著者
大舩 ちさと
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.175, pp.100-114, 2020-04-25 (Released:2022-04-26)
参考文献数
31

海外における日本語教育の最大の層は,中等教育段階における日本語教育 (以下,海外の中等日本語教育) であるが,日本国内では研究の蓄積の乏しい領域である。本稿では学会誌及び国際交流基金発行の学術雑誌3誌に掲載された海外の中等日本語教育に関する論考 (報告を含む) 155本を対象とし,研究動向を分析した。その結果,先行する政策を実現するために実践が試行錯誤される政策誘導型の特徴が見られ,制度構築を主眼に置いた研究が多く,実践の行われる国・地域の範囲内で考察が詳細に行われるという特徴が浮かび上がった。一方,海外の中等日本語教育の独自性を追求し,国・地域や政策の枠組みを超えて多様な実践を理論的・包括的に捉える研究は極めて少なく,1970年代から理論構築の必要性は論じられてきたが,実際には進んでいないことが明らかになった。海外の中等日本語教育のよりよい実践を生み出していくために理論構築が必要なことを示した。
著者
渡辺 誠治
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.175, pp.88-99, 2020-04-25 (Released:2022-04-26)
参考文献数
7

非情物の存在を表す日本語の最も基本的な文の形式に「~ニ ~ガ アル」がある。しかし,現実の言語使用では「アル」の使用に制限が見られ,むしろ「V テイル」が用いられるケースが少なくない。日本語教育の観点から言えば,存在 (表現) は極めて重要な表現の一つであり,「アル」「V テイル」はともに基本的な学習項目であるが,その使い分けの条件は十分に明らかにされていない。 本稿の目的は,非情物の存在を表す「(存在場所) ニ (存在物) ガ{アル/V テイル}」という形の文における「アル」と「V テイル」の使い分けの条件を明らかにすることである。本稿では用例の分析に基づき「移動過程」「意志性」「一体性」という3つの条件が「アル」と「V テイル」の使い分けに強く関与していることを主張する。
著者
村田 裕美子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.173, pp.16-30, 2019-08-25 (Released:2021-08-28)
参考文献数
23
被引用文献数
1

本調査は『多言語母語の日本語学習者横断コーパス (I-JAS)』を用いて同一被験者が同一テーマを異なる作業課題 (「話す」課題と「書く」課題) で産出したときの言語使用の実態をテキストマイニングの手法を用いて量的に比較分析したものである。分析の結果,1) 延べ語数の比較からは,「書き言葉」は「話し言葉」よりも産出語数が少ないこと,2) 異なり語数の比較からは,習熟度があがるにつれて,「書き言葉」において多様な語が用いられていること,3) 特徴語の比較からは,習熟度があがるにつれて,「話し言葉」と「書き言葉」で産出される言語形式が似てくることがわかった。本研究の特徴は,言語形式に注目し,質的に分析を行ってきたこれまでの研究をふまえ,600名分以上からなる学習者データ全体を俯瞰的に捉えたときに現れる言語的特徴を量的に明らかにしたところにある。
著者
劉 蓉蓉
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.170, pp.17-31, 2018 (Released:2020-08-26)
参考文献数
22

本研究は,中国の日本語補習授業校に通う日本人児童 (以下: 中国在住日本人児童) を対象に,彼らの日本語会話力をOral Proficiency Assessment for Bilingual Children (OBCテスト) を用いて調査したものである。それに加え,中国在住日本人児童と日本語モノリンガル児童の日本語会話力との比較を行った。また,中国在住日本人児童の家庭内のリテラシー活動,家庭内の言語使用を含む家庭言語環境について保護者へのアンケート調査を行い,これらを踏まえ,中国在住日本人児童の家庭言語環境と日本語会話力との関係を検証した。その結果,中国在住日本人児童の日本語会話力は日本語モノリンガル児童と比べて個人差が大きく,日本語の発音,語彙,文法,文の生成といった基礎言語面において,モノリンガル児童との差異が見られた。また,継承日本語の維持のために,家庭内のリテラシー活動はその環境づくりになり,日常会話の中で継承語で話しかけ継承語を使わせることはその有効な手段だと考えられる。
著者
梁 婷絢
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.163, pp.32-47, 2016 (Released:2018-04-26)
参考文献数
27

