著者
東郷 俊宏
出版者
鈴鹿医療科学大学
雑誌
萌芽研究
巻号頁・発行日
2005

本課題の目的は、昭和15年前後に中国南京維新政府が推進していた国民暦(新東亜暦)編纂事業と、日本の東方文化研究所および京都帝国大学理学部宇宙物理学科のメンバーが主体となって推進していた東洋暦術調査との関連性を史料の上から明らかにすることにある。京都大学人文科学研究所には、昭和15年9月に南京において開催された国民暦編纂会議に、当時東方文化研究所の天文暦学研究室主任教授の地位にあった能田忠亮が招聘されたことを示す招聘状のほか、同会議の議事録や会議開催前後に掲載された新聞記事、また新東亜暦編纂事業に関わっていたと思われるメンバー(荒木俊馬、藪内清、高木公三郎、森川光郎)と能田の間に交わされた書簡、紫金山天文台修復作業の経過を示す書類などがあり、本課題ではこれらの資料の整理を行ってきた。その結果、新東亜暦は大東亜共栄圏共通の暦として採用されることはなかったものの、東方文化研究所の東洋暦術調査の研究成果をもとにその編纂事業が行われていたこと、また新東亜暦の問題が起こる以前より、森川光郎、高木公三郎など、京都帝国大学理学部宇宙物理学科のOB等が南京紫金山天文台修復作業に関わっており、その延長線上に昭和15年の会議が開催されていること、また京大宇宙物理学科卒のメンバーの間でも新東亜暦編纂の意義に対する考え方は微妙に異なっていることなどがわかった。本年度は最終年度に相当するため、現在人文科学研究所に残る上述の史料を翻刻し、資料集として報告書を作成する。
著者
矢久保 修嗣 並木 隆雄 伊藤 美千穂 星野 卓之 奥見 裕邦 天野 陽介 津田 篤太郎 東郷 俊宏 山口 孝二郎 和辻 直
出版者
一般社団法人 日本東洋医学会
雑誌
日本東洋医学雑誌 (ISSN:02874857)
巻号頁・発行日
vol.70, no.2, pp.167-174, 2019 (Released:2019-12-20)
参考文献数
15
被引用文献数
1

国際疾病分類(ICD)は疾病,傷害及び死因の統計を国際比較するため世界保健機関(WHO)から勧告される統計分類である。この国際疾病分類第11改訂(ICD-11)のimplementation version が2018年6月18日に全世界に向けてリリースされた。これに伝統医学分類が新たに加えられた。ICD の概要を示すとともにICD-11の改訂の過程やICD-11伝統医学分類の課題をまとめる。ICD-11は2019年5月の世界保健総会で採択される。我が国がICD-11を導入し,実際の発効までには,翻訳作業や周知期間なども必要であるためまだ猶予が必要となるが,国内で漢方医学の診断用語も分類のひとつとして使用できることが期待される。このICD-11伝統医学分類を活用することにより,漢方医学を含む伝統医学の有用性などが示されることも期待され,ICD に伝統医学が加わる意義は大きいものと考えられる。

4 0 0 0 OA お灸の歴史

著者
東郷 俊宏
出版者
社団法人 全日本鍼灸学会
雑誌
全日本鍼灸学会雑誌 (ISSN:02859955)
巻号頁・発行日
vol.53, no.4, pp.510-525, 2003-08-01 (Released:2011-03-18)
参考文献数
37

