著者
日本サンゴ礁学会サンゴ礁保全委員会
出版者
日本サンゴ礁学会
雑誌
日本サンゴ礁学会誌 (ISSN:13451421)
巻号頁・発行日
vol.10, no.1, pp.73-84, 2008-12-01 (Released:2009-06-30)
参考文献数
31
被引用文献数
2

最近,造礁サンゴ移植の取組が活発になってきている。しかし,サンゴ礁保全・再生に移植がどの程度寄与するのか,また,どのようにすれば寄与できるのか,十分に検討されているわけではない。サンゴ礁生態系の攪乱要因は様々であり,これに対処するには移植だけでは不十分で,サンゴ移植は全体的なサンゴ礁保全策,統合沿岸管理の一部として位置づけるべきである。また,遺伝的攪乱やドナー群体の損傷など,移植が負の効果をもつ可能性を認識するとともに,不必要な開発の免罪符にされたり,より重要な保全行動へ向かうべき努力の「すり替え」に使われることには注意しなければならない。さらに,サンゴ礁の破壊と移植による再生のスケール,移植のコスト・便益も十分考慮し,システム技術として展開していく必要がある。移植活動は参加者にとってわかりやすく,サンゴ礁保全への導入点としては適している。このため,大きな普及啓発効果をもつと期待できるが,その後,より重要な保全策,例えば赤土・過剰栄養塩流入対策などにも運動を発展させられるかどうかが課題となっている。サンゴ移植の技術には大別して2種類の方法がある。天然海域からサンゴ断片を採取し,育成後,移植先に水中ボンド等で固定する「無性生殖を利用する方法」と,サンゴの卵や幼生を何らかの方法で採取し利用する「有性生殖を利用する方法」である。技術的な課題として特に重要なのは,移植適地の選定方法である。移植場所は,サンゴ幼生の自然加入が少ない,赤土の流入など陸域影響が少ない,高水温になりにくい,将来的に幼生の供給源となる可能性がある,等が選定基準となる。着生後のサンゴが減耗する要因として,漂砂や,死んだ枝状サンゴのレキ等が荒天時に海底を動いてサンゴを傷つけることが問題となっている。このため,サンゴを移植する場所,高さ,構造物などを決める際は,この点も意識するべきである。移植断片の固定方法には様々なものがあるが,サンゴが自分でしっかりと固着できるよう断片が容易に動かないこと,軟体部が基盤に接触することが重要である。有性生殖を利用する方法は,ドナー群体を傷つけることがなく,多様性のある種苗が使えるため有望だが,技術開発段階であり課題も多い。移植後の管理とモニタリングは,移植を成功させるために必須である。当然コストを伴うが,計画段階でこれを組み込んでおかなければならない。管理には,海藻類の除去,オニヒトデ等の食害生物の駆除,食害魚類対策などがある。モニタリングは,サンゴの生残率と成長を調べることが主となるが,サンゴの死亡要因や自然加入の状況なども記録しておくべきである。沖縄では造礁サンゴは原則採取禁止である。しかし,試験研究や養殖目的などでは,特別採捕許可をとることで採取が可能になる場合もある。特別採捕許可には,密漁の防止,ドナーサンゴの保護,流通段階での管理など課題が多いが,台風などで自然に断片化したサンゴ片を移植に利用する方法など,許可の運用を検討する余地もあると考えられる。
著者
中嶋 亮太 田中 泰章
出版者
日本サンゴ礁学会
雑誌
日本サンゴ礁学会誌 (ISSN:13451421)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.3-27, 2014 (Released:2014-09-02)
参考文献数
134
被引用文献数
1 6

造礁サンゴが透明で粘性のある有機物(サンゴ粘液)を海水中に分泌することは古くから良く知られてきた。この粘液はサンゴの生育に欠かせない生理的機能に関与しており,例えばストレスに対する防御や餌の捕獲,細胞内の代謝調節など,様々な理由から分泌される。粘液の化学成分は糖質,タンパク質,脂質などから成り,海水中に放出されると大部分は溶存態有機物として従属栄養細菌に利用されながら微生物ループに取り込まれていく。一方,高分子の粒状態有機物はその粘性ゆえ,海水中の粒子を次々に捕捉しながらサイズを増大させ,効率良く高次の栄養段階に取り込まれる。このように,サンゴ粘液は多様な経路でサンゴ礁の生物群集に取り込まれていき,生態系の物質循環を構成する上でなくてはならない有機物エネルギーとして機能している。本総説では造礁サンゴが放出する粘液の形や化学組成,生産速度,従属栄養生物群集に対する役割などについて紹介し,サンゴ粘液の重要性について生物地球化学的・生態学的観点からまとめる。さらにこれまでの研究の問題点を整理し,今後の研究の方向性を述べる。
著者
藤田 和彦
出版者
日本サンゴ礁学会
雑誌
日本サンゴ礁学会誌 (ISSN:13451421)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.57-77, 2013 (Released:2014-07-02)
参考文献数
104
被引用文献数
2

