著者
駒村 美佐子 津村 昭人 山口 紀子 藤原 英司 木方 展治 小平 潔
出版者
農業環境技術研究所
雑誌
農業環境技術研究所報告 (ISSN:09119450)
巻号頁・発行日
no.24, pp.1-21, 2006-03 (Released:2011-03-05)

わが国の米(玄米、白米)、小麦(玄麦、小麦粉)および水田・畑作土中の90Srと137Cs濃度を1959年から42年間にわって調査した。米、小麦では90Srと137Csともに1963年に最大値が観測された。この年は、大気からの放射性降下物の降下量が最も多く記録されている。水田・畑土壌の90Srと137Cs濃度は、降下量の多かった1963年から1966年にかけての最大値を示した。1966年以降、米・小麦および土壌ともに90Srと137Cs濃度は多少の増減を繰り返しながら漸減し続け今日に至るが、1986年には、チェルノブイリ原子力発電所の事故に起因する特異的に高い小麦の137Cs汚染が生じた。上記の放射能汚染調査データを解析した結果、次のような興味ある知見が得られた。a)白米と玄麦の放射能汚染形態(直接汚染と間接汚染の割合)を解析した結果、白米、玄麦とも90Srと137Csが茎葉などから取り込まれる直接汚染の割合は、90Srと137Csの降下量が極めて多い1963年頃では70~95%を占める。しかし、降下量が激減した1990年以降の汚染形態は直接汚染に代わり、経根吸収による間接汚染が主である。b)90Srと137Csの水田および畑作土内における滞留半減時間を試算したところ、水田作土では90Sr:6~13年、137Cs:9~24年、畑作土では90Sr:6~15年、137Cs:8~26年の範囲である。C)米および小麦の90Srと137Cs濃度と、水稲および小麦の栽培期間中における両核種の降下量との間にそれぞれ高い正の相関が成り立つ。この関係から回帰式を導き、栽培期間中に降下した90Srと137Csの量を知ることにより、米および小麦の放射能濃度を推定が可能である。
著者
藤井 義晴
出版者
農業環境技術研究所
雑誌
農業環境技術研究所報告 (ISSN:09119450)
巻号頁・発行日
no.10, pp.p115-218, 1994-03
被引用文献数
13

植物対植物のアレロパシーについて調べた。揮発性物質の寄与は小さかった。葉から溶脱する物質の作用の検定法として,ロジスチック生長曲線による解析法,サンドイッチ法を開発し,新たにムクナ,クズ,サトイモ等に活性を見出した。根から滲出する物質による作用の検定法として,階段栽培法,根滲出液循環栽培法,無影日長栽培法を開発し,ムクナ,シロザ,エンバクの作用を検証した。アレロパシーのみを特異的に検定するプラントボックス法を開発し,既報の植物を検定した結果,ムクナ,Vicia属,Avena属等の活性が強かった。圃場規模の検定法として根圏仕切り置換栽培法を開発し,ムクナがイネ科以外の雑草を抑制することを検証した。有力な候補植物ムクナ(Mucuna pruriens)の作用物質として,L-DOPA(L-3, 4- dihydroxyphenylalanine)を同定した。L-DOPAは葉・根の生体重の約1%も含まれていた。その作用機作はLipoxygenaseの阻害であるとの仮説を提示した。
著者
石塚 直樹
出版者
農業環境技術研究所
雑誌
農業環境技術研究所報告 = Bulletin of National Institute for Agro-Environmental Sciences (ISSN:09119450)
巻号頁・発行日
no.34, pp.81-100, 2015-03

本研究では、衛星リモートセンシング技術を用い、2011年3月11日の東日本大震災にともない発生した福島第一原発の事故による農地の放射性物質汚染の評価に資するため、2011年の福島県および隣接県における農地の環境状態の把握を試みた。光学高分解能衛星画像を用いることで、事故後約1ヶ月を経た農地の地表面状態を判読した。また、2011年度産の湛水圃場を衛星画像から検出し、分布状態を把握した。ここでは、天候に左右されずに確実に観測可能なSARを用いて湛水期に観測を行うことで、福島、茨城、栃木、群馬、宮城という広域の約320万筆以上の農地に対し湛水判別を行い、湛水分布図を作成した。この結果は、農地土壌における放射性物質濃度分布図を作成する上で利用された。
