著者
宮本 健市郎
出版者
Japanese Educational Research Association
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.65, no.2, pp.141-150, 1998

本稿の目的は、(1)フレデリック・リスター・バークの教育思想において自発性の原理が形成される過程を精査すること、(2)自発性もしくはダイナミズムの意味の変化に焦点をあてて、児童研究と進歩主義教育との関係を解明すること、である。 1899年から1924年まで、サンフランシスコ州立師範学校の初代校長を務めたフレデリック・リスター・バークは、児童研究運動と進歩主義教育運動との重要なつながりを代表している。彼は、児童研究運動の父G.S.ホールの弟子であり、1920年代の進歩主義教育に大きな影響力を与えたカールトン・W・ウォシュバーンおよびヘレン・パーカーストの恩師であったからである。 バークは1890年代の半ばにクラーク大学で心理学を学んで、G.S.ホールの賞賛者になった。彼は、子どもは完全な自由を与えられれば自然と人類の発展を繰り返すと信じ、子どもの内部の力がその発展を導くと考えた。したがって、幼稚園のカリキュラムはその発展の過程に、すなわち遺伝的な順序に、基づかなければならないと彼は主張した。 バークは1898年に、カリフォルニア州サンタバーバラ公立学校の教育長に就任した。彼は児童研究と反復説に深く心酔していたので、サンタバーバラの公立幼稚園にフリープレイを導入した。フリープレイはいかなる障害もなく自然に発達するための機会を子どもに与えると考えたからである。バークとサンタバーバラ公立学校のスタッフは、子どもの自由で自発的な活動を良く調べ分類する実験をおこなった。この実験から、思いがけずバークが発見したことは、子どもの自発的な活動はただ下等な人類の繰り返しではなく、子どもの創造的な表現を含んでいるということであった。 この実験の後、バークは子どもの発達に関してホールとはかなり異なった見解に到達した。ホールが子どもの生まれつき、すなわち遺伝的に決定された発達を信じていたのに対して、バークは子どもの発達を方向づける環境と創造的表現の重要性に気がついたのである。 1899年にバークはサンフランシスコ州立師範学校の初代校長に就任した。彼は画一的一斉授業をやめて、子どものダイナミズムを開発するための個別教育法を創案した。ダイナミズムは自発性や内部の力だけでなく、子どもの創造性を含んでいると考えられていた。サンフランシスコ州立師範学校でバークの下で働いていたカールトン・ウォシュバーンは、バークの個別教育法を学んで、後にそれを修正し、ウィネトカ・プランと名付けた。当時アメリカ合衆国のすべてのモンテッソーリ学校の監督者であったヘレン・パーカーストは、バークの個別教育法を真似て、ドルトン・プランを発明した。 児童研究を通して、バークは子どもは自然と遺伝に応じて教育されるべきであることを学んだ。しかし、彼は自然と遺伝をあまりに強調する反復説の決定論的見方を変更した。子どもの自発的な活動と思考の中に創造的な衝動があることを発見したからである。彼はそれをダイナミズムと呼んだ。
著者
木場 裕紀
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.84, no.2, pp.205-214, 2017-06-30 (Released:2018-04-27)

本研究の目的は、マーガレット・ドゥブラーの功績を、彼女が作成したダンス専攻のカリキュラム(コース・オブ・スタディ)を検証することを通して再評価することである。彼女が作成したコース・オブ・スタディは生理学や解剖学といった科目に加え、美術史、音楽などの人文学系科目によって構成されていた。ドゥブラーはダンスの持つ学際性を損ねることなく、自然科学的要素と人文学的要素を併せ持つ領域としてダンス・カリキュラムを形作ることに成功したと言える。
著者
紅林 伸幸
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.74, no.2, pp.174-188, 2007-06-29 (Released:2018-12-26)
被引用文献数
4

日本の教師集団は、学級王国的な教師文化とプライバタイゼーションの進行によって、プライベートな領域には踏み込まず、実践を主体的に交流させることには消極的であるという、日本特有の"限定的な同僚性"を発達させてきた。この同僚性は、主体的・自律的な学校運営を行うことが課題となっている現在の学校にとっては必ずしもプラスに機能するものではないが、個人としての教師にとっては居心地の良い場所を提供してくれる都合の良い同僚性である。それゆえに、その問題性が教師自身に自覚されないという問題の深刻さを抱えている。本稿では、学校臨床社会学の立場から日本の教師文化における同僚性の将来像を展望し、主体的・自律的な学校運営を基礎づける教師の同僚性のスタイルとして、医療現場で取り組みが始まっているチーム医療から《チーム》のアイデアを学ぶ。専門性を主要な要件とし、柔軟性を主要な構造特性としている《チーム》というスタイルは、100年を超える学校化の進展の中で《集団化主義》という独自の特性を身体化してきた日本の教師に、新しい協働の同僚性の可能性を開く。
著者
広瀬 裕子
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.15-26, 2005

