著者
高森 淳一
出版者
天理大学学術研究委員会
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.53, no.2, pp.21-57, 2002

物語というメタファーから心理療法の諸相を顧みることが本稿の課題である。自己は物語的に展開する時間性と等価なものであり,心理療法の場で扱われる心理的問題も物語として理解されうることを示した。そして臨床場面でクライエントが治療者を聴き手として,自分自身を語ることが,いかに自己の主体性・能動性を恢復するよう寄与するかを論じた。一方,語りが孕む自己隠蔽性や自我防衛的側面を指摘し,語りのメタファーでは取りこぼされる,語り以前の体験や自己傾聴について合わせて論考した。また治療理論や文化・社会的文脈といった治療に作用する「物語」に関しても考察を加えた。
著者
山本 義泰
出版者
天理大学学術研究会
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
no.142, pp.p108-123, 1984-03
著者
初谷 譲次
出版者
天理大学学術研究委員会
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.61, no.1, pp.49-73, 2009-10

美しいカリブの海岸線に面したトゥルムのマヤ遺跡は世界的ビーチ・リゾートとして知られるカンクンから車で2時間程度に位置し,チチェン・イッツア遺跡と並んで人気観光スポットである。遺跡に隣接するトゥルム市は,いまや3万人を有するトゥルム自治体(2008年設立)の首府として栄え,郊外には国際空港の建設が計画されている。同市の幹線道路沿いに並ぶ土産店やレストランを利用する観光客には,そこがかつてクルソー・マヤと呼ばれた反乱マヤの聖地であることは思いも及ばない。観光客が往来する大通りからわずか1ブロック入ったところにあるシュロ葺き屋根のマヤ教会(祭祀センター)では,輪番制で聖域を護衛するシステムが現在も維持されている。本稿は,2008年夏に実施したフィールド調査に基づいて,キンタナロー州のマヤ教会において実践されているミサと呼ばれる祈りをテクスト化し,再領土化という観点から考察したものである。資本主義はあらゆるモノを脱領土化して,一元的価値を付与して市場に流通させ,私的所有権によって再領土化するシステムである。このメカニズムから自由でいられる人間は地球上にはいない。しかしながら,その再領土化のやり方は一律ではない。近代的個人は再領土化するさいには,再-脱領土化を想定してモノの市場価値をモニタリングする。それが祈りであれば,「正しい」かどうか確認する。しかし,マヤの人びとは祈りを再-脱領土化することを想定することなしに,日常的空間に埋め込む。再-脱領土化する必要のないものは市場的価値という意味において「正しい」必要はなく,何世紀にもわたってブリコラージュされながら受け継がれてきたのだ。
著者
石村 広明 田里 千代
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.68, no.3, pp.61-74, 2017-02-26 (Released:2017-03-09)

High school baseball has given us many dreams and inspirations in our country. However, it also holds many problems, and one is the issue of corporal punishment. The purpose of this research is to make comparisons with religious culture, which enforces corporal punishment and acceptance. An interview was held with 12 high school baseball related-persons with experience. 5 cultural elements were found as a result of the interview. They are the unsociable environment, the absolute pecking order, rational interpretation, the pursuit of victory and compromise and recognizing anew of the corporal punishment and the group mentality. These 5 elements are also functioning as a cultural device. In this composition, I would like to link these elements to a discovery of an educational way to eradicate the use of the cane.
著者
夏目 漱石 JAMET Olivier
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.123-132, 2016-10

夏目漱石の「創作家の態度」は,(明治41)年2月15日,東京朝日新聞社が主催する,朝日講演会の第一回と(して,神田美土町の青年会館で行われた。他の講演者三宅雪嶺,内藤鳴雪,杉村楚人冠らであった。 「文芸の哲学的基礎」と「文学論」の論点とは異なり,この講演では「物」と「我」の対立ではなく,「我」と「非我」の対立として問題を立て直している。 「我」を主とするものを「主観的態度」,「非我」を主とするものを「客観的態度」として,文学の様態を,既存の文学史やジャンル分けに拘束されない形で再編成している。 本講演のテキストはかなり長いものであるため,今回は(第四段)を紹介する。この続きは次号以降に順次訳出する予定である。
著者
Jamet Olivier
出版者
天理大学学術研究委員会
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.51-71, 2011-02

1911年8月桂太郎内閣が弾圧政治を行っていた時代に,夏目漱石は関西で4つの講演を行った。それは今日まで色あせることのない捕われた人間の個人としての自立と保護を訴える鋭いヒューマニズムを表明するものであった。本論文では大阪で行われた4番目の講演「文芸と道徳」について考察する。最初に当時の社会において漱石が個人の価値を認めるに至った経緯を説明し,急激に変化する社会を示す概念,表現,「鍵」となる漱石の言葉に焦点を当てる。そして夏目漱石文学におけるこの講演会の重要性,特に自己の存在への不安と危機が生じた約10年の間に起こった漱石自身の大きな変化を述べ,社会政治的性格を有したメッセージの重要性を説く。
著者
阪本 秀昭
出版者
天理大学学術研究委員会
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.64, no.2, pp.161-179, 2013-02