著者
畔上 耕児
出版者
農業環境技術研究所
雑誌
農業環境技術研究所報告 (ISSN:09119450)
巻号頁・発行日
no.11, pp.p1-80, 1994-06
被引用文献数
1

箱育苗のイネ苗にときに甚大な被害を与える新病害,苗立枯細菌病の病原を明らかにした。この細菌の諸性質を調査した結果,新種と判断されたのでPseudomonas plantariiと命名して報告した。本細菌は非ベンゼン系芳香族化合物トロポロンを生産するが,それはシデロフォア(鉄キレート物質)の性質を有し,かつ本細菌の病原力と病徴発現に関与している。この物質の性質を利用した本細菌の迅速な同定法と効率的な検出法を考案した。本細菌は種子伝染し,育苗過程で急速に増殖して箱全面の苗を枯死させることもあるが,田植え後は急速に減少する。しかしイネ株元で生存し続け,もみに感染して潜伏し,翌年の第一次伝染源となる。本細菌は苗では鞘葉,葉鞘の気孔,傷口,根の傷口から侵入し,もみでは穎のおもに下表皮の気孔から穎そのものの内部に侵入し,いずれも柔組織の細胞間隙などで増殖して広がっていく。発病は30~ 34℃でもっとも激しいが,発病に至る苗はほとんどが播種後4日以内に感染したものである。また,本病の防除法を明らかにした。
著者
金野隆光
出版者
農業環境技術研究所
雑誌
農業環境技術研究所報告 (ISSN:09119450)
巻号頁・発行日
no.1, pp.51-68, 1986-03
被引用文献数
12

自然界での生物活性は温度によって時々刻々と変化しているので,生物活性と温度との関係を定量的に把握することが重要である。著者らは,本報でArrheniusの法則を用いて生物活性への温度影響を指標化し,温度変換日数を提案した。温度変換日数とは,或る温度で,或る日数おかれた条件が,標準温度に変換すると,何日に相当するかを表したものである。温度の異なる地域の生物活性を比較するのに25℃変換日数の有効なことがわかった。地温データから算出した年間25℃変換日数は,札幌で88~160日,水戸で167~224日,那覇で約330日であった。この数値と有機物分解特性値とから,地域別の有機物の年間分解率を求めるための計算表を作成した。植物生態気候区分に使用されている温量指数と年間25℃変換日数とは相互に読みかえできることがわかった。これから,植物生態気候区分を年間25℃変換日数で同様に区分できた。25℃変換日数を計算する際に,日平均温度を用いた値は,日較差を考慮した値より低くなるので,温度較差ならびに活性化エネルギーの大きさと両数値の差の大ききとの関係を調べるための計算表を作成した。有機物分解特性値と土壌温度とを用いて,土壌中における有機物分解量を予測する方法を考案した。そして予測法の手順を提案した。この予測法を用いて,盛岡における土壌窒素無機化曲線を作図し,高温年での窒素無機化量は低温年より約2.5kg/10a多いと推定した。また,下水汚泥が5月に施用された場合の窒素無機化曲線を作図した結果,那覇での窒素無機化速度は札幌の2.4倍になることがわかった。
著者
駒村 美佐子 津村 昭人 山口 紀子
出版者
農業環境技術研究所
雑誌
農業環境技術研究所報告 (ISSN:09119450)
巻号頁・発行日
no.24, pp.1-21, 2006-03
被引用文献数
7

わが国の米(玄米、白米)、小麦(玄麦、小麦粉)および水田・畑作土中の90Srと137Cs濃度を1959年から42年間にわって調査した。米、小麦では90Srと137Csともに1963年に最大値が観測された。この年は、大気からの放射性降下物の降下量が最も多く記録されている。水田・畑土壌の90Srと137Cs濃度は、降下量の多かった1963年から1966年にかけての最大値を示した。1966年以降、米・小麦および土壌ともに90Srと137Cs濃度は多少の増減を繰り返しながら漸減し続け今日に至るが、1986年には、チェルノブイリ原子力発電所の事故に起因する特異的に高い小麦の137Cs汚染が生じた。上記の放射能汚染調査データを解析した結果、次のような興味ある知見が得られた。