著者
長山 俊樹
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.3-12, 2014-03-14 (Released:2014-03-28)
参考文献数
40

ザリガニ腹部最終神経節は尾扇肢感覚情報処理・運動出力制御の中枢であり,上行性・局在性スパイキング及びノンスパイキング介在ニューロンからなる局所回路が形成されている。この回路の抑制経路を電気生理学的・薬理学的・免疫組織化学的手法を用い明らかにした。前運動性要素のノンスパイキング介在ニューロンにはPL,ALという2グループが存在し,PLニューロンの抑制性伝達物質はGABA,ALニューロンはグルタミン酸で,相反的な並列経路を形成,回避行動発現時の尾扇肢運動を制御している。また,尾扇肢への機械感覚刺激に対し多くの上行性介在ニューロンは側抑制を示し,素早く短いfast IPSP,もしくはゆっくりとした持続時間の長いslow IPSP応答が起こる。fast IPSPはグルタミン酸作動性の両側性スパイキング局在ニューロン,一方,slow IPSPはGABA作動性の両側性ノンスパイキングニューロンLDSによって引き起こされる。ClチャネルブロッカーPTX存在下でfast IPSPは阻害されるが,slow IPSPは影響を受けず,またslow IPSPに比べfast IPSPの逆転電位が極めて浅いことから,グルタミン酸の抑制作用がCl-の流入,GABAがK+の流出を介していることが分かった。
著者
櫻井 全
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.35, no.2, pp.85-92, 2018-08-01 (Released:2018-08-15)
参考文献数
54

数千種におよぶウミウシのうち数十種において遊泳行動を示すことが確認されている。ウミウシの遊泳行動には体を背腹方向に屈曲させるものと左右に屈曲させるものに大別されるが,遊泳する種の系統樹上における分布には明瞭な規則性が見られない。例えばトリトニアとウミフクロウはよく似た背腹屈曲型の遊泳運動を示すが,系統的に遠戚であるため独自に獲得した行動と考えられる。それでも遊泳の運動出力パターンを作り出す神経回路には相同なニューロンが含まれ,回路構成にも類似点が多く見られる。 さらにセロトニンによる神経修飾作用が遊泳パターン発生において重要な役割をも持つという点においても共通している。一方,スギノハウミウシとメリベウミウシを含む単一系統群では,共通祖先から受け継いだ相同な左右屈曲型の遊泳行動を示すが,遊泳パターン発生回路のデザインや相同ニューロンの機能に大きな違いが見られる。つまり行動の類似性や相同性から神経回路の類似性や相同性を予測することは難しい。このようにニューロンの同定と種間比較が容易であるウミウシの遊泳パターン発生回路は,定型的行動の進化を考える上で有用な研究材料である。
著者
岩田 勝哉
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.15, no.3, pp.184-192, 1998-09-30 (Released:2011-03-14)
参考文献数
57
被引用文献数
2
著者
酒井 正樹
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.29, no.3, pp.135-150, 2012-09-20 (Released:2012-10-17)
参考文献数
10
被引用文献数
1

今回はニューロンにおける活動電位の伝導をとりあげる。ここでいう伝導とは,軸索起始部で発生した活動電位が,減衰することなく高速で軸索を伝わって行くことである。伝導のしくみについては,活動電位のしくみがわかっておれば,それなりに理解できる。ただし,十分納得しようとすると実はそれほど簡単ではない。それは,伝導には静止電位や活動電位であまり問題にならなかった空間という要素があるからだ。活動電位の発生では,電位変化は球形の細胞膜全域で同時均等に起こっているものとして扱えた。だから,電位の時間的変化だけに注目しておればそれでよかった。また,イオンの電気的作用についてみても,細胞膜を挟んだ近接領域おそらくナノメータ(10–9m)オーダーの範囲でよかった。これに対し,伝導では活動電位の空間的ひろがりを考えねばならない。そのひろがりは,細い軸索の長軸方向に沿ってミリメートルからセンチメートルオーダーにもなる。そして,そのひろがりにおける電位の時間的変化が問題となるのである。このように時間と空間という2つのパラメーターが同居していると,一方のことを考えていると他方のことを無視してしまいやすい。また,伝導においては,電位の変化速度も問題になってくる。さらに,電流の速度と,電流を運ぶ荷電体の速度は別物であるという“電気の常識”も知っておく必要がある。ここでは,前2回の講義を受けているとの前提で話をすすめていくが,一般解説書にあるような事実の紹介はなるべく避けてイメージによる直感的理解をめざす。今回も,コラムについては読みとばしていただいて結構である。
著者
小島 大輔
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.23, no.3, pp.122-133, 2006-08-20 (Released:2007-10-05)
参考文献数
51

