著者
堀端 章 松川 哲也
出版者
近畿作物・育種研究会
雑誌
作物研究 (ISSN:1882885X)
巻号頁・発行日
vol.62, pp.11-17, 2017 (Released:2017-12-22)
参考文献数
13

和歌山県の紀の川流域で古くから栽培されてきた薬用のアカジソ遺伝資源を地域の特産品として活用しようとしているが,そのためには類似の特徴をもつ他のシソ品種との間の優位性を明らかにしておく必要がある.そこで本研究では,強いシソ特有の香りを特徴とする和歌山県の在来シソ2系統と,「芳香性」をうたう市販の3品種,および,一般的なチリメンジソ1品種を供試して,形態的特徴および機能性成分含有量の調査を行って,和歌山県の在来シソ系統の遺伝的および商業的優位性の評価を行った.その結果,和歌山県の在来シソ系統はアカジソであったが,「芳香性」シソ3品種はいずれもチリメンジソであった.和歌山県の在来シソ系統は,供試した「芳香性」シソ品種よりも多くの機能性香気成分を含んでおり,この点で商業的有意性が認められた.もう一方の機能性物質である水溶性ポリフェノールの含有量については,生葉では供試した品種・系統間で差がみられなかったが,乾燥葉では品種間差が拡大した.乾燥期間中にも水溶性ポリフェノールの生合成が行われていることが示唆された.
著者
笹山 大輔 袁 尚民 畠中 知子 深山 浩 東 哲司
出版者
The Society of Crop Science and Breeding in Kinki, Japan
雑誌
作物研究 (ISSN:1882885X)
巻号頁・発行日
vol.67, pp.35-40, 2022 (Released:2022-10-21)
参考文献数
14

O. glumaepatula浮稲型系統IRGC105668とO. sativa非浮稲品種T65の交配を経て作出された31のO. sativa/O. glumaepatula染色体置換系統 (GLU-ILs) の深水に対する節間の伸長反応を調査した。29のGLU-ILs系統において深水下での節間伸長がみられた。それらのうち,O. glumaepatulaのIRGC105668に由来するSK2遺伝子・SK2-like遺伝子をもつGLU-IL135と,IRGC105668に由来するACE1遺伝子をもつGLU-IL110は,最も節間伸長が促進された系統であった。しかしながら,GLU-IL104とGLU-IL107はIRGC105668に由来するSD1遺伝子をもつが,これらの系統の節間伸長は強くは誘導されなかった。これらの結果は,SKとACE1はO. glumaepatulaの深水下での節間伸長に関与し,それらの寄与は同程度であることを示唆する。
著者
稲村 達也 Nguyen Thi Mai Huong 藤田 三郎 鈴木 朋美 絹畠 歩 岡田 憲一
出版者
近畿作物・育種研究会
雑誌
作物研究 (ISSN:1882885X)
巻号頁・発行日
vol.67, pp.41-49, 2022 (Released:2022-10-21)
参考文献数
16

大福遺跡とベトナムのトゥン・ノイ・ラム遺跡(Thung Noi Lam)から検出された出土米ブロック,および唐古・鍵遺跡と大中の湖南遺跡から検出された出土稲わらブロックを対象に,X線Computed Tomography(CT)計測をSPring-8において画素サイズ25.1μmおよび12.04μmの計測条件で実施し,ブロックに内在する穂軸と伸長茎の微細構造が明瞭な2次元連続画像を得た.その画像の解析によって,穂軸と伸長茎の節に着生する苞葉の形状から穂首節を判別し,その苞葉の形状と一次枝梗の着生位置に基づいて穂首節の下端に接続する穂首節間を特定することで,穂首節間の横断面画像から大維管束の数を評価できることを明らかにした.
著者
片山 寛則
出版者
近畿作物・育種研究会
雑誌
作物研究 (ISSN:1882885X)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.1-9, 2019 (Released:2019-09-06)
参考文献数
38

