- 著者
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春日 淳一
- 出版者
- 關西大学經済學會
- 雑誌
- 關西大學經済論集 (ISSN:04497554)
- 巻号頁・発行日
- vol.50, no.3, pp.287-298, 2000-12-15
市場経済においては,貨幣を支払えば原則としていつでも誰でも望む商品を手にすることができる(コミュニケーション・メディアとしての貨幣の一般化)。しかし,いったん購入した商品を返品し支払った貨幣を取り戻すことは通常できない。貨幣支払いのこの不可逆性はそれ自体なんら目新しい事実ではないが,本稿では(1)貨幣支払いとその不可逆性を社会システム論の文脈でとらえたうえで, (2)物理学的なイメージをも借りて,支払いの不可逆性が経済システムにおける時間の一方向性と結びついていることを示し,最後に(3)不可逆性の文明論的帰結を述べる。出発点となるのは,ルーマンが経済システムの基本的出来事(システム要素としてのコミュニケーション)とみなした支払い/非支払いという対概念である。ルーマンは支払いと非支払いの対称性を強調するが,両者には意思決定を伴うか否かをめぐって「対称性の破れ」
が見られる。筆者は出来事/反出来事という対概念を用いて非支払いを2種に区別したのち,支払いと同時に生じる反出来事としての非支払いに着目し,それが支払いの不可逆性発生の「現場」となる様子を明らかにする。