著者
馬場 香織
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.72, no.2, pp.2_104-2_136, 2021 (Released:2022-12-15)
参考文献数
53

本稿は、メキシコの政党システムの変容がなぜ起こり、それがいかなる性格のものであるかを明らかにすることを目的とする。従来メキシコの政党システムは、ラテンアメリカ地域のなかでも比較的安定的で、制度化のレベルが高いとされてきた。しかし、新興左派政党Morenaの登場を受けて、2015年から2021年現在にかけてのメキシコの政党システムは大きな変容を経験した。本稿では、システム変容の実態を、政党と有権者との編成に基づくパターンに照らして明らかにしたうえで、システム変容を理解するうえで重要な3つの分析視角に基づき、2018年選挙における政党支持の要因を検討する。分析の結果、メキシコの政党システム変容のメカニズムには、既存政党に対する不満の受け皿として登場した新党への支持という、ラテンアメリカの脱編成事例との共通点がみられる一方、旧来の左派政党であるPRDとMorenaの置き換わりが進む形で左派再編が進んでいることも確認された。この結果は、メキシコの政党システム変容を 「完全な脱編成」 として捉えるのではなく、「突然の再編成」 として捉える見方の有用性を示唆する。また本稿では、組織犯罪に関連する暴力が政党支持に与える影響についても考察する。
著者
小畑 俊太郎
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.64, no.1, pp.1_279-1_297, 2013 (Released:2016-07-01)

This paper explores the relationship between democracy and bureaucracy in Bentham's Constitutional Code by focusing on his concept of ‘responsibility’. Most studies on Bentham have emphasised his optimism about the validity of public opinion. It is true that Bentham trusted in public opinion that was formed through discussion among the people. He called ‘the responsibility of the governors’, which answers to the dictates of public opinion, ‘moral aptitude’. This concept was formed through criticising Burke's concept of ‘virtue’. Bentham also recognized, however, that deviations exist between the dictates of public opinion and the principle of utility. Therefore, he expected able governors not only to follow public opinion but also to lead it. In leading public opinion, governors, especially ministers or functionaries, were required to have mastered a kind of scientific and useful knowledge, which Bentham termed ‘intellectual aptitude’. His educational writing, Chrestomathia, was intended to train these able governors rather than average citizen. What Bentham attempted in his Constitutional Code was to reconcile democratic values such as political participation with bureaucratic expertise.
著者
前田 幸男
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.72, no.2, pp.2_326-2_349, 2021 (Released:2022-12-15)
参考文献数
44

本稿の目的は、ある特定のヒトの繁栄のために他のヒトおよびヒト以外の種を犠牲にしている状況を受けて、ノン・ヒューマンからのシグナルを 「声」 という形で拾い上げていくことはいかにして可能かという問いに応答することにある。本稿はいかにしてデモクラシーの主体をヒトに限定せずに構想できるかという問いに応答するものでもある。これにより環境破壊の阻止という実質的結果も得ることを目指すことを意味する。本稿はまた、ヒトが生態系と地球全体に与え続けている負荷に対して、気候危機や新型コロナ危機などのノン・ヒューマンから人類に挑戦が仕掛けられているという問題構成に立脚して議論を行っている。 そのためにまず第1節と第2節で自由民主主義体制の限界地点を確認し、第3節でそれを超えようとする熟議民主主義、第4節で 「モノゴトの議会」 の議論を経由したアゴーン的デモクラシーに焦点をあてる。第5節で政治的主体のノン・ヒューマンへの適用の仕方についてジェーン・ベネットを参照しながら論じる。第6節でノン・ヒューマンの立憲主義的な新展開について論じ、最後に生命の豊饒さをデモクラシーの豊饒さとして反映させ、ヒトとノン・ヒューマンとの関係性を戦争から政治へ転換させていくための課題を挙げることで論を閉じる。
著者
岡野 八代
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.62, no.1, pp.1_69-1_92, 2011 (Released:2016-02-24)
参考文献数
31

