著者
三橋 弘次
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.58, no.4, pp.576-592, 2008-03-31 (Released:2010-04-01)
参考文献数
22
被引用文献数
1 1

日本ではA. Hochschild(1983)の成果を基にして,感情労働の遂行が燃え尽きに帰結するという主張が頻繁に見られる.しかし,多数の経験的検証が行われている欧米では,感情労働と燃え尽きとの連関のありようは主張されるほど明確ではないと批判されており,日本で見られる経験的検証なき因果連関の主張は危ういものと言わざるをえない.そこで本研究は,感情労働と燃え尽きとの連関について,文献精査をし,その結果を踏まえ事例データの分析を通じて経験的に検証することを目的とした.主な結果は,まず,感情労働することで燃え尽きる,という因果連関に強い疑義が呈された.Hochschild(1983)の丁寧な再読と燃え尽き事例の分析からは,感情労働したいのにできない状況が,燃え尽きの現象に共通した背景として見えてきたのである.また詳細を見ると,感情労働したいのにできずに燃え尽きに至る過程は多様であった.これは,職業特性の多様さ,感情労働の遂行の多様さ,感情労働過程の多様さを看過して,さまざまな職業を「感情労働職」として1つのカテゴリーにまとめて燃え尽きと関係づけて問題化しようとする粗雑な議論に反省を促すものである.さらに,感情労働の心理的効果もそうした諸要素に依存するのであって,燃え尽きは感情労働の本質的な問題ではないことが経験的に示唆された.
著者
小玉 敏彦
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.30, no.4, pp.81-87, 1980-03-31

The aim of 'sociology of science' is to investigate the social and cultural factors having influence on the development of science, especially on natural science. This discipline was originated from R.K. Merton's work, "Science, Technology & Society in 17th century England" (1938). In this work, Merton made a research in the social-cultural environment of natural science stood at macroscopic point of view.<BR>After world war II, Merton's research was focused on the function of scientific communities, i.e. societies of scientists. In this context, the tacit assumptions brought in by him and his disciples are<BR>(1) the function of scientific communities is the most important factor having influence on the development of science, <BR>(2) the real scientific method is the organized empirical method, <BR>(3) scientists always migrate from one research area to another so that they can 'produce' articles much effectively and gain high reputation.<BR>In 1970's, new groups of sociology of scientists began to criticize these points. One of main trends is channeled by T. Kuhn's "paradigm thesis". This group made an assertion that science did not develop continuously, but that the mode of science changed discontinuously and in a Gestalt-like way. Sociologists of this group are investigating the inner structures of scientific communities from the empirical point of view. In this approach, one of the most useful techniques is regarded to be 'co-citation analysis' adopted by H.G. Small.
著者
江原 由美子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.64, no.4, pp.553-571, 2013

本稿の主題は, 現代フェミニズムと家族との関連性を考察することである. まず, 第1に, 現代フェミニズムの家族に関する主要な論点を明らかにする. それは「家族の否定」ではなく, 「性別分業家族」批判であった. 「性別分業家族」においては, 女性の過重な家庭内役割のゆえに, 女性の経済的自立が困難だったからである. 次に, 現代フェミニズムの家族批判の根底にある公私分離規範に関する論点を, 「家族領域」を社会から切り離す公私分離規範批判と, 女性の「身体の自由」権を認めない公私分離規範批判の, 2点で把握し, それらがいずれも, いわゆる「近代家族」への批判につながることを示す. この観点から「近代家族」類型を位置づけると, 「近代家族」とは, 女性の人権を認めない前近代的要素を含んでいる家族類型と位置づけることができる. 最後に, 現代フェミニズムの公私分離規範批判から導かれた論点に関連する家族変動要因を, ハビトゥスの水準と, 社会制度的水準において把握し, 「ジェンダー秩序論」の視点から, 「これからの家族」を考える.
著者
崎山 治男
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.61, no.4, pp.440-454, 2011

