著者
大竹 文雄 小原 美紀
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.54-71, 2010

本稿では,失業率が犯罪の発生率に与える影響を,1976年から2008年の時系列データおよび,1975年から2005年までの5年毎の都道府県別パネルデータを用いて実証的に分析する.時系列データを用いた犯罪の発生率は,失業率が上昇すると上昇し,人口あたり警察官数が増えると減る.しかしながらこの関係は犯罪種別で異なる.県別パネルデータを用いた分析でも類似の傾向が確認されるが,失業率の上昇よりも貧困率の上昇が犯罪発生率を高める影響が大きいことが分かる.両データを用いた分析により,犯罪の発生率が,犯罪の機会費用と密接な関係をもつ労働市場の状況や所得状況,警察などの犯罪抑止力と整合的な関係にあることが示された.
著者
緒方 里紗 小原 美紀 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.5, pp.137-151, 2012 (Released:2013-06-06)
参考文献数
17

人々は社会的成功を努力で決まると考えているのであろうか,それとも運で決まると考えているのであろうか.本論文では,日本人が持つ社会的成功に関する価値観の形成要因を分析する.とくに,学卒時に直面する経済状況が価値観の形成に与える影響に注目する.分析には『くらしと好みの満足度についてのアンケート調査』(大阪大学)による回答を用いる.調査回答の特異性を利用して,個人のさまざまな異質性を捉えた上で,主観的な回答に対する同一個人の回答バイアスや測定誤差の影響を除いて分析した結果,学卒時に偶然にも不景気に直面した者は「社会的成功は努力よりも運で決まる」という価値観を持ちやすい可能性があることが示された.さらに,男性と女性の価値観の形成要因には大きな違いが見られることが明らかにされた.
著者
黒川 博文 佐々木 周作 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.10, pp.50-66, 2017 (Released:2018-02-03)
参考文献数
33
被引用文献数
1

本研究では,A社の協力のもと,社員を対象に,様々な行動経済学的特性に関する質問を含んだ独自調査を行い,その個票とA社より提供を受けた残業時間に関するデータと組み合わせて,長時間労働者の特性を明らかにする.また,A社で導入された,残業時間上限目標を月45時間とし,働く時間と場所を自由に選べるという新たな人事制度の政策評価も行う.分析の結果,いくつかの行動経済学的特性と残業時間は統計的に有意な関係が観察された.例えば,時間選好の特性では,後回し傾向がある人の深夜残業時間が長い.社会的選好の特性では,平等主義者の総残業時間が長い.ビッグ5の性格特性では,誠実性が高い人の深夜残業時間は短いが,総残業時間は長い.一方,新人事制度の導入は残業時間を有意に削減した.特に,導入以前において月45時間以上働いていた人への残業削減効果が大きかった.
著者
大竹 文雄 黒川 博文 森 知晴
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.81-85, 2015 (Released:2016-05-07)
参考文献数
5

本研究では所得税と消費税の等価性を検証する実験を行った.ある所得分布と所得に応じた消費パターンを前提として,所得税(20%)と消費税(25%, 24%, 22%, 20%)のそれぞれどちらが好みかを被験者に選択させた.消費税(25%)は所得税(20%)と税負担が同等である.消費税(24%, 22%)は所得税(20%)よりも見た目の税率は高いが税負担は低い.消費税(20%)は所得税(20%)と見た目税率は同じだが,税負担は低い.被験者は見た目の税率が消費税の方が高いときは所得税を好み,見た目の税率が同じときは消費税を好んだ.消費税の方が税負担は低いにもかかわらず,被験者が所得税を好んだという結果は,消費税誤計算バイアスの存在を示唆する.消費税誤計算バイアスとは,外税表記の消費税を所得税と同様に内税かのように考えて消費税額を計算してしまうバイアスである.等価な消費税と所得税では所得税の方が被験者に好まれることから,消費税誤計算バイアスにより,等価性が成り立たないことが明らかとなった.
著者
佐々木 周作 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.11, pp.110-120, 2019-02-15 (Released:2019-02-15)
参考文献数
54
被引用文献数
1

本稿では,これまでに,医療・健康分野でどのような行動経済学研究の成果が蓄積されてきたかを整理する.本分野の研究は,患者を対象に,以下二つの分類で進められてきた.一つは,患者の意思決定上の行動経済学的な特性が積極的な医療・健康行動を取りやすくしたり,逆に,阻害したりしていることを明らかにする実証・実験研究である.具体的には,リスク回避的な人ほど積極的な医療・健康行動を取りやすいこと,一方で,時間割引率の大きい人・現在バイアスの強い人ほど取りにくいことがさまざまな医療・健康分野で観察されている.もう一つは,患者の行動経済学的な特性を逆に利用して,積極的な医療・健康行動を促進しようとする,ナッジの介入研究であり,実際に,ナッジが患者の行動変容を促すことが,多くの研究で報告されている.さらに,近年の研究動向として,医療者を対象にした行動経済学研究を紹介するとともに,長期的かつ安定的に効果を発揮するナッジの開発の必要性について議論する.
著者
水谷 徳子 奥平 寛子 木成 勇介 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.2, pp.60-73, 2009 (Released:2011-12-03)
参考文献数
10

