著者
中西 又三
出版者
法学新報編集委員会
雑誌
法学新報 (ISSN:00096296)
巻号頁・発行日
vol.123, no.1, pp.73-131, 2016-07

平成二七年法律七六号「平和安全法制整備法」は自衛隊法七六条を改正して、自衛隊の防衛出動を存立危機事態の場合にも認めることとなった(集団的自衛権)。政府はかかる措置が憲法九条に違反しない根拠として、砂川事件最高裁判決(最高裁昭和三四年(あ)七一〇号)が「我が国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない」(判決要旨二)と判示していることをあげている。本稿は、政府のこの主張が誤りであることを、砂川事件に関する五つの判決をつぶさに分析し、論証しようとするものである。五つの判決のうち憲法九条と安保条約に関する判決は第一判決(伊達判決)と第二判決(最高裁判決)であり、第三から第五判決は第二判決の下級審に対する拘束力に関する判決である。第二判決要旨二は他の要旨と共に下級審を拘束するものであり、要旨二は要旨三「他国に安全保障を求めることを禁じていない」と結びつくものであって、要旨二の「必要な自衛の措置」に「集団的自衛権」を読み込むことは論理的誤りであるとするのが結論である。
著者
秋山 紘範
出版者
法学新報編集委員会
雑誌
法学新報 (ISSN:00096296)
巻号頁・発行日
vol.121, no.3, pp.313-325, 2014-08

本稿は、被告人の行為がストーカー規制法にいう「見張り」及び「押し掛ける」行為に該当するか否かが争われた東京高裁の判決に関して、ストーカー規制法の実質的な規制目的とストーカー被害の実態の観点から判例に検討を加えつつ、ストーカー規制法の立法論的な問題にも若干の検討を加えるものである。
著者
鈴木 博人
出版者
法学新報編集委員会
雑誌
法学新報 (ISSN:00096296)
巻号頁・発行日
vol.121, no.7, pp.163-212, 2014-12

日本法でもドイツ法でも法的な母子関係は、分娩によって発生する。父子関係と異なり、母子関係は分娩時に確定する。しかし、望まない妊娠等の事情により、母子関係の存在あるいは妊娠の事実が知られると困る場合、子が出生直後に遺棄されたり、時には殺害されることがある。この事情は、ドイツでも日本でも同じである。このような事態に対応するとして、ドイツでは一九九一年にベビークラッペが設置され、また匿名出産が事実上行われている。少数であるが、子の匿名での引受けを行う事例も存在する。ドイツでは二〇〇九年に倫理評議会が、ベビークラッペは廃止すべきであり、それに代わり一定の要件の下で限定的に母の匿名性を認めるべきという提言がなされた。それを受けた実態調査を踏まえて、妊娠葛藤法のなかに秘密出産制度が導入されて、二〇一四年五月一日から施行されるに至った。本稿では、第一に、秘密出産制度が制定されるに至った背景と新しい制度の内容を紹介、分析する。第二に、秘密出産制度で母の利益と子の利益が比較考量されて、望まない妊娠に典型的にあらわれる母と子それぞれの利益対立が、どのように調整されたのかを検証する。第三に、社会問題としては類似の問題を抱える日本で、仮に母の匿名性を例外的にであれ認めることによって、母子双方の福祉・権利の調整を図るとしたら、どのような問題を乗り越えなければならないかを指摘する。
著者
富井 幸雄
出版者
法学新報編集委員会
雑誌
法学新報 (ISSN:00096296)
巻号頁・発行日
vol.122, no.3, pp.75-181, 2015-08

E・スノーデンが暴露したアメリカ国家安全保障局(NSA)の電子的監視による大量情報収集は、合理的な捜査で、かつ、令状に基づいてのみ私的空間への立ち入りを認めたアメリカ憲法修正第四条に反すると批判されている。諜報は同憲法二条で正当化されるとして歴史的に大統領の専権とされ、そのための電子的監視も行ってきた。本稿は、刑事手続原理を定めた修正第四条が安全保障上の捜査の電視的監視にも適用されるのか、立法は諜報機関の電子的監視にどのような統制の枠組みを設けているのかを考察する。まず、同条がテクノロジーの発展にどう適応していったのかをみる。プライバシーの成熟で刑事司法では電子的監視には厳格な法的制約が課されるようになる。国内の安全保障目的の電子的監視には同条が適用されるとの最高裁判断(Keith 判決)を受けて、立法で外国の諜報は司法的枠組みで認められる(外国諜報監視法(FISA))ようになる。おりから、安全保障では大統領の安全保障権限が考慮され、刑事捜査より低いハードルで執行権に有利に運用される。対テロ対策の強化で国内の諜報が隠密になされるようになっており、その正当性や統制を憲法的にどう考えていくかが論点となっているのである。
著者
橋本 基弘
出版者
法学新報編集委員会
雑誌
法学新報 (ISSN:00096296)
巻号頁・発行日
vol.122, no.11, pp.31-67, 2016-03

