著者
李 文平
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.157, pp.63-77, 2014

<p> 本研究では,教科書の改善の方法を探るために,中国で使用されている日本語教科書のコロケーションを調べ,母語話者の使用実態との比較を行った。今回の調査の結果,次の三点が明らかになった。第一に,教科書のコロケーションは頻度も種類も母語話者の使用より多い。第二に,教科書において母語話者がよく使うコロケーションを提示することは,これまでの日本語教育と補完し合うものと期待できるにもかかわらず,現行の教科書は母語話者の使用実態を十分に考慮していない。特に,「影響を受ける」「役割を果たす」などトピックに依存せず,広く使われているものを積極的に取り入れていない傾向がある。第三に,教科書は新出単語を母語話者がよく使うコロケーションの形で提示しておらず,母語話者があまり使わないコロケーションを大きく取り上げる傾向も見られた。これらの問題点を指摘した上で,今後の改善点を提案した。</p>
著者
今井 新悟
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.146, pp.117-128, 2010

<p> 受身文は直接受身文と間接受身文に分けられてきた。所有(持ち主)受身を立てることもあるが,これも,間接受身の亜種とされることが多かった。これに対し,本稿では,所有受身が間接受身ではなく,直接受身であることを主張する。その証拠として二重対格制限,ガノ交替,主格降格と参与者数,付加詞・必須項,主語尊敬構文「お~になる」の尊敬対象,再帰代名詞「自分」の先行詞,および数量詞遊離に関しての統語論的な現象を示す。これらは先行研究でも繰り返し使われた統語的テストであるが,統一した結論に至っていない。本稿の分類により構文と意味の対応,すなわち,「直接受身=中立の意味」ならびに「間接受身=迷惑の意味」の単純な結論に収束することを示す。日本語教育にあっては,本稿の言語学的な裏づけにより,所有受身を間接受身とせず,構文と意味の明確・単純な対応を示すことで混乱なく受身の指導ができる。</p>
著者
庵 功雄
出版者
日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
no.86, pp.p52-64, 1995-07

願望文の目的語の格標示には「水が飲みたい/水を飲みたい」のように2つの可能性がある(この現象を「ガ―ヲ交替」と呼ぶ)。しかし,実例における分布やその他の考察を行うと,実際にはガは極めて限られた語嚢・構文上の環境にしか現れないことが分かる。本稿ではこの構文における無標の格標示をヲと考え,有標であるガが現れることができない環境を記述した。その結果,この現象には「典型性」と「他動性」という2つの要因が関与していろことが分かった。この2つの概念を導入することで,単純形だけでなく,複合形におけるガとヲの分布も説明できるのである。
著者
菊岡 由夏 神吉 宇一
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.146, pp.129-143, 2010

<p> 本研究は「生活者のための日本語教育」構築の基礎として,外国人を含む就労現場の言語活動に着目し,それを通した第二言語習得過程での言語発達の限界と可能性を明らかにすることを目的とした。具体的には,外国人が働く工場でフィールドワークを行い,その言語活動を「一次的ことばと二次的ことば」の観点から分析した。その結果,外国人作業員は一次的ことばによる作業員同士の言語活動には堪能な一方,二次的ことばによる「他者」との言語活動には困難を生じることがわかった。これは二次的ことばが一次的ことばとは異なる「自覚性と随意性」という言語的思考を要するためだと考えられた。換言すれば,これは無自覚な言語使用は可能でも自覚的な言語使用が不十分だという第二言語習得過程での言語発達の限界を示す現象だと考えられた。最後に,この限界を超え可能性を生かす日本語教育が目指すべきものとして,「越境のための日本語」という概念を提示した。</p>
著者
室伏 広治
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.165, pp.44-49, 2016

<p> アスリートにとってのコミュニケーションの重要性を,自分の経験をもとに示し,コミュニケーション能力と競技力との関連について述べた。また,ハンマー投の競技者としての私のアイデンティティや,日本的身体感覚とことばとの関わりについて記した。さらに,オリンピック・アスリートの存在の意味を自問し,社会に貢献できることについて示した。</p>
著者
大西 由美
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.147, pp.82-96, 2010

<p> 本稿では,ウクライナの大学において日本語を専攻する学習者を対象に,日本語学習動機調査を行った。ウクライナは日本との人的・経済的交流が少ない「孤立環境」と呼ばれる地域である。日本語学習者は増加傾向にあるが,卒業まで意欲的に学習できない学生が多いことが問題となっている。</p><p> 一方,日本語学習者を対象とした動機づけ研究では,環境が大きく異なるにも関わらず,他地域の動機づけ尺度を基に調査が行われる傾向がある。</p><p> そこで,本稿では,日本語学習動機を自由記述によって収集し,先行研究にはない項目を含む35項目の尺度を作成した。5大学の学生を対象に質問紙調査を行い,180名分のデータを得た。学年層別の因子分析の結果,低学年と高学年では動機づけの構造が異なることが明らかになった。低学年の学習者は文化に関する動機と仕事に関する動機の相関が高く,これらの動機が対立するものだとしている他地域の先行研究とは異なる結果となった。</p>
著者
西口 光一 ニシグチ コウイチ
出版者
日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
no.138, pp.24-32, 2008-07