本論では,サンゴ礁海域に棲息する大型底生有孔虫の系統分類・生理・生態について概説する。大型底生有孔虫(large benthic foraminifer: LBF)とは,サンゴ礁海域に分布する,比較的サイズの大きな底生有孔虫の総称である。現生種では少なくとも2目6科24属に及ぶ。化石記録によると,全ての現世属は第四紀(更新世)以前に出現した。大型底生有孔虫は,渦鞭毛藻・緑藻・珪藻・紅藻など様々な分類群の微細藻類と細胞内共生する。微細藻との共生は,貧栄養で透明度が高く光が十分なサンゴ礁海域において有利な戦略である。共生藻の光合成への依存度は,大型底生有孔虫の分類群によって異なり,ミリオリダ目有孔虫はロタリイダ目有孔虫よりも光合成に依存しない。各分類群にみられる形態形質には微細藻との共生への適応と考えられるものが多い。大型底生有孔虫の形態進化には微細藻との共生が駆動力となった可能性がある。大型底生有孔虫は細胞の増加に伴って室を付加させながら成長する。ガラス質殻を造るロタリイダ目有孔虫と磁器質殻を造るミリオリダ目有孔虫との間で室形成過程や細胞内の石灰化機構が異なる。大型底生有孔虫は二形性または三形性と呼ばれる生活環を示す。有性生殖は,成熟したガモントが配偶子を水中に放出する方法で行われる。無性生殖は多分裂による増員生殖であり,殻内または殻外で起こる。大型底生有孔虫の生物地理は,大きく西太平洋区,インド洋~中央太平洋区,インド洋西側から中東にかけての地区,カリブ海及び大西洋地区に区分される。共生藻をもつ大型底生有孔虫は光が届く有光層(水深0~130m)に分布する。水深や礁原の環境勾配に対して分類群間で棲み分けがみられる。大型底生有孔虫は海藻(海草)・礫・堆積物の表面に棲む。大型底生有孔虫の個体群密度や個体群構造は棲息環境や季節によって異なる。亜熱帯海域では春から夏に小型個体が増えて個体群密度が増加し,秋から冬にかけて徐々に死亡して個体群密度が減少する。大型底生有孔虫の寿命はほとんどの種が数ヶ月から1.5年の範囲にある。大型底生有孔虫の種による生存曲線の違いには,無性生殖様式と幼生のサイズが関係する可能性がある。サンゴ礁海域における大型底生有孔虫の殻(炭酸塩)生産量は,おおよそ10~103g CaCO3 m-2 yr-1である。
著者
深見 裕伸 野村 恵一 目﨑 拓真 鈴木 豪 横地 洋之
出版者
日本サンゴ礁学会
雑誌
日本サンゴ礁学会誌 (ISSN:13451421)
巻号頁・発行日
vol.23, no.1, pp.21-26, 2021 (Released:2021-06-04)
参考文献数
17

有藻性イシサンゴ類の分類体系および和名の大幅な変更,また,サンゴの種同定問題などに起因するサンゴの分類関連の混乱の解消および問題の解決のため,「解説:サンゴ分類の話 連載」を開始する。手始めにサンゴの和名問題を取り上げ,特に和名の混乱が認められるクシハダミドリイシ/ナンヨウミドリイシについて解説する。形態や遺伝子解析,記載論文やタイプ標本の調査から判断した結果,日本国内の全てのクシハダミドリイシ様集団は,種単位ではなく「種群」として扱い,“Acropora hyacinthus species complex”(簡易版:Acropora hyacinthus complex)「クシハダミドリ種群」とするのが適切であると結論付けた。しかしながら,一般的に「種群」が使用されない場合が多いため,次善策としては,本種群の整理が完了するまで,和名のナンヨウミドリイシは使用せず,Acropora hyacinthus クシハダミドリイシの使用を推奨する。
著者
樋口 富彦 湯山 育子 中村 崇
出版者
日本サンゴ礁学会
雑誌
日本サンゴ礁学会誌 (ISSN:13451421)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.47-64, 2014 (Released:2014-09-02)
参考文献数
93
被引用文献数
1

