著者
梁 凌詩ナンシー
出版者
日本家族社会学会
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.200-212, 2020-10-31 (Released:2021-05-25)
参考文献数
26

本研究の目的は香港の教育改革と教育コストの関係を明らかにし,教育制度の変化がどのようにスタートラインで勝つ心理を形成したのかを考察する.少子化の要因は多様であり,子どもにかける教育コストの上昇はその一つである.香港はイギリス植民地になった後,英語重視社会となり,英語能力が進学および社会的評価の高い職業に就くカギである.中学校の使用言語を広東語にする方針で1988年に行われた教育改革により英語を使用言語とする中学校が同年には全体の2割弱となった.また,高校に進学する資格を判断する統一試験をなくし,学生が統一試験の成績によってより良い高校に転学する機会がなくなるようになった.そのうえ,教育改革により小中高一貫校に変更するエリート校が続出し,学生にとって転校する機会が基本的にはなくなった.このように,子どもをエリート校に進学させるため,スタートラインが大事であるという意識が香港社会に形成され,入学競争が幼稚園まで前倒しされた.
著者
李 雯雯 筒井 淳也
出版者
日本家族社会学会
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.33, no.2, pp.157-170, 2021-10-31 (Released:2021-11-17)
参考文献数
36

本研究は,中国全体をカバーする中国家族パネル研究(CFPS)の2016年の調査データを用いて,都市部における成人子とその親との世代間関係におけるジェンダー差を分析するものである.従来の同分野の研究が異なった世帯に属する男女の比較を行うものであったのに対して,本研究では世帯単位の調査であるCFPSを用いることで,直接に同一世帯に属する夫婦間の差を用いて検証することができる.分析の結果,夫方の親との同居割合は,妻方の同居割合の5倍以上であることがわかった.さらに,世代間関係のジェンダー差は関係の内容に応じて異なることがわかった.家事援助やケアは夫方に,接触頻度は妻方に偏っている.夫婦の学歴差は世代間関係に独特な影響を持つことが示された.すなわち,妻の相対的な高学歴は世代間関係のジェンダー差をより平等にしており,妻の資源へのアクセスが夫婦間の均等な世代間関係に寄与していることが示唆された.
著者
夏 天
出版者
日本家族社会学会
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.33, no.2, pp.91-103, 2021-10-31 (Released:2021-11-17)
参考文献数
31

本研究は,家族における親の長期不在の形態の一つとして,中国における親の「外出労働」を取り上げ,(1)親の「外出労働」による不在は子どもの大学進学希望と関連するのか,(2)その関連はペアレンティング仮説によって説明されるのかを検討する.中国の全国調査データ「China Family Panel Studies(CFPS)2010」を分析した結果から,以下の知見が得られた.第1に,男子においてのみ,両親ともに不在の場合に本人の大学進学希望が顕著に低くなる傾向が示された.その傾向は主養育者が祖父母であること,男女で向社会的な規範の内面化度に差があることなどに起因すると考えられる.第2に,主養育者の教育的関与は,親の不在状況と独立に子どもの大学進学希望と正の関連を示したが,親の不在の負の効果を説明するペアレンティング仮説としての媒介効果は支持されなかった.
著者
杉浦 郁子
出版者
日本家族社会学会
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.2, pp.148-160, 2013-10-31 (Released:2015-09-05)
参考文献数
15
被引用文献数
1 2

本稿では,性別違和感のある人々の経験の多様性が顕在化したことを背景に,「性同一性障害であること」の基準として「周囲の理解」が参照されるようになった可能性を指摘する.また「性同一性障害」がそのように理解されるようになったとき,性別違和感のある子とその親にどんな経験をもたらしうるのかを考察する.まず,1980年代後半から90年代前半に生まれた若者へのインタビュー・データを用いて,「周囲の理解」という診断基準が出現したプロセスについて分析する.次いで,「性同一性障害」の治療を進めようとする20代の事例を取り上げ,医師も患者も「親の理解」を重視していることを示す.そのうえで,親との関係調整の努力を要請する「性同一性障害」という概念が,親子にどのような経験を呼び込むのかを論じる.
著者
宮崎 貴久子 斎藤 真理
出版者
日本家族社会学会
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.14, no.2, pp.54-65, 2003-01-31 (Released:2010-02-04)
参考文献数
30

死によって大切な人を失うことは大きな喪失体験である。世界保健機関によると, 緩和ケアの目標は, 患者とその家族にとってできる限り良好なクオリティ・オブ・ライフを実現させることであり, 患者の療養中も, 患者と死別後も家族への援助を継続する。本研究の目的は, 一般病棟の緩和ケアにおける, 患者の死が家族にどのように影響するのかを明らかにすることである。16名の家族の自由意志による研究参加協力を得て, 死別6か月以降にライフライン・インタビュー・メソッドによる面接調査を行った。描かれたライフラインの分岐点とイベントの分析結果より, 家族が死別体験をどのようにとらえて, 将来をどのように描いているのかその傾向を探った。家族の悲嘆反応は死別した家族との生前の関係, ジェンダー, 年齢などの多くの要因によって異なる。家族ケアの今後の課題と方向性を提示する。
著者
稲葉 昭英
出版者
日本家族社会学会
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.33, no.2, pp.144-156, 2021