自己の身体に入れ墨を彫る行為は、明示的に禁止されているわけではない。では、入れ墨をしていることを他者から強制的に探知されることはどうか。入れ墨をしているかいなかの調査に対して回答を拒否したことが懲戒処分の理由となった事件がある。本論文では、自己決定の帰結としての入れ墨行為と、入れ墨の事実を秘匿する権利の関係について論じることにしたい。大阪市入れ墨調査事件をめぐる二つの裁判を素材にして、地裁判決、高裁判決を分析し、消極的な表現の自由の一つとして、情報開示拒否権が認められるべきことを論じる。
著者
広岡 守穂
出版者
法学新報編集委員会
雑誌
法学新報 (ISSN:00096296)
巻号頁・発行日
vol.122, no.3, pp.1-25, 2015-08

一九六〇年代後半から一九七〇年代前半にかけての一〇年は大きな文化変容の時代だった。この時代は対抗文化としての若者文化の台頭や性革命がおこった。人びとは権威に従順ではなくなったし、意識調査にもそれ以前とはちがう傾向が現れた。女性がみずからの性を語りはじめた。他方思想界では、疎外論や管理社会論がさかんだった。 一九七二年、武田京子が「主婦こそ解放された人間像」で、資本主義の労働現場から距離を置く主婦こそ社会変革の重要な担い手なのだと論じて、いわゆる第三次主婦論争の口火をきった。しかし振り返ってみると、生活クラブ生協グループや子ども劇場など非営利の事業活動の意義は、あまり注目されていなかった。 おなじ七二年に田中美津の『いのちの女たちへ』が刊行された。これは女性のセクシュアリティをふまえてジェンダーの問題に切り込んだ画期的な著作だった。日本の第二次フェミニズム運動は、同時代の大きな文化変容の波を受けて、そこに社会変革の思想をつくりあげた。ジェンダー平等の思想はこのようにして登場したのである。
著者
斎藤 信治
出版者
法学新報編集委員会
雑誌
法学新報 (ISSN:00096296)
巻号頁・発行日
vol.122, no.1, pp.457-525, 2015-08

会社専務一家四人が惨殺・放火された袴田事件では、「残忍非道」・「鬼畜の所為」、反省もない等として、死刑が確定したが、冤罪との声も多かったところ(例、先駆的な高杉晋吾氏、緻密な本を書いた山本徹美氏、有益な本を編著の矢澤曻治氏)、弁護団・諸支援団体の粘り強い活動と大変な尽力もあり、平成二六年三月二七日に静岡地裁が再審開始(また、死刑及び拘置の執行停止)を決定し、袴田巌氏は四八年振りに釈放され、同氏を気丈に守り抜いてきた姉秀子氏の世話の下、快方に向かっている。このことは、問題が多く且つ深刻過ぎた静岡県警をかつて殆ど盲信したマスコミによって、明るいニュースのように報じられている。しかし、依然、今度は東京高裁を舞台に、再審開始の当否が、厳しく争われている。 本稿は、今日から見ると、袴田氏を有罪とした司法判断には極めて問題が多く、もはや維持できないことを、先行諸業績等に負いつつ、独断も交え、多岐にわたり詳説している。なお、疑問点も目立つ中、多くの令名ある法曹も関与しながら、なぜ死刑冤罪が三審一致で生まれ、久しく維持されたのかを考え、一つには、検察の在り方が根本から問われていることを指摘する。
著者
冨川 雅満
出版者
法学新報編集委員会
雑誌
法学新報 (ISSN:00096296)
巻号頁・発行日
vol.121, no.5・6, pp.269-310, 2014-10-31