著作権法に規定されている私的使用や引用などの範囲内で行ってください。在住外国人がそれに参加することで日本語を習得していくという要素は,地域日本語活動の重要な要素である。しかし「日本語の習得支援=日本語を教えること」ではない。一方,海外で行われている成人に対する第二言語教育に目を向けてみると,しばしば議論される「生活日本語」と対比して「おしゃべり日本語」というものが抽出できる。「おしゃべり日本語」の能力は文化的に生きる人間の重要な要素であり,現代の自然習得者は,ある程度数が限られた日本語話者との多かれ少なかれ個人的な交流を継続的に続けることでそのような日本語力を自然に習得している。地域日本語教室は,在住外国人にそれに類した日本語習得環境を提供できる環境条件を備えている。その習得環境は,個々の人の現在の日本語力には配慮しながらも,市民ボランティアが在住外国人と対等な人間として自然に接して交流することで,巧まずして構成できる自然習得環境である。
著者
藪崎 淳子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.166, pp.15-30, 2017

<p> 本稿は,「取り立て」とは何かを再考するものである。「係助詞」「副助詞」という伝統的カテゴリーの別を排し,両者に共通するところを括る「取り立て」は,日本語学だけでなく,日本語教育の分野においても用いられる術語である。しかし,「取り立て」とは何かについて一定の見解はなく,範列関係を表すものを「取り立て」とする立場と,範列関係を表すことに加えて「要素をきわだたせる」ものを「取り立て」とする立場がある。この定義の差によって扱いの異なる,概数を表すグライ・バカリ,順序を表すカラ・マデの検証を通じ,「取り立て」の意味を考える。そして,「取り立て」とは範列関係を表すものであると捉えると,形式間に見られる分類基準の差を解消でき,さらには助詞だけでなく,類義の副詞も含めた「取り立て」形式の体系を成す上でも有意であると主張する。また,本稿の議論が日本語教育にどう関わるのかにも言及する。</p>
著者
菅谷 奈津恵
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.145, pp.37-48, 2010
被引用文献数
1

<p> 日本語の動詞活用が項目学習であるのか,あるいは規則学習であるのかを検討するために,造語動詞と実在動詞を用いた活用テストを実施した。調査対象者は41名の留学生で(中国内モンゴル出身39名,韓国出身2名),日本語レベルにより上位,中位,下位に分けた。</p><p> 分析の結果,実在語の正答率は造語よりも有意に高く,どちらも日本語レベルが上がるに従って正答率も上がっていた。また,造語動詞では,語尾の一致する実在語がない「かぷ」が他の造語(「ほむ」「ほく」「むる」)よりも有意に低くなっていた。以上から,日本語の動詞活用においては,トップダウンで規則を適用する能力と,一つ一つの活用形を記憶する項目学習の働きの両者が関わっていると推測される。そして,Klafehn(2003)による日本語母語話者を対象とした調査と比較した結果,日本語学習者と日本語母語話者とは,動詞活用の処理方法が異なる可能性が示唆された。</p>
著者
内藤 真理子 小森 万里
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.164, pp.1-16, 2016

<p> 学部留学生が書いたレポートの中に不要な語や表現の重複があることにより,読み手に稚拙な印象を与えることがある。重複を回避するためには,学生の気づきを促す指導を行うことが有効であると考える。しかし,作文教材を調査したところ,重複が十分には扱われていないことがわかった。このことから,アカデミック・ライティングの授業において重複が積極的に取り上げられていないことが推測される。そこで,重複回避を意識したライティングの指導ができるよう,その基礎研究として本研究を行うことにした。本稿では,まず,学部留学生のレポートから,複数の判定者によって重複と判定されたものを抽出し,次に,文レベル,談話レベル,およびその2つのレベルに関連する重複をみていくため,卓立性・結束性・論理性・一貫性の4つの観点を導入し,それぞれに関わる重複に分類し,分析・考察を行った。さらに,重複と判定されなかった文との比較も行った。</p>
著者
川口 良
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.144, pp.121-132, 2010

<p> 動詞否定丁寧形の「ません」と「ないです」の2形式の併存を「言語変化」の視点から捉え,規範形の「ません」形が「ないです」形へシフトする要因を探った。発話行為に着目して自然談話を分析した結果,「ないです」形へのシフトは,「情報要求(疑問文)」より「情報提供(平叙文)」において大きいことが分かった。情報提供の「ないです」形は,相手の示した「肯否」の対立について,「否定」の判断を伝達するのに使われる傾向が窺えた。これは「聞き手の理解しやすい形式を作り出す」という言語変化の要因と考えられる。情報要求における「ないです」形へのシフトは,やはり「否定」の意味が顕在化する命題否定疑問文において確認されたが,発話行為が「質問」→「確認要求」→「勧誘・依頼」へと話し手の意図の実現要求へ向かうにつれて消滅していった。これは,聞き手への配慮を示す必要性に伴い,丁寧辞が先行する「ません」形がシフトしにくくなるためと思われる。</p>
著者
後藤 典子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.161, pp.42-49, 2015

