著者
浅岡 洋一
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.30, no.2, pp.59-67, 2013-05-10 (Released:2013-06-21)
参考文献数
43

c-Jun N-terminal kinase(JNK)シグナル伝達経路は,細胞外からの様々なストレス刺激や発生プログラムなどの内因性シグナルを細胞核へ的確に伝達するための主要なシステムの1つである。JNKはMAPキナーゼファミリーに属するタンパク質リン酸化酵素であり,線虫から哺乳類に至る動物門で幅広く保存されている。JNKは上流の2種類の活性化因子であるMAPキナーゼキナーゼ(MKK)4とMKK7によってリン酸化を受けて活性化し,遺伝子発現を調節することにより多彩な細胞応答を誘導する。近年,MKK4とMKK7のそれぞれのノックアウトマウスを用いた解析から,これらが発生期の肝臓形成や脳形成に重要な役割を果たすことが明らかとなった。一方,JNKシグナルは器官形成期より早い時期の形態形成運動にも関与することが最近になって示され,初期胚のボディプラン形成におけるJNKの役割が注目を集めている。本稿では,MKK4とMKK7の生化学的特性について概説するとともに,各動物種の初期胚形成期における両キナーゼの生理機能を比較し,最後にJNKシグナルが形態形成運動を統御する分子機構の一端についてゼブラフィッシュの知見を中心に紹介する。
著者
古川 直裕
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.16, no.3, pp.171-179, 1999-09-30 (Released:2011-03-14)
参考文献数
37
被引用文献数
1
著者
筒井 圭 今井 啓雄
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.24-29, 2015-03-16 (Released:2015-04-03)
参考文献数
32

苦味感覚は主に舌の味蕾に発現するG蛋白質共役型受容体(GPCR)である苦味受容体(TAS2R)によって担われている。ヒトゲノムには26種類のTAS2R遺伝子が存在し,それぞれが多種類かつ異なるセットのリガンドを受容することで多くの苦味物質の認識が実現されている。近年,TAS2Rのレパートリーやリガンド感受性について種間および種内で多様性が存在することが明らかとなってきた。また,舌以外の様々な組織・器官においてもTAS2Rが発現していることが次々と報告されており,TAS2Rが味覚以外の様々な生理機能に関与することが示唆されている。本総説ではそのようなTAS2Rの種間・種内・組織間における遺伝的・機能的多様性について,霊長類に注目して概観する。
著者
森山 徹
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.28, no.3, pp.273-277, 2011-10-31 (Released:2013-07-10)
参考文献数
20

本能行動は,動物の生存や繁殖の成功を実現するという意味において適応的である。一方,実験者が本能行動を観察しようとするとき,適応とは無関係と思われる変異行動もしばしば観察される。しかし,「変異行動がどのようなメカニズムで生成するのか」「そのメカニズムの機能的意義はどのようなものなのか」といった問題は,これまでの動物行動学ではほとんど扱われてこなかった。また,本能行動の神経機構を探る神経行動学や生理学の分野では,変異行動はそもそも除外される対象であったと思われる。 本稿では,動物は変異行動を生成する能力を備え,それによって,環境が突発的に変動する際,新たな適応行動を生成できることを,オカダンゴムシやオオグソクムシを用いた行動実験で例示する。
著者
寺北 明久
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.3-9, 2006-01-30 (Released:2007-10-05)
参考文献数
27

脊椎動物の視覚の光受容体ロドプシンは, G蛋白質共役型受容体 (GPCR) の一種であり, 唯一3次元立体構造が決定されるなど, GPCRの中で最も研究の進んでいる蛋白質の1つである。一方, 他のGPCRがアゴニストと呼ばれる外来性の化学物質 (ホルモンや神経伝達物質) を結合して活性化されるのと対照的に, ロドプシンは分子内にインバースアゴニスト (アンタゴニスト) と呼ばれる不活性化物質11-シス型レチナールを結合しており, 光エネルギーを使ってそれをアゴニストである全トランス型レチナールに変換して活性状態になる。著者らは, 頭索動物ナメクジウオの光受容体が, 脊椎動物のロドプシンと同様にアンタゴニストと結合して光で活性状態になるのみならず, アゴニストである全トランス型レチナールを直接結合して活性化される能力も持っていることを発見した。このロドプシンが示す一般のGPCR様の性質と光受容体としての性質とについて詳細に解析した結果, ロドプシンの分子進化過程で備わった視覚の暗ノイズを低下させるための分子機構についての知見も得られた。また, ナメクジウオロドプシンの新しいロドプシンモデルとしての可能性についても考察する。
著者
坂井 貴臣
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.28, no.2, pp.225-230, 2011 (Released:2011-08-30)
参考文献数
48

