著者
菅原 祥
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 社会科学系列 (ISSN:02879719)
巻号頁・発行日
vol.38, pp.75-96, 2021-03-31

本稿が試みるのは「SF の社会学」という新たな試みに向けた第一歩である。それは,SF 文学を一種の社会学的テクストとして(あるいは,従来の社会学が苦手としてきたような領域を社会学的な考察の俎上に載せるためのヒントになるようなテクストとして)読むことを提唱する。この目的のために,本稿はアーシュラ・K・ル・グィン(ル=グウィン)の『所有せざる人々』(1974)を「時間の社会学」の観点から詳細に読解し,この作品が社会学における時間に関する議論にどのような新たな視点を付け加えることができるかを検討することで,SF が社会学にどのような貢献をなしうるかを考察する。考察の結果,SF 文学には「時間の社会学」に対して以下のような有効性があることが示唆された。第一に,「異化の文学」としてのSF 文学は,その最良の場合において「他なる時間のあり方」への想像力を喚起する。そこにおいてSF 文学は,物理学や生物学の知見を取り入れることによって「社会的時間」という社会学用語が含意する人間中心主義の独善を免れることが可能なのであり,それによってさまざまな存在レベルの時間を相互に横断し結びつけるような社会理論へと思考を媒介していくことが可能である。第二に,SF 文学は,このような「他なる時間のあり方」をさらに「人間的時間」へと再び差し戻し,翻訳しなおすことによって,人間と「未来」との関わりの有り得べき可能性の探求を可能にしている。そこにおいては現実に対するユートピア的な改変可能性の力を有する「未来」のあり方が示唆される。ここに,「未来」通じて現在を批判的に考察する文学としてのSF 文学の強みがある。
著者
ポンサピタックサンティ ピヤ
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 社会科学系列 (ISSN:02879719)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.3-19, 2018-03

本研究の目的は,現代タイ社会における若者の精霊信仰にメディアが及ぼす影響を明らかにすることである。筆者は,2016 年9 月に,タイの若者の精霊信仰に対する考えかたを調査するために,タイ・バンコクの大学生を対象にアンケート調査をおこなった。 本論文は,この調査の結果および2015 年の調査を元に,タイの若者の信仰と,それに対するメディアの影響に焦点をあてて考察する。本論文は,その調査の中で特に,マスメディアと精霊信仰の役割についての質問項目をとりあげ分析考察をめざすものである。また,2015 年の調査と比較し,その意識変化を探りたい。調査の結果,タイの若者の多くは,テレビドラマやテレビ番組,映画から精霊に関するイメージや情報を得ていることが明らかになった。そして,若者がイメージする男性精霊は特定のものに集中しているが,イメージされる女性精霊は多様であることがわかる。さらに,現代タイ社会において女性の精霊は男性の精霊より怖いイメージで,男性の精霊は女性の精霊よりも優しいイメージで捉えられている。なお,2015 年と翌年の調査結果を比較した結果,ほとんど違いは見られないが,特定の精霊はテレビなどのメディアに出演することによって,より一層イメージされやすくなる傾向にあることが明らかになった。このような研究結果により,タイの若者は,テレビや映画などのメディアに表象される精霊イメージの影響を受けていると考えられる。
著者
並松 信久
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 社会科学系列 (ISSN:02879719)
巻号頁・発行日
no.36, pp.3-35, 2019-03-30

