- 著者
-
霜田 光一
- 出版者
- 一般社団法人 日本物理学会
- 雑誌
- 日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
- 巻号頁・発行日
- vol.70, no.8, pp.591-598, 2015-08-05 (Released:2019-08-21)
19世紀までに幾何光学と波動光学はほとんど完成し,光はマクスウェル方程式で記述される電磁波であることが確認されていた.そこで,光学の研究はカメラや顕微鏡などの光学機械の新しい考案や,レンズの設計と収差の理論など,応用物理学的研究が主流になっていた.アインシュタインはプランクのエネルギー量子の概念を発展させて,1905年,光電効果を説明する光量子仮説を提出した.光の周波数(振動数)をνとすると,光はエネルギーhνをもつ粒子として振る舞う.この粒子を光量子または光子と呼ぶ.光は波動性をもつけれども,場合によっては粒子性を示すと考えなければならなくなった.これを契機に量子論が展開され,原子による光の放出と吸収は上下2つの定常状態の間の遷移によると考えられた.1916年,アインシュタインは遷移確率を計算して光の放出には自然放出と誘導放出の2つの過程があることを示した.しかし,通常の物質では誘導放出よりも吸収が大きく,正味の誘導放出を観測することはできなかった.原子または分子の反転分布状態では,正味の誘導放出が得られるという議論はあったが,量子論の世界は人為的に操作することはできないと信じられていた.一方において,1906年に発明された真空管を中心に,無線技術とエレクトロニクスが進歩し,ラジオ放送が1920年に始まった.そして,第2次世界大戦中に軍用レーダーの研究に従事した物理学者が,戦後電波分光学の研究を始めた.エレクトロニクスを用いて,核磁気共鳴や分子のマイクロ波スペクトルが実験された.タウンズ(C. H. Townes)はアンモニアの分子線で多数の反転分布分子を空洞共振器に入れれば分子発振器ができるだろうと考えた.1951年のこの着想に基づく実験は1954年に成功し,メーザーと呼ばれるようになった.メーザーは電子管では発生できない短波長のミリ波,サブミリ波,赤外線,可視光線,紫外線の発振器として期待された.これらの高周波メーザーは光メーザー(optical maser)と呼ばれていたが,1960年に実現し,その後は簡潔にレーザー(laser)と呼ばれている.レーザーは時間的にも空間的にも高度にコヒーレントな光を発生する.そこで光の発振スペクトル幅1ヘルツ,パルス幅1フェムト秒,尖頭出力1ペタワットも得られる.レーザー光の指向性は極度に鋭いので,集光すれば,超高光強度が得られる.レーザーはこのように画期的に優れた特性をもっているので,これまでに多種類のレーザーが開発され,その高性能化が進んでいる.その応用はレーザー通信,レーザー加工,レーザー計測などから始まり,今では科学技術のあらゆる方面に広がり,見えないところでレーザーが使われている.たとえばコンピューターもテレビも新幹線もジェット機も,レーザーが不可欠な要素になっている.レーザーは光学を一新し,非線形光学,量子光学,量子情報科学などだけでなく,ボーズ・アインシュタイン凝縮,超高光子密度科学,高温高圧物性,生体細胞のin vivo超解像イメージングなど,新しい研究を創発している.