神経遺伝学は動物の本能行動の研究に利用されている。特定の行動を支配する遺伝子を同定することができれば,その行動にかかわる神経回路の同定やその生理学的メカニズムの解明に役立つ。キイロショウジョウバエは古くから行動実験に利用されてきたが,その中でも特に性行動の研究が盛んに行われ,多くの研究者によって雌雄の複雑な性行動が詳細に報告されてきた。また,分子生物学的解析が容易なことから,性行動にかかわる多くの遺伝子が同定されてきた。オスの性行動の研究では遺伝子を同定するにとどまらず,性行動を制御する脳神経細胞・回路が同定され,さらにそれらの神経活動と性行動の関係も明らかにされつつある。一方,未交尾メスの性行動にかかわる遺伝子も報告されているものの,メスの性行動を制御する脳機構はいまだ不明な点が多い。本稿では,キイロショウジョウバエメスの性行動の研究手法とこれまでに報告された遺伝子や神経遺伝学的研究を紹介するとともに,これまでに得られた知見からその分子・生理機構について議論する。
著者
高坂 洋史
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.35, no.2, pp.93-99, 2018-08-01 (Released:2018-08-15)
参考文献数
52

我々ヒトも動物であるので,動物が動くのを見てもそれほど驚きを感じない。しかし,動物の身体の中で起こっていることに目を向けると,動物が動くことはそれほどあたりまえではないことに気が付く。動物は,体全体に配置された筋肉を巧みに制御することで運動する。その運動制御を主に担うのが,多数の神経細胞が複雑につながった中枢神経系である。複雑な神経ネットワークが,いかにして適切な運動制御を実現するのかというのは,全く自明な問いではなく,神経科学における重要な研究課題である。本稿では,神経回路がどのように運動制御を担うかについて,細胞レベルでの解析が進んでいるショウジョウバエ幼虫を用いた研究を紹介する。ショウジョウバエ幼虫は,体軸方向に体節がつながった構造をしており,各体節の筋収縮パターンによって前進,後進,屈曲などを示す。我々の研究グループを含む世界中の研究者により,これらの多様な運動パターンを担う介在神経細胞が明らかにされてきている。この神経回路機構を,他の動物種の運動回路機構と比較することで,運動制御機構の共通性を探る。
著者
安藤 規泰
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.35, no.2, pp.108-118, 2018-08-15
被引用文献数
1

<p>飛行は,昆虫を特徴づける行動の1つであるが,飛行の研究は昆虫に限らず,動物一般の運動制御にとって重要な発見をもたらしてきた。運動制御機構の研究のモデルとなる動物には,主にサバクバッタ,ハエ,そしてスズメガが用いられてきたが,なかでもサバクバッタは中枢パターン発生器の発見で有名であり,昆虫飛行の代表的なモデルである。ハエは小さいながらも極めて優れた飛行能力を有しており,それを支える感覚運動系の研究に多く用いられてきた。特にショウジョウバエは,近年の遺伝子工学の進歩により,飛行の神経メカニズムの解明になくてはならない存在である。一方,スズメガは,サバクバッタと並ぶ大型の実験昆虫で,ハエに匹敵する高い運動能力を備えている。そして,形態も内部メカニズムも両実験昆虫の中間的な特徴を有しており,飛行の多様性を知るうえで無視できない存在である。本稿では,このスズメガを中心に,筆者らがこれまで進めてきた自己受容器による感覚フィードバック経路の解析,自由飛行における飛翔筋活動と羽ばたき運動計測,そして飛翔筋活動による胸部外骨格の変形の解析という,互いに密接に関連した研究の概要を紹介する。さらに,他の研究グループから近年報告されたユニークな飛行のメカニズムの話題を合わせて紹介する。最後に昆虫飛行の研究の今後の展望として,統合的な理解を進めるために何をすべきかを議論する。</p>
著者
高橋 景一
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.14, no.3, pp.185-193, 1997-09-30 (Released:2011-03-14)
参考文献数
27
著者
大西 憲幸 久原 篤
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.112-120, 2012-09-20 (Released:2012-10-17)
参考文献数
42

感覚や記憶・学習といった高次神経活動を制御する神経情報処理の基本原理の解明は,現代神経科学の重要な課題である。神経情報処理の解明に向けたアプローチとして,わずか302個からなるシンプルな神経回路を持つ線虫Caenorhabditis elegans(C. elegans)をモデル系とした解析が行われている。C. elegansは,シンプルな神経回路をもちいて,様々な外部刺激を感知し,多様な応答行動をとることができる。それらの行動が線虫から高等動物まで高度に保存された神経情報処理メカニズムにより制御されていることが次第に明らかとなってきている。これまで,線虫の神経系の解析は主に分子遺伝学的手法を用いて行われていたが,近年,神経活動のin vivo光学イメージング技術や神経活動をリモートコントロールできる最新の光技術の発達により,従来は困難であった生理学的解析も可能となっている。これらの技術を駆使した解析により,温度走性を制御する分子基盤や回路が明らかになっただけでなく,感覚ニューロンと介在ニューロンの間の情報処理における新しい概念が発見されてきた。本稿では,線虫の温度に対する応答行動に焦点をあて,主に分子生理学的解析により新たに発見された神経情報処理メカニズムについて,最新の論文を中心に概説する。