著者
植松 英穂 竹田 辰興 西尾 成子
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.56, no.6, pp.395-402, 2001-06-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
6

日本において,制御核融合の研究が開始されて約50年経った.当時,天体,原子核,素粒子,宇宙線,放電,溶接などの分野の研究者たちによって核融合を志向する研究が始まった.そのとき,まず研究体制が議論され,さしあたって基礎研究を進めることで合意が得られた.その後,実験装置の大型化が進められるようになり,特に,この十数年で国際協力としての研究開発が盛んになった.本稿では,研究開発の巨費化がはじまる前の時代に焦点を当て,日本の制御核融合研究の跡をたどる.
著者
田中 純一
出版者
一般社団法人日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.69, no.2, pp.83-92, 2014-02

欧州原子核研究機構(CERN)においてATLAS実験とCMS実験は2012年7月4日に「ヒッグス粒子らしい新粒子を発見した」として合同セミナー及び記者会見を行った.その粒子の性質については十分理解できていないことから学術的な正確さを期すため「らしい」という言葉を補ったが,この研究に携わった多くの研究者にとって約50年にわたって探し続けてきた「ヒッグス粒子」発見の歴史的な発表であった.素粒子の標準理論には12種類のフェルミオン(クォークとレプトン),4種類のゲージボソン,そして1種類のヒッグス粒子,合計17種類の素粒子が存在する.この17個の素粒子によりこの世界の物質とその間の相互作用が非常に上手く記述できることがこれまでの数々の実験から示されてきた.しかしながら,この17個の素粒子の中でヒッグス粒子は唯一その存在が実験で確認されていなかった粒子で,他の素粒子に「質量を与える」メカニズムの証拠となる素粒子である.そもそもゲージ不変性を基本原理としている標準理論では素粒子は一般に質量を持つことができない.そのためW/Zボソンや電子等の素粒子が質量を持っているという観測事実は標準理論では説明できないように思えるが,1964年にピーター・ヒッグスらは,標準理論に自発的対称性の破れを応用することでローカルゲージ不変性を保ちつつ,素粒子に質量を与えることに成功した.これがヒッグス機構であり,その副産物としてヒッグス粒子と呼ばれるスカラー粒子が予言された.したがって,素粒子の質量の起源であるヒッグス粒子を発見することは標準理論を完成させる上で必要不可欠であり,ある意味標準理論において残された最後の,そして最重要研究テーマであった.2012年7月,標準理論のヒッグス粒子探索の研究においてATLAS実験は統計的有意度5.9σ,CMS実験は5.0σの事象超過を質量126GeV付近に発見した.先に述べたようにこの時点では「らしい」という言葉を補っていたが,2012年12月まで取得したすべてのデータを使って研究を進めた結果,2013年3月に結合定数の強さが標準理論と無矛盾であることやスピン・パリティが0^+であるという強い示唆を得たため,この新粒子は「らしい」がとれて晴れて"a Higgs boson"となった.その根拠となる様々な結果は本文に譲って,ここでは3つの結果を挙げる.標準理論のインプットパラメータの一つであるヒッグス粒子の質量はATLAS実験125.5±0.2(stat.)^<+0.5>_<-0.6>(syst.)GeV,CMS実験125.7±0.3(stat.)±0.3(syst.)GeVである.標準理論のヒッグス粒子に対する信号の強さ(標準理論であれば1となるパラメータ)はATLAS実験1.33^<+0.21>_<-0.18>(125.5GeV),CMS実験0.80±0.14(125.7GeV)で標準理論のヒッグス粒子の信号と無矛盾である.また,この粒子のスピン・パリティについては0^+に対して0^-,1^±,2^+のモデルは97.8%CL(以上)で排除した.このヒッグス粒子が標準理論のヒッグス粒子かどうかをより精度良く見極めるためには更にデータが必要である.標準理論の素晴らしさをより一層実感するか,それとも標準理論を超えた物理を垣間見るか,LHC実験の再開が非常に楽しみである.
著者
土浦 宏紀 小形 正男 田仲 由喜夫 柏谷 聡
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.58, no.4, pp.254-257, 2003-04-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
18

