくつかの原因の連鎖の結果起きたことであることを記述する文脈、c)対比・逆接の文脈、の三つである。これらa)~c)の特徴は、原因を表す「ため」では「ために」ほど顕著に現れず、また「ため」に独自の特徴も認められなかった。「ために」に上記の特徴が「ため」よりも顕著に現れた原因は、いずれも焦点化によって説明ができる。これらの知見を作文教育に生かせば、学習者の疑問に応え、より適切な文章の産出の一助となると思われる。
著者
中川 道子 二村 年哉
出版者
北海道大学留学生センター
雑誌
北海道大学留学生センター紀要
巻号頁・発行日
vol.4, pp.18-37, 2000-12

日本語学習者の漢字読みテストの誤答にみられた短音化と長音化の傾向が、学習者の聴覚的な音の長短の認識の違いに起因すると推測し、その確かな傾向を探るために2音節語の聞き取り調査を行った。その結果、長母音を短母音と聞く誤り(短母音化)には(1)前音節より後音節に起こりやすい、(2)前音節では拗音を含む長母音が短母音化しやすい、(3)前音節では平板アクセントに、後音節では頭高アクセントに起こりやすい、の傾向があった。短母音を長母音と聞く誤り(長母音化)には(1)前音節より後音節に起こりやすい、(2)「よ」音を含む音節は含まない音節より長母音化率が高い、(3)前音節ではアクセントによる差はあまりないが、後音節では頭高アクセントより平板アクセントに多い、の傾向が見られた。さらに、聞き取り調査に用いたテスト語の持続時間を測定し、前音節と後音節の持続時間の割合を調べたところ、この割合は学習者の誤聴傾向と高い関連性があった。よって前音節と後音節の持続時間の違いが母音の長短の認識のずれの一因となっていると考えられる。
著者
中村 祐理子
出版者
北海道大学留学生センター
雑誌
北海道大学留学生センター紀要
巻号頁・発行日
vol.6, pp.21-36, 2002-12

本稿は中級学習者の受け身の誤用例を採集し、分析したものである。その結果、誤用の原因として以下のことが考察された。1)文体と受け身の不適切な関連 2)自動詞に関する不充分な理解 3)自動詞と他動詞の不充分な識別 4)利害性と受け身の主体の共起に関する不充分な理解 5)主語の省略における誤解と話者の視点の不統一 この考察を元に効果的な指導を行うために四つの留意点を示した。・受け身の主体における誤用の産出を避けるためには初級学習の段階から視点の概念を導入することが必要である。・文のねじれを回避させるためにテキストに基づいた主語の省略やテキスト内の話者の視点の統一に留意することを指導する。・文体に関連すると思われる受け身文、能動文の意味機能を考えて使い分けができるようにする。・等価の事象を叙述する他動詞受け身文と自動詞文の区別ができるように白動詞文の効果的な指導を行う。