著者
鄭 雅誠 森 恵莉
出版者
公益社団法人におい・かおり環境協会
雑誌
におい・かおり環境学会誌 (ISSN:13482904)
巻号頁・発行日
vol.53, no.3, pp.178-182, 2022-05-25 (Released:2022-05-26)
参考文献数
30

本邦の嗅覚診療で現在保険適応となっている嗅覚検査は基準嗅力検査と静脈性嗅覚検査の2つである.静脈性嗅覚検査は1960年に提唱され,世界でも最古の部類に属する長く続けられている嗅覚検査であり,静脈ににおい物質を注入する,日本独自の検査方法である.これに対してにおい物質を嗅がせる嗅覚検査は,長らく各施設ごとに独自の形式が取られており,1956年に統一された聴力検査法と比較して,嗅覚検査の統一は遅れていた.嗅覚検査の統一基準を作るべく,1971年に研究班が設置され,日本人になじみのある「基準臭」が1973年に発表された.1978年には今日臨床で使用されている基準嗅力検査が制定され,以降40年以上にわたって静脈性嗅覚検査とともに,嗅覚の保険適応検査として使われ続けている.その後,基準嗅力検査の問題点である室内空気の汚染の改善や検査の定量化を目的に噴射式基準嗅力検査が1996年に発表されたが,検査装置製造中止のため現在は入手困難である.また,海外では検査手順簡略化や室内空気汚染対策としてマイクロカプセル技術を用いた嗅覚検査UPSITが1984年に発表され,本邦でも同技術を使用したスティック型嗅覚同定検査が2006年に発表された.スティック型嗅覚同定検査はマイクロカプセルに内包されたにおい物質をスティック状に加工し,パラフィン紙にその都度塗布して検査を行うが,その煩雑性と不定性,冷蔵保存の必要があったことから,2008年には紙を擦るだけのカード型嗅覚同定検査が発表された.このような嗅覚検査を組み合わせて臨床では嗅覚診療を行うが,嗅覚検査結果と患者本人の自覚的な嗅覚症状が乖離することも多く,嗅覚専門外来では自覚症状の評価のためにVAS : visual analogue scaleや日常のにおいアンケートも併用されることが多い.近年では好酸球性副鼻腔炎やCOVID-19の増加から,嗅覚診療の注目度や重要性も上がってきている.
著者
田中 大貴 森 恵莉 関根 瑠美 鄭 雅誠 鴻 信義 小島 博己
出版者
耳鼻咽喉科展望会
雑誌
耳鼻咽喉科展望 (ISSN:03869687)
巻号頁・発行日
vol.63, no.3, pp.119-122, 2020-06-15 (Released:2021-06-15)
参考文献数
13

塩化亜鉛液を浸した綿棒で上咽頭を擦過する上咽頭擦過療法 (Epipharyngeal Abrasive Therapy: EAT) は, 組織の収斂・抗炎症作用を利用した上咽頭炎など初期の感冒症状に対して一部の施設にて行われている。 上咽頭擦過療法で稀に嗅覚障害を来すことがあるとされるが, 詳細な報告はない。 国外ではグルコン酸亜鉛液が初期の感冒に効果があるとされ市販されており, このグルコン酸亜鉛液による点鼻治療で嗅覚障害を来したという報告が散見する。 また硫化亜鉛や酸化亜鉛も動物実験で嗅覚障害を起こしたという報告がある。 今回, 塩化亜鉛液が原因と考えられる嗅覚障害の例を経験し, 塩化亜鉛も他の亜鉛化合物と同様に嗅覚障害を呈する可能性が考慮されたため, 文献的考察を加えて報告する。
著者
米澤 和 森 恵莉 鄭 雅誠 関根 瑠美 永井 萌南美 弦本 結香 小島 博己 鴻 信義
出版者
一般社団法人 日本臨床衛生検査技師会
雑誌
医学検査 (ISSN:09158669)
巻号頁・発行日
vol.69, no.3, pp.317-322, 2020-07-25 (Released:2020-07-25)
参考文献数
20

近年,喫煙と嗅覚障害の関連について様々な研究がされており,喫煙が嗅覚を悪化させる原因の一つであるとの報告も多くされている。今回,当院で2009年4月から2016年3月までにT&Tオルファクトメーター(T&T olfactometer; T&T)を用いて基準嗅力検査を行い,1年以上経過が追え,かつ2回以上嗅力検査が施行できた208名の患者を対象に,嗅覚障害の程度と嗅覚の改善度について,喫煙患者と非喫煙患者に分類して比較検討を行ったので報告する。208名のうち,喫煙者と非喫煙者の内訳は,喫煙者が51名,非喫煙者が157名であった。疾患の内訳は,感冒後が32.7%,慢性副鼻腔炎が28.4%,特発性が19.2%,外傷性が11.1%であった。喫煙頻度は,全疾患で24.5%であり,感冒後が17.6%,慢性副鼻腔炎が28.8%,外傷性が30.4%であった。重症度は,喫煙者で高度・脱失群が84.3%であり,有意に低下していた(p < 0.05)。また,感冒後における改善度は,喫煙者で不変・悪化群が66.7%(12名中8名)であり,有意に改善しない患者が多かった(p < 0.05)。嗅覚障害は喫煙により,重症化する可能性が示唆された。さらに,喫煙者において感冒後嗅覚障害の改善が乏しい結果となった。喫煙は嗅覚障害のみならず,人体に様々な影響を与えるため,禁煙指導は積極的に行うことが望ましい。
著者
森 恵莉
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科頭頸部外科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.123, no.7, pp.557-562, 2020-07-20 (Released:2020-08-06)
参考文献数
47