銅酸化物超伝導体中に不純物原子をドープすると,そのまわりに準粒子の束縛状態が形成される.走査型トンネル顕微鏡技術の進歩と相俟って,この生活状態の理解がここ数年で飛躍的に進んだ.本稿では,もっとも理解の進んでいるZn不純物近傍の束縛状態について,実験結果とその理論的解釈を紹介する.
著者
伊藤 憲二
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.71, no.8, pp.558-562, 2016-08-05 (Released:2016-11-16)
参考文献数
59

変わりゆく物理学研究の諸相―日本物理学会設立70 年の機会に日本における物理学研究の転換点をふりかえる―(歴史の小径)量子力学が導いた新しい風
著者
花村 榮一
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.60, no.9, pp.688-696, 2005

1900年プランクは, 古典物理学では説明できない溶鉱炉中の光エネルギーの波長分布の謎を, 光量子仮説を導入して解決した.これが量子力学の誕生である.1905年この光の粒子性(光子)を用いて, アインシュタインは光電効果を説明した.光が波動と粒子の二面性を持つという非日常性は, ハイゼンベルグの不確定性原理で理解できた.しかし, 青色の1光子が赤色の2光子に分割されるパラメトリック過程で発生する2光子の量子もつれ合い(強い相関)は, 2つの光子を遠く離しても存在し続ける.このもう一つの非日常性を1935年アインシュタインらは指摘した.これも, 量子力学特有の非局所性として理解され, 最近は量子コンピューターと量子通信に使われようとしている.レーザー光の発明は光学と工学に革命をもたらし, 金属加工に用いられる一方で, 人類は10<SUP>-9</SUP>Kのオーダーの超低温まで原子系を冷却できるようになった.その結果, 原子系はボーズ・アインシュタイン凝縮やフェルミ凝縮を示して, 波動として振舞う.この百年の歩みはアインシュタインに負うところが大きかったが, 最近は日本からの寄与も大きくなりつつある.これらを概観する.
著者
渡辺 悠樹 村山 斉
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.68, no.4, pp.200-208, 2013
参考文献数
19

自発的対称性の破れは素粒子物理から原子核,物性,冷却原子,天体,更には初期宇宙論,化学,生物まで幅広く適用される重要な考え方である.特に連続的な対称性の場合はギャップのない励起,南部・ゴールドストーンボソンが現れ,長波長・低エネルギーの現象を決めている.しかし,何種類の南部・ゴールドストーンボソンがあるのか,エネルギーが運動量の何次で振る舞うか,という非常に基本的な問題に対して今まではケースバイケースで調べられていて,一般論がなかった.最近筆者らは南部・ゴールドストーンボソンを統一的に理解する一般論を提唱した.これはローレンツ不変な系で知られていた南部・ゴールドストーン定理を拡張したものになっている.今まで何がはっきりしていなかったのか,これで何が分かったのかを,磁性体,結晶等を例にできるだけ具体的に解説する.
著者
Yang Chen Ning 服部 哲弥 向後 久美子
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.37, no.3, pp.214-220, 1982-03-05 (Released:2008-04-14)

今世紀の前半に物理学的世界像に関する人類の認識に三つの大きな革命的進歩がありました. それは特殊相対性理論, 一般相対性理論, および量子力学です. 最初の二つはEinsteinが提唱したものであり, また彼は量子力学にも大きく貢献しています. しかし今日はこれらのことについてお話するのではありません. (皆さんよくご存知でしょうから.)私がお話したいのは, 理論物理学とは何であるかの理解に対してEinsteinのなした貢献についててす. それは今日の物理学の発展に大きな影響を及ぼしました. 私の話の構成は次の通りです. 1. 「対称性が相互作用を規定する」という原理 2. 場の理論の統一の必要性 3. 物理学の幾何学化 4. 「理論物理学の方法」に対するコメント
著者
梶田 隆章
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.53, no.10, pp.783-784, 1998

スーパーカミオカンデ共同実験グループは, 本来6月岐阜県高山市で開催された第18回ニュートリノ物理学と天体物理学国際会議("ニュートリノ98")において「ニュートリノ振動の証拠」を発表した. 本稿ではこの発表の要点を報告する. なお, 紙面の関係上物理的背景等について触れないので, そちらは参考文献を参照していただきたい.
著者
柴田 徳思
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.55, no.8, pp.579-586, 2000-08-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
10
被引用文献数
1