a)白米と玄麦の放射能汚染形態(直接汚染と間接汚染の割合)を解析した結果、白米、玄麦とも90Srと137Csが茎葉などから取り込まれる直接汚染の割合は、90Srと137Csの降下量が極めて多い1963年頃では70~95%を占める。しかし、降下量が激減した1990年以降の汚染形態は直接汚染に代わり、経根吸収による間接汚染が主である。b)90Srと137Csの水田および畑作土内における滞留半減時間を試算したところ、水田作土では90Sr:6~13年、137Cs:9~24年、畑作土では90Sr:6~15年、137Cs:8~26年の範囲である。C)米および小麦の90Srと137Cs濃度と、水稲および小麦の栽培期間中における両核種の降下量との間にそれぞれ高い正の相関が成り立つ。この関係から回帰式を導き、栽培期間中に降下した90Srと137Csの量を知ることにより、米および小麦の放射能濃度を推定が可能である。
著者
牧野 知之
出版者
農業環境技術研究所
雑誌
農業環境技術研究所報告 (ISSN:09119450)
巻号頁・発行日
no.20, pp.107-161, 2001-08 (Released:2011-03-05)

土壌中のマンガン酸化物の重金属・有機物に対する酸化作用を解明するため,マンガン酸化物に起因する土壌酸化能の評価手法(クロムの酸化反応を利用)を検討した。次に本法を各種土壌に適用し,(1)黒ボク土の土壌酸化能は特異的に低く,(2)黒ボク土では酸化反応よりも吸着反応が優勢となること,(3)その他の土壌では本法により土壌マンガン酸化物の酸化反応を評価可能であること,(4)乾燥によって土壌酸化能が低下すること,を明らかにした。また,土壌乾燥にともなうマンガンの動態を解析し,(1)風乾および殺菌処理による水溶態,交換態,酸可溶態のマンガン・コバルトが増加すること,(2)圃場での土壌乾燥により交換態のマンガン・コバルトが増加すること,(3)これらの現象は,微生物遺体由来の糖によるマンガン酸化物の溶解反応に起因すること,を明らかにした。このことが,これまで不明であった,土壌乾燥にともなう作物のマンガン過剰症の土壌要因であると推察した。
著者
山本 勝利
出版者
農業環境技術研究所
雑誌
農業環境技術研究所報告 (ISSN:09119450)
巻号頁・発行日
no.20, pp.1-105, 2001-08
被引用文献数
11

里山,農地,居住域が一体となった里地ランドスケープ構造の変容が二次的自然と結びついた植物相に及ぼす影響を,時間,空間スケールを変えて解析した。国土スケールでは,過去約100年間の変容を日本全国を対象として解析し,地形ならびに歴史的な奥山の存在による地域的差異を明らかにした。地域スケールでは,国土スケールの地域的差異に基づいて岩手県西和賀地域,埼玉県比企地域,茨城県南部地域の3地域を対象地に選定し,集落を単位として,里山の変容が植物相に及ぼす影響を,林床植物の生育状況,林分構造,林分へのアクセス性,過去の林野利用形態により評価した。その結果,今日の里山林管理がアクセス性に規定されているために生じた過去と現在の林野利用の不一致が植物相に影響を及ぼしていることを明らにした。さらに,この不一致の解消には,林野利用の履歴に基づいた管理対象地の選定と,里山とアクセス路の一体的管理が必要なことを提示した。
著者
宮田 明
出版者
農業環境技術研究所
雑誌
農業環境技術研究所報告 (ISSN:09119450)
巻号頁・発行日
no.19, pp.61-183, 2001-03
被引用文献数
5

大気中に存在するメタンは下層大気の熱収支および光化学において重要な役割を果していることから,近年の約10ppbv yr-1での濃度増加の影響が懸念されている.大気中のメタン濃度の増加の原因を明らかにし、それに対する人間活動の影響を評価するためには,地球規模でのメタンの収支の正確な評価が重要である.最近の見積もりによれば,水田を含む湿地は全発生量の約1/3を占める主要な放出源であり,また土壌は大気中のメタンの年々の増加量に匹敵する吸収源であるとされている.しかし,これらの見積りの不確定幅は大きく,さらに観測データの蓄積が必要である.