わが国では2018年度から種子法の緩和によって公的育種事業の存続が危ぶまれている。本稿は日本の公的育種事業を担ってきた農業試験場体制の確立過程を追い,公共が担う育種事業の特徴を明らかにした。これまでの先行研究では,農業試験場の形成や品種改良の展開について明らかにされているが,育種事業の公共性については明らかになっていない。 明治期以来,主要な穀物の品種改良は,政府や地方自治体などの公共部門によって推進されてきた。当初は,政府によって官設試験場が設立されたが,欧米農法の紹介にとどまった。しかし,ほぼ同時期に実施された欧米視察の影響を受けて,系統的な試験研究の重要性が強調された。そこで政府は国立農事試験場を発足させ,試験研究の重点化を推進していった。国立農試の設立後に,地方自治体によって各道府県で農事試験場が設置された。府県農試は応用・普及に重点を置き,国立農試は基礎的な研究に重点を置くということで,府県農試は国立農試の下部組織として構想された。しかし,実質的には地域性を重視した独自の試験研究が進められた。その一方で,試験研究は個々別々に切り離されたものではなく,試験研究の系列化も進められた。この試験場体制による代表的な成果が稲の統一品種であった。 これまでの育種事業の経緯をみた場合,ほぼすべてを公共部門に依存してきたため,民間企業の参入による影響は未知数である。公共と民間との棲み分けが明瞭でなければ,民間部門になし崩し的に移行する可能性は大きく,その場合は大きなリスクをともなう。世界各地では公共部門によって「種子銀行」がつくられる潮流にあり,わが国も公的な育種事業や試験場体制の見直しが求められる。
著者
藤野 敦子
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 社会科学系列 (ISSN:02879719)
巻号頁・発行日
vol.36, pp.37-73, 2019-03-30

本稿の目的は,若年者が不安定な非正規雇用に就いた場合,家族形成つまり出生意欲にどのような影響があるのかを社会・雇用システムの異なる国際間で比較分析することである。 まず,著者が2008年に日本において,2010年にフランスにおいて実施したインタビュー調査の質的データを大谷尚氏の開発したSteps for Coding and Theorization(SCAT)法によって分析し,そこから仮説を生成する。次に同時期に著者が日本,フランスで実施したアンケート調査の量的データを用いて,仮説を検証する。クロスセクションデータであるため,内生性を考慮しつつ,推定する。このように本稿では,質的・量的データの双方を使用する混合研究法という比較的新しい手法を用いて,これまで,ほとんどされてこなかった国際比較分析を実施する。 量的分析の結果からは,日本の非正規雇用者は男女ともに出生意欲を低めている一方で,フランスでは,非正規雇用のうち有期限雇用フルタイムの男性は,出生意欲が高い可能性が見られるとともに非正規女性に関しては関連性が見受けられず,仮説の通りとなった。 ここから日本において,若年雇用の非正規化は少子化の要因である一方でフランスではそうではない可能性が導かれるが,同時にフランスの制度をヒントに日本でも社会・雇用システムを変革すれば出生の意思決定が変えられることも示唆されている。さらに,本稿の結果からは「非正規・正規の処遇格差の縮小」,「2人以上の子どもがいる世帯への持続的な経済支援」,「育児休業の取得しにくい非正規雇用者への優先的な公的保育サービスの提供の促進」に取り組むべきことが提案される。
著者
山田 昌孝 片岡 佑作 田中 寧
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 社会科学系列 (ISSN:02879719)
巻号頁・発行日
vol.32, pp.3-46, 2015-03

マーケティングにおける広告の重要性については言うまでもない。広告媒体には数多くのものがあるが、近年におけるweb 関連には特に注目してよい。そこで本論文では、動画CM の評価y を決定的にする考慮要素x(j) j=1,..., 6 は何か、という問題を視聴者へのアンケート結果(15 本のCM × 60 名の回答)をもとに、特に統計解析の立場から考える。具体的にy, x(j) は以下の形をとる。情緒的要素; x(1):演出 x(2):物語の分かり易さ x(3):キャラクターの適切さ認知的要素; x(4):商品適合度 x(5):購買意欲喚起度 x(6):ブランドへの好意 y=1 ... 動画CM に肯定的評価 0 ... 否定的評価 x(j)=1 ... y=1 を引き出す有効な考慮要素と考えられる 0 ... そうでない j=1,..., 6こうしたとき、(1)y, x(j) について2 × 2 等の分割表を作成すると、これらの変数y, x(j) の間には有意な関連があることが分かる。(2)分割表の結果を見ると、CM 評価肯定確率Pr(y=1) が考慮要素 x(j) j=1,..., 6 の部分和の増加関数になっている点が読み取れるので、これを説明する質的回帰モデル(従属変数の取りうる上下の範囲が限定される回帰)を導入し、そうした操作が極めて有効な点を示す。(3)対象の集団はy=1(肯定的評価)、y=0(否定的評価)を構成するものに区分されるが、それぞれの特性を決めるであろう考慮要素x(j) j=1,..., 6 の分布に違いはあるかをAnderson の判別関数によってつきとめる。(4)統計処理上のテクニカルな箇所について追加点を言えば、先行研究の広告評価、要素群は複数回のステップを経て合成される量的変数であり、導入された回帰モデルのフィットはあまり良くない。他方、ここで扱う考慮要素x(j) は0, 1 のみを取る簡単な質的変数であり、single index Σx(j) と評価肯定確率に関する分割表を注意深く点検したのち、Σx(j) によって広告評価を説明する質的回帰を見ると、その結果は評価−要素間の関係をうまく捉えているのが分かる(フィットは極めて良い)。 本稿の新規性と寄与はまさに以上のような点にある。特に(4)は考慮要素群を情緒的な成分x(j) j=1, 2, 3、認知的成分x(j) j=4, 5, 6 に分割した場合、それぞれの成分で、物語の分かり易さx(2)、商品適合度x(4) が動画CM 評価に最も貢献している点を示す。これらの結果は、企業のマーケティング部門に携わる広告担当者、あるいは広告の依頼を受ける動画CM 制作企業にとって有効な情報の1 つとなるであろう。
著者
飯田 善郎
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 社会科学系列 (ISSN:02879719)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.231-248, 2014-03