戦前期にソ連における宗教弾圧を逃れて中国に渡ったロシア正教古儀式派礼拝堂派教徒の一部は,1960年代以降に南米を経て北米に再移住し,合衆国オレゴン州を中心にコロニーを形成し伝統的信仰生活を送っている。ところが前世期末ころから,北米や南米における礼拝堂派内で,十字を切る際の指の形をめぐって論争が繰り返され,対立が先鋭化している。本稿は,この対立の動向を宗派の宗教会議資料をもとに追跡し,対立の背後にある歴史・文化的背景を探ることを目的としている。
著者
木村 達雄
出版者
天理大学出版部
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.12, no.3, pp.130-106, 1961-03-30
著者
木村 達雄
出版者
天理大学出版部
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.10, no.3, 1959-03
著者
高橋 美帆
出版者
天理大学学術研究委員会
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.62, no.2, pp.1-31, 2011-02

'Nun' is one of the most prevalent themes in the 19 th century,although it is not a conspicuous craze but a silent spread of popularity. Women poets, such as Hemans, Landon, Browning, and Rossetti, started making adaptations of the Portuguese literature and circulating the works through themselves. They influenced each other, linked their works together, by borrowing or quoting phrases or themes each other, and made a mutual collaboration. As a result, they produced a significant intertextuality at a large―scale, which could be called 'the Portuguese Boom.' This boom is considered to have created and cultivated the literary theme of nun at that time. Accordingly, in the middle of the century, 'nun' became one of the literary trends, and took part in a sort of 'mini'genre, 'nun literature'. This paper deals with the intertextuality of Browning and Rossetti, with a slight introduction of Hopkins, and casts a new light on a genealogy of nun literature in the century through their works.
著者
山倉 明弘
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 = Tenri University journal (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.29-57, 2020-10

1790年に初めての帰化法を制定した合衆国議会は,帰化の資格を「自由白人」であることとした。アメリカ人の境界を定めるのに人種という基準を用いていた162年間の始まりである。奴隷制の存続を巡って戦われた内戦の後に行われた革命的政治変革により,それまでの帰化諸法は改正され,帰化の資格に「アフリカ生まれの外国人とその子孫」であることを加えた1870年帰化法が成立したが,その審議において,奴隷制廃止運動の急進派のリーダーであった上院議員が帰化要件から「白人」の語を削除することを提案し,それが中国人を「アメリカ人」の境界内に編入することを意味したために審議は大いに紛糾し,結局中国人の帰化は明示的に否定された。本論は,1860年代末までの帰化を巡る合衆国の動きを法的な側面を中心に概観したうえで,1870年帰化法審議の歴史的意味を考察する。
著者
中祢 勝美
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.68, no.1, pp.49-78, 2016-10

本論文では,バルバラの代表作のひとつであり,「独仏和解の歌」としても知られる『ゲッティンゲン』の成立を独仏文化交流の興味深い事例として捉え,両言語圏の史料を読み解く作業を通じて歌の成立背景に肉薄しようと試みた。この歌は,ゲッティンゲンでのリサイタル(1964年)で起こったハプニングや町の人々との交流が創作の強い動機になったが,論文前半では成立の経緯をいったん脇に置き,作品としての歌に向き合い,主に歌詞の分析を通じて,町の知名度が低いことを利用しようとしたバルバラのねらいを解明した。論文後半では,バルバラの『回想録』の問題点を示し,リサイタル実現に決定的な役割を果たしたペンカートを始めとする当事者に筆者が行なった聴き取り調査を踏まえ,ゲッティンゲン大学歴史学研究室に1950年代前半から醸成されていた本物のフランスびいきがバルバラの赦しを引き出す磁場として働いていたことを明らかにした。
著者
中袮 勝美
出版者
天理大学
雑誌
天理大学学報 = Tenri University journal (ISSN:03874311)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.1-28, 2020-10

バルバラの代表作のひとつで,「独仏和解の歌」としても知られるGöttingenには,フランス語版のほかにドイツ語版(1967年)があり,作者は後者にも格別の愛着をもっていた。小論では,これまで十分な光が当てられてこなかったドイツ語版の成立を,独仏文化交流史における興味深い事例として捉え,さまざまな立場でドイツ語版LPの成立に関与した人々の具体的なやりとりを観察することで,1960年代半ばの西ドイツのポピュラーソング界におけるフランス志向について考察した。また,小論の後半では,バルバラがステージで初めてドイツ語版を披露したゲッティンゲンでの「凱旋コンサート」が実現した経緯をたどるとともに,バルバラが書いたオリジナルの歌詞とブランディンの訳詞を比較し,訳詞の特徴と訳者のねらいを明らかにした。