<p>貧困・低所得の定位家族で育つことが子どもの内面に与える影響を検討するために,等価世帯所得によって定義される「世帯の貧困」と子ども(中学3年生)のメンタルヘルス(心理的ディストレス)との関連を計量的に検討する.内閣府「親と子の生活意識に関する調査」(2011年)を用いて,対象を有配偶世帯に限定して分析を行った結果,(1)男子では貧困層にディストレスが高い傾向は示されなかったが,女子では貧困層で最も高いディストレスが示された.(2)女子に見られるそうした貧困とディストレスの関連は親子関係の悪さや,親や金のことでの悩み,といった家族問題の存在によって大きく媒介されていた.この結果は貧困世帯において女子に差別的な取り扱いがあること,および女子は男子よりも家族の問題を敏感に問題化する,という二つの側面から解釈がなされた.</p>
著者
宍戸 邦章
出版者
日本家族社会学会
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.121-134, 2018-04-30 (Released:2019-04-30)
参考文献数
37
被引用文献数
1 2

「圧縮された近代化」が生じた東アジアでは,晩婚化・未婚化が進行し,出生率が急低下している.20世紀末以降,東アジアは極低出生率の状態を示し始めた.東アジアでは,未婚化・晩婚化だけでなく,世帯規模の縮小,単独世帯の増加,高齢者の子との同居率の低下,離婚率の上昇も生じている.これらの現象は,個人化として捉えることができる.本稿では,個人化の議論や東アジアの家族文化的背景を踏まえ,東アジア社会調査(EASS)に基づいて,日韓中台の比較分析を行った.分析の結果から,東アジアにおける「家父長制の型」は,2000年代後半における東アジアの家族やジェンダーのあり方に影響を与えていること,東アジアにおいてもジェンダー間不衡平論の状態が成り立つことを指摘し,東アジアの晩婚化・未婚化が生じるメカニズムを考察した.
著者
松木 洋人
出版者
日本家族社会学会
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.52-63, 2013-04-30 (Released:2014-11-07)
参考文献数
38
被引用文献数
4

1980年代後半以降,主観的家族論と構築主義的家族研究は人々が使用する日常的な家族概念に注目することの重要性を論じてきた.しかし,これらの研究に対しては,専門的な家族定義の意義や可能性を否定するものであるとの批判もなされている.本稿では,主観的家族論と構築主義的家族研究およびその批判のいずれにおいても看過されてきた日常的な家族概念の家族社会学研究にとっての含意を明らかにする.まず,主観的家族論と構築主義的家族研究およびその批判において論点となっていたのが,専門的な家族概念と日常的な家族概念との関係であることが確認される.そのうえで,この論点を社会科学における記述の適切性についての議論と関連づけることによって,日常的な家族概念は,家族定義の間の齟齬をめぐる問題を脱問題化するものとして,そして,個別の経験的研究においては専門的な家族定義の適切性の条件となるものとして理解できることを主張する.
著者
和泉 広恵 野沢 慎司
出版者
日本家族社会学会
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.29, no.1, pp.34-37, 2017-04-30 (Released:2018-06-18)
参考文献数
5

近年,家族社会学においては,「家族」の多様化と意味変容に関する研究が蓄積されている.一方で,様々な領域において「家族」がその外側からの介入/支援を受け入れ,それによって維持・再編されるようになってきた.そこで,本シンポジウムでは,「家族」に対する専門家という第三者の介入が,精神保健・司法・福祉の各領域においてどのように実践されているのかを検討し,家族社会学の新たな展開の可能性を論じることをねらいとした.本シンポジウムでは,中村伸一氏(家族療法家),原田綾子氏(法社会学),中根成寿氏(福祉社会学)の3名の報告に対し,天田城介氏,松木洋人氏からのコメントが行われた.オーガナイザーおよび司会は,和泉広恵・野沢慎司が務めた.
著者
斉藤 知洋
出版者
日本家族社会学会
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.44-56, 2018