所得再分配における分配者、被分配者の選好を調査するために、社会人を対象にしたアンケート調査と学生を雇用した被験者実験の両方を行った。ディクテーターゲームに類似する条件を参加者に提示する形でおこない、調査手段から生じる選好の違いと共通点を検証している。結果としては、被験者実験では分配者が表明する被分配者への分配額はアンケートに比して少なく、また被分配者が分配者に求める分配額はより多くなる傾向が見られた。より詳細に検討すると、アンケート回答において、自分が豊かで分配する側なら多くの分配をする代わりに貧しければ多くの被分配を求める、または、自分が貧しい時にはあまり分配を求めない代わりに自分が豊かな時も分配したくないという、一方で利他的で他方で利己的な選好が多く観察された。このことから、単純に被験者実験が報酬という金銭的誘因から参加者の行動をより利己的な方向へ誘導し、それがないアンケート調査はより規範的な回答を導きやすいとは言えないことが示された。こうした回答傾向になる理由は今後の検証の課題となる。さらに格差発生の要因が運、努力、才能のいずれか一つのみと仮定した場合の分配の選好を尋ねた。その結果アンケートにおいては所得格差が運の要素で発生する場合には、努力や才能で所得格差が発生する場合よりも、分配者の立場でも被分配者の立場でもより多くの再分配を選好することが示された。これは多くの被験者実験で確認されている傾向である。しかし本論で行った被験者実験ではサンプル数が充分でないためか、アンケートと異なりその傾向は確認されなかった。
著者
鍵本 優
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 社会科学系列 (ISSN:02879719)
巻号頁・発行日
vol.39, pp.293-330, 2022-03-31

「self」「personality」「主体」「identity」「自己」「自分」といった諸用語は,類似した意味を含みながらも,それぞれ特徴と限界をもつ。本稿の目的は,「自分」と諸用語を比較検討し,社会学的な「脱・自分」論の対象を分類・整理する認識枠組みを示すことである。本稿の結論は次のようになる。「自分」の語と概念には近代日本社会特有の複雑さがある。自分が「脱」の対象となるとき,その複雑さはとくに反映される。この考察は社会学に新たな理論的知見をもたらす。自分の再帰性には,内容の多様性以外に,形式の多元性が関わる。今後は,自分の再帰性に関わる多元的な形式にも着眼した社会学的議論が期待される。
著者
蓮井 敏 濱地 賢太郎
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 社会科学系列 (ISSN:02879719)
巻号頁・発行日
vol.21, pp.195-202, 2004-03

