著者
小倉 康嗣
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, 2001-06-30
被引用文献数
1 1

本稿は, 高齢化社会の内実への歴史的再認識を出発点として, 「高齢化」ないし「老い」の問題を, 全体社会の根本的変革や新たな社会構想の問題へとつなげていく研究枠組を開拓していく試みである.つまり「高齢化」ないし「老い」の社会学的研究に関する「生成的理論」の構築を目指して, 探索的な経験的研究を行っていくうえでの理論的インプリケーションを明確化し, その概念枠組の構築を図ることが本稿の目的である.<BR>理論的インプリケーションを明確化する際の主張は2つある.第1に, 高齢化社会の内実を「再帰化する後期近代」という歴史的ダイナミズムにおいて認識すること (1節), 第2に, その認識を取り入れてthe agedからaging へと照準を合わせ直し人間形成観の問題圏へ入ること (2節), である.これら 2つの主張は, パースペクティブとしての〈ラディカル・エイジング〉として統括される (3節).<BR>つづく概念枠組の構築作業においては, いかなる事象にどのような概念的参入を図ればよいのかを検討することによって, さきの理論的インプリケーションを具象化する.まず, 現代日本における「中年の転機」を〈ラディカル・エイジング〉の理論的インプリケーションの集約事象として位置づけ (4節), その作業を媒介に〈再帰的社会化〉という概念構成を導出し, 同時に〈再帰的社会化〉の基盤をめぐる探索課題を提起することによって概念的参入の足場を築く (5節).
著者
宇都宮 京子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.58, no.3, pp.365-374, 2007-12-31 (Released:2010-04-01)
参考文献数
21
著者
貞包 英之
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.58, no.4, pp.593-607, 2008-03-31
被引用文献数
4

2002年末より,ネットをとおして知り合った者が自殺をともに企てる「ネット自殺」と呼ばれる事件が流行する.2005年末までに2度の波が観察され,そのなかで未遂を含め計69件,のべ204人がこの事件に参加したのである.<br>事件の最大の特徴は,他の集団自殺でのようには幻想やイデオロギーの共有が確認されなかったことにある.事件では他者の介入をなるべく排除した自殺が選択された.つまりネット自殺では集団で行われながら,個々に孤立する「私的」な死が観察されたのである.<br>近代社会は,問題状況としての死を社会と対立する否定的な要素として想定してきたといえよう.たとえば死のタブー化を主張する議論では,生を規範とする社会から死が否定的なものとして締め出されていることが問題とされる.またアノミーを前提とした議論では,社会の正常な秩序が欠如する際に自殺は発生するとされる.しかしネット自殺では,こうした近代的な図式に回収されない自殺の現象が確認された.すなわち事件では集団形成と矛盾せず,それゆえ社会の否定的要素とならない死が観察されたのである.そうした自殺を発生させることで,事件は自殺の前提となる配置を変えたあらたな社会の形成について示唆している.本論は,ネット自殺事件をとおしてそうした現代社会の特徴を探る試みである.
著者
飯島 伸子
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.21, no.1, pp.25-45, 1970-06-30
被引用文献数
1 4
著者
林 真人
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.493-510, 2006-12-31
被引用文献数
3

構造的矛盾や階層的問題であるはずのものが, 個人的ないし内面的なレベルへたえず移転されることで, 「自発的」な若年野宿者の形成/現存が促されている.本稿の主な目的は, この若年野宿者の形成/現存のプロセスを具体的に示すことである.<BR>まず量的データによって若年野宿者と中高年野宿者を比較した.若年野宿者が野宿を始めるうえで, 「個人的理由」が関与している可能性が浮かんだ.さらに生活史を用いて若年野宿者の形成/現存を具体的に検討した.主な知見は3つである. (1) 家族や友人などの親密圏から切り離され, 不安定な雇用や住居を転々とするなかで, 不安感や焦燥感を強めていく. (2) たび重なる失職と生活の不安定化をやり過ごすために覚悟・諦め・狼狽といった内面形式を獲得し, 野宿と非野宿の境界を踏み越えていく. (3) 生活上の過酷な環境に加, えて, 内面形式の持続に後押しされ, 野宿からの「自立」が困難となる.<BR>最後に個人化論と下層の再編成の議論を結びつけることで, 経済的・社会的・内面的の諸次元から構成される説明のシェーマを提示した.若年野宿者では, 中高年層に見られる環境要因だけでなく, 内面的要因が顕著に働くのはなぜか.下層の再編成を通じて新たな個人化のモード (再埋め込みなき脱埋め込み) が出現し, 意識や生活の個人化に拍車がかかっているからである.
著者
伊藤 守
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.727-747, 2007-03-31
被引用文献数
1

