著者
五十嵐 由夏 市原 茂 和氣 洋美
出版者
日本認知心理学会
雑誌
認知心理学研究 (ISSN:13487264)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.57-65, 2012

本研究では,自分の身体部位(手)の大きさがディスプレイ上でどの程度正確に評価され,その評価に私たちの身体情報がどのようにかかわるかを検討した.実験参加者の課題は,ディスプレイ面上の2本の水平線間の幅を,イメージした自分の手や物の大きさに合うようにフットペダルを用いて調整することであった.実験1では,手を置く位置や形,部位を変えることによって手の大きさ評価に違いが見られるかを検討した.その結果,手の形や位置にかかわらず,手の横幅は比較的正確に評価される一方で,手の長さは過大に評価される結果となった.実験2では,ディスプレイの設置距離を手前から奥にランダムに変えたうえで,異なる3種類のオブジェクトと手の大きさについて評価を求めた.オブジェクトごとに評価の縮尺率を求めたところ,特に手のイメージは距離の影響を強く受け,自分の腕の長さより遠くでイメージを行わなければならない条件では有意に過小評価されることが明らかとなった.この結果は,身体の大きさ概念が日常生活のさまざまな場面・動作で経験する身体の広がりの平均に基づくものであり,短期的な身体情報の変化よりも長期的な身体経験によって調整されるものであることを示唆する.
著者
伊藤 真利子 綾部 早穂 菊地 正
出版者
日本認知心理学会
雑誌
認知心理学研究 (ISSN:13487264)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.37-47, 2012

記銘項目が実験者によって割り当てられる場合よりも,実験参加者自身により選択される場合のほうが記憶保持は優れる(自己選択効果).本研究は,選択時における選択項目と非選択項目の両方を短期記憶に保持する過程が後の再生を促進するために必要十分であるのか,それとも短期記憶保持された選択肢間を比較する過程が必要であるかを検討した.実験1では,選択段階で選択項目のみを短期記憶に保持する強制選択条件,選択項目と非選択項目を保持する遅延選択条件,保持された選択肢間での比較を行う比較選択条件と自己選択条件を設けた.選択項目の再生率は前の2条件間では差がなかったが,後の2条件は前の2条件よりも有意に高かった.よって,選択時に短期記憶に保持された選択肢を互いに比較する過程が再生の促進に重要である可能性が示唆された.実験2では,意味的な基準での比較と非意味的な基準での比較による再生成績の違いが認められなかったことから,実験1の比較選択条件での再生の促進が意味処理のみで説明される可能性は低いと考えられた.
著者
新国 佳祐
出版者
日本認知心理学会
雑誌
認知心理学研究 (ISSN:13487264)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.29-36, 2012

読み能力の低い読み手は,熟達した読み手と比較して,文中の句境界の適切な認知が困難であることが指摘されている.本研究では,読み能力の十分でない読み手にとって,句境界認知が困難となる原因として,文構造を推測するための方略の不適応を取り上げて検討した.実験では,日本人大学生40名に対して,英語の2種の中央埋め込み文(OR文,SR文)および非中央埋め込み文(C文)を,参加者の半数には句境界の手がかりを明示して,半数には明示せずに呈示した.実験の結果,文構造推測のための方略が不適応となるOR文においては,句境界に関する手がかりの明示によって文の処理速度および処理の精確性が向上した一方で,方略が適応的に機能するSR文,C文ではそのような手がかりの文処理への影響は確認されなかった.このような結果から,文構造を推測するための方略の不適応が句境界認知の困難性を引き起こす原因の一つとなっており,結果として文処理全体が困難となる可能性が示唆された.
著者
佐藤 浩一 清水 寛之
出版者
日本認知心理学会
雑誌
認知心理学研究 (ISSN:13487264)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.13-27, 2012