従来の地表面でのメタンフラックスの測定は,おもに閉鎖型チャンバーを用いて行われてきたが,この測定法は測定環境を乱す可能性があり,また測定対象領域が1m2程度と狭いため,非一様性の大きな場所での測定値の代表性に問題がある.チャンバー法と他の測定法との比較もほとんど行われていない.本研究の目的は,チャンバー法とは異なるメタンフラックスの測定法を開発し,その方法をメタンの放出源や吸収源に適用することにより、陸上生態系(とくに湿地生態系)と大気間のメタンの交換に関する理解を進め,交換量の正確な評価を行うことである.微気象学的測定法と総称される接地層内でのガス輸送の測定法は,自然条件で,しかもチャンバー法に比べて広い領域の平均的なスフラックスを測定できる.なかでも,鉛直風速とガス濃度の共分散からフラックスを直接測定する渦相関法は信頼性が高く,水蒸気やCO2のフラックスの測定法として実用化されている.しかし,メタンなどの大気微量気体に関しては,渦相関法の適用に必要な高速の応答速度をもつガス分析計が開発途上にあるため,渦相関法の適用は容易ではない.このため,本研究では鉛濃度匂配の時間平均値からガスフラックスを推定する方法を採用し,水田,自然湿地および草地におけるメタンフラックスの測定に適用した. 濃度匂配からメタンフラックスを測定するためには,ガス濃度の鉛直濃度匂配の時間平均値の正確な測定と,高度の関数としての渦拡散係数KG(z),またはその積分型である拡散速度(コンダクタンス)Dfの正確な評価が重要である.いくつかの評価法のなかから,本研究では,おもに空気力学方法を用いてKG(z)やDfを評価した.ただし,従来の空気力学方法では,KG(z)の評価に必要な摩擦速度u*や安定度パラメータζを水平風速と仮温位の鉛直匂配から求めていたが,本研究でもこれらを超音波風速温度計を用いて,渦相関法で直接測定した.感度分析の結果,この方法(改良傾度法)ではu*と仮温度フラックスがともに小さい場合に,Dfの評価誤差が大きくなることから明らかになった.また,水稲のように背の低い作物の場合,地面修正量dの評価誤差のDfに対する影響は小さく,dを群落高の0.7倍と仮定して計算しても,実用上問題がないことがわかった.さらに,改良傾度法で評価したDfを用いて水田の顕熱,潜熱およびCO2フラックスを計算し,渦相関法によるフラックスと比較した結果,夜間の静穏時(u*が約0.1ms-1以下の場合)をのぞき,両手法はよい一致を示し,改良傾度法で評価したDfの信頼性が確認された.改良傾度法は超音波風速計1台でDfを評価できるため,従来の傾度法と比較すると,風速計や温湿度計の器差の問題がなく,長期観測に適している. 植物群落上のメタンの鉛直濃度匂配は,メタンの強い放出源である水田上でも日中は数10ppbv m-1の大きさである.この小さな濃度匂配を連続的に測定するため,大気バックグラウンド濃度のモニタリング用に開発された,非メタン炭化水素と水蒸気の影響を除去するための前処理部を備えた非分散型赤外線分析計を使用した.本研究の初期には,絶対値型の分析計を用いて2つの高度から吸引した空気を3分間間隔で交互に測定したが,後期には2高度間の濃度差を連続的に測定する差動型に変更した.野外環境での分析計の測定精度を検討し,データの処理法を改良することにより,30分間平均値で絶対値型については5ppbv,差動型では2ppbv程度の濃度差検出が可能になった.茨城県谷和原村にある農林水産省農業研究センターの試験水田で,1993年から1995年までの3作期に,メタンフラックスの観測を実施した.水稲群落上と群落内部のメタン濃度の時間変化および鉛直分布を測定した結果,メタン濃度は高度が低くなるとともに増加するが,とくに群落内部での濃度増加と時間変動が著しいこと,群落内外のメタンの濃度差の変動は風速の変動と対応していることがわかった.改良傾度法で求めた晴天日のメタンフラックスは,午後の早い時間帯に極大値を示し,夜間には小さくなるという,地温や風速と類似した日変化を示した.風速の変動が小さな日や曇天日のフラックスの日変化などを検討した結果,メタンフラックスの日変化は主として地温の影響を受けているが,風速(摩擦応力)との関連性も指摘された.3年間の水稲の栽培期間中・後期におけるほぼ連続した観測で得られた水田からのメタンの日放出量は30~580mgm-2d-1の範囲にあり,地温の長期的な変化と水田の水管理に対応した季節変化を示した.