本稿は,心理主義化の批判のあり方と,感情労働と心理主義化との関連を示すことをめざすものである.<br>従来の心理主義化批判は,基本的には「あるべき」感情を措定しそこからの疎外を心理学的な知がもたらすと批判するものであった.だがそれは論理的な困難をもつばかりではなく,人々が感情労働といった場で進んで心理学的な知を求めたりする現実をあらわすことはできない.<br>感情労働が進んで求められるのは,実は常にそれが多様な自己感情の感受に開かれていることと,感情の互酬性に起因した,感情のやりとりの中での肯定的な感情の感受がありえることに起因する.そして,肯定的な感情の感受を支えるために,EQに代表されるような心理主義的な知が動員されていく.<br>そこに潜む心理主義の現代的陥穽が,多様な感情経験を肯定的なそれへと縮減してしまう現象なのである.
著者
出口 泰靖
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.63, no.3, pp.452-464, 2012-12-31 (Released:2014-02-10)
参考文献数
22
著者
稲葉 奈々子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.210-223, 2014

新自由主義的な政策に基づく住宅など社会保障の市場化に抗して活動を開始した「DAL (住宅への権利運動)」を中心に, フランスの反グローバリズム運動を分析することが本稿の課題である. 社会保障の市場化は, 社会運動の古いテーマであった再分配の問題をふたたび表舞台に引き出した. 社会保障の市場化によって社会的排除を経験したのは, まず貧困層の移民家族であった. DALの担い手はフランスの旧植民地出身の移民一世が9割以上を占める. DALの運動は, グローバルな規模の構造的不平等を指摘し, 植民地出身者の毀損されたアイデンティティの承認と, 公正な分配を求める運動を連動させて展開する可能性があった. しかし実際には, 新自由主義的な政策が社会の領域をも市場原理で席巻していくことへの異議申し立てとして展開した. 市場経済至上主義に対して「万人にアクセス可能な公共性」を掲げたため, 運動はミドルクラスの支持を得て, 住宅への権利を保障する複数の重要な法律の制定が実現した. そこに植民地主義的な権力関係を問題にするアイデンティティの政治が入る余地はなく, また担い手の移民たちも生活の改善のために勤勉に働く1世で, 「普通の生活」の実現が運動参加の動機であった. 結果として反グローバリズム運動を新自由主義に適合的な行為者が担うという矛盾がみられ, また, 構造的な不平等の是正は実現しなかった.
著者
野入 直美
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.67, no.4, pp.448-465, 2016 (Released:2018-03-31)
参考文献数
34

本稿では, 沖縄本島中北部に位置する金武という地域に着目する. 金武町は, 沖縄の海外移民発祥の地であり, 沖縄の米軍基地の中でも危険度の高さで知られるキャンプ・ハンセンを抱える基地の町でもある.金武はいかにして「海外雄飛の里」となり, また基地の町となったのか. 本稿では, 金武町における移民をめぐる地域アイデンティティの構築を, 移民送出期の歴史よりも戦後の地域再編成に着目して検討する. 沖縄の移民研究には, 戦後の沖縄社会が成り立ってきた過程の中に移民の議論を位置づけるものがほとんどない. 本稿では, 金武町の戦後の成り立ち, 地域アイデンティティの構築をめぐって, 移民と米軍基地がどのように関連しているのかを考察する. これは沖縄の移民を, 戦後の沖縄社会の成り立ちの中に位置づける試論である. また地域アイデンティティの議論に, 越境という要素を取り入れる試みでもある.また, 本稿では, 戦前の金武村で暮らしたハワイ沖縄帰米2世と, 現代の金武町で育ったアメラジアンのライフヒストリーをとりあげる. 彼らの語りは, 移民送出期が終わった後の金武における多様な越境を照らし出す. 仲間勝さんと宮城アンナさんは, 2つの故郷を同時に生きる越境者として, 困難の中で仕事を立ち上げ, 模索を重ねて学んできた. そのとき, 彼らは期せずして, 地域アイデンティティの構築につながる関与を行っている. 本稿では, そのような関与に着目して越境者の生活史をとりあげる.
著者
額賀 淑郎
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.67, no.2, pp.132-147, 2016 (Released:2017-09-30)
参考文献数
40

