著者
吉川 麗子 五十嵐 中 後藤 励 諏訪 清美
出版者
日本公衆衛生学会
雑誌
日本公衆衛生雑誌 (ISSN:05461766)
巻号頁・発行日
vol.64, no.8, pp.422-432, 2017 (Released:2017-09-30)
参考文献数
10

目的 本研究では,一般成人を対象に,以下の2つを目的とした。1.「周囲に非喫煙者がいる状況での喫煙」に関して喫煙者と非喫煙者の認識とその差異を明らかにすること。2.喫煙と受動喫煙の健康影響に関する知識を提供することにより,喫煙者・非喫煙者それぞれ,行動を起こす意思に何らかの変化が生じるか否かを調べることである。方法 20歳から69歳までの喫煙者・非喫煙者を,喫煙と受動喫煙の健康影響に関する情報を提供する群(提示あり群)と,提供しない群(提示なし群)にランダムに割付けた。Webによるオンライン調査にて,喫煙ルールが明確でない飲食店という状況を設定し,喫煙に関する意識や行動への意思,また一般の飲食店での認識について回答を得た。提示なし群での喫煙者と非喫煙者の認識は記述統計量を算出した。喫煙者・非喫煙者それぞれの提示あり群と提示なし群の比較においては,順序尺度の変数には対応のないt検定,名義尺度の変数にはχ2検定を用いた。また,喫煙者の喫煙行動に影響を与える因子を特定するために,多重ロジスティック回帰分析を行った。結果 全体として2,157人(喫煙者1,084人,非喫煙者1,073人)から回答を得た。設定した飲食店の環境で,タバコを吸うと回答した喫煙者の24.8%は吸う前に吸っても良いか「聞く」と回答し,吸っても良いか聞かれたことがある非喫煙者は2.8%であった。設定した飲食店の環境で,タバコを「吸おうと思う」と回答した喫煙者は提示あり群16.4%,提示なし群22.8%と有意な差を示した。「吸わない」と回答した人の中で最も多かった理由は,両群ともに「席に灰皿が置いてない」であった。非喫煙者では,吸う前に吸っても良いかと聞かれた場合,「吸わないように頼む」は提示あり群37.4%,提示なし群27.6%であった。多重ロジスティック回帰分析を行った結果,ニコチン依存度,世帯年収,妊娠の状況,家庭での喫煙状況,年代,資料提示有無の項目が喫煙者の喫煙行動と関連性が示された。結論 本調査により,非喫煙者の多くが喫煙されることを望まないにもかかわらず,その意思を喫煙者に伝えていないことが明らかとなった。一方で喫煙者の喫煙意思は,非喫煙者の喫煙者への意思表示や,灰皿の配置などの喫煙を許容する飲食店内の状況に影響される可能性が示された。また,喫煙および受動喫煙に関する情報提供が,喫煙者と非喫煙者の喫煙に関する行動への意思に影響を与える一因である可能性が示唆された。
著者
竹林 正樹 後藤 励
出版者
日本健康教育学会
雑誌
日本健康教育学会誌 (ISSN:13402560)
巻号頁・発行日
vol.31, no.2, pp.68-74, 2023-05-31 (Released:2023-06-22)
参考文献数
38

本稿は,健康支援関係者に向け,行動経済学やナッジの原理を概説することを目的とする.経済学は,人・物・金といった限られたリソースをどのように配分すると満足度を高めることができるのかを分析する学問である.伝統的経済学では,目的達成のために手立てを整えてベストを尽くす「合理的経済人」をモデルとする.行動経済学は,健康の大切さを頭でわかっていても認知バイアスの影響で望ましい行動ができないような「ヒューマン」を対象とする.ナッジは行動経済学から派生した行動促進手法で,認知バイアスの特性に沿ってヒューマンを望ましい行動へと促す設計である.ナッジが行動を後押しできるのは,認知バイアスには一定の系統性があり,ヒューマンの反応が一定の確率で予測できるからである.ナッジは他の介入に比べて費用対効果が高く,ナッジの中でも「デフォルト変更」に高い効果が報告されている.一方で,ナッジは行動変容を継続させるほどの効果は期待できないことや,日本での研究が少ないことといった限界がある.ナッジはヒューマンの自動システムに働きかける介入であり,倫理的配慮が求められる.介入設計に当たってはスラッジ(選択的アーキテクチャーの要素のうち,選択をする当人の利益を得にくくする摩擦や障害を含む全ての要素)になる可能性がないかを入念に検討する必要がある.
著者
五十嵐 中 福田 敬 後藤 励
出版者
国立保健医療科学院
雑誌
保健医療科学 (ISSN:13476459)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.426-432, 2015-10

FCTC第 6 条は,税収の確保ではなく公衆衛生の観点からの喫煙率低下を目指し,たばこ税の値上げを提言している.もっとも,2010年のような大幅値上げの可能性を評価するには,税収と喫煙率双方への影響評価が必要である.コンジョイント分析や価格弾力性を用いた研究では,大幅値上げを実施しても一箱あたりの税収増効果が総需要の減少効果を上回り,総税収は増加することが示唆されている.実際過去の値上げ前後の税収変動を見ると,値上げ後の方が税収は増加している.喫煙率低下を達成するには,たばこ税値上げ以外の禁煙政策を同時に実施することも効果的で,とくに公共空間での喫煙への罰金が有効であることが,コンジョイント分析によって示されている.禁煙治療や禁煙支援のように,総費用が減少してかつ健康アウトカムが改善する "dominant(優位)" 介入は,予防介入に限定しても極めてまれである.今回示したような定量的データは,合理的な政策決定にとっても有用である.
著者
村井 俊哉 後藤 励 野間 俊一
出版者
京都大学
雑誌
挑戦的萌芽研究
巻号頁・発行日
2012-04-01

病的賭博に代表されるなんらかの行為の対する依存は「プロセス依存」と呼ばれ、物質への依存症と共通する病態機構を持つのではないかと推測されている。プロセス依存の基盤となる認知過程・脳内過程の解明を目的とし、病的賭博群に対して、報酬予測や意思決定課題を用いた機能的神経画像研究を実施した。結果、病的賭博群において報酬予測時における報酬系関連脳領域の神経活動の低下を認め、さらにその賦活の程度と罹病期間の関連が見出され、同神経活動が病的賭博の臨床指標になりうる可能性が示唆された。