サンゴ礁生態系は近年,人為起源によると考えられる様々なストレスに晒されており,その衰退が危惧されている。造礁性サンゴ類(以降略してサンゴと記載)はストレスを受けた際,『白化現象』をはじめ様々な応答を示す。サンゴはストレスに対する防御機構を備え持つと考えられているが,その機能の多くが解明されていないのが現状である。造礁性サンゴのストレス防御機構を知ることは,白化現象等,環境変化により生じる変化に対処する方法を探索することにもつながるため重要となる。近年,遺伝子解析技術の向上により,造礁性サンゴの一種であるコユビミドリイシの全ゲノム解読が完了したことから,今後サンゴのストレス防御機構についての研究が飛躍的に進むことが期待されている。本総説では,高水温や強光など環境ストレスに対する造礁性サンゴのストレス応答について,遺伝子,生理および生態の多角的な視点から理解の現状をまとめる。また,抗酸化物質やマイコスポリン様アミノ酸,蛍光タンパク質などサンゴの持つストレス防御機構についての知見をまとめ,今後サンゴのストレス耐性や防御に関する研究を進める上での展望を述べる。
著者
比嘉 義視 新里 宙也 座安 佑奈 長田 智史 久保 弘文
出版者
日本サンゴ礁学会
雑誌
日本サンゴ礁学会誌 (ISSN:13451421)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.119-128, 2017 (Released:2018-04-20)
参考文献数
11
被引用文献数
6 8

恩納村漁協では,サンゴ礁保全に積極的に取り組むため,1998年から養殖やサンゴの植え付けにより親サンゴを育て,これら親サンゴが産卵することでサンゴ礁の自然再生を助ける「サンゴの海を育む活動」を行ってきた。この活動の一環として,砂礫底に打ち込んだ鉄筋の上や棚上でサンゴを育成する「サンゴひび建て式養殖」と呼ばれる方法を行っている。養殖しているサンゴは,2017年3月末現在で約24,000群体,養殖している種類は11科15属54種である。サンゴ養殖の効果として,一年間の養殖群体の産卵数が約57億,産卵後2日後の幼生数は約27億が供給されると期待される。また,養殖サンゴに棲み込む魚は,スズメダイ科Pomacentridae魚類を中心として約33種,約67万個体と推定された。養殖しているウスエダミドリイシAcropora tenuis 163群体の遺伝子型を調べたところ,これらは81群体由来であることが判明した。2016年夏季には,高水温により恩納村地先でも大規模な白化現象が見られたが,養殖サンゴの生存率は,養殖場周辺に植付けたサンゴや天然サンゴの生存率と比較して高かった。サンゴひび建て式養殖で大規模にサンゴを育成することは,サンゴ礁再生の一助になるものと期待できる結果となった。
著者
大森 信
出版者
日本サンゴ礁学会
雑誌
日本サンゴ礁学会誌 (ISSN:13451421)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.1-9, 2016 (Released:2016-10-13)
参考文献数
23
被引用文献数
2 2

いろいろなさんご礁修復再生事業や港湾開発に伴うサンゴ移設事業でサンゴ幼生の着生基盤として採用され,大量に用いられている連結式サンゴ幼生着床具CSD(Okamoto et al. 2008)はそれほど効果のある人造基盤ではない。CSDをほかの3種の基盤(ホタテガイ貝殻,素焼き褐色陶板,自然分解樹脂ネット)と比較した結果,幼生の着生数密度は何れの場所でも素焼き褐色陶板がもっとも高かった。6ヶ月後の稚サンゴの生残率はCSDがほかの基盤より勝った。今日では明らかなことであるが,幼生の多くは基盤の表面に生じたサンゴモ(無節石灰藻)やバクテリアフィルムからの特定の化学シグナルの刺激によって着生・変態するのであって,基盤の素材は結果を左右する要因にはならない。着生・変態の過程は,1)着生シグナル受容→2)着生行動→3)着生→4)変態,の4段階からなる。基盤の評価は,1)着生・変態,2.育成,3.植え込み,4.その後,の4段階を総合してなされるべきである。幼生の着生率や着生後の生残率は基盤の構造や形状の物理的特性にも影響される。平板な基盤の場合は,サンゴは縁辺部に付きやすく,水平面より鉛直面での生存率が高い。また,稚サンゴがウニや魚類の食害から逃れやすい構造であるものが望ましい。最良の人造基盤は,サンゴ幼生の着生・変態への誘引効果をもつばかりではなく,着生後の生残率が高く,さらに,植え込み作業や運搬が容易で,波浪に強く,はがれにくいものである。
著者
山崎 敦子
出版者
日本サンゴ礁学会
雑誌
日本サンゴ礁学会誌 (ISSN:13451421)
巻号頁・発行日
vol.24, no.1, pp.29-45, 2022 (Released:2023-01-31)
参考文献数
104