社会学の秩序問題は多様な対立を調整する社会メカニズムの研究である. これまで多くの理論研究によって複数の秩序概念が示されたが, その主な構成要素であるコンセンサスを分析した研究は少ない. そのため, 本稿は政治哲学者J. ロールズが提唱した重なり合う合意の分析に焦点を当てる. 「重なり合う合意」とは, 立憲民主社会において自由で平等な人格をもつ市民が, それぞれの多様な世界観から共通の基本原則を支持し, その結果, 社会において長期の正義が可能になるという理念である. 本稿の目標は, 1) ロールズの重なり合う合意を分析し理念型の重複合意モデルとして再構成すること, 2) 重複合意モデルの事例分析が可能になる条件を分析すること, である.結果として, ロールズの重なり合う合意は, 狭い重なり合う合意と広い重なり合う合意に分類できること, その広い重複合意モデルは秩序問題の分析モデルとして利用できること, を示した. まず, 重なり合う合意は異なる抽象レベルの倫理判断の整合性という「反照的均衡」を前提とするが, その分類によって重なり合う合意を2分類した. 次に, 広い重複合意モデルには, 利益相反の回避, 機会均等の手続き, 集団構成の多様性, 共有価値の同一性, 背景理論・基本原則・データ間の整合性, 長期の安定性, という条件が必要であると考察できた.
著者
閻 美芳
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.68, no.2, pp.176-193, 2017

<p>中国は, 法律も道徳も人間関係に還元されてしまう「差序格局」が優越する社会といわれてきた. ところが, 実際に中国の民衆生活に降り立ってみると, 「差序格局」のほかにも, 「理 (礼)」などの社会規範も併存している様子がみえてくる. そこで本稿では, 山東省の一農村の日常生活を分析するなかから, これまでの中国研究が注目してきた「差序格局」構造をもつ社会において, 実際に中国の一般民衆がどのようなプロセスを経て行為の正当性基準 (根拠) を探り出し, 自らもそれに従っていくのか, そのメカニズムを考察した.</p><p>考察の結果, 民衆の公平感覚を担保する「情」に心を向かわせ, 「下からの公」を生成するのは, 「体情」であることが明らかとなった. 体情の「体」とは, その人と身を重ね合わせ, その人の身になって行動することを意味する. また「情」とは, 窮地に立たされた弱者にこころを寄せて, 思いやることをさしている. 中国の人びとは, この動詞形の「体情」(情ヲ体スル) を介して, あくまでも人間の情に忠実な, その場に必要とされる「下からの公」を, そのつど見出していた. 「体情」に焦点を当てることで, 中国社会をより立体的に理解できるだけではなく, 相手の「情」がわかることを前提とする中国の一般民衆のもつ人間観・社会観の提示につながるだろう.</p>
著者
山中 浩司
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.150-165, 2012-06-30 (Released:2013-11-22)
参考文献数
61
被引用文献数
2
著者
米村 昭二
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.31, no.3, pp.88-92, 1980-12-31 (Released:2009-10-19)
著者
高橋 由典
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.67, no.1, pp.39-55, 2016

