著者
中澤 高志
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.52, no.1, pp.1-18, 2006
被引用文献数
2

公営住宅,公団住宅,および住宅金融公庫は,戦後日本の住宅政策の根幹をなしてきたが,1990年代後半以降にいずれも大きな変容をとげた.本稿の目的は,一連の住宅政策改革の内容を整理し,東京大都市圏を対象地域としてその影響について予察的考察を行うことである.公営住宅では,量的不足に加えて需要と供給の地域的不均衡が発生している.公営住宅法の改正は,公営住宅用地を都市再生に利用する道を拓くものであり,需給の地域的ミスマッチを拡大させる恐れがある.遠・高・狭との揶揄はあったものの,公団は比較的良好な住宅を供給してきたといえ,その住宅経営は良績を収めてきた.公団が実質的に解体されたことにより,住宅供給は基本的に民間に委ねられることになった.しかしファミリー向けの賃貸住宅の供給は依然として不十分であり,定期借家権の導入も期待されたほどの効力を発揮していない.制度金融である住宅金融公庫の廃止により,住宅金融も民間に委ねられた.これは持家を購入できる層とできない層の二極化を招く可能性がある.また,公庫廃止後も,大都市圏では依然としてマンションの大量供給が続いており,供給過剰の懸念もある.民間による住宅供給と住宅金融を基本とする住宅政策への転換は,居住に対する経済原理の支配を強めるものであり,新たな住宅階層を発生させる可能性がある.
著者
山本 大策
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.63, no.1, pp.60-76, 2017-03-30 (Released:2018-03-30)
参考文献数
43

本稿の目的は英語圏の経済地理学において一潮流となりつつある「多様な経済」論の紹介を行うととともに,その視点から加藤和暢氏を中心として進められてきた「サービス経済化」論を批判的かつ建設的に省察することである.とくに着目するのは,加藤氏の一連の論考からインプリケーションとして浮上してきた「サービス経済化」の市場原理主義的なグローバル経済化に対する役割の問題である.「多様な経済」論はポスト構造主義の影響を受けながら,「経済」概念の意味を問い直し,また行為主体の「主体化=服従化」のプロセスにも注目することで,グローバル経済化に対抗する実践的な知の形成を目指してきた.よって加藤氏が提起する問題と「多様な経済」論の間には通底するものがある.     検討の結果,資本主義市場社会の内部にも存在する非市場型のサービスも看過しえないこと,つまり経済地理学の正当な対象として「多様な経済」を視野に収める必要性があることを主張する.また,空間的組織化論の「地域形成」の論理的根拠として評価しつつ,理論化の過程で「地域存続」のための経済活動が言説的に周縁化される可能性を指摘する.さらに「現状分析」における「対象重視」の加藤氏の主張と,行為主体性を熟視する「多様な経済」論を重ね合わせ,その方法論的影響にも言及する.最後に,「多様な経済」論が経済地理学の願望的地域経済論への後退を示すものではないのか,という懸念に対する若干の検討を試みる.
著者
土屋 純
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.46, no.1, pp.22-42, 2000-03-31 (Released:2017-05-19)
被引用文献数
2