ロドプシンファミリーは多様なメンバー (オプシン) から構成され, 視覚やそれ以外の様々な光生理現象に関与する。筆者はこれまでに様々なオプシンの解析を通じて, 動物の光受容細胞の機能と進化に関する研究を行ってきた。本稿では筆者らの行った以下の研究について紹介する。(1) ヤモリの桿体に含まれる視物質が錐体タイプであることを明らかにし, ヤモリ桿体が錐体から進化したとする仮説を検証した。(2) ホタテガイの繊毛型視細胞において新しい光情報伝達系を発見し, 視細胞の光情報伝達経路は脊椎動物と節足動物の分岐以前にすでに多様化していたことを明らかにした。(3) ゼブラフィッシュの脳内において2種類の新規オプシン (非視覚型オプシン) を同定し, その一つ (エクソロドプシン) は松果体, もう一つ (VALオプシン) は脳深部と網膜の二次ニューロンに存在することを示した。また, エクソロドプシン遺伝子プロモータの機能解析を行い, 松果体特異的なシス配列の同定に初めて成功した。
著者
吉岡 伸也
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.25, no.3, pp.86-95, 2008 (Released:2008-10-16)
参考文献数
46
被引用文献数
2 2

青いモルフォチョウを代表例とする構造色, その輝きは古くから科学者達の注目を集めてきた。光学顕微鏡で詳しい観察がされた時代の後, 20世紀中頃に電子顕微鏡が開発されると構造色研究は大きく進展した。輝きの背後にある緻密な微細構造が次々と明らかにされたのである。その構造には波長サイズの周期性が見られたため, 光の波としての性質である“干渉”が, 波長選択的な反射に寄与していることが確かになった。しかし, 自然界の構造色は, 微細構造だけで語ることはできない。もっと大きなサイズの形状や色素の併用など, 総合的な発色の工夫を生物は持っているのである。蝶や蛾の鮮やかな翅の発色の仕組みを紹介しながら, 構造色研究の現状と今後の方向性について考えてみたい。
著者
神尾 道也
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.11-17, 2012 (Released:2012-02-17)
参考文献数
44

殻を持たない軟体動物であるアメフラシの仲間は,体が軟らかくて傷つきやすい上に,動きが緩慢であることから,皮膚または皮膚からの分泌物に含まれた物質による化学防御により捕食者から身を守っていると考えられる。さらに,アメフラシは化学防御物質を多く含む紅藻類や藍藻類を好んで食べるので,これらの植物の持つ物質を自分の化学防御の原料として用いるのだろうと考えられてきた。しかしながら,この「皮膚に含まれる海藻由来の2次代謝物による防御」仮説を満足に支持するような実験結果は得られておらず,研究者間で意見が分かれている。また,アメフラシは攻撃を受けた時に紫色の液体を放出することから,この液体による煙幕で捕食者の視界を撹乱して逃げる,または,この液体に含まれる化合物で捕食者の味覚や嗅覚などの化学感覚に働きかけて攻撃をやめさせる,と考えられてきたが,この「紫色の液体放出による防御」説に関してもまた,はっきりと支持するような実験結果が得られてこなかった。それが,近年になって紫色の液体を構成する紫色のインクと白色のオパリンという二つの分泌物に含まれる化学防御物質群の解析が進み,その役割と仕組みが徐々に明らかにされてきた。これらの化合物は捕食者の化学感覚に働きかけて防御物質として働くだけでなく,同種個体に対しては警報物質として働く。本稿では最近明らかにされてきたアメフラシの多重の化学防御機構,皮膚に含まれる2次代謝物とインクとオパリンの成分として放出される化合物群の正体とその役割について概説する。
著者
藍 浩之 西野 浩史
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.24, no.3, pp.110-121, 2007 (Released:2007-12-10)
参考文献数
58
被引用文献数
2 2