本研究の目的は,自伝的推論に関連して,長期にわたる保持期間を伴う記憶の特性を明らかにすることである.大学生315名,現職教員166名,高齢者160名のあわせて641名の調査協力者に対して,中学時代の教師とのコミュニケーションに関連する記憶を想起させ,自伝的推論ならびに記憶特性を問う45項目(記憶特性質問紙MCQの38項目を含む)への評定を求めた.教職志望の強い大学生は,その出来事と現在の自己を結びつけたり,その経験を参照点としてとらえたりする自伝的推論を活発に行い,そうした記憶を鮮明で詳細に想起していた.また世代が上の人のほうが自伝的推論が活発であり,かつ出来事をより鮮明に想起していた.肯定的な出来事は否的的な出来事よりも,活発な自伝的推論を引き起こしていた.これらの結果は自伝的推論における加齢および感情の側面と関連づけて議論された.日常的な出来事に対する自伝的推論を検討することの意義が論じられた.
著者
時津 裕子
出版者
The Japanese Society for Cognitive Psychology
雑誌
認知心理学研究 (ISSN:13487264)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.75-84, 2004
被引用文献数
3

本研究の目的は考古学的熟達者に特有の注視パターンについて,人工物の分類・同定をめぐる考古学的認知技能との関係性に着目して検討することであった.初級から上級レベルまでの考古学経験者9人と3人の非経験者が実験に参加した.被験者が考古学の土器および統制刺激としての植木鉢を観察している間の眼球運動を,アイカメラ(EMR-8)によって測定した.注視箇所と眼球運動パターンについて分散分析,主成分分析を用いて定量的分析を行ったところ,上級者グループに特別な注視パターンが認められた.分析の結果,考古学的熟達者は初級者や非経験者と比較して,1) 物の輪郭部を注視する割合が高いこと,2) 視線移動距離が長く停留持続時間が短い眼球運動パターンをもつこと,が明らかになった.この結果は考古学的熟達者が,物の形態的特徴とプロポーションに注意を向けていることを示すものと解釈した.
著者
小林 正法 松川 順子
出版者
日本認知心理学会
雑誌
認知心理学研究 (ISSN:13487264)
巻号頁・発行日
vol.8, no.2, pp.109-117, 2011-02-28 (Released:2011-06-28)
参考文献数
39
被引用文献数
1

本研究はThink/No-Thinkパラダイム(Anderson & Green,2001)を用いて,ポジティブ画像記憶の意図的抑制が可能かを検討した.方法は学習段階,Think/No-Think段階,最終テスト段階の3段階から構成されていた.学習段階において,実験参加者(N=34)は手がかり(ニュートラル単語)とターゲット(ポジティブもしくはニュートラル画像)の刺激ペアを学習した.その後,正解率が80%を超えるまで手がかり再認テストを行った.Think/No-Think段階では,手がかりのみが反復して提示された(0回,6回,12回).0回反復のペアは記憶の促進と記憶の抑制を評価するためのベースラインとして使用された.赤色の手がかりに対して,実験参加者はペアとなっていたターゲットを思い出した.緑色の手がかりに対しては,ペアとなっていたターゲットを抑制した.最終テスト段階では,手がかり再生テストを行った.結果,ポジティブ,ニュートラル画像共に,抑制されたターゲットはベースラインのターゲットよりも記憶成績が低かった.画像記憶の抑制が頑健であること,そして感情価によって抑制中の主観的体験が異なることが示唆された.
著者
松田 憲 楠見 孝 鈴木 和将
出版者
The Japanese Society for Cognitive Psychology
雑誌
認知心理学研究 (ISSN:13487264)
巻号頁・発行日
vol.1, no.1, pp.1-12, 2004
被引用文献数
1 1

本研究では,広告の「中心情報」を商品属性,「周辺情報」を商品名の典型性とし,情報探索や商品評価動機が強い高考慮商品カテゴリー,動機が比較的弱い低考慮商品カテゴリーにおいて,それらが商品に対する安心感, 好意度,購買欲評定に与える影響を検討する.実験は,大学生30名の参加者に対し,学習フェイズ,再生課題,評定フェイズの順で行った.実験の結果,高考慮・低考慮,両カテゴリーで周辺情報と中心情報が商品評定に促進効果を与えていた.また,パス解析の結果より,いずれのカテゴリーでも,属性がすべての尺度に直接影響を与えているのに対し,商品名の典型性が直接影響を及ぼすのは安心感のみであり,好意度や購買欲への効果は安心感を経由した間接効果であることが示された.低考慮カテゴリーにおいて,商品名の典型性の高低は属性による商品評定に影響を及ぼさず,両カテゴリーで,典型性が高い方の商品名再生数が多かった.