本稿では,韓国人中上級日本語学習者(韓国人学習者)と日本語母語話者の作文コーパスを用いて,主節末に現れる推量のモダリティを中心に仮説条件として使用された条件表現「~と」の分析を行ない,韓国人学習者の条件表現「~と」の使用実態を明らかにすることを試みた。その結果,次のようなことが分かった。1)韓国人学習者は仮説条件「~と」の後件に推量のモダリティ,特に「と思う」を多用する傾向があるが,日本語母語話者の使用例はあまり見られない。この背景には,日本語学習者全般の「と思う」の多用傾向と「~と」を用いる文の機能に関する認識の違いがあると思われる。2)韓国人学習者が用いた仮説条件「~と」の多くは「~ば」の誤用であり,韓国人学習者は中上級レベルになっても「~と」と「~ば」を混同している。韓国人学習者の「~と」と「~ば」の混同を減らすためには,「~と」と「~ば」の前件と後件の意味的関連性の違いを理解させる必要がある。
著者
島田 めぐみ 野口 裕之 谷部 弘子 斎藤 純男
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.141, pp.90-100, 2009 (Released:2017-04-05)
参考文献数
6

本研究では,自己評価であるCan-do statements(Cds)を利用して,日本のT大学と海外協定校の日本語科目の対応関係を明らかにした。具体的には,T大学と,協定校5校の日本語学習者を対象に調査を実施し,各授業科目受講生のCds平均得点を用いて,T大学各レベルの授業科目と各協定校各学年の対応表を作成した。対応関係が明らかになったことにより,協定校においてより適切に単位互換を行うこと,来日前に留学生の配置クラスを予測することが可能となった。さらに,T大学と協定校における各項目の回答結果を比較することにより,技能の習熟度における相違点を検討した。今回使用した項目には,海外においては遭遇する可能性がない言語行動もあり,そのような項目は,おおむね自己評価が低くなることも明らかになった。
著者
井上 次夫
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.141, pp.57-67, 2009 (Released:2017-04-05)
参考文献数
15

本稿では,論説文に用いられる語の適切性について語の文体の観点から考察した。語の文体の分類は連続的・相対的なものであるが,これまで3分類と5分類が行われている。しかし,本稿では教育上・実用上の視点から文体の2分類を提案し,多くの語例を示した。また,宮島(1977)の5分類を以下のように位置づけた。記号「<」は書きことばらしさの強弱,「≪」は論説文に用いる語としての適否の境界を表す。 俗語<くだけた日常語≪無色透明な日常語<あらたまった日常語<文章語 しかし,「日常語」の中には「けれども」「いろいろな」のように話しことばの色合いが強く,論説文における語の文体としての適切性の判断が難しい語が存在し,その見極めが重要なことを指摘した。また,個々の語の文体表示を図るためにはシソーラス,コーパスのデータが有益であるため,その活用法の一端を示した。
著者
黒崎 亜美 松下 達彦
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.141, pp.46-56, 2009 (Released:2017-04-05)
参考文献数
19
被引用文献数
1

会話や作文の語の産出には,意味理解のほか文脈や連語等の知識が必要な上,既知語彙の検索の過程を経ねばならず,理解と異なる能力が必要である。そこで,中上級の韓国語母語の日本語学習者を対象に語彙の自由想起の実験を行ない,以下の諸点を示した。①中上級の韓国語母語の日本語学習者は日本語母語話者に比べ高頻度のプロトタイプ的な語を使用し,低頻度語彙の産出が少ない。②中上級の韓国語母語の日本語学習者は,第一言語(韓国語)の語彙の自由産出において,第二言語(日本語)より低頻度の語彙を産出し,日本語母語話者の第一言語(日本語)と語彙頻度レベルに差はない。③中上級の韓国語母語の日本語学習者の自由想起の語彙産出は文法テストや制限付き産出確認テストの結果と相関はなく,語彙の自由産出の発達は制限付き産出の発達に比例しない。④制限付き産出ができた語を自由想起できない場合,その語と語義の一部が重なる語を,自由想起することがある。以上の結果から,自由発表語彙を増やすには,語彙を検索・使用する機会を多くすることが必要だと考える。
著者
増田 恭子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.141, pp.3-13, 2009 (Released:2017-04-05)
参考文献数
36