フォン・フリッシュがミツバチのダンス言語を発見してはや60年,ハチはダンスを“見る”のではなくダンスのときに生じる翅音を“聞く”ことによって蜜源までの方向と距離を計算していることが明らかになりつつある。この聴覚情報処理にあずかる感覚器官が触角基部にあるジョンストン器官である。われわれはダンス言語情報処理システム解明のための第一歩としてジョンストン器官の一次感覚中枢の同定に成功した。ジョンストン器官の感覚線維の投射パターンは従来考えられていた以上に精緻で,多数の並列情報処理経路を形成していることが示唆される。本総説では比較形態学の観点からジョンストン器官の研究のトレンドを広く紹介したい。
著者
松野 あきら
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.54-61, 2010 (Released:2011-04-27)
参考文献数
39

ある種の平滑筋は1度収縮すると,その後ほとんどエネルギー消費をしないで収縮したままの状態を保つことができる特殊な筋収縮をする。このような収縮はキャッチ収縮と呼ばれ,キャッチ収縮を引き起こす機構をキャッチ機構と呼ぶ。キャッチ機構の研究には色々なアプローチが試みられており,現在では,生化学的および分子生物学的手法でキャッチ状態を解除する機構までもが明らかにされている。少し過去にさかのぼると,キャッチ筋の太いフィラメントに含まれるパラミオシンとキャッチ機構との関係が注目されたが,細胞内での構造的な証拠が得られなかった。しかしながら,多種多様の閉殻筋平滑筋のキャッチ筋には,直径が50-60nm以上の太いフィラメントが含まれているのが観察される。これらのフィラメントが直接キャッチ機構に関与していることはなさそうだが,今後の生化学や分子生物学の研究で,このフィラメントの重要性が再確認される日が来るだろうと思われる。
著者
朝野 維起
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.30, no.3, pp.106-114, 2013-09-20 (Released:2013-10-24)
参考文献数
54
被引用文献数
2 2

黒〜茶系色素であるメラニンは,地球上の生物に極めてありふれた存在である。髪の毛や鱗・皮膚など,我々脊椎動物の体色形成に関わるほか,植物や原生動物でも黒色色素の合成が観察される。また,本総説で説明する昆虫について見てみると,アリやクロアゲハ・カブトムシなどの色からも明らかなように,メラニンの合成は特に珍しいものではない。しかし,種々の生物がつくるメラニンは,一見すると同じ物体であるかの様に見えつつも,個々の生物に特有の合成経路・合成酵素が存在する。つまり,進化の過程に於いてそれぞれの生き物が独自にメラニン合成能を発達・進化させてきたと考えられる。この総説では昆虫のメラニン合成系について論ずるが,特に我々が直接目にする「昆虫の体そのもの」である外骨格内の酵素群について説明する。ドーパやドーパミンなどのフェノール性基質の酸化反応を触媒する含銅酵素を中心に,それらの基質合成系などにも触れる。また,ヒトなどとの違いについて説明するとともに,その進化学的な意義について議論したい。
著者
濱田 俊
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.31, no.1, pp.13-19, 2014-03-14 (Released:2014-03-28)
参考文献数
41