<p>本稿では,「就業構造基本調査」の匿名データ(1992・2007年)を用いて,1990年代から2000年代にかけてのひとり親世帯内部の所得格差とその変容について時点間比較を行った.</p><p>分析の結果,以下の知見が得られた.第1に,有子世帯の所得格差は,過去15年間で拡大傾向にあり,とくに独立母子/父子世帯内部で所得格差が大きい.第2に,高学歴化によりひとり親の教育水準が急速に向上したものの,ひとり親世帯の低学歴層への偏りは安定的に維持されている.第3に,要因分解法の推定結果より,世帯所得の学歴間格差が独立ひとり親世帯の所得格差の拡大に寄与しているが,他の成人親族との同居はひとり親世帯の階層差を緩衝させる役割を持っていた.</p><p>以上より,ひとり親世帯内部の所得格差は階層差を伴って緩やかに拡大しており,家族・世帯の「自助努力」を強調する福祉政策は,低学歴層のひとり親世帯の経済状況を悪化させる可能性が示唆された.</p>
著者
斉藤 知洋
出版者
日本家族社会学会
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.32, no.1, pp.20-32, 2020
被引用文献数
1

<p>本稿の目的は,「就業構造基本調査」匿名データ(2007年)を用いて,シングルマザーの正規雇用就労と世帯の経済水準の関連について検討することである.傾向スコア・マッチング法を用いた統計分析より,得られた主要な知見は次の3点である.第1に,正規雇用への就労はシングルマザーの時間あたり賃金を32.0%上昇させ,相対的貧困率と就労貧困率をそれぞれ36.5%, 39.5%低減させる効果を持つ.第2に,正規雇用就労の効果には階層差が存在し,賃金と就労貧困率については低学歴層ほどその就労効果が小さい.第3に,正規雇用就労を達成したとしても,非大卒のシングルマザーはその半数以上が自身の就労所得のみでは貧困状態を脱していない.以上の結果は,シングルマザーを対象とした就労支援施策に加えて,女性が結婚や出産を通じて直面する労働市場上の不利を解消することが母子世帯の経済的地位を高めるうえで重要であることを示唆する.</p>
著者
西村 昌記
出版者
Japan Society of Family Sociology
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.2, pp.165-176, 2012
被引用文献数
2

ストレスプロセスモデルを用い,高齢者を介護する配偶者のストレスとその性差について検討した.対象は配偶者を介護する60歳以上の主介護者314名(女性206名,男性108名)であった.分析モデルは介護者の年齢と活動能力,1次ストレッサー(被介護者のADL障害,認知症に関連する行動),2次ストレッサー(介護負担感),心理社会的資源(情緒的サポート,介護統制感),精神的健康から構成されている.構造方程式モデリングによる同時分析の結果,1次ストレッサー,2次ストレッサー,精神的健康の相互の関連には男女に共通性が高く,これらと心理社会的資源との関連にはやや性差があることが示唆された.すなわち,男女とも情緒的サポートと介護統制感が介護負担感を低下させ,精神的健康に寄与するという媒介効果が示された一方,女性にのみ介護統制感が精神的健康に寄与するという直接効果が認められた.
著者
諸田 裕子
出版者
日本家族社会学会
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.12, no.1, pp.69-80, 2000-07-31 (Released:2010-05-07)
参考文献数
19

「少子化問題」をめぐる政策において、近年、「不妊問題」への言及が行われ始めている。本稿では、こうした現象を「不妊問題」の社会的構成の一つの局面としてとらえ、その局面を特徴づける論理を政策レベルの言及やマス・メディア空間に流通する「不妊問題」言説を手がかりに描き出すことを目的としている。少子化への政策レベルの対応における「主体的な選択」「自己決定」というレトリックの採用は、個人が尊重されながらも問題解決の責任が個人へと帰責されてしまうという両義的な帰結を予見させる。それは、 “経験の告白” による問題の克服が問題の個人化をもたらし、結果、社会の側の変革への志向が閉ざされるという、マス・メディア空間に流通する「不妊問題」言説の特徴によっても強化されてしまう。私たちは、「主体的な選択」を根拠にした「不妊問題」への社会的対応の行方について今後も議論を展開していく必要がある。
著者
前田 正子
出版者
日本家族社会学会
雑誌
家族社会学研究 (ISSN:0916328X)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.26-36, 2012-04-30 (Released:2013-07-09)
参考文献数
8
被引用文献数
1 1

家族のない人や地域とのつながりを持たない人が増えている中で,人々は困難に直面したとき,最後に役所にくる.しかし,年金や介護などの既存の社会保障制度や福祉制度だけでは,人々の複合的な問題は解決しない.人々の安心感を保障するためには既存の制度に加え,これまで家族が担ってきた対人サービスを社会的に供給することが必要になる.実際に子育て支援の現場では,親を孤立させないために行政と市民やNPOとの連携によってきめ細やかな支援が行われている.だが,家族的ケアを社会的に供給すべきかどうかという点にも議論があるだろう.また,その供給に同意が得られたとしても,何を誰がどう供給するか,それは誰が担い,財源はどう確保するのか,自助・共助・公助の役割分担をどうすべきかといった議論が必要になるだろう.