サンゴ礁が分布する熱帯・亜熱帯域は栄養塩濃度が著しく低く,継続的な観測地点も少ないため,その挙動を理解するには未だ研究の余地がある。塊状の造礁サンゴの骨格は樹木のように年輪を形成し,その地球化学分析によって低緯度域での栄養塩挙動を高時間解像度で復元することができる。本稿では,造礁サンゴ骨格の栄養塩指標であるバリウム/カルシウム比,カドミウム/カルシウム比,リン/カルシウム比,窒素同位体比の開発の履歴とその特徴を紹介し,これまで明らかになってきたサンゴ礁への栄養塩の起源とその時空間変化をまとめた。また,先行研究による造礁サンゴの窒素同位体比分布と硝酸濃度の分布を比較した結果,亜熱帯循環の縁辺部と内側では窒素同化と窒素固定がそれぞれ盛んに起こっており,栄養塩の供給源に違いがあることがわかった。さらに造礁サンゴ骨格の窒素同位体比から明らかになった北太平洋亜熱帯循環の西側縁辺部である黒潮流域の栄養塩供給の履歴とそれに伴う沿岸環境の変動を示した。
著者
磯村 尚子 渡邊 謙太 西原 千尋 安部 真理子 山城 秀之
出版者
The Japanese Coral Reef Society
雑誌
日本サンゴ礁学会誌 (ISSN:13451421)
巻号頁・発行日
vol.12, pp.41-48, 2010

沖縄県名護市大浦湾のアオサンゴ群集は,その大きさと特異な形状から保全が求められており,大浦湾のサンゴ礁生態系を代表する存在である。2009年に見られたアオサンゴの白化は,オオギケイソウがサンゴ表面に繁茂することでサンゴにダメージを与え,健康な状態を阻害された結果起きたものと考えられている。今回,アオサンゴ上にオオギケイソウとは異なる藻体が発見された。慶良間諸島で確認されたアミメヒラヤギにからむクダモの状況と類似していたことから,藻体はシアノバクテリアであると考えた。サンゴ礁域では,栄養塩の増加によって大発生したシアノバクテリアがサンゴにからみついてサンゴが死亡した例や,複数属のシアノバクテリアが引き起こす致死性の病気が知られている。そこで本研究では,大浦湾のアオサンゴ群体表面とその周辺の岩盤から採集した藻体の形態を顕微鏡で観察し,また16SrDNA配列を調べて,既知のシアノバクテリアの配列と比較して藻体の正体を明らかにし,さらにシアノバクテリアがアオサンゴへ及ぼす影響について検討することを目的とした。解析の結果,アオサンゴと岩盤から得られた藻体は,レプトリングビア属を始めとした複数属および複数種からなるシアノバクテリアのコンソーシアムであることがわかった。この中には,海水中の栄養塩濃度が高まると大量発生することもある<I>Lyngbya majuscula</I>や<I>Hydrocoleum lyngbyaceum</I>が含まれていた。今回確認されたシアノバクテリアがアオサンゴ群体に与えている影響は現段階では小さいと考えられるが,微少な生物ながらその繁茂については警戒が必要である。
著者
山野 博哉
出版者
日本サンゴ礁学会
雑誌
日本サンゴ礁学会誌 (ISSN:13451421)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.41-49, 2017