本研究は母語の音韻構造が日本語モーラ(特に促音)の習得に与える影響を考察する。被験者は初級後半と中級の2つのレベルの英語母語話者(EL)24名,韓国語母語話者(KL)24名,日本語母語話者12(JS)名で,単語学習のタスクで産出された閉鎖音の非促音と促音,非閉鎖音の非促音と促音のC1V1C2V2のC2の閉鎖持続時間(CD)とV1の割合を比較した。また,V1の長音化によるエラーも調べた。結果はJSに比べ,ESは閉鎖促音のCDのV1に対する割合が小さく,逆に,KLはJSに比べ閉鎖促音のCDのV1に対する割合が大きかった。また,ESにはV1の長音化によるエラーが確認されたが、KLには確認されなかった。更に,KLは閉鎖促音のV1の長さのコントロールという点でもJSとの違いが見られた。以上,学習者の語彙習得には母語の音韻構造が密接に関わっていることが判明した。
著者
庵 功雄
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.146, pp.174-181, 2010 (Released:2017-03-21)
参考文献数
6

中国語話者は漢語の知識があるために習得が容易な場合もあるが,日中両言語の間の「ズレ」のために習得が阻害される場合もある。本稿では漢語サ変動詞のうち,非対格自動詞の場合について,アンケート調査を用いて中国語話者による習得状況を見た。その結果,学習者の回答に「される」が相対的に高い割合で見られるものと「される」がほとんど見られないものが存在することがわかった。これは英語のL2習得で主張されている「非対格性の罠」の例の一つと考えられる。さらに,日本語能力がより高い中国語話者に対しても同じ調査を行い,その後フォローアップインタビューを行った。その結果,事態の成立に「外的な力」が感じられるか否かが「される」の使用動機となっていることが示唆された。
著者
菊岡 由夏 神吉 宇一
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.146, pp.129-143, 2010 (Released:2017-03-21)
参考文献数
28

本研究は「生活者のための日本語教育」構築の基礎として,外国人を含む就労現場の言語活動に着目し,それを通した第二言語習得過程での言語発達の限界と可能性を明らかにすることを目的とした。具体的には,外国人が働く工場でフィールドワークを行い,その言語活動を「一次的ことばと二次的ことば」の観点から分析した。その結果,外国人作業員は一次的ことばによる作業員同士の言語活動には堪能な一方,二次的ことばによる「他者」との言語活動には困難を生じることがわかった。これは二次的ことばが一次的ことばとは異なる「自覚性と随意性」という言語的思考を要するためだと考えられた。換言すれば,これは無自覚な言語使用は可能でも自覚的な言語使用が不十分だという第二言語習得過程での言語発達の限界を示す現象だと考えられた。最後に,この限界を超え可能性を生かす日本語教育が目指すべきものとして,「越境のための日本語」という概念を提示した。
著者
岩下 倫子
出版者
公益社団法人 日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.146, pp.18-33, 2010 (Released:2017-03-21)
参考文献数
50

本稿で報告する研究はMackey & Philp (1998) を基盤に2種の文法項目における集中言い直し訓練の効果を調査したものである。12週間にわたる母語話者との毎週1時間の会話練習に参加した5人の学習者が後半の6週間,会話練習前に15分言い直し集中訓練を受けた。訓練前後に行った算出テストの成績を比べた結果,先行研究の結果と同様に学習者の2種の文法項目の使用における正確度が向上した。しかし研究対象となった2種の文法項目が似通っているために,訓練前に正しく使用できた項目の正確度が訓練後一時的に後退したが,すぐに回復した。その後言い直し訓練の効果は六か月後に査定したテストの結果においても正確度は後退しなかった。本研究の結果は現場の教師の間違い訂正ストラテジーに応用することには無理があっても,フィードバックの効用性に新しい局面を展開する。
著者
庵 功雄
出版者
日本語教育学会
雑誌
日本語教育 (ISSN:03894037)
巻号頁・発行日
vol.142, pp.58-68, 2009

<p> 「でしょう(だろう)」には推量と確認の2つの用法がある。しかし,実際の発話データを分析した結果では確認が多数派である。特に,推量の「でしょう」の言い切りの用法は極めて少ない。「でしょう」で言い切ることができるのは発話者が「専門家」である場合(天気予報はその典型である)など一部の場合に限られる。にもかかわらず,日本語教科書では推量の「でしょう」(言い切り)は必ず導入されている。これは「体系」を重視する日本語学的発想によるものであり,「日本語学的文法から独立した」日本語教育文法という立場からは否定されるべきものである。本稿では発話データと日本語教科書の分析を通して,「でしょう」の実相を明らかにし,それに基づいて「でしょう(及び「だろう」)」の導入の順序について論じる。本稿は白川(2005)らが主張する日本語教育文法の内実を豊かにすることを目指すものである。</p>