According to Michael Walzer, “[i]nvoluntary associations is a permanent feature of social existence” and we cannot envision the more equal society without taking this social reality seriously. The paper starts with analyzing Walzer's claim that the gender hierarchy is the most ancient, enduring and “hardest” constrains of any other categorical inequalities and concludes with the suggestion of “social” possibility for the ethics of care to go beyond the current political boundaries.   Firstly, I examine why feminist politics and theory seem to be unlocked within women's world and therefore they are often criticized by its emotional, sometimes intensively passionate way of arguments. However, as Walzer pointed out, involuntary lives such as female beings offer also the space of opposition and resistance. Then, I try to argue that the ethics of care, which mainly focus on how our society should maintain the relation of care without dominance and violence, provides the collective empowerment model for feminist politics, instead of the emancipation model.   In the third section, I examine Eva Kittay's argument, which criticizes radically Rawlsian idea of liberal society constituting of autonomous, free, and equal citizens. Here, I distinguish the ethics of care from altruism, self-sacrifice, even so-called maternal love. The ethics of care prohibits anyone from being enforced on care responsibilities to needy dependents as well as deteriorating the relation of care into dominant relationship. In other words, the ethics of care tries to show us how we should begin to create our connectedness, which right-based ethics, such as ethics of justice takes for granted.   I conclude the paper with remarking that the ethics of care is a certain kind of revolutionary program of feminist politics because it is committed to overthrow the most entrenched hierarchy, that is, the hierarchy of gender by empowering activities and relationship which are used to suppose that they belong to the women's world.   The relation of care can provide us another kind of dream of creating a new kind of human relationship beyond the current political borders in global society.
著者
新川 匠郎
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.1_105-1_131, 2021 (Released:2022-06-15)
参考文献数
31

欧州諸国では組閣に向けた政党間の連立交渉が常態化している。政権で得られる役職や実現できる政策を見定めるべく、交渉に各党は慎重を期すと考えられる。だが実際には組閣時間で国別の違いが見られる。なぜ組閣過程に違った特徴が生じるのか。先行研究は 「複雑性」、「不確実性」 の克服という理論枠組みに依拠して、組閣遅延の分析を行ってきた共通点がある。ただし、その実証分析では選挙後という不確実性の条件を除き、政党システムにかかわる各条件や制度的条件に関して異なる見解が示されてきた。これら分析での不一致について本論は、先行研究が各種条件を並列させて検討していたことに着目する。組閣遅延を生み出す複雑性と不確実性の条件は同質的でなく、さらに複数の結合条件を通じて影響するかもしれない。本論では 「質的比較分析 (QCA)」 を使い、こうした特徴について欧州の政権発足に至る困難な道のりの中で経験的に問うことを試みる。この結果、組閣遅延の前提 (必要条件) になる不確実性の結合条件を基に、複雑性にかかわる政党システムでの破片化と分極化が大統領の権限不在、二院制・連邦制の構造とも連動しながら組閣遅延の経路を作ることを浮き彫りにする。
著者
末木 孝典
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.1_202-1_224, 2021 (Released:2022-06-15)
参考文献数
31

本稿は、戦前・戦後を通じた日本の議会傍聴について、その実態を明らかにした上で公開性と権力監視という観点から意義を考察するものである。その結果、以下のことが明らかとなった。1) 戦前の傍聴人数は長期的に増加し、1日平均で衆議院844人、貴族院351人であったが、戦後はテレビ中継の開始などから減少し、近年は衆議院200人、参議院100人程度の水準である。2000年代以降、インターネット中継とそのアーカイブにより時間や場所を問わずに傍聴が可能になったことで情報の流通度が高まっている。2) 女性の傍聴に関しては、大正期からの女性参政権運動で要請対象になった貴族院の女性比率が高く、戦後は両院とも長く低迷したが、近年は女性の記者・公務員が増えたことで比率が高まっている。3) 戦前から議院秩序を重視してきた傍聴規定には今も座席区分や服装規制が残り、公開性を損なっている。
著者
藤井 大樹
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.1_225-1_251, 2021 (Released:2022-06-15)
参考文献数
26

都道府県の政策選択に関する先行研究は、知事と議会を別個に選出する二元代表制の下、両者の部門間関係に着目してきたが、複数の会派で構成されるという議会の特徴には十分な注意が払われていない。独任制の知事と異なり、議会は集合的意思決定を行う主体であり、知事と対立する場合に一体として行動できるかは議会内の細分化の程度に左右される。 そこで、本稿は、厳しい財政制約の下では、選挙制度に起因して知事と議会に政策選好の違いが生じ、財政規律を重視する知事と個別利益を求めて歳出の維持・拡大を図る議会の間に部門間対立が生じるとの先行研究の理解を前提に、議会の細分化が予算編成に及ぼす影響に着目して1990年代以降の都道府県を対象とするパネルデータ分析を行った。分析の結果、議会内の有効会派数と地方債発行額などとの間に逆U字型の関係が見られ、有効会派数が4程度のときに知事は重視する財政規律の確保が最も困難となることが示唆された。
著者
石田 雅樹
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.2_237-2_255, 2020 (Released:2021-12-15)
参考文献数
41