<p>サンゴ礁は近年急速に衰退しており,その大きな原因の一つが高水温による白化現象である。気候モデルによる予測によって,サンゴ礁の将来は気候変動シナリオによって大きく異なり,サンゴ礁の保全には温室効果ガスの排出削減が必要であることが示された。温室効果ガスの排出を削減するとともに,現在起こっているサンゴ礁の衰退に対処し保全を行うことが必要である。サンゴ礁保全に関して国際・国内において様々な取組がなされており,日本では,2016年に起こった大規模白化現象を受けて「サンゴの大規模白化現象に関する緊急宣言」が取りまとめられた。今後,気候変動対策との連携を深め,温室効果ガスの排出削減とともに,気候変動の影響の適応策を立案し実施することが必要とされている。</p>
著者
藤田 道男 山崎 麻里 藤田 和也
出版者
日本サンゴ礁学会
雑誌
日本サンゴ礁学会誌 (ISSN:13451421)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.51-59, 2017 (Released:2018-04-20)
参考文献数
1

気候変動等により影響を受ける脆弱なサンゴ礁生態系を保全するためには,国,地方公共団体,事業者,研究者,国民といったあらゆる主体が気候変動対策及びサンゴ礁生態系の保全に向けた取組を理解し行動していくことが重要である。本稿では,環境省の取組として,サンゴ礁生態系に影響を与える気候変動の現状及び将来予測を紹介し,パリ協定の目標達成に向けて各主体が取り組むべき気候変動対策について解説するとともに,「サンゴ礁生態系保全行動計画2016-2020」について概説し,最後に,西表石垣国立公園の石西礁湖におけるサンゴ礁生態系保全の取組の内容について解説する。
著者
比嘉 義視 新里 宙也 座安 佑奈 長田 智史 久保 弘文
出版者
日本サンゴ礁学会
雑誌
日本サンゴ礁学会誌 (ISSN:13451421)
巻号頁・発行日
vol.19, no.1, pp.119-128, 2017
被引用文献数
8

<p>恩納村漁協では,サンゴ礁保全に積極的に取り組むため,1998年から養殖やサンゴの植え付けにより親サンゴを育て,これら親サンゴが産卵することでサンゴ礁の自然再生を助ける「サンゴの海を育む活動」を行ってきた。この活動の一環として,砂礫底に打ち込んだ鉄筋の上や棚上でサンゴを育成する「サンゴひび建て式養殖」と呼ばれる方法を行っている。養殖しているサンゴは,2017年3月末現在で約24,000群体,養殖している種類は11科15属54種である。サンゴ養殖の効果として,一年間の養殖群体の産卵数が約57億,産卵後2日後の幼生数は約27億が供給されると期待される。また,養殖サンゴに棲み込む魚は,スズメダイ科Pomacentridae魚類を中心として約33種,約67万個体と推定された。養殖しているウスエダミドリイシ<i>Acropora tenuis</i> 163群体の遺伝子型を調べたところ,これらは81群体由来であることが判明した。2016年夏季には,高水温により恩納村地先でも大規模な白化現象が見られたが,養殖サンゴの生存率は,養殖場周辺に植付けたサンゴや天然サンゴの生存率と比較して高かった。サンゴひび建て式養殖で大規模にサンゴを育成することは,サンゴ礁再生の一助になるものと期待できる結果となった。</p>
著者
深見 裕伸
出版者
日本サンゴ礁学会
雑誌
日本サンゴ礁学会誌 (ISSN:13451421)
巻号頁・発行日
vol.15, no.1, pp.107-113, 2013 (Released:2014-07-02)
参考文献数
17
被引用文献数
1 1

近年発表されたイシサンゴ類の分子系統解析の結果および詳細な形態解析を基に,2012年にAnn Budd博士らによって,オオトゲサンゴ科およびキクメイシ科の分類体系の改変が行われた。この改変では,大西洋産のオオトゲサンゴ科およびキクメイシ科を独立した科として扱うこととし,それに伴い太平洋産の両科およびいくつかの属も改編される運びとなった。特に,これまで一般的に良く利用されていた科であるMussidaeやFaviidae,さらに属のFaviaやMontastraeaが大西洋限定となったために,これらの科および属名の変更が行われた。そのため,今後の論文投稿でもかなりの混乱が予想される。そこで本稿では,これらの改変された理由および現時点での改変をまとめた。
著者
豊島 淳子 灘岡 和夫
出版者
日本サンゴ礁学会
雑誌
日本サンゴ礁学会誌 (ISSN:13451421)
巻号頁・発行日
vol.18, no.1, pp.11-24, 2016 (Released:2017-03-22)
参考文献数
35
被引用文献数
4