近年, コンビニエンス・ストア(以下, CVSと略)は, 物販だけでなく様々なサービスを供給する代理店として各方面の業界から注目されている.このような注目を受けるのは, CVSが全国的に広がり, かつ消費者に近接して分布しており, さらに情報・配送システムによってネットワーク化されているからである.しかし, CVSの地位的展開を考察した従来の研究は, ミクロスケールで行われたものが中心であり, 全国スケールで検討したものは少ない.そこで本研究では, CVSチェーンの全国展開パターンを検討し, CVSチェーンの発展とCVSの全国的普及過程との関わりについて考察した. 日本のCVS業界は上位集中化が進んでおり, 上位チェーンによる店舗展開がCVS全体の普及に大きく関わっている.よって本研究では, 出店戦略が特徴的な代表チェーン(セブンイレブン, ローソン, ファミリーマート, セイコーマート)を取り上げ, 全国展開のパターンについて検討した.その結果, 全国展開パターンとして, (1)大都市圏からの虫食い的展開, (2)拠点的展開, (3)エリアフランチャイズ方式, (4)特約店の支援の4つを指摘できた.しかし, これらのパターンには, 配送システムへの初期投資を円滑に回収する, あるいは運営コストを低レベルで押さえるという共通の要因が関わっており, ドミナントエリア(密度の高い店舗網)の形成という点で共通していた. このようなCVSチェーンによる全国展開によって, CVSの全国的分布には地域間, 都市階層間の偏在が形成されていることが明らかとなった.さらに, JITを前提としたルート配送が必要なことから, 都市遠隔山村, 半島部や離島へのCVS普及が進んでいないことも明らかとなった.
著者
端木 和経
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.63, no.2, pp.148-163, 2017

<p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;本稿では北京における温州企業の集積地として知られる大紅門アパレル産業地域を事例として,温州出身者による企業が,どのような方法で親族や同郷者等との社会的ネットワークを活用しながら事業を成立させ,産業集積を形成したのかという点を検討した.以上の点を明らかにするために,本研究では同地域でアパレル生産・販売の事業を営む経営者82 名に対して資料収集とアンケート調査及びインタビュー調査を行い,その内容を分析した.調査結果は以下の通りである.大紅門では1980年代から温州出身者によるアパレル製品の工場と販売店の起業がみられるようになった.事業に成功した先行事業者たちは,さらに事業を拡大するために,親族や同郷者たちを労働者として大紅門に呼び寄せていった.これらの大量の労働者たちには,独立して起業する人も多かった.彼(女) らの多くは,縫製工場等で働きながら,生産や販売のための技術や知識,人脈等を身に付けていった.既に事業が軌道に乗っていた先輩の経営者たちは,地縁・血縁のある起業希望者たちに資金援助や取引先業者の紹介等の支援を行っていった.また,このような支援は,生産や販売面で分業を行うことができ,取引先の確保にもつながるため,先行事業者にとっても利益があったと推測される.このようにして大紅門には,地縁・血縁に基づく社会的ネットワークを有する同郷者による小規模事業者の集積が拡大していったことが明らかになった.</p>
著者
初沢 敏生
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.51, no.4, pp.348-367, 2005-12-30 (Released:2017-05-19)

近年,産業集積地域における革新に関して多くの研究がなされている.これは地域経済を振興するための視点として重要であるが,地場産業産地に関しては,このような研究は十分に蓄積されているとは言い難い.そこで,本小論では益子陶磁器産地と笠間陶磁器産地を事例に,産地の革新の特徴と,それが地域的生産構造に与えた影響について検討した.地場産業産地の革新には,新製品開発と,それを支える技術・技能の習得システムが重要な役割を果たす.益子産地では濱田庄司の来住と民芸陶器の導入という外部からの刺激を産地として受け止め,さらにそのための人材育成システムが産地内部に形成されたことが産地の革新を可能にした.その後,これに対応する形で産地の生産・流通構造が形成され,産地を発展させた.しかし,生活様式の変化などに対応するため,現在,栃木県窯業技術支援センターなどが中心となり,新たな革新が進められつつある.一方,笠間産地では窯業指導所などの公的機関が産地の革新をリードした.ここでは窯業指導所が技術・技能面の研究・開発に加え,製品開発やその普及,人材育成などに関しても大きな役割を果たした.また,行政も産業基盤整備を積極的に行い,陶磁器業の発展を支援した.笠間産地の生産構造は,基本的にこの上に成り立つものである.近年,笠間産地も新たな課題に直面しているが,ここでは公的機関の支援による産地形成という枠組みを維持したまま新たな革新が進められている.産地の革新にあたっては,産地の内外をネットワーク化することが必要であるが,それにあたり,公設試験場の果たす役割が重要になってきている.
著者
橋本 雄一 濱里 正史
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.41, no.3, pp.208-226, 1995
被引用文献数
3