電子メディアに媒介された情報とイメージの移動は, ローカル, ナショナル, リージョナル, そしてグローバルな空間が重層化したメディアスケープを構成し, 従来の「ナショナル・メディア」を前提とした研究視座では捉えきれない社会文化的過程を生み出した.<BR>本稿の目的は, メディアのグローバル化を解明する上で重要な三つの視点-文化帝国主義, カルチュラル・スタディーズ, 文化の地政学的なアプローチを検討し, 今後の実証研究を進めるための論点を提示することにある.アメリカのメディア産業が地球規模で文化の画一化をもたらすと主張した文化帝国主義の仮説を支持することはもちろんできない.だが, 表象の政治学の問題に直接かかわる, 情報フローの圧倒的な不均衡性が今でも存在していることを考えるならば, その政治経済学的アプローチの重要性は今日でも失われていない.他方, 文化帝国主義を批判したカルチュラル・スタディーズは, 文化人類学や批判的地理学との対話を通じて, メディアスケープの構築を通じた消費実践の政治性を問題化する文化の地政学的な視点を提示している.このアプローチから, メディアのグローバル化がローカルな空間からグローバルな空間への連続的な拡張ではなく, それぞれの空間の間には対立や包摂といった矛盾や非同型的な関係が生成していること, 複雑に折り重なったメディアスケープの構築と相関するかたちで, 民族や宗教やジェンダーを異にする多様なオーディエンスがそれぞれ独自の「メディア・ランドスケープ」を編制していることが明らかにされつつある.この視座をより精緻化していくためには, マクロな構造に規定されたメディアスケープ内部の対抗や包摂の関係と, オーディエンスが布置化された場の歴史的規定性との相互作用を視野に入れることが必要であり, そのことを通じて現実のメディアのグローバル化の複合的な分析を一層進めることが可能となるだろう.
著者
荻野 達史
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.57, no.2, pp.311-329, 2006-09-30

「社会運動の今日的可能性」を探るために, 後期近代における「個人化」の趨勢に注意を向けた場合, 2つの問いが導かれる. (1) 個人化の状況は, 理論的にみて, いかなる社会的運動を要請しているのか (2) 経験的には, その要請に見合う運動が展開されているのか本稿はこれらの問いに答える試みである.<BR>第1の問いに対しては, 個人化に関する議論に, Honneth (1992=2003) の承認論を合わせて検討することで, Cornell (1998=2001) のいう「イマシナリーな領域」への取り組みが求められることを導き出す.すなわち, 自己アイデンティティの構築に重い負荷をかける個人化状況は, ときに著しく損壊した自己信頼の再構築と, 志向性としての「自己」を「再想像」するための時空間を創出する取り組みを要請するこの課題は, Giddens (1991=2005) のライフ・ポリティクスの議論でも十分に意識化されていないため, 本稿では "メタライフポリティクス" として定位した.<BR>第2の問いに対しては, 1980~90 年代以降に注目を集めるようになった「不登校」「ひきこもり」「ニート」といった「新たな社会問題群」に取り組んできた民間活動に照準した.とくにそれらの活動が構築してきた「居場所」の果たしている機能とそのための方法論を検討し, 理論的課題との整合性を確認した.また, 同時に運動研究史上の位置づけを明確にした
著者
佐々木 洋成
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.219-234, 2000-09-30

本稿では, 階層再生産論における主要概念である教育的地位達成に焦点をあて, 業績としての教育達成に与える属性要因の影響を動態的に探索することにその目的があり, 従来の研究とは以下の2点で識別される.1. 教育達成尺度として高等教育間格差すなわち学校歴を採用しており, 学歴以上に世代間の関連を精緻に検討できる.2. 父母教育達成の組み合わせを分析に投入し, 子達成に与える親属性の影響を父母各々に分割せず世帯単位で設定して検討している.<BR>分析では1992年11 月実施の35~49 歳女性を対象とした東京調査データを使用した.P. ブルデューの階層再生産論に基本的に整合する結果であり, 世代間教育達成の強い関連が高等教育レベルの学校歴という形で明確に確認され, 達成地位の世代間継承として位置づけられる.しかし, 親世代の教育達成から子世代への継承形態は単調的なものではなかった.この非単調的な関連は, 親属性の効果を, 子が成長する家族背景として重要である世帯単位で変数設定した場合でも認められるものだった.これらの結果は, われわれがこれまで教育年数を用いて把握し理解してきた教育達成の世代間継承のみならず, それを超えた世代間継承が存在していることを示唆している.
著者
池田 昭
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.20, no.3, pp.2-17, 1970-01-30