<p> 本稿は,地方の医療・介護現場で患者や介護施設利用者が使用する方言発話を聞いて,外国人がどう理解するかを調査し,理解の特徴を明らかにしようとするものである。山形の方言発話で,方言が使用されやすく緊急度の高い「痛み」や「排泄」に関わるものを取り上げた。結果,外国人と日本人の方言理解には大きな差が見られた。外国人は大まかな意味のみを理解し,不理解となる特徴は,共通語が予想されにくい形,オノマトペ,日常生活であまり使用されない語彙,方言の語彙や表現だった。日本人には理解されていた身体部位や排泄に関わる語彙に不理解が多く注意を要することなどがわかった。</p>
著者
宇佐美 洋
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.147, pp.112-119, 2010

<p> 日本語母語話者が学習者の日本語作文を評価する際,評価の基本的方針(評価スキーマ)は人によって大きく異なる。評価スキーマのばらつきの全体像をとらえるため,評価観点に関する質問紙への回答傾向によって評価者をグルーピングする試みを行った。</p><p> 評価者155名に学習者が書いた手紙文(謝罪文)10編を読んでもらい,「最も感じがいいもの」から「悪いもの」まで順位づけを依頼し,作業後,「順位づけの際どういう観点をどの程度重視したか」を問う質問紙(22項目,7段階)に回答してもらった。得られた回答に対して因子分析を実施した結果,「言語形式」,「全体性」「読み手への配慮・態度」「表現力」と名付けられる4因子を得た。さらに,評価者ごとに算出した上記4因子の因子得点に対しクラスタ分析を実施したところ,評価者は「言語重視型」,「非突出型」,「態度・配慮非重視型」,「言語非重視型」という4グループに分類するのが適当と解釈された。</p>
著者
田中 共子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.146, pp.61-75, 2010

<p> ソーシャルスキルは,対人関係の形成・維持・発展に役立つ技能を指す心理学の概念であり,内容や機能に関する調査や実験が蓄積され,教育訓練の方法が発達している。異文化圏では,挨拶,主張,遠慮,社交辞令などの対人行動が未知であると,困難や誤解が生じる。そこで,文化的行動の背景や異文化交流の要領として,異文化圏での人付き合いに役立つ認知や行動を抽出し,社会的行動の学習を試みるのが,異文化間ソーシャルスキル学習である。本稿では,在日留学生を対象とした研究をもとに異文化適応とソーシャルスキルの関わりを論じ,この心理教育を異文化間教育として使う場合の概念枠組みと学習セッションの概略を紹介する。そして,将来的な研究課題を述べる。ソーシャルスキルが適応にどのように関わるのか,ホストとの対人関係形成,およびホスト文化への関わり方の観点から考察し,日本語教育との接点を探る。</p>
著者
山路 奈保子 須藤 秀紹 李 セロン
出版者
日本語教育学会
雑誌
日本語教育 = Journal of Japanese Language Teaching (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.155, pp.175-188, 2013-08

本稿は,書評ゲームである「ビブリオバトル」を日本語パブリックスピーキング(1)入門として大学・大学院留学生を対象とする日本語授業に取り入れる試みの実践報告である。「ビブリオバトル」は,複数のプレゼンターが各自で選んだ本を紹介した後,聴衆が「最も読みたくなった本」に投票し,最多票を得た本を「チャンプ本」とする書評ゲームである。これを留学生対象の日本語コースで実施した。参加学生はそれぞれ2度プレゼンターとして書評プレゼンテーションを行った。その結果,聴衆が「チャンプ本」を選ぶというゲーム性が参加学生のモティベーションを高め,聴衆の理解や共感に対する配慮をもたらした。ビブリオバトル導入は日本語学習者のパブリックスピーキング技能向上に有効であることが示唆された。
著者
佐藤 勢紀子 大島 弥生 二通 信子 山本 富美子 因 京子 山路 奈保子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.154, pp.85-99, 2013

<p>人文科学,社会科学,工学の3領域9分野14学会誌合計270編の日本語学術論文を対象に,15の構成要素を設定して中間章の構造分析を行った。その結果,《実験/調査型》,《資料分析型》,《理論型》,《複合型》の4つの基本類型とその下位分類としての11の構造型が抽出された。これらの構造型の分野別の分布状況を調べたところ,工学領域では典型的なIMRAD形式を持つ《実験/調査型》が圧倒的であり,一部に《理論型》が存在することが確認された。一方,人文科学・社会科学の領域では,多様な構造型が混在する傾向が見られた。これらの領域では《資料分析型》が共通して認められたが,その出現率には分野によって大きな差があり,一部の分野では《実験/調査型》が優勢であった。論文の構造型は分野によって決まる場合もあるが,むしろ研究主題や研究方法に応じて選定されるものであり,留学生の論文作成・論文読解の支援を行う際にその点に留意する必要がある。</p>