本研究は福昂畢郡山市を事例地域とし, 都市内部で公共交通により形成される近接空間の変化を明らかにすることを目的とする. まず, 1977年と1987年の近接性データに準3相因子分析を行うことにより, 郡山市における近接空間を画定し, その変化について検討した. その特果, 両年次とも, 鉄道や主要道路ごとに近接空間が形成されており, 明確なセクター性が認められた. また, 市中心部においては, 郡山駅西側の市街地内部で強い結びつきが見られるだけではなく. 市街地縁辺の住宅地とも結びついて近接空間を形成していた. 1977年から1987年にかけての隣接空間の変化を見ると, 郡山駅南部の地区間結合が強くなっており, 逆に周辺地区間の強い結合は見られなくなった. 次に, 近接空間を包含する公共交通ネットワーク全体が, いかなる空間構造を有するのか, MDSを用いて検討した. その結果, 1977年には郡山駅を中心として, 等距離に市街地周辺地区の布置が見られたが, 1987年には郡山駅西側および南側の地区が郡山駅の近くに分布し, 市北部の地区は逆に駅から離れた布置となっていた. この変化は, 郡山市西部および南部で人口が急増したことによる公共交通の需要に, 公共交通ネットワークが対応したことによると考えられる. 以上のことから, 当該期間において公共交通ネットワークは, 都市内部のあらゆる部分地区間の移動を確保するものから,部分地区ごとの需要の違いに対応したものに変化したと推察される.
著者
高崎地域大会実行委員会
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.178-183, 2005-06-30

2004年度の地域大会を10月23〜24日に開催した.23日午後より24日午前中まで,シンポジウムに出演いただくパネラーの案内により群馬県内を巡検し,地域の実情を視察した(川場村泊).巡検終了後,24日午後に高崎経済大学にてシンポジウムを開催した.巡検の参加者は34名,シンポジウムの参加者は70名(うち会員46名)であった.巡検宿泊先の川場村で新潟県中越地震が発生し,新潟県出身者やそこからの参加者の留守宅や親類の安否が心配されたものの,両日とも天候に恵まれ,成功裡に全日程を終了することができた.なお,巡検は,高崎経済大学地域政策学部の戸所隆氏,津川康雄氏に御案内いただいた.シンポジウムのコーディネーターは,千葉立也(都留文科大),西野寿章(高崎経済大)がつとめた.
著者
藤本 典嗣
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.63, no.4, pp.292-303, 2017

<p>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;「グローバル」と「世界」は,国家間の国境がなくフラットな中で諸経済フローが地球中の空間に展開する状態と,国境は存在するものの世界経済の中に諸経済フローが中核・周辺などの階層に包摂されていく状態とに区分される.金融はその地理的な流動において,国際決済通貨や証券・債権のいずれにおいても価値尺度の世界的共通性もあり,前者のグローバルな性質を内在している.<BR>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;1986年に「世界都市仮説」がJohn Friedmannにより提示されて以降,金融指標をはじめとする諸経済フローを用いて,世界の主要都市の地位・序列を様々な統計手法でランキング化し,都市間の階層構造を明らかにする試みが,英語圏・本邦の都市研究の中でも,都市システム研究により主におこなわれてきた.<BR>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;そのなかで,GaWC (Globalization and World Cities) 研究ネットワークなどの英語圏の研究の多くは,欧米を主眼に置いた都市間結合を明らかにしているが,多くの文献で東京の地位が下がったことが指摘されている.<BR>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp;本稿は,都市システムの階層構造の中で,金融面に着目し,東京がどのように位置付けられるのかの分析をおこなった.まず,国内における金融面での東京の地位について,従来から地域構造論で扱われてきた預貸率分析に加え,日本銀行券受払の本社・支店別収支からも,明らかにした.他方で,グローバル都市システムにおける,東京の地位については,株式時価総額,外国為替取引額や関連する指標を用いながら,国民経済規模との関係で,その位置付けを検証した.<BR>&nbsp;&nbsp;&nbsp;&nbsp; 国内では,その地域的経済規模以上の,金融機能が集中している東京であるが,国際比較においては,日本の国民経済の規模と同程度の国際金融機能を量的に有していることが,株式時価総額,外国為替市場取扱額などの数値から明らかになった.また,東京の地位が下がっていることが確認されるのは,香港,シンガポールなどの新興市場や,ロンドンとの比較の上であり,大半の国の世界都市は,その都市がグローバルな結節となる国・地域の国民経済規模未満の国際金融機能しか有していないことが明らかになった.</p>
著者
堤 純
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.53, no.5, pp.478-489, 2007-12-30
被引用文献数
1