M. Weber's wiew of Japanese religion is one of the vague problems to grasp because of his few description about it. But fortunately his comparative study of sociology of religion gives us an aid to that. He tried to clear up the cause of "innerweltliche Askese" in Protestantism through the typological method in it. Therefore I think that the knowledge of the frames of reference in his methodology would make possible for us to approach the Japanese religion about which he made only a few descriptions. <BR>He set up three frames in order to understand "innerweltliche Askese" in Protestantism. The first frame is the idea of God, of relief, and of the future life, and the second is the idea of creature, and the third is the idea of way of relief. And he set up various conceptual schemes according to these three frames and characterized the Oriental and the Occidental religions in comparison with Protestantism. He included "Heilandsreligiosiatät" "Sakramentsgnade", "Glaubensreligiositat", "Pradestinationsgnade", "Ritualismus" and "soziale Leistung" in them. Needless to say, he characterized the "innerweltliche Askese" in Protestantism with "Pradestinationsgnade" and a kind of "soziale, Leistung". On the other hand he characterized the Asian religion with the other kinds of conceptual schemes. <BR>As for the Japanese religion he understood it in the same way as he did Asian religion. He characterized it with "Heilandsreligiositat", "Sakramentsgnade", "Glaubensreligiositat", "Ritualismus" and "soziale Leistung". Though he found out great similarity between the Shinshu sect and Protestantism, he approach to it only with the conceptual schemes of "Heilandsreligiositat", "Glaubensreligiositat" and "Gebetsreligiositat". <BR>Speaking about Japanese religion characterized by these conceptual schemes on the level of value theory, it seems to me that it has a value of "Shijyo" and of "Bundan" in my term in accordance with the "wertrational" and the "zweckrational" value in Protestantism. A value of "Shijyo" is the value found in religious action with which they believe in God or Hotoke for itself on the level of emotion. A value of "Bundan" is the value found in religious action with which their daily lives are systematized relatively from the view of the principle of religious ideal. <BR>These concepts that I mentioned above is shown further in my humble work under the title of "Introduction to the study of Japanese mentality". Please refer to it.
著者
小川 博司
出版者
日本社会学会
雑誌
社会学評論 (ISSN:00215414)
巻号頁・発行日
vol.31, no.3, pp.17-30, 1980-12-31
被引用文献数
1

匿名性は、社会と個人の問題を、根源的に提示する概念である。何故ならば、社会とは、固有名をもった個人が、匿名的な存在となるところに存立すると考えられるからである。A・シュッツの匿名性の概念は、この問題を考える際に、示唆に富んでいる。<BR>シュッツは匿名性の様々な程度を照射する虚の光源としてわれわれ関係を想定する。われわれ関係は、相互的な汝志向を基盤とし、そこでは他者は、時間・空間の直接性のうちに経験される。シュッツによれば、他者を間接的に経験すればするほど、他者の匿名性の程度はより高くなるとされる。尚、時間・空間の直接性は、われわれ関係の成立のための必要条件ではあるが、十分条件ではない。シュッツの匿名性の概念は、次の諸相に分節化される- (1) 機能的類型として匿名性、 (2) 「知られていない」という意味の匿名性、 (3) 社会的世界の構成原理としての匿名性、 (4) 所与の社会構造のもつ匿名性。<BR>(1) (2) は、個人としての他者の経験に関連する。 (3) (4) は、社会制度、言語、道具など、匿名性の高い領域に関連する。それらは、一方では匿名化による構成物であり、他方ではわれわれ関係の舞台に配置されている諸要素でもある。シュッツの理論では、 (3) と (4) は、匿名性とわれわれ関係という二つの鍵概念により結合されている。<BR>以上の匿名性の分節化は、社会の存立の考察、また現代社会の諸問題の考察に有用であろう。<BR>匿名性 (anonymity) という概念は、社会学においては、従来、主に大衆社会論的文脈の中で、都市社会やマス・コミュニケーションにおける人間関係の特徴を表わすものとして用いられてきた (1) 。しかし、匿名性は、社会と個人、もしくは類と個の問題を、より根源的に提示する概念であるように思われる。何故ならば、社会とは、固有名をもった人間個体が匿名的な存在となるところに存立すると考えられるからである。本論文は、主にA・シュッツの匿名性の概念の検討を通して、現代社会において、個人と社会とが絡み合う諸相を解き明かすための視角を提出しようとする試みである (2) 。<BR>以下、具体的には、シュッツが匿名性の程度を示すためにあげた例示の検討を通して、順次、匿名性の諸相を抽出し、検討していくことにする。