経済学教育において数学の利用が増加しているいっぽう,経済学部学生の数学の学力にはむしろ低下が見られ,早期に基礎学力の回復と向上のための数学教育が必要である。 そこで,経済学学習に支障をきたす恐れのある数学の学力が十分でない新入生を対象とする入門授業を開講した。入学直後の新入生全員を対象に,数学についてのプレイスメント・テストをおこない,とくに成績下位の学生には受講を強く勧めた。中学高校の教科内容を中心に,努めて経済学からの例題を教材として活用した。また演習と質疑に重点をおくために,大規模人数の講座を避けて複数の講座を開講した。 この授業の効果を3ケ月後に調べると,同一問題についての正解率は着実に向上している。とりわけ成績が下位であった学生において顕著に効果が現れたことからも,早期に学力回復・向上を目的とする数学の講座に効果があると言える。
著者
藤野 敦子
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 社会科学系列 (ISSN:02879719)
巻号頁・発行日
no.29, pp.39-68, 2012-03

日本、欧州ともに、労働市場において、非正規雇用者が増加してきている。サービス業の比率上昇や、グローバル化の進展とともに雇用流動化が進められてきているためである。そのような中で近年、日本において、非正規化問題の政策的な議論が活発になされるようになってきている。特に、最近は、日本の問題を多面的に捉えるために、欧州の非正規雇用との比較が重要視されるようになってきた。 そこで、本稿では、EU諸国の中核にあるフランスの非正規雇用に焦点を当て、その特徴や実態を考察するとともに、非正規雇用者の就労意識をフランス・日本で比較分析したいと考える。そこから日本の非正規問題の課題について考える契機としたい。なお、本稿での考察、分析には、著者が、2008年に日本で実施したアンケート調査とインタビュー調査、2010年にフランスで実施したアンケート調査とインタビュー調査から得られたミクロデータを使用する。 得られた主要な知見は以下の通りである。 第一に、雇用流動化とともに拡大してきたフランスの非正規雇用における有期限雇用者の仕事全般の満足度は決して低くない。有給休暇の権利や職業訓練の権利が無期限雇用者と同じ条件で与えられる他、不安定雇用を保障する手当が上乗せされるといった措置があるからである。また、無期限雇用に移行するステップとして考えられていることも関連している。 第二に、フランスの非正規雇用のパートタイム雇用者は、非自発的な選択であることが多い。パートタイム男性の場合は、約6割強が非自発的選択をしており、日本の男性パートタイマーとよく似た状況であることが示されている。 第三に、日本の場合には正規雇用では雇用安定性、賃金に満足度が高く、非正規雇用では、時間や休暇に満足度が高い。日本の働き方の選択は、安定と賃金を取るか、時間や休暇を取るかという二者択一の状況にあることが反映していると思われる。一方、フランスの場合には、非正規雇用でも雇用安定性に満足であったり、賃金に満足であったりする働き方が存在している。 日本には、1970年代以降に志向してきた性別役割分業社会がなお根強く残っている。今もなお、正規雇用は男性的、世帯主型の働き方で、非正規雇用は女性的、家計補助型の働き方である。一方、フランスは、同時期以降、就労する女性を積極的に支援する男女平等型社会を志向してきた。そのような中でフランスでは、雇用形態あるいは性別によって、労働条件、社会保障に差別のない制度を不断なく構築してきている。なおパートタイムに男女不平等的な側面が若干見られるものの、労働者側の非正規雇用に対する満足度が日本に比べ、多様でかつ高いのは、そのような普遍的な制度構築のためであろう。要旨1.はじめに2.データ3.フランスの非正規雇用の特徴と実態 (1)フランスにおける非正規雇用とは何か (2)フランスの有期限雇用契約の定義と実態 (3)パートタイム契約の定義と実態 (4)非正規雇用の平均収入、労働時間の実態について4.就労意識のフランス・日本の比較 (1)仕事全般の満足度 (2)雇用形態間でのフランス・日本の仕事満足度(各項目)の比較 (3)仕事全般の満足度と①~⑩の仕事の各要素の満足度の相関分析5.おわりに6.参考文献7.脚注
著者
福冨 言
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 社会科学系列 (ISSN:02879719)
巻号頁・発行日
vol.24, pp.67-89, 2007-03