本稿では,なぜ男性は女性と比べて,自身の成果のみに依存した報酬体系よりも他人の成果にも依存する報酬体系を好むのかについて,日本人学生を対象に実験を行うことで原因の解明を試みる.分析の結果は次の通りである.(1)男女でパフォーマンスの差はないが,女性より男性のほうが競争的報酬体系(トーナメント制報酬体系)を選択する確率が高い.(2)そのトーナメント参入の男女差の大部分は,男性が女性よりも相対的順位について自信過剰であることに起因する.(3)男女構成比は相対的順位に関する自信過剰に影響を与える.男性は女性がグループにいると自信過剰になり,女性は男性がグループにいないと自信過剰になる.(4)相対的自信過剰の程度をコントロールすると,トーナメント参入の男女差に対する競争への嗜好の男女差による説明力は弱い.
著者
大垣 昌夫 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.75-86, 2019 (Released:2019-04-10)
参考文献数
43

日本を筆頭に世界の国々で少子高齢化が進むなかで,各国の人口の大きい割合を占める高齢者の認知能力が低下することになる.また,女性の社会参画のために,保育サービスの重要性が増す.認知能力が大きく低下した高齢者や子供が市場メカニズムを一人では有効に使えないことを考えると,市場メカニズムと共同体メカニズムをどのように混合させていくことが社会にとって望ましいかという問題が重要である.行動経済学がこの問題に取り組むための研究の枠組みをすでに完成させたとは言えないが,内生的選好モデルに徳倫理という倫理観を導入する理論研究など,すでにこのような問題に取り組むために役立つさまざまな研究が行われている.本稿ではこのような視点から,規範行動経済学と共同体について概観する.
著者
黒川 博文 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.6, pp.1-36, 2013 (Released:2013-07-30)
参考文献数
42
被引用文献数
1

本稿では『国民生活選好度調査』を用いて,幸福度,満足度,ストレス度の年齢効果について分析した.横断データでは年齢効果と世代効果を識別できないため,年齢効果の形状が世代効果の影響を受けている可能性がある.実際,世代効果と年効果を無視すると,幸福度と満足度の年齢効果は若い頃は高く,中年期にいったん低下し,高齢になると上昇するといったU字型を示し,ストレス度の年齢効果は加齢とともに減少するといった右下がりを示した.しかし,世代効果と年効果を考慮すると,幸福度の年齢効果は右下がりとなり,ストレス度の年齢効果は右上がりとなるが,満足度の年齢効果はU字型のままであった.さらに,もともと年効果にトレンドがあると,年齢効果および世代効果にトレンドの影響が出てしまう可能性があるため,それらのトレンドの影響を除いた分析も行った.その場合,幸福度の年齢効果はU字型を示し,ストレス度の年齢効果は逆U字型を示した.
著者
佐々木 周作 若野 綾子 平井 啓 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.91-94, 2017 (Released:2017-06-01)
参考文献数
12

看護師は利他的であることが望ましい,という通説がある.しかし,本研究は,行動経済学の利他的選好のうち,“純粋な利他性”を強く持つ看護師ほど心理的に燃え尽きやすいことを実証的に示した.本研究では,日本国内の医療機関に勤務する看護師501名を対象にインターネット・アンケート調査を実施し,その中の仮想的実験質問を使って看護師の利他的選好の種類を識別した.重回帰分析の推定結果から,他人の効用が自分の効用と正に相関する純粋に利他的な看護師は,いずれの種類の利他性を持たない看護師に比べバーンアウト指標の中の情緒的消耗感が高いこと,また,精神安定剤・抗うつ剤を常用している可能性が高いことがわかった.
著者
亀坂 安紀子 吉田 恵子 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.3, pp.183-186, 2010 (Released:2011-06-27)
参考文献数
2
被引用文献数
2