本稿は、ジョン・デューイにおける 「市民性教育」 論と 「国民性教育」 論を比較検証し、その教育論におけるナショナリズムの位置づけを明らかにしたものである。 デューイのナショナリズムについてはこれまで、第一次大戦期におけるアメリカ参戦支持論などを中心に研究が行われてきたが、この時期に展開した 「国民性教育」 の内実について十分な検証は行われてこなかった。本稿はこの時期における 「市民性教育」 と 「国民性教育」 との関係性に注目し、両者の共通点と相違点を検証することで、デューイの教育論におけるナショナリズムの意義を明らかにした。つまり一方でデューイが、「市民性教育」 論によってナショナルな枠組みを超える視点を提示しつつも、他方では 「国民性教育」 論同様に学校教育にナショナルな統合機能を期待していたことを示し、双方においてデモクラシーとナショナリズムとが不可分な形で結びついていることを明らかにした。またデューイは 「市民性教育」 と 「職業教育」 との一体性を主張したが、その 「職業教育」 の在り方もドイツ的価値観を批判し、アメリカの価値観が投影されたものであった。本稿は以上のような点で、大戦期におけるデューイ教育論とナショナリズムとの関係を明らかにし、その可能性と限界を論じた。
著者
西村 翼
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.2_280-2_302, 2020 (Released:2021-12-15)
参考文献数
41

本研究の目的は、「政党は誰を公認し、それを規定する要因は何か」 との問いに対し、地元性という属性に注目して検討することである。地元候補は個人投票を有するため議席確保に貢献する一方、政党規律に対して自律的であるために党の一体性を損ねる。よって、政党は地元候補の公認を巡り、議席確保と一体性保持のどちらを取るかというジレンマに陥る。Shugart et al. (2005) 等の研究は選挙制度によって候補者の属性を説明してきたが、これには同一選挙制度下での属性の多様性を説明できない等の限界がある。そこで本研究は、選挙区毎の選挙結果という選挙制度よりもミクロな要因によって、候補者の地元性を説明する。具体的には、政党は前回敗北し苦戦が予想される選挙区では地元候補を擁立して議席確保を優先し、余裕のある選挙区では非地元候補を擁立して一体性保持を図ることで、2大目標の両立を図ると主張する。独自に作成した自民党の衆議院選挙候補者データを用いて行った実証分析の結果、以上の仮説は支持された。
著者
山本 健太郎
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.1_15-1_39, 2021 (Released:2022-06-15)
参考文献数
30

日本の政党システムは、1994年の衆院の選挙制度改革を機に、それまでの一党優位体制から変化を遂げた。いわゆる政界再編を経て、2003年には自民党・公明党と民主党が政権を争う二大勢力体制へと収斂して、2009年には民主党が政権の座についた。しかし2012年には民主党が与党のまま分裂し、自民党の政権復帰後は非自民政党が分立してかつての一党優位体制とも重なるシステムとなっている。 本稿は、こうした日本の政党システムの変容について、ヨーロッパ諸国を事例として示されてきた有権者レベルでの変容や、選挙制度改革に的を絞った説明では、特に2012年以降の変容をとらえきれないことから、システム内の政党間の競争の図式そのものがシステムの脆弱性を招きうるのではないかとの仮説を検証する。 具体的には、選挙制度によって政党に大規模化の圧力がかかるものの、大政党が十分に支持を調達できない状況になると、並立制であることも手伝って第三極の小政党の参入を招くと主張した。大政党への短期的な支持の大小によって、システムの安定性が左右されうると考えられる。
著者
岩坂 将充
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.72, no.1, pp.1_62-1_80, 2021 (Released:2022-06-15)
参考文献数
32