本研究は、日本のマーケティング研究の学術誌である『季刊マーケティング・ジャーナル』と『マーケティング・サイエンス』に過去10年間(1994年~2004年)において掲載された全論文を対象にその内容を分析するものである。この分析のため、各論文の執筆者が“何を説明しようとしているのか”、“その説明の際にどのような要因を重要視しているのか”について集計した。前者を“被説明変数”、後者を“説明変数”と呼び、各論文において用いられている尺度の種類とともにダミー変数を作成し、相関分析をおこなった。 その結果から、近年日本のマーケティング研究の2つの柱石を確認することができる。第1の柱石とは、“メーカーの対外的・戦略的な行動”を“メーカー間の競争や協調といった水平的関係に関する変数”と“メーカーに内在する変数”(技術や資産など)に注目して説明しようとするものである。 第2の柱石は消費者行動に関する研究である。ほぼ半数の論文が“消費者の購買行動”や“消費者の内的な特性”を説明変数としていることがわかる。特に“消費者の内的な特性”(製品知識や関与水準など)は“消費者の購買行動”を説明する際によく用いられている。ただし、消費者に関するこれらの変数を用いた実証研究はリアクティブな尺度を用いた調査に依存していることを確認した。その他の発見事実については本文中において触れる。 以上のことから、日本のマーケティング研究者の関心は、メーカーの行動と消費者の行動・特性を主要な変数とすることに集中しているといえる。この集中傾向は“マーケティングとは何か”、あるいは“マーケティング研究とはどのような研究か”という問いに対する学界の1つの回答であると同時に、日本の学界において見過ごされてきた研究課題をも示唆するものであろう。
著者
並松 信久
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 社会科学系列 (ISSN:02879719)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.85-122, 2013-03

津田仙(1837-1908)は、明治期においてキリスト教と深い関わりをもった農学者である。その事績は多方面にわたり、農産物の栽培・販売・輸入を手がけ、「学農社」を創設して、農業書籍や『農業雑誌』などの出版事業をはじめ、多くの農業活動を行なっている。その一方でキリスト教との関わりも深く、キリスト教精神に基づく学校の設立に関係している。 これまでの研究では、津田の農学者としての側面とキリスト教徒としての側面が、どのように結びついているのかという点は、あまり説明されてこなかった。本稿は津田の啓蒙活動を通して、農業とキリスト教の結びつきを明らかにした。 津田は農業改良や農業教育の実践、さらに盲唖教育や女子教育をはじめとする学校教育への理解と協力など、多方面の活動を行なっているが、それらはすべて伝統と偏見を打破する啓蒙活動であったといえる。しかもその啓蒙活動は国家や政府の支援に依らない「民間」活動であった。津田の農業における 啓蒙活動は、官僚化に対する抵抗という側面をもっていた。津田にとって国家や政府の支援に代わるも のがキリスト教(プロテスタント)であり、それが官僚化への抵抗と結びついた。 津田の場合、農業の科学的根拠やキリスト教の教理に関する造詣は深いものではない。しかし津田は啓蒙を重視しているので、難しい学術的な原理をできるだけ平易に説明し、簡明な言語によって農民に 知識を伝え、農山漁村の振興の助けとなることを重視する。津田がめざすのは、農民が自立して、営利的ないし合理的な経済生活を営めるようにすることである。それを達成するには、農民における営利性の自覚が必要である。この自覚は、津田によればキリスト教によってこそ導かれる。 津田の啓蒙活動をきっかけに、地域の特産品が生まれている。たとえば山梨県の葡萄栽培や葡萄酒製造であり、大阪・泉州の玉葱生産である。また農民の組織化にも成功した地域があった。たとえば北海道の開拓地であり、長野県の松本農事協会である。この津田の啓蒙活動の影響は、国内だけでなく海外 にも及んだ。津田は学農社農学校と同様、キリスト教を創立の精神や指導方針に掲げる学校の設立に協力する。「東京盲唖学院」(現・筑波大学付属盲学校)、「海岸女学校」、「普連土女学校」(現・普連土学 園)、「耕教学舎」(現・青山学院大学)、そして娘の津田梅子(1864-1929)が創設した津田塾大学などであった。
著者
並松 信久
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 社会科学系列 (ISSN:02879719)
巻号頁・発行日
vol.24, pp.1-29, 2007-03

