著者
秋本 祐希 蓑輪 眞
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.65, no.1, pp.25-29, 2010-01-05 (Released:2020-01-18)
参考文献数
38

強い相互作用のCP問題の解決に伴って存在を予言されている,電気的に中性の擬スカラー粒子アクシオンの探索実験について述べる.アクシオンが存在すれば,太陽の中心部でプリマコフ変換に発生することが予測されている.われわれの開発した東京アクシオンヘリオスコープは,強い磁場中でアクシオンをX線に変換することにより,この太陽アクシオンの探索実験を行っている.
著者
Tomio Petrosky 野場 賢一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.2, pp.121-126, 2017-02-05 (Released:2018-02-05)
参考文献数
10

我々の太陽は数十万個以上の小惑星群によって帯状に囲まれている.火星と木星の間に数多く存在している小惑星の長半径方向の空間分布は縞構造をしており,バンド構造を持っている.また,その分布上の縞構造のギャップの位置が小惑星の振動数と木星の振動数が単純な整数比になるところに存在している事実から,このギャップが現れる定性的な根拠は木星の運動と小惑星の運動の間の共鳴効果によるものであることがわかる.しかし,古典力学では共鳴効果が系の運動の恒量を破壊してしまうために非可積分となり,軌跡を扱う力学の常套手段である正準変換によって系の定量的な振る舞いを解析的に論じることが原理的に不可能になっている.本稿では,その定量的な分析をするために,少数系の古典力学で伝統的に使われてきた軌跡力学とは全く別で,それとは相補的なリウビル力学の立場から,どのようにこのギャップの大きさが評価されるかを紹介する.筆者の一人(TP)は非平衡統計力学を長年研究テーマとしてきて,古典力学でも量子力学のハイゼンベルグ表示に対応する物理量の時間変化を記述する方法と,シュレディンガー表示に対応する状態関数の時間変化を記述する方法があることに深い関心を持っていた.古典力学ではハイゼンベルグ表示に対応する記述法の基本方程式はハミルトンの運動方程式であり,シュレディンガー表示に対応する記述法の基本方程式はリウビル方程式である.非平衡統計力学では自由度の数があまりにも多く,その系に対応するハミルトン方程式を全部書き下すことができない.そのことから,この分野では状態関数というたった一つの関数の時間変化を記述するリウビル方程式を追うことにして,リウビリアンやそれに類似したボルツマン方程式の発展の生成演算子である衝突演算子の固有値問題の解から,系の力学的性質を分析する.そして,これらの古典力学的演算子にも,量子力学のハミルトニアンと同じように連続スペクトルを持つ場合もあれば,典型的なガス系のように不連続スペクトルを持つ場合もあることはよく知られている.それなら,リウビリアンにも結晶中の電子のハミルトニアンのようにバンド構造を持つ場合があるのでないか.もしそうなら,リウビリアンの物理的次元が振動数であることから,Keplerの第3法則によって振動数スペクトルのバンド構造はそのまま小惑星の空間分布の長半径方向のギャップを与えるのではないか,という考えを筆者の一人(TP)は大分以前から暖めていた.最近になって,日本の物性物理学者の何人かの友人と議論することによって,摂動の影響で共鳴点上でのハミルトニアンの固有値の縮退が解け,準位反発によって電子のエネルギーギャップが起こるのと同様な数学的メカニズムで,小惑星の振動数スペクトルにも木星の摂動で準位反発が起こり,ギャップが現れることを見出した.この取り扱いでは,たとえ古典力学の非可積分系であっても,縮退のある場合のよく知られた摂動論を使って,そのギャップを定量的に論じられる可能性を与えてくれる.

2 0 0 0 OA 弦理論と数論

著者
黒川 信重
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.43, no.12, pp.951-953, 1988-12-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
22

素粒子の弦理論の一つの特徴は, 数論の様々な性質が深く使われている点にある. 数論の大きなテーマは保型形式とゼータ関数である. ここでは弦理論で使われてきた数論の結果を保型形式を中心として概観し(§1), 弦理論から得られるゼータ関数の値に関する結果に触れる(§2). さらに, p進弦理論(Volovich)や類体論の非可換版も視野に含む一般の体上の弦理論(Wittcn)に言及する(§3). 数論を弦理論に応用することは自然であるが, 現在は既に弦理論を用いて数論を研究する段階に来ていると思われる.
著者
馬渡 峻輔
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.53, no.4, pp.266-273, 1998-04-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
17
被引用文献数
1

生物の示す複雑性の一つ, 種多様性species diversityを研究し, 理解する学問が分類学である. この稿では分類学を説明することで, 種多様性を理解するとはどういうことか考えてみたい.
著者
津田 俊輔 横谷 尚睦 木須 孝幸 辛 埴
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.57, no.4, pp.258-262, 2002