チアミン(ビタミンB1)はエネルギー代謝に不可欠の補酵素であり,その欠乏は神経系に特有の障害を引き起こす。ヒトでは2種類のチアミン欠乏症,脚気とWernicke-Korsakoff症候群(WKS)がみられるが,脚気では主に末梢神経系が障害される一方,WKSでは中枢神経系が障害される。なぜ単一のビタミンが異なる2種類の病態を引き起こすのかよくわかっていない。WKSの神経組織障害は,多くの神経変性疾患同様に脳の特定領域にみられ,その発症機構に興味が持たれてきた。WKSに類似した病態を示す疾患モデル動物の研究により,WKSの発症には興奮性神経毒性や酸化ストレスなどの要因が関与することが明らかになりつつあるが,領域特異的な障害がどのようにして起こるのかほとんどわかっていない。著者らはWKSモデルマウスの脳における細胞死の分布を検討したところ,嗅球で大量の細胞死が生じていることを見いだした。嗅球における細胞死の分布から,シナプス入力の違いがチアミン欠乏に対する感受性に影響を与えていることが示唆された。
著者
小島 哲
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.29, no.2, pp.58-69, 2012-04-30 (Released:2012-05-25)
参考文献数
59

鳴禽と呼ばれる小鳥類は,言語を学習する人間と同様,「さえずり」という複雑な音声パターンを他個体からの模倣により発達させる。彼らは,あらかじめ耳で聞いて記憶した手本のさえずりの音声パターンに自分自身の音声を一致させるという高度な感覚運動学習を通して,手本とよく似たさえずりを獲得する。このさえずりの感覚運動学習には,Anterior Forebrain Pathway(AFP)と呼ばれる神経経路が中心的な役割を果たしており,近年その機能の解析にともない鳥がさえずりを上達させるメカニズムが急速に明らかになってきている。本稿では,筆者らの研究を含めたAFPに関する最近の研究を概説し,さえずり学習の神経機構および行動戦略に関する最新の動向を紹介する。またAFPは,大脳皮質‐大脳基底核ループと呼ばれる,哺乳類の脳にも存在する神経経路の一部がさえずり学習に特化したものであることから,同ループ経路の複雑な機能を理解する上での非常に良いモデルになると最近言われている。そこで,哺乳類の同ループ経路の機能に重要な示唆を与える鳴禽AFPの最近の研究を紹介し,今後鳴禽AFPの研究が大脳基底核の機能の解明において果たし得る役割と課題についても論ずる。
著者
河村 正二
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.26, no.3, pp.110-116, 2009 (Released:2009-11-06)
参考文献数
31
被引用文献数
1 1

近年様々な動物において色覚を担う光センサー(錐体オプシン)の解明が進み,動物によりその数や種類や発現パターンが異なることがわかってきた。明度が絶え間なく変動する浅瀬の水環境と森林環境は色覚進化の揺籃地であり,脊椎動物では特に魚類と霊長類が顕著な色覚多様性を示すことと符合する。例えば,魚類のゼブラフィッシュは8種類もの錐体視物質をもち,網膜の領域により発現する錐体オプシンの構成を違えることで,視線の方向によって色覚を違えていると考えられる。これを実現するためのオプシン遺伝子の制御メカニズムもわかってきた。また,中南米に生息する新世界ザルには1つの種内に6種類の異なる色覚型が存在するものが知られており,生息環境と色覚との密接な関連もわかってきている。本稿では魚類と霊長類の錐体オプシンの多様性とその生態学的意味についての最近の知見を紹介する。
著者
島崎 宇史 小田 洋一
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.37, no.2, pp.111-118, 2020-07-31 (Released:2020-08-20)
参考文献数
71

危険な刺激や敵から素早く逃げる逃避運動は,ほぼすべての動物が生きのびるために行う必須の行動である。逃避運動は刺激や敵の情報を素早く察知し,可能な限り速く遠ざかることが求められているので,逃避運動を制御する回路(逃避運動回路)は,一般的な神経回路には見られない特性と構成因子を持つことが多い。逃避運動回路の中心には,しばしば巨大なニューロン(giant neuron)が存在し,様々の感覚情報・環境情報を統合して「逃げろ」という司令を出し,できるだけ早く効果器に伝えて逃避運動を実行する。 ここでは,イカ,ザリガニ,ショウジョウバエ,キンギョ,ゼブラフィッシュ,ラット,マウスなどを例にあげて,異なる種の動物が示す逃避運動とそれを制御する逃避運動回路を紹介し,逃避運動回路における巨大ニューロンの存在とはたらきを紹介する。興味深いことに,巨大ニューロンが活動しなくても動物は敵や刺激から遠ざかることは辛うじて可能であるが,瞬時に素早く逃げるには巨大ニューロンが唯一無二の役割を果たしている。また,なぜ逃避運動回路に巨大ニューロンが組み込まれているかについても考察を加える。
著者
冨菜 雄介
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.32, no.3, pp.132-143, 2015-09-01 (Released:2015-09-16)
参考文献数
36