現代イギリスの農業環境政策は、政策の受け皿となる農業従事者に土地管理人としての役割を求めている。この役割は現在、新たに築いていこうとするものではなく、すでに18~19世紀のイギリス農業においてみられることであった。イギリスは農業環境政策の実施にあたって、この伝統的な考え方に大きく依存している。 本稿は18~19世紀イギリスにおいて土地管理という概念が、どのようにして形成されたのかを検討したものである。従来までの研究においては、土地管理に関しては共有地の利用を取り上げることが多かった。本稿ではむしろ共有地が減少していったとされる農業革命期を対象にして、この時期の土地所有構造や農業規模、そして囲い込みなどを再検討することによって、土地所有主体である地主、土地利用主体である借地農という分類(伝統的な分類ではもう一つの農業労働者が入る)だけでなく、土地管理主体である土地管理人(あるいは執事)という存在を明らかにした。 土地管理人は主に地主所領の管理を担当する専門職となっていくが、所領経営には欠かせない存在となっていった。19世紀中期に生まれるイギリスの農業カレッジは、土地管理人を養成したともいえる。地主所領は19世紀末頃まで土地管理人によって維持されることになるが、その後、衰退する。しかしながら、土地管理という考え方は消えることなく、20世紀になってその対象を土地という平面だけではなく環境という立体へと、さらに広げていく。
著者
新 恵里
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 社会科学系列 (ISSN:02879719)
巻号頁・発行日
vol.26, pp.187-206, 2009-03

本稿は、犯罪被害者遺族が、事件直後に直面する司法解剖や手続きにおける制度上の問題について、被害者支援の視点からとりあげ、あるべき制度について検討するものである。 司法解剖は、殺人や傷害致死などの死亡事件において、必ず被害者遺族が直面する、司法手続きの一つである。これまで、遺族や法医学者などの指摘があるものの、ケアの必要性や方法について、具体的に議論、検討されることはほとんどなかった。しかしながら、司法解剖は、被害者遺族が未だ事件を受け止められない事件直後に直面し、解剖の終わった遺体と対面する遺族もいるなど、非常に衝撃が大きく、その時の心理的苦痛や精神的ダメージは、長年にわたって続くことが多い。 本稿では、わが国の被害者遺族へのインタビューによる調査および文献、アメリカ、オーストラリア等諸外国の政策状況の調査から、①わが国の法医鑑定制度の整備が、被害者側にとっても期待されること、②遺族が司法解剖に関する一連のプロレスに関わることの重要性、③司法解剖に際して、捜査官、法医学者と遺族を結ぶコーディネーターの存在が必要であること、④解剖後のグリーフケアの必要性について論じた。
著者
藤野 敦子
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 社会科学系列 (ISSN:02879719)
巻号頁・発行日
vol.30, pp.155-176, 2013-03

国際労働機関(ILO)の条約の中に、1970年に採択された有給休暇条約(ILO132号条約)がある。本条約では、雇用者に3労働週以上の年次有給休暇が与えられ、そのうち少なくとも2労働週は連続休暇でなければならないと規定している。一方、我が国では、労働基準法39条に年次有給休暇制度が規定されているが、年次有給休暇は10日間から与えられ、それは連続休暇である必要がない。我が国の年次有給休暇制度は国際基準と考えられるILOの基準を満たしていない上に、2010年において、付与された平均年次有給休暇17.8日に対し、取得率はわずか48.1%であった。なぜ、我が国では有給休暇が取得されないのだろうか。我が国の年次有給休暇制度の問題点は何なのだろうか。 本稿では、このような問題意識から、我が国の有給休暇取得日数や1週間以上の連続休暇の取得に影響する要因を、筆者が2010年に正社員男女1300人を対象にWeb上で実施した「正社員の仕事と休暇に関するアンケート」から得られたデータを用いて分析する。分析結果をもとに、年次有給休暇制度がどうあるべきか政策的な示唆を導き出す。 分析の結果は、有給休暇及び連続休暇の取得は、企業の属性や雇用者個人の属性及び雇用者の家族状況に左右されることを示している。具体的には、大企業勤務者、専門・技術職についている者、配偶者も正規就業で働いている者に有給休暇の取得日数が多く、連続休暇も取りやすい。また、週労働時間が長い場合には有給休暇の取得日数を減らし、職場の人間関係のいいこと、年収が多いことは連続休暇の取得を促進する。さらに、年次有給休暇付与日数が多い雇用者ほど、有給休暇日数が多く取得され、連続休暇も取りやすいが、逆に有給休暇の保有日数の多い雇用者ほど、どちらも取得しない傾向が見られる。 これらの結果から、有給休暇を考慮した働き方の管理、雇用対策と組み合わせた代替要員の確保、ジェンダー平等政策の推進、余暇意識の醸成といった雇用環境や個人の意識を向上させる政策がいくつか提案できる。また、労働基準法で定められている有給休暇の次年度繰越の再考など、法そのものの改善についても示唆できる。
著者
正躰 朝香
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 社会科学系列 (ISSN:02879719)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.71-85, 2018-03