東海村JCO臨界事故はわが国初めての臨界事故であり,その事故調査のために原子力安全委員会の下にウラン加工工場臨界事故調査委員会が設けられ,1999年12月に報告書が出されている.事故の経緯,被ばく,放射線量,安全対策と今後の課題などについては詳細に示されているが,そこで発生した現象の物理的内容については述べられていない.臨界を起こすのに必要な量の考え方,連鎖反応を引き起こす中性子源等,臨界事故に関連した物理現象について事故の実態とともに示した
著者
松澤 通生
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.41, no.5, pp.402-412, 1986-05-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
47

常識に反して, 異常に膨脹した原子がこの世の中に存在する. 一つの電子が高い主量子数を持つ軌道に励起された状態にある原子を高リュードベリ原子と云い, これが上記の膨脹した原子の正体である. 原子の世界での最も簡単な系でもある. 静かにそっとしておくと寿命は長いが, 他粒子と出会うとすぐこわれやすい. 超高真空が実現している星間空間では半径0.02mm程度の原子が存在する. 地上でも 10-4cm 程度の半径の原子を実験室で作れるようになった. この励起原子は風変わりな存在で, 原子の世界でのスケールから大分かけ離れた挙動を示す. 本解説ではこの励起原子のいささか "非常識" な振舞について解説し, その正体を明らかにする.
著者
宇賀神 知紀 西岡 辰磨
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.76, no.7, pp.435-443, 2021-07-05 (Released:2021-07-05)
参考文献数
46

量子情報理論は,量子エンタングルメントという古典論には現れない量子論の非局所性を特徴付ける重要な概念を,情報量として定量化してその性質を研究する学問である.量子情報理論はその名が示すとおり量子物理学と情報理論の交差点であり,両分野のアイデアを取り込みながら急速に発展している.一方で近年は量子情報理論で培われた概念や手法を,素粒子論,物性論,一般相対論などの基礎物理学に応用するという新しいアプローチが登場し,目覚ましい成果を上げている.場の量子論への量子情報理論的なアプローチにおいて,これまでは1つの量子状態の量子情報量を測るエンタングルメント・エントロピーの研究が中心であったが,最近は相対エントロピーとよばれる2つの量子状態の間の差を測る量子情報量の重要性が徐々に認識されるようになってきた.相対エントロピーは常に非負であり,また2つの量子状態が等しい場合にのみゼロとなることから,与えられた量子状態の空間上の「距離」のような役割を果たす.相対エントロピーは非負値性に加えてあるクラスの量子操作の下で単調性を示すなどのよい性質をもっている.これらの一般的な性質は,場の量子論を含む量子多体系に適用したとき,そのダイナミクスに強い制限を与えることが最近の研究でわかってきた.例えば2つの量子状態を上手く選ぶことで,相対エントロピーの「非負値性」から熱力学第二法則を導出することができる.同様の手法を用いると,ある空間領域の中に詰め込むことができる物質場のもつ(エンタングルメント)エントロピーに上限(Bekenstein限界)を与えることができる.相対エントロピーのもう1つの重要な性質である「単調性」もまた場の量子論に適用した際に,平均化されたヌル・エネルギー条件や,C-定理などの著しい結果を導く.一般に,場の量子論では局所的なエネルギー密度は正とは限らない.しかし平均化されたヌル・エネルギー条件は,エネルギー密度をある空間領域にわたって積分したものが正であることを主張する.またC-定理は粗視化の下で理論の変化を記述するくりこみ群のフローに対して強い制限を与える.ほかにも量子重力理論におけるホログラフィー原理や,時間に依存する系への相対エントロピーの応用も盛んに議論されている.AdS/CFT対応は反de Sitter時空(AdS)上の重力理論と,その境界上に住んでいる(重力を含まない)共形場理論(CFT)が等価になることを主張する.どのようにCFTから重力理論が創発されるのかは不明であったが,共形場理論における相対エントロピーを使うとAdS時空上の重力のダイナミクスを読み取れることがわかりつつある.またスクランブリングとよばれる,熱平衡状態における量子情報の急速な脱局所化現象が,ブラックホールの情報喪失問題や非平衡系において本質的な役割を果たすが,この現象を検出する手段としての有用性も指摘されている.