本稿は、暴力団員がその身分を偽ってまたは秘匿して、契約約款において暴力団排除条項を設けていた相手方と契約を締結させた事案(暴力団事例)において、最高裁が下した詐欺罪に関する近時の判断について、ドイツとの比較法的観点から検討するものである。ドイツにおいては、類似の事案構造を有するものとして、いわゆる雇用詐欺が問題となっており、そこでは財産的損害、欺罔行為が肯定されるかが議論されている。ここでの議論を参照し、わが国の判例・学説と対比させることで、暴力団事例における最高裁の判断構造を分析することが、本稿の目的である。
著者
富井 幸雄
出版者
法学新報編集委員会
雑誌
法学新報 (ISSN:00096296)
巻号頁・発行日
vol.122, no.3・4, pp.75-181, 2015-08-04

E・スノーデンが暴露したアメリカ国家安全保障局(NSA)の電子的監視による大量情報収集は、合理的な捜査で、かつ、令状に基づいてのみ私的空間への立ち入りを認めたアメリカ憲法修正第四条に反すると批判されている。諜報は同憲法二条で正当化されるとして歴史的に大統領の専権とされ、そのための電子的監視も行ってきた。本稿は、刑事手続原理を定めた修正第四条が安全保障上の捜査の電視的監視にも適用されるのか、立法は諜報機関の電子的監視にどのような統制の枠組みを設けているのかを考察する。まず、同条がテクノロジーの発展にどう適応していったのかをみる。プライバシーの成熟で刑事司法では電子的監視には厳格な法的制約が課されるようになる。国内の安全保障目的の電子的監視には同条が適用されるとの最高裁判断(Keith 判決)を受けて、立法で外国の諜報は司法的枠組みで認められる(外国諜報監視法(FISA))ようになる。おりから、安全保障では大統領の安全保障権限が考慮され、刑事捜査より低いハードルで執行権に有利に運用される。対テロ対策の強化で国内の諜報が隠密になされるようになっており、その正当性や統制を憲法的にどう考えていくかが論点となっているのである。
著者
三明 翔
出版者
法学新報編集委員会
雑誌
法学新報 (ISSN:00096296)
巻号頁・発行日
vol.121, no.5・6, pp.157-196, 2014-10-31

国際化の進む現代では、外国の捜査・司法共助を得て証拠を獲得することが刑事手続の運用に欠かせない場合がある。その一方で、外国機関が証拠収集に用いた手続や制度が我が国のものと異なり、獲得された証拠の証拠能力が争われることがある。国際捜査・司法共助により獲得された証拠の証拠能力を判断した判例はまだ多くないが、今後大きな争点となる可能性が高く、その判断枠組みの構築に取り組む必要がある。本稿は、この関心の下、ロッキード事件最高裁判決(最判平成七年二月二二日刑集四九巻二号一頁)が、検察官による事実上の刑事免責に基づいて米国の裁判所で作成された嘱託証人尋問調書を排除した論理を再検討する。最高裁は、刑訴法が刑事免責制度に関する規定を置いていないことを理由として述べたが、その相当に簡潔な判示に加え、同様の理由に基づく証拠排除の判断が他に存在しないことから、厳密にいかなる理論構成により証拠排除の結論を導いたのかについて、今なお共通の理解が形成されていない。本稿は、これまで主張されてきた種々の理解を検討し、最も整合的な理解を試みた上で、国際共助により獲得された証拠の証拠能力に関して同判決が持つ含意を探る。
著者
廣岡 守穂
出版者
法学新報編集委員会
雑誌
法学新報 (ISSN:00096296)
巻号頁・発行日
vol.122, no.3・4, pp.1-25, 2015-08-04

一九六〇年代後半から一九七〇年代前半にかけての一〇年は大きな文化変容の時代だった。この時代は対抗文化としての若者文化の台頭や性革命がおこった。人びとは権威に従順ではなくなったし、意識調査にもそれ以前とはちがう傾向が現れた。女性がみずからの性を語りはじめた。他方思想界では、疎外論や管理社会論がさかんだった。 一九七二年、武田京子が「主婦こそ解放された人間像」で、資本主義の労働現場から距離を置く主婦こそ社会変革の重要な担い手なのだと論じて、いわゆる第三次主婦論争の口火をきった。しかし振り返ってみると、生活クラブ生協グループや子ども劇場など非営利の事業活動の意義は、あまり注目されていなかった。 おなじ七二年に田中美津の『いのちの女たちへ』が刊行された。これは女性のセクシュアリティをふまえてジェンダーの問題に切り込んだ画期的な著作だった。日本の第二次フェミニズム運動は、同時代の大きな文化変容の波を受けて、そこに社会変革の思想をつくりあげた。ジェンダー平等の思想はこのようにして登場したのである。
著者
髙橋 直哉
出版者
法学新報編集委員会
雑誌
法学新報 (ISSN:00096296)
巻号頁・発行日
vol.121, no.11・12, pp.1-27, 2015-03-16