メタンの日放出量は平均地温とともに指数関数的に増加する関係が認められたが,温度依存性は年によって異なり,深さ5cmの地温に対するQ10の値(10Kの温度上昇に対するフラックスの増加率)は3.3~4.8となった.日放出量と地温の関係を用いて推定した水稲栽培期間のメタンの総放出量は,低温であった1993年は9.1gm-2,高温であった1994年は13.2gm-2、1995年は平均地温が1994年より1.5℃低かったにもかかわらず15.2gm-2であった.1994年と1995年の差は,湛水深の差による地温の日変化の振幅の違いがおもな原因と考えられる.1994年の水稲成熟期にチャンバー法との比較観測を実施した.改良傾度法によるフラックスは午後に極大値を示したのに対し,チャンバー法によるフラックスの時間変化は小さかった.チャンバー法で測定したメタンフラックスには場所による違いが認められたため,風上側の各区画からのフラックスの寄与率(フットプリント)をHorstとWeil(1994)の解析的方法を用いて評価し,寄与率によって加重平均したチャンバー法によるフラックスを,改良傾度法による測定値と比較した.数時間のフラックスの平均値を比較すると,改良傾度法によるフラックスの方が小さかった夜間を除いて,両手法はよく一致した.フラックスの30分値を比較した場合,チャンバー法によるメタンフラックスの時間変化が小さい傾向が,気象条件によるフットプリントの変化を考慮しても認められ,測定条件の違いがフラックスに影響を及ぼしている可能性も示唆された.以上のように,農業研究センター試験水田での観測結果は,従来のチャンバー法による測定結果とおおむね一致し,これまで報告されていたメタンフラックスの日変化や季節変化が,自然条件下での測定で確認された. 茨城県つくば市内の農業環境技術研究所内の実験草地で,微気象学的測定法を適用して土壌によるメタンの吸収フラックスの測定を行った.地表付近に安定層が形成される晴天夜間には,地上約1mの高度のメタン濃度に顕著な上昇がみられた.この濃度上昇は夏季だけでなく冬季にも認められたことから,観測点の周辺には水田以外のメタンの発生源があり,夜間の濃度の上昇はその影響と推定される.地上付近のメタン濃度の鉛直分布の測定により,夜間の静穏時に,高度0.7m以下の高度で草地によるメタンの吸収に対応する濃度匂配が観測された.このメタンに濃度匂配は,CO2の濃度匂配と逆向きで,その大きさはほぼ比例しており,また夏季だけでなく表層地温が10℃以下に低下した12月にも認められた.一方,日中には有意なメタンの濃度匂配は観測されなかった.メタンの濃度匂配が観測された静穏な夜間には,水田での観測で用いた改良傾度法で渦拡散係数を評価することはできない.そこで,メタンとCO2の渦拡散係数が等しいと仮定し,両ガスの濃度匂配の比に渦相関法で観測したCO2フラックスをかけて,メタンフラックスを算出した(修正ボーエン比法).この方法で求めた4月,10月および12月の夜間のメタンの吸収フラックスは14~16ng m-2s-1で,季節による差は認められなかった.このフラックスの大きさは,従来のチャンバー法で測定された温帯草地の吸収フラックスの上限に近い.チャンバーの設置は土壌中のメタン分解層へのメタンの供給を妨げる可能性があることから,チャンバーを使わずに自然状態で吸収フラックスを評価できたことは重要である.ただし,草地土壌によるメタンの吸収に対応する濃度の鉛直匂配を日中測定するためには,0.1ppbv以上の濃度分解能をもつ分析計が必要であることから,現状では修正ボーエン比法の適用は夜間に限られる. 改良傾度法によるメタンフラックスの測定法の適用を立証するため,間断かんがい実施水田(岡山大学農学部付属農場)や北部日本の湛水した湿原(釧路湿原)での観測に応用した.間断かんがい実施水田の落水期間の水稲群落上のCO2フラックスを湛水深約10cmの湛水期間と比較すると,夜間の放出量は約2倍に増加し,日中の吸収は23%小さかった.一方,水面からのCO2フラックスは,落水した土壌面からのCO2の放出量に比べて2桁小さかったが,両期間の地温はほぼ同じであった.この結果から,両期間の群落上のCO2フラックスの差は,田面水による土壌面から大気へのCO2拡散の遮断が原因と判断された.