近年,オフィスの空室率や地価水準といった経済状況を示す代表的な指標をみると,札幌の経済は1990年代後半以降に進んだ深刻な不況からの改善傾向がみてとれる.しかし,これが本当に札幌の今後の更なる成長や発展を意味するかどうかは疑問である.1972年の札幌冬季オリンピック開催とそれに並ぶ地下鉄南北線の開通および政令指定都市化が続き,この時期に札幌駅前通りを中心にビルの高層化が著しく進展した.これらのビルの多くは旧財閥系の大手資本によるオフィスビルであった.これらのオフィスビルには,本州から数多くの企業が進出し,札幌の成長は長らく「支店経済」によって支えられてきた.1990年代後半以降,北海道経済は深刻な不況に陥った.これまで札幌の成長を支えてきた支店経済そのものが縮小することが懸念された.一方で,新たな成長産業の柱として,IT関連産業の発展および,北海道大学周辺への同関連産業の集積(「サッポロ・バレー」)がみられた.確かに,従業員規模の小さいIT関連事業所の新設や集積は確認できるものの,この産業が札幌の成長を牽引するほど強固なものとはいえない.また,近年の札幌では確かに「情報通信業」の従業者数や事業所数は増加傾向にあるが,新設だけでなく廃業も高率で推移することが指摘されている.中でも,コールセンターの従業者は急増しているものの,同時に関連する派遣従業者(非正規雇用)の増加も深刻な問題となっている.深刻な不況がさけばれる中,札幌市内には,2000年以降も新規のオフィスビル建設が続いた.JR札幌駅前に2003年に竣工したJRタワーは,札幌では最高の立地条件を備えたオフィスビルといえる.JRタワーに入居するオフィスに関して特筆すべき点として,ホテルや各種オフィスの中に,東京から進出したコールセンターが複数階に渡って入居していることが挙げられる.これは従業員の技術水準が立地要因ではなく,単に東京に比べて安いオフィス賃料水準や安い人件費に起因する企業進出と考えられる,一方,北海道内の周辺市町村(とくに農村部)では深刻な不況に拍車がかかっている.「札幌で働く」あるいは「札幌の一等地にあるJRタワーで働く」ということは,有望な就職先に乏しい北海道の周辺市町村の若者にとって非常に魅力的である.札幌で働けるのであれば,職種や雇用の形態は大きな問題とはならない傾向にある.進出企業にとっては,札幌の一等地にオフィスを開設することで,人材確保の問題を克服できる利点もある.また,札幌のオフィスビル内部でのテナント移動を詳細にみてみると,多くのビルにおいて空室率の上昇が確認できた.中でも,敷地面積の狭小な個人所有のビルや,建築年次の古いビルにおいて空室率が高い傾向が確認できた.かつては最高の立地条件と言われた札幌駅前通り沿線や,そこから1ブロック奥の通りにおいても空きテナントが目立つ状況となっている.一方で,近年竣工した複数の大規模オフィスビルの殆どで空きテナントはみられない.生駒CBREのデータによれば,札幌のオフィス事情は向こうしばらくの間は好況が続くとみられている.その理由は,北海道内の他都市に立地する支店の札幌支店への統合・再編や,札幌市内の都心周辺部(創成川東や西11丁目周辺等)から札幌市都心部への拡張移転や館内増床の動きが顕著にみられるからである.これらの動向をみる限り,札幌は今後も成長を続けると判断することも出来るかもしれない.しかし現状は,北海道内における札幌の一極集中の加速とみるべきであり,今後も持続的な成長が見込めるかどうかは不確実とみるのが妥当であろう.
著者
福田 崚 城所 哲夫 瀬田 史彦
出版者
The Japan Association of Economic Geography
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.63, no.3, pp.201-216, 2017-09-30 (Released:2018-09-30)
参考文献数
36