イワテヤマナシ(Pyrus ussuriensis var. aromatica)は東北地方に自生する野生ナシの1変種である.1940年頃までは利用されていたが,現在は地元でもほとんど知られておらず,消滅の恐れがある.筆者は遺伝資源としてのイワテヤマナシに注目し,1999年より北東北3県を網羅した探索調査を行ってきた.その結果1500本以上のナシ属植物が見つかり,その8割は北上山系に集中して分布していた.集団構造解析により真のイワテヤマナシ集団を推定し,保全単位や保全方法を検討した.またイワテヤマナシの起源を解明するため,中国大陸に自生する秋子ナシ(Pyrus ussuriensis)との系統関係を調査した.ところでイワテヤマナシはニホンナシにない様々な有用形質を持つ.ここでは芳香を取り上げ,香気分析や香気関連QTL座の決定,香りナシ育種について紹介する.筆者はイワテヤマナシを利用することで認知度を高め,その結果,普及し,保全されることを期待している.最後に2011年の東日本大震災で被災した三陸沿岸地域で展開したイワテヤマナシを復興のシンボルとする取組を紹介する.
著者
土生 芳樹
出版者
近畿作物・育種研究会
雑誌
作物研究 (ISSN:1882885X)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.85-90, 2016 (Released:2016-12-26)
参考文献数
27

近年の交配育種においてはマーカー育種法やゲノミックセレクション法などの進展により多数の交配後代個体から目的のゲノム組成を持つ個体を選抜する効率が飛躍的に向上したが,減数分裂期組み換えの位置や変異誘発の頻度を積極的に制御する試みはほとんど行われていない.減数分裂期組み換えはゲノム中で限られた領域(ホットスポット)に集中しているため,ホットスポット以外の領域に組み換えを誘導する技術の確立は効率的な作物育種にむけた重要な課題の一つである.組み換えが起きないゲノム領域はDNAの局所的な「固さ」と関係していることが知られており,この固さを決める要因がエピゲノムと呼ばれるDNA-ヒストンタンパク質複合体の化学修飾である.本稿では作物への有用形質付与を目的としたゲノムの構造・機能の改変を効率的に行う手段として,従来の方法とは異なるエピゲノム制御の観点からのアプローチを紹介する.
著者
竹生 敏幸 許 冲 谷坂 隆俊
出版者
近畿作物・育種研究会
雑誌
作物研究 (ISSN:1882885X)
巻号頁・発行日
vol.67, pp.27-34, 2022 (Released:2022-10-21)
参考文献数
22

低投入持続型農業(low input sustainable agriculture; LISA)を推進するためには,病虫害抵抗性品種や高栄養素吸収能品種の開発に加えて,土壌微生物の力を借りた健康な土壌づくりが不可欠である.著者らは前報(竹生ら 2022)で,“Takeo-Tanisaka液”(TT液)が,土壌微生物叢を多様化,活性化して土壌中に大量の栄養素を生み出し,そこに生育する葉菜類の成長を著しく旺盛にすることを示した.本研究では,ホウレンソウとニンジンの成長に及ぼすTT液の効果を検証するなかで,TT液の投入が,それら野菜の成長を促進する効果のほか,高温多湿時に多発する土壌伝染性病害“リゾクトニア病”の発生を抑制する効果を有することを明らかにした.これらの結果は,TT液がLISAの推進に有効なツールとなる可能性のあることを示している.
著者
辻本 壽
出版者
近畿作物・育種研究会
雑誌
作物研究 (ISSN:1882885X)
巻号頁・発行日
vol.67, pp.75-77, 2022 (Released:2022-10-21)
参考文献数
11

地球温暖化は確実に進行している事実であり、今後の環境に適応する生物生産システムを開発することが人類にとって重要な課題である。本項では現在、著者がアフリカのスーダン共和国で進めている高温・乾燥耐性コムギの育種研究プロジェクトを例として、その背景、プロジェクトの内容および課題について解説する。
著者
青木 純太郎 大谷 哲平 妹尾 拓司 山本 涼平 猪谷 富雄
出版者
近畿作物・育種研究会
雑誌
作物研究 (ISSN:1882885X)
巻号頁・発行日
vol.64, pp.47-51, 2019 (Released:2019-09-06)
参考文献数
14
被引用文献数
1