光電子分光のエネルギー分解能はここ20年で2桁向上し, 最近では1meVに迫る分解能も得られるようになった. その結果, 光電子分光測定からも固体物性を支配するフェルミ準位極近傍の数meVという微細なエネルギースケールを持った電子構造を直接的に観測できるようになった. 本稿では超高分解能化および測定試料温度の低温化により拓かれた微細な電子構造に関する光電子分光研究を, 最近発見されたMgB<SUB>2</SUB>超伝導体を例に紹介する.
著者
谷口 義明
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.11, pp.744-752, 2014

私たちは銀河系(天の川銀河)という銀河に住んでいる.銀河系には約2,000億個もの星があり,その大きさは10万光年にも及ぶ(1光年は光が1年間に進む距離で,約10兆km).宇宙には銀河系のような銀河が1,000億個程度あると考えられている.銀河には渦巻構造を持つ円盤銀河と回転楕円体構造を持つ楕円銀河(天球面に投影して観測すると見かけ上が楕円に見えるため楕円銀河と呼ばれる)がある.円盤銀河の円盤はもちろん回転運動をしている.楕円銀河の構造は星々のランダム運動(速度分散)でサポートされている場合が多いが,少なからず回転運動もしている.角運動量を持たない銀河はないということである.回転している銀河には中心があり,その場所は銀河中心核と呼ばれる.確かに銀河の写真を見てみると,銀河の中心部は明るい.そこには星の集団があるのだろうと考えられていたが,どうもそうではないケースがあることがわかった.1960年代のことである.銀河の中には,中心部が異様に明るく輝いているものがあり,それらは活動銀河中心核と呼ばれる.これらの中心核から放射されるエネルギー量は星の集団では説明できない.そのため,超大質量ブラックホールによる重力発電が有力なエネルギー源であると考えられるようになった.つまり,銀河中心核にある超大質量ブラックホールに星やガスが降着し(質量降着と呼ばれる),そのときに解放される重力エネルギーを電磁波に変換して明るく輝いているというアイデアである.では,活動銀河核を持つ銀河は特別で,普通の銀河の中心核には超大質量ブラックホールはないのだろうか?答えはノーである.最近の10数年の研究によって,ほとんどすべての銀河の中心には超大質量ブラックホールが存在することが明らかになってきたのである.その結果,驚くべきことがわかった.超大質量ブラックホールの質量は銀河の回転楕円体成分(スフェロイド:円盤銀河の場合はバルジと呼ばれる構造であり,楕円銀河の場合は銀河本体)の質量と非常に良い比例関係を示すことである.両者のサイズは約10桁も異なっているので,なぜこのような驚くべき関係があるのか大きな問題としてクローズアップされたのである.なぜなら,この事実は,ブラックホールが銀河と共に進化してきたことを意味するからだ.ブラックホールの重力圏は銀河のスケールに比べれば極端に小さいので,共進化はブラックホールと銀河とがお互いに何らかのフィードバックを与えつつ進化してきたことを意味する.さらに,最近では,宇宙の年齢がわずか8億歳の頃に,太陽質量の10億倍を超える超大質量ブラックホールが既に形成されていることが発見され,その起源も謎となっている.このような超大質量ブラックホールを短期間で作るには,種となるブラックホールの形成のみならず,どのような物理過程でブラックホールが大質量を獲得していくのかは不明のままである.銀河衝突などのトリガーの要素も取り入れた研究が行われている.本稿では,観測的な進展も合わせて,超大質量ブラックホールと銀河の共進化についての現状を解説し,今後の研究の展望について言及する.

2 0 0 0 OA イルカのなぞ

著者
種子田 定俊
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.28, no.7, pp.552-561, 1973-07-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
38

イルカは普通の動物の筋肉の能力から予想されるよりもはるかに速く泳ぐことで知られている. そのことから, イルカが泳ぐときの流体摩擦抵抗は, 同じ形の剛体が同じ速度で進行するときよりも, はるかに小さいのではないかと推測されている. 流体力学的に見てその可能性が存在するだろうか?
著者
藤 博之
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.68, no.12, pp.801-809, 2013-12-05 (Released:2019-10-17)

結び目のJones多項式とChern-Simonsゲージ理論との関係が明らかとなって以来,量子場の理論は結び目不変量の研究にしばしば影響をもたらしてきた.特にここ10年の進展では,結び目不変量の研究においては「圏化」と呼ばれる概念が導入され,新たなクラスの結び目不変量が発見されており,一方理論物理学では弦理論において「D-ブレーン」の概念が導入され,結び目不変量に対する物理的理解がより深まっている.近年ではこれらの観点を融合し,結び目不変量の圏化によって得られた結び目不変量を統一的に取り扱う枠組みの研究が進展を遂げ,興味深い結果が得られてきた.本稿では,これらの研究に関する進展の概要を紹介する.
著者
高柳 匡 西岡 辰磨 笠 真生
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.6, pp.361-369, 2014-06-05 (Released:2019-08-22)