This paper analyses the compulsory school sex education introduced in 1994 in England. This system was instituted at the point when the public-private dualism was losing its effectiveness. Factors this paper examines are the role of the Family Planning Association, the nature of the Parliamentary Debates, and the Moral Right's criticism against 'permissiveness'. The findings are as follows. This system was established as a part of education reforms conducted by the Thatcher and Major governments in the 1980s and 1990s. As effective and practical sex education was required for the new system, the governments appreciated so called progressive sex education methods and contents, which had been supported by the FPA and had been severely criticized by the conservatives, especially by the Moral Right, fundamentalist Christians, for its 'permissiveness'. In spite of the criticism by the Moral Right, polls and researches showed that most parents wished school sex education. Media was also in favor of it. Since 1960s, the liberalization in society had varied people's life styles including their sexual attitudes and behaviors. This generated not only positive but also negative aspects in society including increasing numbers of single parent families, and unwanted teenage pregnancies. The request for Government's initiative to deal with these problems gradually became visible. The fear of spreading HIV/AIDS backed up this trend. The provision of sex education to all pupils was then thought to be the most effective solution to tackle these problems. As sex education is strongly valued, teaching compulsory sex education at schools is actually governmental intervention into people's values. The fundamental rule that the government should not intervene into people's values was losing its effectiveness facing the urgent problems. The reason why this thesis did not function is because its underpinning public-private dualism was losing its powers as this did not, in fact, represent the nature of modern society. The excellent analysis of Foucault's clarified that sex in modern society was not a mere personal factor located in the private world but a key factor for the comprehensive political function. According to Foucault, sex was at the pivot of the discipline of the body and the regulation of the population that constituted the two poles around which the organization of power over life was deployed. The public sphere therefore could never be indifferent to sexuality and sexuality could never function apart from society. The previous rule then should be understood as a means employed to control members of society in the assumption that individuals would voluntarily keep common values, which, of course, has proved to be an illusion. The compulsory sex education introduced in England is a good example to see the nature of sexuality and states. States will intervene into the private sphere when this does not function properly to supply disciplined members.
著者
久保田 貢
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.84, no.2, pp.130-142, 2017

<p> 主権者とは国民主権の原理を採用する憲法によって定義づけられる。しかし教育現場は憲法と「断絶」し、主権者教育の歴史も忘れられている。永井憲一は主権者教育権論を提起した。主権者教育論は、他にも1950年代後半から日教組周辺の議論の中でみられ、歴教協などで深められる。いま国家が主権者教育の推進を図るが、これは新たな排除をもたらす。文化的自治のルートの回復と、教育現場の当事者たちによる、より直接的な協議の場の構築が課題となる。</p>
著者
西本 健吾
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.87, no.3, pp.342-353, 2020

<p>本稿は、共同体を存立要件としつつもそこに埋没することのない個人を、教育はいかに見いだすことができるのかという課題を背景に、ブラック・マウンテン・カレッジ初代学長のJ. A. ライスの教育思想を取りあげる。とりわけ、ライスの共同体を手段とした個人の目的化という主張に着目する。その際、J. デューイの思想を介することで、ブラック・マウンテン・カレッジの特徴のひとつである芸術教育が、共同体と個人の相克の突破口となることが明らかになるだろう。</p>
著者
朴木 佳緒留
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.64, no.3, pp.309-316, 1997-09-30 (Released:2007-12-27)

小論の目的はジェンダー・エクィティの視点から教育における価値多様化を考えることにある。ジェンダーは1960年代半ばから始まった第2波フェミニズムより生まれた概念であるが、今日では一般には、社会的、文化的につくられた性別と理解されている。日本は世界の中でも特にジェンダー・バイアスが激しい国である。例えば、男性は収入労働時間が長く、家事労働時間は短い。女性はパートタイムの仕事に就く人が多く、家事労働時間は長い。また、女子一般労働者の平均賃金は男子一般労働者の約60%であり、その格差は先進国中で最大である。ところが、多くの女性は低賃金と不安定雇用にもかかわらず、フルタイムよりもパートタイムの仕事を好む。その理由は「企業中心社会」(日本的経営)と性別役割分業をもとにした日本的な男女の愛情関係にあると思われる。また、ジェンダー・バイアスは家庭教育、学校教育を通して再生産される。したがって、ジェンダー・エクィティをめざす教育では、以下の3点が重要となる。1.女性の労働権をリアルに学ぶ 2.日本的な男女の愛情関係を見直す 3.親、教師、その他の大人たちがジェンダー・センシティブになる 確かに、今日の社会では女性の生活は多様化しているが、それは根強い性別役割分業体制のもとでの分化であり、必ずしも多様化とはいいがたいと考える。
著者
坂野 慎二
出版者
一般社団法人 日本教育学会
雑誌
教育学研究 (ISSN:03873161)
巻号頁・発行日
vol.77, no.2, pp.171-182, 2010

学校体系そのものに定型を見いだすのは困難である。義務教育では教育内容は普通教育を中心とするが、職業教育を含めている国もある。教育内容をどの程度共通にするのかという立場も異なる。通学区域の撤廃等、より幅広い学校の選択が可能となりつつある。こうした流れは義務教育においても同様である。学校選択、学校内のコース制、あるいは教科毎に習熟度別等による学習の効率化と国家及び社会の形成者としての育成を可能とする学校制度の構築が求められる。