経済活動の広がりに応じた圏域設定や都市間結合について,多くの既往研究が存在するが,通勤通学のような派生的な 需要に基づいて記述されるものがほとんどであり,必ずしも実態を適切に反映していない.これに対し本研究では,金融 機関の利用や取引関係といった企業間関係に基づく圏域設定を行い,それに基づく都市間結合の記述を試みた.結果,金 融関係は取引関係と比して近接地域と強い紐帯をもつことが明らかになった.東京一極集中の傾向が強いが,大阪や福岡 が一定の中心性を有していることが示された.取引関係に着目すると,福岡や仙台などでは自地方の諸都市との間の発注 と受注に大きな格差が確認された.金融関係に着目すると,大都市集中傾向は相対的に弱く,県境を越えた都市間の依存 関係も確認できた.また,中小企業によって結ばれた取引にのみ着目すると一極集中傾向は弱まった.
著者
片岡 博美
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.50, no.1, pp.1-25, 2004
被引用文献数
2

近年の国際労働力移動を取り巻く変化の中,外国人労働者と彼らのエスニック・コミュニティ,エスニック・ビジネスは,積極的に評価される傾向にある.本研究では,受入先の地域社会におけるエスニック集団の主体的活動であるエスニック・ビジネスに注目し,静岡県浜松市のブラジル人を対象としたエスニック・ビジネス事業所でのアンケート調査及び聞き取り調査をもとに,その現況,地域的展開を分析し,それらビジネスがブラジル人や受入先の地域社会に対して果たす役割や意義を検討した.1990年の入管法改正以降の浜松市及び浜松都市圏内におけるブラジル人の増加に伴い,浜松市のエスニック・ビジネス事業所の多くはその商圏を拡大させ,近隣居住のブラジル人を対象とした小規模な「狭域エスニック型」とともに,市外の広域な地方のブラジル人を対象とした「広域エスニック型」,ブラジル人以外をも対象とした「外部市場進出型」事業所が増加した.2000年以降,ブラジル人を対象とした市場が飽和状態となり淘汰・転換期を迎えた浜松市のエスニック・ビジネスであるが,広域な地方をターゲットにした事業展開や外部市場への進出に活路を見出す事業所は依然増加傾向にあり,今後も継続的発展が予測される.浜松市におけるエスニック・ビジネスは,ブラジル人コミュニティの中心やブラジル人援助の中心,そして受入社会との接点としての役割も果たしており,「民族/生活様式」専門化地域として,交流・接触の場として,トランス・ナショナルな文化空間として,自助組織結成の布石として,地元の地域社会に貢献し得る可能性を持つ.
著者
斎藤 丈士
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.49, no.1, pp.19-40, 2003
被引用文献数
4