重力を含む全ての力を統一すると期待される超弦理論は,AdS/CFT対応と呼ばれる重力理論と場の理論の等価性(ホログラフィー原理)を予言する.近年,この考え方を量子多体系の物理や物性物理学へ応用する動きが高まっており,高温超伝導体などに代表される強相関量子多体系において,普遍的と期待される性質が重力理論を用いて盛んに解析されている.その中でも特に「エンタングルメント・エントロピー」と呼ばれる,量子多体系の量子状態の量子的なもつれを測る指標が注目を集めている.ホログラフィー原理に基づくと,量子臨界点にある量子多体系のエンタングルメント・エントロピーは,反ド・ジッター空間中の「曲面の最小面積」で与えられる.従来の複雑な計算方法と異なり,このホログラフィック公式は相互作用する系に適用可能な新たな解析方法である.一方,量子情報理論および数値物性理論では,量子系の波動関数を,しばしばテンソルネットワークと呼ばれる形式で表示し,波動関数に含まれるエンタングルメントの見積もりが行われる.ホログラフィー原理とテンソルネットワークは,一見何の関係もないように見える.ところが最近の研究では,テンソルネットワークを用いて異なったエネルギースケールでのエンタングルメントの記述を考えると,自然に反ド・ジッター空間中の曲面の構造が現れることがわかってきた.このように,エンタングルメント・エントロピーを通じて,量子多体系,量子重力理論,量子情報理論の間の関係性が明らかになりつつある.特に,ホログラフィック公式とテンソルネットワークの類似性は,重力理論における時空そのものが量子エンタングルメントの集合体であるという,全く新しい見方を提起している.本記事では,ホログラフィック公式を中心に,この3つの分野におけるエンタングルメント・エントロピーに関する最近の発展を解説する.まず2節では量子多体系のエンタングルメント・エントロピーを導入し,強劣加法性などの基本的性質について述べる.また,エンタングルメント・エントロピーのスケーリングが,量子多体系の種々の相を区別するのに有効な指標であることを見る.次の3節では系のエネルギースケールを変えたときのエンタングルメントの変化を考察する.特に系が持つ「有効自由度」はエネルギーが低くなるにつれ減少するはずだが,そのような有効自由度を測る関数が,エンタングルメント・エントロピーを用いることで具体的に構成できることを示す.4節ではまずホログラフィー原理の具体例であるAdS/CFT対応を解説し,重力理論を用いたエンタングルメント・エントロピーのホログラフィック公式を導入する.その後,この公式が重要な性質である強劣加法性を満たすことを確認し,AdS/CFT対応で記述される非フェルミ流体に触れる.最後に5節ではMERAと呼ばれる,繰り込み群の考え方に基づいた量子多体系のテンソルネットワーク波動関数を紹介し,MERAとAdS/CFT対応におけるホログラフィック公式の類似性を考察する.
著者
戸塚 洋二
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.42, no.5, pp.442-453, 1987-05-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
23

加速器を使用しない素粒子実験が最近高エネルギー実験の中で一つのフィールドを占めるようになってきた. その目的とするところは稀現象の観測を通して間接的に超高エネルギーでの素粒子反応を研究することにある. 特に大統一理論を実験的に検証すべく始められた陽子崩壊実験が本格的かつ大規模な非加速器素粒子実験の典型的なものである. 最近ではニュートリノの性質を調べるのに宇宙線による大気ニュートリノや太陽ニュートリノの系統的な観測が行われようとしている. ここでは神岡におけるわれわれのアクティビティを中心として非加速器素粒子実験の現状を紹介したい.
著者
藤垣 裕子
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.65, no.3, pp.172-180, 2010-03-05 (Released:2020-01-18)
参考文献数
17
被引用文献数
1

本稿では,現代における科学者の社会的責任について考える.責任を呼応可能性,応答可能性という意味で捉え直して再整理すると,現代の科学者の社会的責任は,(1)科学者共同体内部を律する責任(Responsible Conduct of Research),(2)知的生産物に対する責任(Responsible Products),(3)市民からの問いへの呼応責任(Response-ability to Public Inquiries)の3つに大きく分けられることが示唆される.この3つの区分を,ジャーナル共同体(専門誌共同体)との関係を用いながら考察し,最後にカテゴリー間の葛藤について考える.