多様なにおい分子を受容する嗅覚受容の仕組みが, 徐々に解明されてきている. 嗅覚障害の臨床研究においても, 着実に広がりと進歩を見せている. ヒトが “におい” として感知できる物質は, 濃度や組み合わせ, 温度や湿度などの環境によってもにおい方が全く異なる. 約400種類の嗅覚受容体により, におい物質の交通整理がなされ, 嗅球に情報が送られるシステムは, まだ未解明な部分も多くある. においを感じることができなくなる嗅覚障害は, その先の豊かな生活や人生の選択肢を奪ってしまう. 嗅覚障害の主な原因疾患として慢性副鼻腔炎が挙げられるが, 感冒に伴う嗅覚障害や, 原因が特定できない特発性嗅覚障害も比較的多い. 神経変性疾患との関連も最近は注目されている. 難病指定された好酸球性副鼻腔炎は特に嗅覚障害が重度であるが, ほかの嗅覚障害に比して治療による効果が最も明瞭であり, 治療成績の向上が期待できる. 感冒に伴う嗅覚障害の多くは自然軽快する. 回復が長期に渡る場合は, 嗅覚刺激療法や漢方薬による治療効果も今後は期待されている. 原因が特定できない高度嗅覚障害については, 脳腫瘍を含めた中枢性疾患が存在していることもあり, 頭蓋内病変鑑別のため, 頭部 MRI や神経内科依頼も念頭に置くべきであると考える. また, 職業歴や趣向などから有機溶媒や化学薬品などの使用歴有無の聴取は, 重要な問診事項であると考える.
著者
森 恵莉 松脇 由典 満山 知恵子 山崎 ももこ 大櫛 哲史 森山 寛
出版者
一般社団法人 日本耳鼻咽喉科学会
雑誌
日本耳鼻咽喉科学会会報 (ISSN:00306622)
巻号頁・発行日
vol.114, no.12, pp.917-923, 2011 (Released:2012-01-28)
参考文献数
20
被引用文献数
5 12

現在日本で保険適応のある嗅覚検査には, 基準嗅力検査と静脈性嗅覚検査の二種あるが, 基準嗅力検査は実施率, 普及率ともに低く, 静脈性嗅覚検査は疼痛を伴う検査であり患者への侵襲が高い. 嗅覚同定能検査の一つとして開発されたOpen Essence (以下, OE) は, 現在医療保険の適応はないが, その臨床的有用性が期待されている. 今回われわれは嗅覚障害患者に対するOEと自覚症状, 基準嗅力検査, および静脈性嗅覚検査との比較検討を行った. 当院嗅覚外来患者のうち, 嗅覚の評価が可能であった122例を対象とした. OEスコアと基準嗅力検査, 静脈性嗅覚検査, また嗅覚障害に対する自覚症状としてのVisual Analog Scale (VAS) と日常のにおいアンケートとの間にはそれぞれ有意な相関を認めた. また静脈性嗅覚検査において嗅覚脱失を認めた群はOEの正答率が有意に低かった. OEは従来からの検査法である基準嗅力検査と静脈性嗅覚検査および自覚症状をよく反映するため, 一般臨床において広く利用可能な嗅力検査であると考える. なお, OEに含まれるメンソールは詐病を見破れるものとして必要と考えるが, 嗅力を判定する際にはこれを除いて検討する方が良いかもしれない.
著者
田中 大貴 森 恵莉 関根 瑠美 鄭 雅誠 鴻 信義 小島 博己
出版者
耳鼻咽喉科展望会
雑誌
耳鼻咽喉科展望 (ISSN:03869687)
巻号頁・発行日
vol.64, no.3, pp.157-162, 2021-06-15 (Released:2022-06-15)
参考文献数
11

本邦では家庭用洗剤として次亜塩素酸塩がよく用いられ, 複数の会社で製品化されている。 使用の際には酸性洗浄液との併用禁忌や換気, マスクや手袋・ゴーグル等の着用の推奨などの使用上の注意が記載されている。 しかし, 防護や換気をしたのにも関わらず健康被害を呈することもあり, その一つに嗅覚障害を呈したというソーシャル・ネットワーキング・サービス (SNS) 上の書き込みが散見されるが, それを詳細に報告した論文はない。 今回, 塩素系洗浄剤の使用後に嗅覚障害を呈した2例を経験した。 次亜塩素酸や代謝産物である有機塩素化合物が嗅裂炎を起こし, 気導性嗅覚障害を呈する可能性や, 繰り返す次亜塩素酸の曝露が嗅上皮の再生能・恒常性の障害や炎症細胞浸潤による神経障害を引き起こして神経性嗅覚障害を呈する可能性がある。 塩素系洗浄剤を使用する際には, 使用上の注意を遵守すること, また嗅覚障害出現時には同洗浄剤の使用を直ちに中止し, 専門の医療機関を受診することが重要と考えた。
著者
森 恵莉
出版者
特定非営利活動法人 日本頭頸部外科学会
雑誌
頭頸部外科
巻号頁・発行日
vol.27, no.2, pp.155-160, 2017

女性医師や新臨床研修制度で教育されてきた医師の存在が増えるにつれ,大学病院や一般病院のあり方が問われ続けている。その中で耳鼻咽喉科領域は多岐に渡り,キャリアアップできるチャンスは多くある。どんな形であれ,チャレンジし続けるものが存在し,誰かに必要とされ,自分の才能を発揮できる舞台で活躍できることはやりがいもあり,ありがたいことである。研修医のみならず,医師業務の負担軽減を含めた医師就労体制の見直しと充実に向けた各施設や学会の機能強化は急務であるが,外科系の道を志した医師には,男女関係なくある程度の自己犠牲を払う覚悟が必要である。