国際関係論におけるアイデンティティ概念を概観した上で,地域統合とアイデンティティの関係性,特にヨーロッパ統合の深化においてアイデンティティの構築や強化が果たす役割を考察する。経済統合から政治統合へと射程を広げるにつれて,EUにおけるアイデンティティについての施策は,文化的多様性の尊重と同時に,共通のヨーロッパ文化を意識させることが「ヨーロッパ・アイデンティティ」を醸成するものとされ,統合への支持を高めるための政治プロジェクトとして進められてきた。 しかし,ユーロ危機,移民・難民の大量流入,英の離脱決定という困難な状況下,EUへの不満や極右勢力の躍進が著しい。現状で必要とされるのは,EUという地域統合体への帰属がもたらす恩恵の確認と,そのための義務や負荷を負うことへの意思の共有としての「EUアイデンティティ」の強化である。
著者
並松 信久
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 社会科学系列 (ISSN:02879719)
巻号頁・発行日
vol.22, pp.111-127, 2005-03

昭和初期の農業政策に関する研究業績は数多くあるが、官僚の政策意図に関する研究は少ない。本稿では、官僚のなかでも昭和初期の農業政策において活躍し、現在の農業政策に通ずる基盤形成に貢献した石黒忠篤を取り上げる。石黒は農業政策の遂行にあたって二宮尊徳から影響を受けている。石黒は二宮の思想を体現して、戦前期から農村経済更生を強く主張する。戦前期において自力更生が叫ばれていた状況のなかで、農民がどのようにして自活できるのかを模索し続けてきたといえる。自力更生は報徳思想に通ずる側面をもっている。 戦前期には、高橋是清も自力更生を主張する。高橋の自力更生論と実際の財政政策には矛盾があるようにみえるが、問題は高橋が農村窮乏の原因をどのように考えているかにある。高橋は農村窮乏の原因を精神的教養や知識の停滞に求めているが、それ以上の認識はない。したがって、農村救済事業はその目的を達成することが難しく、高橋が期待する自力更生は、観念的な精神作興を求めることになってしまう。 一方、石黒の考え方は高橋と正反対ともいえる。つまり、農業政策の担当者は農業を最もよく理解している人々ではないので、農業に対して最善の政策はできない。したがって政策担当者は、この限界を認識すべきであり、農業の改善には農民の主体性こそが必要であるという。このような認識のもとで、戦前・戦中・戦後を通じて石黒は経済更生ないし自力更生を訴える。そして、この主張の核には、一貫して報徳思想が入り込んでいるが、それは農業政策の限界を指摘したものでもある。
著者
荒井 文雄
出版者
京都産業大学
雑誌
京都産業大学論集. 社会科学系列 (ISSN:02879719)
巻号頁・発行日
vol.28, pp.287-317, 2011-03

この研究ノートでは、学区制度の廃止に向けた政策を取るフランスにおいて、社会階層によって異なった様相をみせる学校選択の全体像を多面的にとらえる。すなわち、私企業高級管理職等に代表される上層階層の多角的教育投資行動の中に位置づけられる学校選択から、公共部門上層階層や中間階層にみられる学校選択をめぐる葛藤や、さらに、従来、学校選択に無縁な階層とされた庶民階層の動向にも注目する。各社会階層の学校選択行動の特徴を検討することを通して、学区制の廃止が、学校における階層混合および教育の社会的格差解消に貢献するか、批判的に検討する。