田んぼアートとは,田んぼを巨大なキャンパスと見立てて,その中に色の異なるイネ品種を用いて絵や文字を作り出す作品である.使用される観賞用品種(葉色,穂色の変異種)のイネは,葉や穂が黄,紫,白,赤などに発色し,レイアウトに応じた使い分けがなされる.本報告では,田んぼアートと観賞用イネ品種についての概要および滋賀県長浜市虎姫地区での取り組みの概要と葉色の推移に関する調査結果を述べる.使用された品種の葉色の変化は,色彩色差値,アントシアニン含量(ACI値),クロロフィル量(SPAD値)の観点から評価し,品種間差異や時期別の推移に関する情報を得た.
著者
永野 惇
出版者
近畿作物・育種研究会
雑誌
作物研究 (ISSN:1882885X)
巻号頁・発行日
vol.65, pp.73-75, 2020 (Released:2020-10-05)
参考文献数
8

主たる農業生産の場であり,植物本来の生育場所である野外は,温度や光などが刻一刻と変化する複雑な環境である.野外でトランスクリプトームデータを大量に取得し,気象データなどと合わせて解析する手法を野外トランスクリプトミクスと呼ぶ.これまで,イネを用いた大規模な野外トランスクリプトミクスによって,野外におけるトランスクリプトーム変動の大半を気温や概日時計によって説明できることなどが明らかになるとともに,任意の気象条件下でのトランスクリプトームの予測が可能となった.
著者
奥山 誠義
出版者
近畿作物・育種研究会
雑誌
作物研究 (ISSN:1882885X)
巻号頁・発行日
vol.62, pp.57-63, 2017 (Released:2017-12-22)
参考文献数
12

我々人間が,日々の生活を送るために重要な要素を『衣食住』という言葉でまとめることができる.その中の「衣」は着飾る装いや寒さなどから身を守るため重要な役割を果たす「衣服」を指している.人類が衣服を身につけ始めた時期は明らかではないが,日本においては,遺跡の発掘出土品から少なくとも縄文時代には衣服を身につけていたと考えられる.衣服など繊維製品に用いられる材料は様々あるが,中でも植物性繊維はその歴史が深く縄文時代の遺跡からも出土している.発掘出土品は,考古学における「歴史の物的証拠」であるばかりでなく貴重な文化財でもある.これらから材料に関する情報を引き出しつつ,姿・形を変えずに将来へ伝え遺す必要がある.出土品の損傷を控えながら材料を読み解く研究は最重要課題の一つである.繊維製品の材料調査では,赤外分光分析法も材料調査のための有効な手段の一つである.筆者らはSPring-8におけるシンクロトロン放射光赤外分光分析や光音響赤外分光分析などに取り組み,植物性繊維をはじめとする出土繊維製品の材料調査法の研究を行ってきた.本稿では,微量サンプルあるいは非破壊による繊維製品の材料調査研究の一例を紹介する.
著者
穴井 豊昭
出版者
近畿作物・育種研究会
雑誌
作物研究 (ISSN:1882885X)
巻号頁・発行日
vol.61, pp.67-72, 2016 (Released:2016-12-26)
参考文献数
16

ダイズ[Glycine max (L.) Merr.]は,種子乾燥重量の約40%のタンパク質と約20%の脂質を含み,食料および飼料用として重要なマメ科作物の一つである.また,近年の健康食志向の高まりを受け,種々の機能性成分についても注目が集まっており,機能性を強化した品種の開発に対する期待も大きい.加えて,2010年には全ゲノム塩基配列が決定されており,その塩基配列から予測された約5万4千個の遺伝子については,既にデータベース上に公開されているが,これらの大部分についての機能は明らかにされておらず,効率的な遺伝子機能解析ツールの開発が待たれていた.本稿では,我々がこれまでに開発してきたダイズ突然変異体リソースの特徴と新規育種素材として期待される突然変異体の単離技術について紹介する.
著者
長谷川 博
出版者
近畿作物・育種研究会
雑誌
作物研究 (ISSN:1882885X)
巻号頁・発行日
vol.57, pp.1-6, 2012