本稿では、比例代表制を採用するトルコの選挙制度の特徴の1つであり、これまで政党政治に多大な影響を与えてきた全国得票率10%という高い閾値を持つ阻止条項が、近年その機能―小党乱立と国内少数民族であるクルド人に基盤を持つ政党 (クルド系政党) の議会進出の阻止―を低下させている点に注目し、その要因を明らかにすることを目的とする。本稿で指摘する要因は、クルド系政党やそれをめぐる有権者の戦略、そして2018年議会選挙から導入された選挙連合制度である。とりわけ人民民主党 (HDP) は、2015年6月議会選挙に際し、従来のクルド系政党とは異なりトルコのさまざまなマイノリティの権利擁護へと方針転換をしたことで支持の拡大に成功、さらには閾値を超え議席を獲得することで、長く政権を維持している公正発展党 (AKP) の勢力拡大を抑制できることを示した。選挙連合制度の導入とHDPの連合不参加の決断はこうした状況を加速させ、2018年議会選挙では明確なかたちで有権者の戦略投票、すなわちAKP抑制のためにHDPの閾値超えを意図した 「均衡のための閾値保険」 ともいえる投票をもたらした。本稿の事例は、とりわけ閾値とそれに影響を受ける政党獲得議席に焦点をあてた戦略投票が、選挙連合制度とともに阻止条項の機能低下を導いたとことを示すものである。
著者
加藤 雅俊
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.2_15-2_36, 2020 (Released:2021-12-15)
参考文献数
53

本稿では、第二次世界大戦後の自由民主主義体制 (本論文では、とくに 「修正資本主義+代議制民主主義、すなわち資本主義社会における政治秩序」 に注目する) の存立構造とその揺らぎを、福祉国家論の観点から分析的に検討する。 福祉国家とは、公共政策を通じて、経済成長を実現し、市民に社会的保護を提供することで、支持調達を確保する政治システムを指す。したがって、福祉国家論の知見を政治学的に再構築することは、第二次世界大戦後の政治秩序が円滑に機能してきた条件・メカニズムを明らかにする上で有益といえる。本稿では、自由民主主義体制が安定した段階を 「ケインズ主義的福祉国家」 として捉え、その諸条件を明らかにし、どのように正統性を確保してきたかを、政治システムのインプット、アウトプット、前提に注目して整理する。その上で、グローバル化とポスト工業化を背景に、福祉国家が 「競争志向の福祉国家」 へと変化していることを指摘し、それに伴い、政治システムの正統性を担保してきた三側面が揺らいでいることを確認する。最後に、新しい時代の政治秩序を構想する上での知見や自由民主主義体制の理論分析への知見など、本論文の理論的含意を検討する。
著者
遠藤 知子
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.2_125-2_144, 2020 (Released:2021-12-15)
参考文献数
35

近年、福祉資本主義の機能不全を背景に資本主義経済を民主的にコントロールする手段として産業民主主義や職場民主主義の議論が復活している。こうした流れの中で、20世紀を代表する政治哲学者のジョン・ロールズが正義にかなう体制として生産用資産と人的資本を広く分散させる財産所有制民主主義を提唱し、その主要制度の一つとして労働者管理型企業の可能性について言及していることは注目に値する。ロールズの正義論に内在的な理由から労働者管理型企業を擁護する論者は、格差原理が目指す影響力や自尊心の互恵的な分配には何らかの職場民主主義が要請されると主張する。本稿では、これまであまり注目されてこなかった財産所有制民主主義の 「単位」 の問題に焦点を当て、個別の企業や職場内部の民主主義がミクロな単位で最不遇者の境遇改善に寄与したとしても、ロールズの正義論が目指すマクロな制度的正義が実現されるとは限らないことを明らかにする。その上で企業や職場内部の民主主義を基本構造の正義とつなげる三つの可能性について検討する。
著者
宮内 悠輔
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.2_145-2_167, 2020 (Released:2021-12-15)
参考文献数
30

欧米の先進デモクラシーにおいては、特定地域の利益擁護を目的とする地域主義政党が数多く活動し、ときに既成政党に迫る支持を集める。しかし、地域主義政党間で競合が起きた際の政党の政策変容については、十分に検討されてきたとは言い難い。本稿では、ベルギーの地域主義政党「ヴォルクスユニ」 (VU) を事例にとり、政党機関紙 『われわれ―フランデレン・ナショナル週刊新聞』 を用いて分析を実施した。この際、他党の政策方針を分裂させる 「ウェッジ (楔) ・イシュー」 の概念を手掛かりとした。その結果、地域主義政党 「フラームス・ブロック」 (VB) が仕掛けた排外主義というウェッジ・イシューによって、VUの政策の一貫性が動揺したことがうかがえた。VUは全面的に排外主義に転じることはなかったものの、強硬な移民・外国人政策を完全に拒絶することもできず、時折VBに近い立場を示唆することがあった。ウェッジ・イシューにあたらない領域的要求ではVUの政策が一貫していたことも、VUの移民・外国人政策における揺らぎを示す証左である。以上から、地域主義政党間の競争においてウェッジ・イシュー戦略が効果を発揮したことが明らかとなった。
著者
庄司 貴由
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.2_168-2_190, 2020 (Released:2021-12-15)
参考文献数
45