日本のサンゴ礁海域では,スキューバダイビングをはじめとする観光業や漁業などの経済活動が行われているが,その利用にあたっては異なる業種間での利害の対立や軋轢などがあり,沿岸資源管理の効率を妨げている。これまでに,日本各地でこのような対立が個別に発生し,各地で解決のための努力がなされてきたが,本研究では,これらの事例を横断的に比較することにより,両者が協調して海域の資源管理を行うためにどのような要件が必要かを明らかにすることを試みた。その結果,解決に至る共通点として①観光業者と漁業者が共同して協議会組織を設立し調整の場を設けること,②観光客(ダイバー)から利用料を徴収して保全活動を行うこと,の2点が特に有効であると考えられることがわかった。そして,この環境保全に関する料金徴収の仕組みを,類似する「生態系サービスへの支払い(payment for ecosystem services : PES)」制度と比較検討することにより,PESの概念をさらに発展的に適用することで,より効果的な沿岸生態系保全・管理スキームへと発展させ得る可能性が示唆された。
著者
中嶋 亮太 田中 泰章
出版者
日本サンゴ礁学会
雑誌
日本サンゴ礁学会誌 (ISSN:13451421)
巻号頁・発行日
vol.16, no.1, pp.3-27, 2014
被引用文献数
6

造礁サンゴが透明で粘性のある有機物(サンゴ粘液)を海水中に分泌することは古くから良く知られてきた。この粘液はサンゴの生育に欠かせない生理的機能に関与しており,例えばストレスに対する防御や餌の捕獲,細胞内の代謝調節など,様々な理由から分泌される。粘液の化学成分は糖質,タンパク質,脂質などから成り,海水中に放出されると大部分は溶存態有機物として従属栄養細菌に利用されながら微生物ループに取り込まれていく。一方,高分子の粒状態有機物はその粘性ゆえ,海水中の粒子を次々に捕捉しながらサイズを増大させ,効率良く高次の栄養段階に取り込まれる。このように,サンゴ粘液は多様な経路でサンゴ礁の生物群集に取り込まれていき,生態系の物質循環を構成する上でなくてはならない有機物エネルギーとして機能している。本総説では造礁サンゴが放出する粘液の形や化学組成,生産速度,従属栄養生物群集に対する役割などについて紹介し,サンゴ粘液の重要性について生物地球化学的・生態学的観点からまとめる。さらにこれまでの研究の問題点を整理し,今後の研究の方向性を述べる。
著者
山崎 敦子 渡邊 剛 岨 康輝 中地 シュウ 山野 博哉 岩瀬 文人
出版者
日本サンゴ礁学会
雑誌
日本サンゴ礁学会誌 (ISSN:13451421)
巻号頁・発行日
vol.11, no.1, pp.91-107, 2009-12-01 (Released:2010-08-07)
参考文献数
34
被引用文献数
2 4

温帯域の造礁性サンゴは地球温暖化や海洋酸性化の影響を敏感に反映し,骨格に記録していることが期待される。温帯域に生息する造礁性サンゴ骨格を用いた古環境復元の可能性を検討するため,高知県土佐清水市竜串湾において塊状のPorites lutea(コブハマサンゴ)骨格のコア試料を採取し,骨格の酸素・炭素同位体比分析及び軟X線画像解析,蛍光バンド観察を行った。現場の水温変化と比較するとサンゴ骨格の酸素同位体比には低水温が反映されていなかった。また軟X線画像解析の結果,低水温時には高密度バンドを形成し,骨格伸長量及び石灰化量が高水温時に比べ大きく減衰することがわかった。以上の結果からも本研究試料のサンゴは低水温時に骨格成長速度が著しく低下していると考えられる。炭素同位体比の値は2001年から2008年にかけて増大傾向にあった。蛍光バンドは2001年から2005年の間で強く観察された。また,2001年に竜串湾で起こった集中豪雨による懸濁物質の流入から竜串湾の濁度は数年間を経て減少しており,サンゴの光合成量が徐々に増大していることが示唆された。本研究試料は今後,コア全尺の分析により過去数百年間の海水温の変化を検出できる可能性がある。また,同時に竜串湾沿岸の開発や漁業,災害を記録していると考えられ,長期間にわたる竜串湾の歴史を復元できることが期待される。