メタンフラックスは,湛水により日変化の振幅が減少し,日放出量も約28%減少した.CO2の場合と同様に,メタンの場合も田面水による土壌から大気への拡散の遮断が群落上のフラックスに影響を及ぼしているが,メタンは湛水期間でも水稲を経由して大気中に放出されるため,落水期間とのフラックスの差がCO2ほど顕著ではないと考えられた.改良傾度法は,釧路湿原の約70%を占める低層湿原(スゲ,ミツガシワ,ヨシ群落)におけるメタンフラックスの測定にも適用された.盛夏期(7月中旬~8月上旬)のメタンフラックスは約170mgm-2d-1で,低温にもかかわらず,水田と同程度に放出が観測された.メタンフラックスは昼前に極大値を示す日変化を示したが,気温が大きく異なる年次間のメタンフラックスの差は小さかった.観測地点が深さ40cm以上の湛水状態にあり,メタンの生成層である泥炭層の温度の日変化が小さいことから,植物経由のメタン輸送過程がメタンのフラックスの日変化の主たる原因と推定された. 本研究では,改良傾度法等の微気象学的なフラックス測定法を用いることにより,メタンの強い放出源である水田や湿原でのフラックスを,自然条件下で,長期連続的に測定できることを実証した.この方法は,湿原のように場所によるメタンフラックスの非一様性が大きく,しかも環境を乱さずにチャンバーを設置することが困難な場所でのメタンフラックスの測定には,とくに有効である.草地においても,静穏な夜間に限られたが,検出されたメタンの濃度匂配から吸収フラックスを推定することができた.今後,本測定法を用いた自然条件下でのフラックスの測定をチャンバー法による制御環境下での測定と相補的に用いることにより,陸上生態系と大気間のメタンの交換の研究の進展に寄与することができると考える.
著者
松尾 和人 川島 茂人 杜 明遠 斎藤 修 松井 正春 大津 和久 大黒 俊哉 松村 雄 三田村 強
出版者
農業環境技術研究所
雑誌
農業環境技術研究所報告 (ISSN:09119450)
巻号頁・発行日
no.21, pp.41-73, 2002-03 (Released:2011-12-19)

Bt遺伝子組換えトウモロコシンは,1995年に米国で初めて商業用に登録された。その後,このBt遺伝子組換えトウモロコシは標的害虫であるアワノメイガなどに対して抵抗性を有するために,防除経費の削減,収量の増加,品質の向上など生産面での有利性があるために,米国を中心に年を追って作付け面積が拡大した。一方,わが国では遺伝子組換え作物の加工用および栽培用の種子輸入に当たって,食品としての安全性は厚生労働省が,飼料としての安全性および環境への安全性は農林水産省の確認が必要である。農林水産省による環境に対する安全性の確認は,隔離圃場において組換え作物の栽培・繁殖特性,越冬可能性,雑草化の可能性,近縁種との交雑可能性等について調査した結果に基づいて行われている。ところで,1999年に米国コーネル大学のLoseyら(1999)が,Bt遺伝子組換えトウモロコシの花粉が非標的昆虫のオオカバマダラの幼虫に悪影響をもたらす可能性があるという報告を行い,新しい環境影響として世界中に衝撃を与えた。しかし,彼らの報告は,幼虫に与えた花粉量や野外における葉上の花粉堆積の実態等について触れていなかったために,環境影響の有無や程度は不明であり,今後解明すべき課題として残された。日本においても,そのような観点から遺伝子組換え作物の環境影響評価を行う必要があるため,緊急にBt遺伝子組換えトウモロコシの環境影響評価に関する調査研究に取り組むこととなった。本研究では,Bt遺伝子組換えトウモロコシの花粉の飛散によるチョウなど鱗翅目昆虫に及ぼす影響を知るために,1)トウモロコシ圃場から飛散する花粉の実態調査とトウモロコシ圃場からの距離ごとの落下花粉密度の推定,2)幼虫が摂食して影響を受けるBt花粉の密度,3)Bt花粉中のBtトキシン含有量,4)環境変化に対して脆弱であると考えられる鱗翅目昆虫の希少種について,栽培圃場周辺に生息する可能性,Bt遺伝子組換えトウモロコシの開花時期と幼虫生育期との重なり,採餌行動など,総合的な知見に基づいてリスク評価を行い,同時に,花粉飛散に伴う生態系への影響評価のための各種手法を開発した。