1993年後半、日本は歴史的転換期を迎えていた。非自民連立政権が誕生し、長らく続いた五五年体制が崩壊する。その直後、細川護熙首相が政治改革を最優先に掲げた結果、政治指導者たちはPKOをめぐる議論から遠退き始める。それでは、ONUSAL参加への道筋はいかにして整えられたのか。本稿の目的は、ONUSAL派遣をめぐる政策決定過程を、主として外務省に着目して明らかにすることである。 日本の対エルサルバドル外交は、外務省中南米局が準備した 「二つのD」 (民主主義と開発) 政策によって開かれた。和平合意の成立を機に、中南米局は 「二つのD」 の 「中核国」 にエルサルバドルを据え、中南米外交の強化を図っていく。クリスティアーニ大統領から選挙監視要員の派遣を要請されるや、中南米局と総理府国際平和協力本部は内々で調査を進め、武装強盗など紛争当事者以外の脅威まで 「発見」 するに至った。そうして得られた情報は、当時議論が集中した自衛隊や政治改革と掛け離れ、国会での建設的な議論に結び付かなかった。だが、ONUSAL派遣をめぐる営みは、新たに地域局主導のアプローチが形成される端緒を意味したのである。
著者
髙山 裕二
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.2_191-2_212, 2020 (Released:2021-12-15)
参考文献数
27

本稿では、政治座標軸が溶解してゆく 「経済優先の時代」、すなわち体制が民主化すると同時に大多数の国民が経済成長を第一に求めるような時代の先駆けと言えるフランス第2帝政において誕生した自由主義 「第2世代」 の理論を検討する。先行研究では、フランス革命後の自由主義 「第1世代」 であるバンジャマン・コンスタンやフランソワ・ギゾーに関心が偏重してきたが、2月革命後の第2帝政期に政治活動を始める自由主義 「第2世代」 は前世代と違って普通選挙制を受容することで初めて民主化する時代の政治座標軸として〈リベラル〉を形成しえた。具体的には、1863年の選挙の際に結成された 「リベラル連合」 のなかで理論形成の中心的な役割を担ったプレヴォ = パラドル (1829‒70) やE・ラブレー (1811‒83) の分権論に本稿では着目し、第2世代が自治 (政治教育) を争点に一つの党派としての〈リベラル〉を初めて形成しえたことを明らかにする。と同時に、同世代が前世代の自由主義者から継承する言論の自由や議会主義というリベラルな価値は保守主義者も共有しうる価値として提示されたことを指摘する。この考察を通じて、「経済優先の時代」 における政治座標軸の再検討という政治 (学) 的課題について、思想史研究の立場から取り組む。
著者
出版者
日本政治学会
雑誌
年報政治学 (ISSN:05494192)
巻号頁・発行日
vol.71, no.2, pp.2_213-2_236, 2020 (Released:2021-12-15)
参考文献数
38

グローバル化の進展とは相反するように、今世紀に入り各国で国家安全保障が政策領域として台頭してきた。国家安全保障は脅威やリスクに対する能力の強化という観点から主に議論されてきたが、それは国民 (Nationals) や国内社会との関係を含み、国民に如何に政策を提示し支持を得るかという国内関係から切り離すことができない。冷戦初期の米国におけるウォルファースとラスウェルの論稿は、国家安全保障が初めて政策名に冠された時代の目撃者ともいうべき論稿であるが、国家安全保障政策の必要性は認めつつも、それに伴う絶対性への警戒感を共有し、その国内関係へ重要な分析の視点を与えてくれる。ウォルファースは価値、規範性、主観と客観の齟齬、ラスウェルは市民的自由との対峙、民主的政治過程の担保、包括性から絶対的な国家安全保障の限界を指摘するが、それは冷戦初期の米国の国家安全保障政策への批判を越え、テロ、疫病など非伝統的安全保障の脅威が増す現代で、国民が政府に必要な保護を求めつつも、その政策を厳しく監視し評価するための議論の必要性を示唆する。そこには国民の不安や恐怖を軽減し、政府と国民との関係において如何に信用を確保するかという国家安全保障の隠れた課題が提示されているのである。