灸療法は湯液、鍼療法とともに日本、中国の伝統医学において中心的な治療法としての位置を占めてきた。交の原料であるヨモギは菖蒲とともに、古くから毒気を祓う力を持つ植物として採集され、古代中国で成立した『四民月令』や『荊楚歳時記』等では毎年五月五日にこれらを採集する習俗が年中行事の一環として記載されるほか、『詩経』、『楚辞』においても採集したヨモギを身にまとう習俗が歌い込まれている。1973年に中国長沙馬王堆漢墓より発掘された医学書 (畠書) には、支を治療手段として扱う文献が見られる。すなわち『五十二病方』で外科的処置が施された患部の薫蒸を目的として支を用いたことが記録されるほか、『霊枢』経脈篇の原型と考えられる『陰陽十一脈灸経』『足腎十一脈灸経』は各経脈の変動に由来する症候群と治療経脈との関係を指摘する。ツボ (孔穴) と疾病を対応させて灸治の方法を体系的に記述したのは『黄帝明堂経』が最初であり、同書の記述は『鍼灸甲乙経』をはじめ、多くの医学書に採録され、鍼灸治療の基本文献とされた。孫思遡と王煮はともに唐代を代表する医家だが、孫思遡が鍼灸両方を同等に扱ったのに対し、王煮は『外台秘要方』編纂に際して灸治のみを採録し、思遡と対照的な姿勢を取ったことがしばしば指摘される。しかし子細に検討すると、孫思遡の医書 (『千金要方』『千金翼方』) においても灸治の優越性を指摘する部分があり、また予防医学、養生手段としての灸治の意義を明確にしたほか、阿是穴を紹介するなど、灸療法の可能性を広げるうえで孫思遡の医書が果たした役割は大きい。『外台秘要方』も孫思遡の医書をベースに灸治を重視する立場を展開したものと考えられる。古代から中世までの日本医学を鍼灸に限定してみると、官職として鍼博士は置かれたものの、鍼は主に患部の切開や瀉血を目的とした外科器具として用いられ、実際の臨床は灸治が中心であったこと、また人神や日月の運行に基づく灸治の禁忌が忠実に守られ、吉日の選定にあたっては陰陽師が関わっていたことなどが『玉葉』、『明月記』などの日記資料から窺われる。十世紀末に丹波康頼によって編纂された『医心方』も、その構成は『外台秘要方』に類似し、灸治の記述に重点をおいている。近世に入ると、明代までに成立した医学書の大量の舶載を背景に経穴部位や治療経穴の文献学的研究、考証が進むと同時に、中世以降はじまった日本独自の灸治法 (和方灸、家伝灸) が集大成された。また養生法の一環としての灸療法が普及し、民間向けの灸治専門書の出版を見るようになる。15世紀末に始まる大航海時代以降、イエズス会士を筆頭に多くの西洋人が日本を訪れ、灸療法の知識を西洋にもたらした。17世紀初頭に長崎で印刷された『日葡辞書』には灸に関連する用語が多く採録されるほか、元禄期にはオランダ商館医として来日したケンペルによって本格的な紹介がなされた。ハンセン氏病 (らい病) の治療に灸が用いられていたことはやはりオランダ商館医であったテン・ライネの著作に記録されているが、明治期に東大医学部教授として日本に滞在したベルツの撮影した写真の中にも多くの灸痕を有するハンセン氏病患者の写真が残されている。
著者
東郷 俊宏 矢野 忠
出版者
The Japan Society of Acupuncture and Moxibustion
雑誌
全日本鍼灸学会雑誌 (ISSN:02859955)
巻号頁・発行日
vol.53, no.4, pp.510-525, 2003-08-01
参考文献数
39
被引用文献数
1

灸療法は湯液、鍼療法とともに日本、中国の伝統医学において中心的な治療法としての位置を占めてきた。交の原料であるヨモギは菖蒲とともに、古くから毒気を祓う力を持つ植物として採集され、古代中国で成立した『四民月令』や『荊楚歳時記』等では毎年五月五日にこれらを採集する習俗が年中行事の一環として記載されるほか、『詩経』、『楚辞』においても採集したヨモギを身にまとう習俗が歌い込まれている。<BR>1973年に中国長沙馬王堆漢墓より発掘された医学書 (畠書) には、支を治療手段として扱う文献が見られる。すなわち『五十二病方』で外科的処置が施された患部の薫蒸を目的として支を用いたことが記録されるほか、『霊枢』経脈篇の原型と考えられる『陰陽十一脈灸経』『足腎十一脈灸経』は各経脈の変動に由来する症候群と治療経脈との関係を指摘する。<BR>ツボ (孔穴) と疾病を対応させて灸治の方法を体系的に記述したのは『黄帝明堂経』が最初であり、同書の記述は『鍼灸甲乙経』をはじめ、多くの医学書に採録され、鍼灸治療の基本文献とされた。孫思遡と王煮はともに唐代を代表する医家だが、孫思遡が鍼灸両方を同等に扱ったのに対し、王煮は『外台秘要方』編纂に際して灸治のみを採録し、思遡と対照的な姿勢を取ったことがしばしば指摘される。しかし子細に検討すると、孫思遡の医書 (『千金要方』『千金翼方』) においても灸治の優越性を指摘する部分があり、また予防医学、養生手段としての灸治の意義を明確にしたほか、阿是穴を紹介するなど、灸療法の可能性を広げるうえで孫思遡の医書が果たした役割は大きい。『外台秘要方』も孫思遡の医書をベースに灸治を重視する立場を展開したものと考えられる。<BR>古代から中世までの日本医学を鍼灸に限定してみると、官職として鍼博士は置かれたものの、鍼は主に患部の切開や瀉血を目的とした外科器具として用いられ、実際の臨床は灸治が中心であったこと、また人神や日月の運行に基づく灸治の禁忌が忠実に守られ、吉日の選定にあたっては陰陽師が関わっていたことなどが『玉葉』、『明月記』などの日記資料から窺われる。十世紀末に丹波康頼によって編纂された『医心方』も、その構成は『外台秘要方』に類似し、灸治の記述に重点をおいている。<BR>近世に入ると、明代までに成立した医学書の大量の舶載を背景に経穴部位や治療経穴の文献学的研究、考証が進むと同時に、中世以降はじまった日本独自の灸治法 (和方灸、家伝灸) が集大成された。また養生法の一環としての灸療法が普及し、民間向けの灸治専門書の出版を見るようになる。15世紀末に始まる大航海時代以降、イエズス会士を筆頭に多くの西洋人が日本を訪れ、灸療法の知識を西洋にもたらした。17世紀初頭に長崎で印刷された『日葡辞書』には灸に関連する用語が多く採録されるほか、元禄期にはオランダ商館医として来日したケンペルによって本格的な紹介がなされた。ハンセン氏病 (らい病) の治療に灸が用いられていたことはやはりオランダ商館医であったテン・ライネの著作に記録されているが、明治期に東大医学部教授として日本に滞在したベルツの撮影した写真の中にも多くの灸痕を有するハンセン氏病患者の写真が残されている。
著者
小野 直哉 田上 麻衣子 高澤 直美 東郷 俊宏
出版者
公益社団法人 全日本鍼灸学会
雑誌
全日本鍼灸学会雑誌 (ISSN:02859955)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.17-32, 2013 (Released:2013-06-17)
参考文献数
4