原子力発電所の爆発事故により放出された放射性セシウム(Cs)の環境への影響を理解し,環境中から除去するための基礎として,Csが植物の生育に及ぼす影響と放射性Csの吸収と蓄積に関する遺伝変異を明らかにした.Csはカリウム(K)のアナログとして挙動するが,10μMという低濃度で植物の生育を阻害する.CsはKと拮抗的に作用することから,Csの生育阻害効果はKの存在下では低減すること,Csの吸収がKの存在下では低下するなどの現象が報告されている.放射性Csの蓄積に関して種間差異が認められており,テンサイなどアカザ科の作物のCs含有率が高かったという報告がある.根から吸収されたCsは茎葉部,ことに若い葉に多く分配される.以上の報告を考えあわせてファイトレメディエーションを利用した放射性Csの環境中からの除去の可能性と問題点について考察した.
著者
本間 香貴 岡井 仁志 黒瀬 義孝 須藤 健一 尾崎 耕二 白岩 立彦 田中 朋之
出版者
近畿作物・育種研究会
雑誌
作物研究 (ISSN:1882885X)
巻号頁・発行日
vol.55, pp.27-32, 2010
被引用文献数
1

農家圃場における潅水適期診断の一助として開発した水収支モデルを,実農家圃場に適用した.2圃場においてモデルの出力値である有効土壌水分量(<i>Aw</i>)を土壌体積含水率(<i>SMC</i>)に変換し最適化を行ったところ,実測<i>SMC</i>とR<sup>2</sup>=0.75および0.53で一致し,モデルは農家圃場における水分変動を評価しうると考えられた.モデルを実際に運用するに当たっては,各農家圃場に固有のパラメータである有効土壌水分保持能力(AWHC)を推定する必要がある.本研究では黒瀬(2007)による簡易土壌水分計を用いた推定方法について検討を行った.データ数が少ないものの,簡易土壌水分計における1日当たりの指示値の変化量(<i>&Delta;IR</i>)とモデルによる有効土壌水分比(<i>Aw</i>/AWHC)との間には直線関係がみられたため,その関係を解析に用いた.AWHCは3期間における水分計の指示値(<i>IR</i>)の変化量を用いることにより推定でき,圃場間で24〜73mmの範囲を示した.さらに推定したAWHCの値を用いることにより,<i>IR</i>の推移を予測することが出来た.今後,さらに観測数を増やし,信頼性を高めていくことが重要と考えられた.
著者
加藤 恒雄
出版者
近畿作物・育種研究会
雑誌
作物研究 (ISSN:1882885X)
巻号頁・発行日
vol.55, pp.33-38, 2010

イネ大粒品種'BG1'の粒長を制御する5個の粒長QTLsを対象とし,量的形質の一モデルとしての粒長に対する個々のQTLの主効果(相加効果)および2QTL間の相互作用(エピスタシス効果),さらに大粒品種'房吉'由来長粒型主働遺伝子<i>Lkf</i>の主効果と上記QTLsとの相互作用を解析した.そのため,同一の遺伝的背景(品種'銀坊主')をもつ合計21種類の準同質遺伝子系統および銀坊主を用いて,2007年と2008年(<i>Lkf</i>に関するNILsは2007年のみ)に圃場栽培して得られた粒長のデータをもとに上記の主効果と相互作用を推定した.その結果,主効果は<i>Lkf</i>が最も大きかったが,QTLs間でも有意な変異がみられ,<i>Lkf</i>に匹敵する主効果を示すQTLも存在した.さらに,主効果の程度に関するQTLs間の順序は年次が異なってもほぼ変わらず,主効果の発現程度は安定しているといえた.一方.2QTL間相互作用はほとんどの場合負の値となり,組み合わせ間で大きく異なった.さらに,相互作用の発現程度は年次間で変動していた.このように,QTL間相互作用は量的形質の発現に重要な役割を果たし,特に形質発現の不安定性の一因になっていると推察された.