日本の農業構造政策は,1990年代よりグローバリゼーションの影響を受けてきた.それに加えて,1990年代中頃からの稲作部門への市場原理の導入は,大規模稲作農家の経営に変化を与えた.本稿の研究目的は,農地流動と農家の階層移動に注目して,1990年代における北海道の大規模稲作地帯の形成と変動を明らかにすることにある.主たる対象地域は,北海道北空知地方の沼田町である.沼田町の稲作農家は,1990年代以降,北海道農業開発公社の事業を利用して農地の購入を進めてきた.開発公社事業を利用しない農家についても,相対取引や離農農家からの農地の借り入れによって経営規模の拡大を図ってきた.北海道の稲作地帯では,農地の取得を前提とした自作農的な規模拡大から,府県と同様に借地による規模拡大へと変化しているといわれる.本稿においても,農地の賃借権設定による農地の移動が,農地流動全体の中で一定の地位を占めていることを確認した.調査地域の農家は,1990年代に北海道農業開発公社の事業の利用や農地借用によって経営規模の拡大を進めてきた.しかし,米の過剰基調にともなう米価低迷により,稲作による収益は農地購入当初の見込みとしていた水準から乖離する結果となった.一方で,農地価格の下落も米価低迷と同時期に生じた.このことは,賃借権設定による農地流動展開の一要因となったと考えられる.しかし,小作料の高止まりもあり,これまでの急速な規模拡大路線にも一つの転機が来ているように思われる.
著者
許 衛東
出版者
経済地理学会
雑誌
経地年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.38, no.1, pp.19-36, 1992
被引用文献数
1

国際分業下の東アジアが経済圏を形成するための地域的枠組みのあり方を展望する際, 一つの重要なテーマは, 社会主義国が改革政策を展開し, 東アジアの地域的分業ネットワークに参入しうるか, どうかである. 本稿は, 改革下の中国経済の再編と地域構造を工業配置の側面から実証し, 加えて東アジア国際分業関係に中国が参入する際の問題点を論じたものである. 1980年代を通じて, 中国の経済改革の重点は, 分権的・市場的計画経済システムを打ち立てることによって, 生産力の増強と地域経済の活性化を促すことにあった. しかし. 現実の分権過程で, 地域の利益主体である地方攻府への権限委譲が大きいため, マクロ・コントロールを伴わない全国的産業投資ブームを生み出した. 特に, 地方攻府は地域振興と財源拡充の見地から, 内需の高い消費財生産にシフトする選択的産業投資を進めた. その結果, 生産設備・技術・中間財を輸入代替に強く求める消費財産業は, 川上部門の素材産業の発展を伴わないまま, 外延的拡大による高度成長を遂げ, この間の工業化を牽引してきた. 一方, 地方分権は"差別ある"分権であったため, 工業の新規投資はとりわけ財源の豊かな地域に集中し, 地域間の成長格差をもたらした. 停滞は内陸部にとどまらず, 地方財政の請負を中央政府が遅らせた上海をはじめ, 既存の工業中心地にも広がった. また, 改革の過程で農村の工業化を主導してきた郷鎮企業の展開も, 沿海部の中の成長地域への集中が顕著であった. さらに, 国際分業への参入も, 外資導入を軸に沿海地域で進行しつつあるが, ワン・セット型地域経済の枠に固持する地方政府の主導下にあって, 国内の制度改革を支援するほど全面的に波及するには至っていない.
著者
森川 洋
出版者
経済地理学会
雑誌
経済地理学年報 (ISSN:00045683)
巻号頁・発行日
vol.53, no.1, pp.119-134, 2007
被引用文献数
1

郡制度を欠くわが国では町村と市は対等に扱われるため,財政能力の低い町村は地方交付税の削減の中で,「平成の大合併」に組み込まれざるを得なかった.これに対して,郡の機能的支援によって特別市と対等の立場に立つドイツの市町村は,これまで市町村連合を形成しながらも,小規模市町村が自立し,「市民に身近な政治」を維持してきた.しかし今日,市町村の郡納付金や州からの基準交付金に依存する郡の財政は,州からの任務委託の増大によって著しく悪化してきた.各州では郡の機能改革が計画され,メクレンブルク・フォアポメルン州のように,郡の地域改革に着手しているところもある.