現在、 鍼灸をはじめ、 伝統医学を取り巻く国際環境は、 従来の我々の認識を超え、 急激に変化している。 近年、 極東アジアのいくつかの国々では自国の伝統医学の古典医学書や伝統医学の一部分を、 国連教育科学文化機関 (UNESCO) の世界記録遺産や無形文化遺産へ登録した。 また、 世界保健機関 (WHO) では疾病及び関連保健問題の国際統計分類 (ICD) のICD-10からICD-11への改訂に伴い、 伝統医学をICD-11に盛り込む作業が行われている。 更に、 国際標準化機構 (ISO) では極東アジアの伝統医学の国際標準化の作業が進められている。 WHOと公的関係を持つ世界鍼灸学会連合会 (WFAS) でも鍼灸の国際標準化の作業が進められている。 更に、 生物多様性条約 (CBD) では伝統医学にも関わる遺伝資源と伝統的知識の議論が行われている。 伝統医学に関する事柄は、 他にも世界知的所有権機関 (WIPO) や世界貿易機構 (WTO/TRIPS)、 国連食糧農業機関 (FAO) など、 多岐に亘る国際機関で個別に議論されている。 本パネルディスカッションでは、 最初に、 CBD及び名古屋議定書における伝統的知識の保護に関する要点を整理し、 WIPOにおける議論の状況と伝統医学に関わる伝統的知識のUNESCOでの無形文化遺産の登録の現状を明らかにし、 鍼灸の伝統的知識の保護に関する今後の課題について検討した。 次に、 WFASがWHOから委託された形で鍼灸の国際標準化を進めている現状と経過を整理し、 JSAMの立場とWFASの鍼灸の国際標準化作業における問題点を明らかにし、 WFASでの鍼灸の国際標準化作業とISOでの鍼灸の国際標準化作業の関係について検討した。 最後に、 WHOで鍼灸の国際標準化が初めてなされた1980年代から、 ISO/TC249において鍼灸の国際標準策定が進行している現在までの鍼灸の国際標準化の流れを整理し、 鍼灸の国際標準化を主に担っている国々における伝統医学の国際標準化の現況を概観し、 伝統医学の国際標準化の背後に潜む伝統医学のヘゲモニー争いの様相と今後の伝統医学の国際標準化の課題について検討した。
著者
若山 育郎 高澤 直美 東郷 俊宏 津谷 喜一郎
出版者
社団法人 全日本鍼灸学会
雑誌
全日本鍼灸学会雑誌 (ISSN:02859955)
巻号頁・発行日
vol.59, no.1, pp.47-51, 2009-02-01
被引用文献数
1