本稿の目的は,結婚や出産といったライフステージの変化が人々の幸福度や充実度に及ぼす影響について,日本と米国のデータを使用したパネルデータ分析によって明らかにすることである.分析の結果,日本と米国のデータで共通して,配偶者の存在は個人の幸福度や充実度に非常に大きな影響を与えており,かつそのような傾向は男女の別にかかわらず観測されることが示される.また,日本と米国のデータで共通して,健康状態も人々の幸福度や充実度に大きな影響を与えており,求職中の人や喫煙者は,幸福度や充実度が低いことも示される.しかし,子供の存在に関する推定では,日本の結果と米国の結果に大きな違いが生じている.日本人の場合,子供がいないと幸福度や充実度が低いという結果が得られたが,米国の結果からは,必ずしもそのような事実は観測されない.労働参加に関しても,日米で若干異なる結果が得られている.
著者
佐々木 周作 明坂 弥香 黒川 博文 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.8, pp.100-105, 2015 (Released:2016-05-07)
参考文献数
24

社会的地位の上昇は長寿や健康を促進するだろうか.両者の相関関係はよく知られているが,前者から後者への因果効果を検証することは難しい.本研究では,日本で最も権威ある文学賞として知られる芥川賞と直木賞のデータを使用して,因果効果の有無・方向性・程度を分析した.具体的には,受賞者と非受賞候補者の同質性が高いと考え,受賞による社会的地位の上昇が余命にどのような影響を及ぼすかを検証した.純文学の新人賞である芥川賞では,初回候補時点から30年を経過するまでの受賞者の死亡確率は,候補者よりも67.5%程低い.予測値から算出した受賞者の平均余命は,候補者よりも3.3年程長い.一方,大衆小説作品の賞で中堅作家を主な対象とする直木賞では受賞者の死亡確率は35.4%程高く,平均余命も3.3年程短い.これらの結果は,受賞には平均余命の延命効果と短縮効果の両方が存在すること,社会経済的基盤の不安定な時には延命効果が相対的に大きいが,安定後には短縮効果の方が大きくなるという可能性を示唆している.
著者
大竹 文雄 坂田 桐子 松尾 佑太
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.13, pp.71-93, 2020-11-25 (Released:2020-11-25)
参考文献数
18

本論文では,豪雨災害時に早期避難を促すナッジメッセージの効果検証を行った.広島県民を対象にしたアンケート調査をもとに,仮想的に災害が発生した状況で,行動経済学的なメッセージが住民の避難意思に対して与える影響について分析する.また,メッセージの効果の異質性に関しても分析を行った.さらに,8ヶ月後に行った追跡調査によって,長期的な意識や行動変容についても検証した.その結果,社会規範と避難行動の外部性を損失表現あるいは利得表現で伝えるメッセージが直後の避難意思形成に効果的であることを明らかにした.一方,追跡調査の結果によれば,避難行動の外部性を利得表現で示したメッセージが長期的な避難意識や避難準備行動につながっていた.
著者
大竹 文雄 小原 美紀
出版者
日本犯罪社会学会
雑誌
犯罪社会学研究 (ISSN:0386460X)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.54-71, 2010-10-01 (Released:2017-03-30)
被引用文献数
1

本稿では,失業率が犯罪の発生率に与える影響を,1976年から2008年の時系列データおよび,1975年から2005年までの5年毎の都道府県別パネルデータを用いて実証的に分析する.時系列データを用いた犯罪の発生率は,失業率が上昇すると上昇し,人口あたり警察官数が増えると減る.しかしながらこの関係は犯罪種別で異なる.県別パネルデータを用いた分析でも類似の傾向が確認されるが,失業率の上昇よりも貧困率の上昇が犯罪発生率を高める影響が大きいことが分かる.両データを用いた分析により,犯罪の発生率が,犯罪の機会費用と密接な関係をもつ労働市場の状況や所得状況,警察などの犯罪抑止力と整合的な関係にあることが示された.
著者
佐々木 周作 平井 啓 大竹 文雄
出版者
行動経済学会
雑誌
行動経済学 (ISSN:21853568)
巻号頁・発行日
vol.9, pp.132-135, 2017 (Released:2017-06-01)
参考文献数
7
被引用文献数
1

本研究は,行動経済学におけるリスク選好が日本人女性の乳がん検診の受診行動に及ぼす影響を検証する.乳がん検診の主対象である40歳台・50歳台の女性のうち,自治体検診・主婦検診の乳がん検診の対象者と想定できる者602名に対し,インターネット・アンケート調査を実施した.その中に,プロスペクト理論に基づいた仮想的実験質問を設定し,回答者の,利得局面と損失局面それぞれでのリスク回避度を抽出した.分析結果から,利得局面でリスク回避的に意思決定する人ほど乳がん検診を受診する確率が低いこと,また,損失局面でリスク愛好的に意思決定する人もまた受診する確率が低いことが分かった.さらに,追加分析によって,乳がんに関わる選択の結果を利得局面で認識する人と損失局面で認識する人の両方が存在する可能性を示した.