<p>本稿は, 井上俊の著名な青年文化研究に含まれる理論的な脆弱さに着目し, 行為論の角度から彼の遊び論を批判的に検討しようとする試みである.</p><p>周知のように, 井上は1970年前後の青年層を「遊びの精神」によって特徴づけた. 井上の「まじめ―実利―遊び」の区分は, R. カイヨワの「聖―俗―遊」というアイディアを行為論の枠組みに転用したものである. それゆえ井上のいう「遊びの精神」にはカイヨワの影響が色濃い. 首尾一貫した行為論的認識枠組みを構成するためには, カイヨワから離れ, 理念や利害とは異なる第三の動機が何かを徹底して考え抜く必要がある. 本稿はその第三の動機の本体を体験選択とみなし, 井上のいう「遊びの精神」は体験選択動機の一つの表現型であると考える. 井上が遊びの精神という言葉で示そうとしていた内容を, 井上の前提 (行為論の枠組み) を共有しかつ論理的一貫性に注意しつつ突きつめていくと, 体験選択ないし体験選択動機という用語に行き着く. これが批判的検討の結論である. この議論を受けて, 最後に, 人物ドキュメンタリーを素材に体験選択動機の現在が語られる. 体験選択価値が上昇するとともに体験選択自体が変質したというのが, そこで提示される認識である.</p>
著者
伊藤 美登里
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.59, no.2, pp.316-330, 2008-09-30

U.ベックは,20世紀後半,とりわけ1970年代以降に顕在化した社会の構造変化を「再帰的近代化」としてとらえる社会学者の一人である.再帰的近代の主要局面として,リスク社会,グローバル化と並び,「個人化」があげられている.本稿では,ベックの個人化論を検討することで,個人化という用語でもって彼がどのような事態を表現しようとしたのか,個人化論の学説史上の意義は何か,個人化は概念として社会学においてどのような機能をもつのかを探る.<br>具体的には,まず,ベックの個人化論は,〈一般社会学概念〉としての個人化,〈時代診断〉としての個人化,そして〈規範的要請〉としての個人化の3つに分類可能であること,この3者のうち彼の主要関心事は〈時代診断〉としての個人化にあることを示す.次に,個別科学としての社会学が成立した時期の「個人」ないし「個人化」に比べ,彼の「個人化」においては,社会のさらなる分化の結果,個人は社会との関連づけの度合いが減少し,自己関連づけがより強化されたものとして描かれていることを示す.加えて,ドイツ社会学の実証研究において,個人化論は社会の構造変化にともなって生じた社会と個人の関係の変化,個人のあり方の変化を分析し考察する目的において,「理念型」と同様の機能を果たしうることを指摘する.
著者
野入 直美
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.67, no.4, pp.448-465, 2016

<p>本稿では, 沖縄本島中北部に位置する金武という地域に着目する. 金武町は, 沖縄の海外移民発祥の地であり, 沖縄の米軍基地の中でも危険度の高さで知られるキャンプ・ハンセンを抱える基地の町でもある.</p><p>金武はいかにして「海外雄飛の里」となり, また基地の町となったのか. 本稿では, 金武町における移民をめぐる地域アイデンティティの構築を, 移民送出期の歴史よりも戦後の地域再編成に着目して検討する. 沖縄の移民研究には, 戦後の沖縄社会が成り立ってきた過程の中に移民の議論を位置づけるものがほとんどない. 本稿では, 金武町の戦後の成り立ち, 地域アイデンティティの構築をめぐって, 移民と米軍基地がどのように関連しているのかを考察する. これは沖縄の移民を, 戦後の沖縄社会の成り立ちの中に位置づける試論である. また地域アイデンティティの議論に, 越境という要素を取り入れる試みでもある.</p><p>また, 本稿では, 戦前の金武村で暮らしたハワイ沖縄帰米2世と, 現代の金武町で育ったアメラジアンのライフヒストリーをとりあげる. 彼らの語りは, 移民送出期が終わった後の金武における多様な越境を照らし出す. 仲間勝さんと宮城アンナさんは, 2つの故郷を同時に生きる越境者として, 困難の中で仕事を立ち上げ, 模索を重ねて学んできた. そのとき, 彼らは期せずして, 地域アイデンティティの構築につながる関与を行っている. 本稿では, そのような関与に着目して越境者の生活史をとりあげる.</p>