2008年11月7日から3日間にわたって中国北京郊外の九華山荘においてWHO Congress on Traditional Medicine (WHO伝統医学会議) が開催された。 Opening ceremonyではWHO事務局長のDr. Margaret Chanが講演し、 Primary Health Careと予防医学における伝統医学・補完代替医療の重要性を訴えた。 また、 会議期間中に採択された北京宣言では、 各国政府主導による伝統医学のHealth Care Systemへの組み込みが必要であることが強調された。 <BR> 会議に並行して、 世界鍼灸学会連合会 (WFAS) をはじめ伝統医学関連の4つのサテライトシンポジウムが開催された。 WFASシンポジウムでは、 会議の主旨に従い、 各国における伝統医学・補完代替医療の現状や教育・研究・法整備などの実態に関するセッションが用意されていた。 WFAS執行理事会ではWFAS憲章の改訂などについて審議されたが、 その概要については別稿に譲る (本誌 p.52)。 昨年の北京シンポジウムにて予備的に開催されたUniversity Cooperation Working Committeeは、 今回も開催され、 当面の目標として国際的な教科書の制作を行っていきたいとの提案がなされた。
著者
東郷 俊宏 木村 友昭 形井 秀一 松本 毅 中野 亮一 金安 義文
出版者
社団法人 全日本鍼灸学会
雑誌
全日本鍼灸学会雑誌 (ISSN:02859955)
巻号頁・発行日
vol.64, no.2, pp.90-103, 2014 (Released:2014-12-24)
参考文献数
10
被引用文献数
1

2009年に国際標準化機構(ISO)で設置が承認されたTC249では、 2010年の第1回全体会議 (北京) 以降、 2013年までに4回の全体会議を開催した。 この間、 鍼灸領域では、 鍼灸鍼の国際規格作成をscopeとするWG3と鍼灸鍼以外の医療機器の規格作成に特化したWG4の2つが設置され、 伝統医学領域の医療機器の国際規格策定が進められている。 日本としては、 現在国内に存在する関連規格 (JIS規格;厚生労働省の定める認証基準など) と齟齬を来す国際規格が策定されぬよう、全体の流れを注視しつつ議論に参画しているが、TC249に出席しているメンバーのほとんどは、臨床家や医学研究者であり、必ずしも医療機器の専門家ではないことから、議論はしばしば平行線をたどり、ハーモナイゼイションは困難な場合が多い。 本稿では、TC249における規格策定に関わってきた日本のエキスパートのうち、アカデミア2名、メーカー2名に2013年の5月に南アフリカ共和国のダーバンに於いて開催されたTC249 4th Plenary MeetingにおけるWG3, 4における議論についてそれぞれの立場から論じて頂いた。
著者
東郷 俊宏
出版者
京都大学
雑誌
奨励研究(A)
巻号頁・発行日
2000

本研究の目的は、病因、病態、病理に関する唯一の専書として中国医学史上、特異な位置を占める『諸病源候論』(610年成立、巣元方撰)について、その疾病分類の特徴を分析することにあった。また疾病を67門、1739種に分類する本書の疾病記述は、漢代以降に成立した医学文献の内容を多く継承しており、かつその疾病定義が日本、中国の別を問わず後世の医学書にしばしば引用されてきたことを鑑み、本書の他の医学書への影響関係をも分析対象とし、中国医学における疾病観の変遷を探る基礎的な作業とした。具体的な成果としては、両年度を通じ最善本(宋版)を用いた経文のデータベース入力作業を進め、さらに宋改以前の旧態を存すると考えられる『医心方』との校合作業を行った。最終年度に当たる平成13年度はこの成果をもとに、本書と先行する医学経典(『素問』『霊枢』『傷寒論』『金匱要略』)、および本書の疾病分類を採用した日本、中国の医学全書(『医心方』『太平聖恵方』『聖済総録』)との引用関係、相互関係を明らかにするべく、対照表をも含めた総合データベース作成に着手した(平成14年度中完成予定)。作業量が膨大となったため、総合データベースはまだ完成をみていないが、作業過程において明らかになった事項を以下に2点挙げたい。1.計画段階で予想したとおり、『諸病源候論』の記述は先行する医学書の記述を大量に含むが、必ずしも原文とおりの引用ではなく、病因の説明などを補い、原本には見られなかった因果関係を明確にする場合が多く見られる。2.『諸病源候論』の引用書目は多種にわたるが、同一種の疾病の記述に関して、諸書の記述をあえて一貫性のあるものにまとめることはせず、内容的に矛盾、相違する部分に関しては別項目をたて、複数の書の記述を併存させるように編集している。