発達した付属肢をもつ動物の多くは,採餌行動において目標指向的に制御される巧みなマニピュレーション行動を示す。筆者は目標指向的に制御されるマニピュレーション行動の神経機構の理解を目指し,海産大型甲殻類であるアメリカウミザリガニ(Homarus americanus,ロブスター)を実験動物として採用した。ロブスターでは左右の第一胸脚のうち片方がクラッシャーと呼ばれる大鋏に分化しており,採餌文脈においては貝の殻を割り砕く行動(グリッピング)において使用される。筆者はこのグリッピング行動に着目し,行動に対して餌を提示する報酬型オペラント条件付け実験系を適用することで行動頻度の制御が可能であることを示した。また,光弁別刺激を手がかりとしてそのタイミングを制御可能であることを明らかにした。さらに,慢性筋電図解析を行うことで目標指向的に開始されるグリッピング行動を運動出力レベルで特徴付けることに成功した。本稿で紹介する一連の研究は,微小脳動物における目標指向的なマニピュレーション行動を神経生理学的に解析するための基盤を開発した開拓的取り組みとして位置づけられる。
著者
勝又 綾子 尾崎 まみこ
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.3-17, 2007 (Released:2007-10-02)
参考文献数
77

私達が野外や屋内で何気なく見かけるアリは,分布域の広さとバイオマスの大きさによって,生態系において圧倒的な優位性を示す。高度に組織化されたアリの社会は,それぞれの種が進化過程で培った高度なケミカルコミュニケーションの多様性,すなわちコロニーメンバーが分業し活動を協調させるための,通信コードとしての情報化学物質の豊富さに支えられている。 それではアリ達は具体的に,どのような情報化学物質を,どのように処理して,統制のとれた複雑な行動を示すのだろうか? 本稿では,アリの社会における代表的なケミカルコミュニケーションを紹介し,そこで用いられる重要なフェロモン,化学受容器,一次感覚中枢(触角葉など),高次中枢における情報処理系の最近の研究について触れる。
著者
齋藤 茂
出版者
日本比較生理生化学会
雑誌
比較生理生化学 (ISSN:09163786)
巻号頁・発行日
vol.28, no.3, pp.259-266, 2011 (Released:2011-11-08)
参考文献数
43

動物は環境温度を正確に感知して行動や生理的な応答により順応している。そのため温度感覚は適応進化においても重要な役割を担ってきたと考えられる。温度受容体はtransient receptor potential(TRP)遺伝子ファミリーに含まれる温度感受性チャネルである。進化過程で温度感受性TRPチャネルに生じた変化は温度感覚に直接的な影響を与えるため,これらの遺伝子の進化過程を調べることは適応的な役割を解明する上で欠かせない。筆者らは,温度感受性TRPチャネル遺伝子を複数の脊椎動物種のゲノム配列データから収集し,分子系統解析を行い遺伝子レパートリーの多様性およびその進化過程を明らかにしてきた。また,機能の進化過程を推定するために,哺乳類から系統的に離れた両生類であるニシツメガエルからTRPV3をクローニングし電気生理学的な手法による機能解析を行った。ニシツメガエルTRPV3は温度感受性が哺乳類のものと大きく異なり,進化過程でその機能を柔軟に変化させてきたことを明らかにした。本稿では,脊椎動物の温度感受性TRPチャネルの遺伝子と機能の進化について最近の知見を紹介する。