本稿は、犯罪化の正当化条件の総体を体系的に示す「犯罪化論」の構築を試みるものである。犯罪化は、国家が刑罰という峻厳な制裁を用いてある行為を規制するものであるから、それが正当化されるためには、そのような行為を規制することが国家の果たすべき役割に含まれるといえ、かつ、そのように強制的に規制するだけの特別な理由がなければならない、という認識を出発点として、犯罪化の正当化条件を、「国家の介入の正当性」「犯罪化の必要性」「全体的な利益衡量」「刑罰法規施行後の検証」の四段階に分けて、それぞれの意義・内容、および、それらの相互関係について考察を加えている。従来、わが国ではあまり理論的分析が加えられていなかった刑事立法のあり方について、道徳哲学・政治哲学の知見も交えながら一試論を展開するものである。
著者
工藤 達朗
出版者
法学新報編集委員会
雑誌
法学新報 (ISSN:00096296)
巻号頁・発行日
vol.121, no.11・12, pp.671-686, 2015-03-16

本稿は、刑法理論における「構成要件」の観念を憲法の基本権解釈に取り入れるべきことを提唱するものである。刑法理論において、犯罪成立の有無は、構成要件該当性・違法性・責任の三要素を段階的に検討することによって判断される。これに対して憲法においては、基本権侵害の有無を判断する方法論が長い間確立していなかった。その原因の一つが、「構成要件」の観念が存在しないことである。この点は、違憲審査基準論においても同様であった。本稿は、基本権解釈に「構成要件」の観念(=「基本権構成要件」)を取り入れることで、違憲審査の判断過程が透明かつ明確になると主張する。そして、この観念を基本権論に取り入れると、ある国家行為が複数の基本権構成要件に該当する「基本権競合」の問題が生じる。この点についても、刑法の罪数論における法条競合や観念的競合の議論が参考になることを明らかにし、憲法と刑法の理論的共通性を指摘する。
著者
滝原 啓允
出版者
法学新報編集委員会
雑誌
法学新報 (ISSN:00096296)
巻号頁・発行日
vol.121, no.7, pp.473-508, 2014-12

本稿は、第一に職場環境配慮義務法理の形成と現状を明らかにすることを、第二に同法理の独自意義を探ることを、第三に同法理による行為規範を明確にすべく試論することを目的とする。こと訴訟実務にあって職場環境配慮義務は、ときとして安全配慮義務と混交されているようにも思われるが、前者は精神的人格価値への着目から形成され、後者は身体的人格価値への着目から形成されたものである。そのため、両義務法理間には自ずと差異が生じ、また、両法理の淵源・趣旨・現状からして、前者法理は予防のみならず事後救済にも多くを割く規範を、後者法理は予防に重点を置いた規範を要請する。そして、一方の法理が妥当するものの、もう一方の法理が妥当しないという事案がみられることからして、職場環境配慮義務法理に独自意義を見出すことができる。同義務違反は債務不履行を構成するとの観点から、同義務内容の契約への取り込みを容易にするため、裁判例を素材ないし手掛かりとして職場環境・使用者の意識・事後的救済につき行為規範の抽出・明確化を試み、もって近年のいわゆる「職場いじめ」問題に対する有効な処方としたい。
著者
武智 秀之
出版者
法学新報編集委員会
雑誌
法学新報 (ISSN:00096296)
巻号頁・発行日
vol.123, no.1・2, pp.1-48, 2016-07-30

本稿の目的は、政策学の思考方法について検討し、公共政策の文脈的理解を強調することである。政策学の方法に関する三つの主張、つまり帰納的推論の思考は仮説設定、課題設定に貢献でき、行政学は制度や管理の文脈で政策について研究可能であり、政策学の学問的基盤は包括理論でなくてもよい、という主張を行う。さらに、トリアージ、特定商取引法改正、薬のインターネット販売の三つの政策事例を取り上げ、二つの価値の二律背反構造を条件づける文脈について比較検討し、決定の文脈的理解をより深めるために条件づけを明示化する必要があることを示す。