著者
好村 滋洋
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.54, no.3, pp.164-173, 1999-03-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
33
被引用文献数
1

物理学の研究対象としてコロイド系は今注目すべき時期を迎えています. コロイド科学では原子・分子のつくる集合体の不均一な組織構造とその秩序形成過程を解明することが目標となっています. 相転移現象の研究で発展した手法がコロイド系に適用され, 研究のフロンティアとして著しい発展を可能にしています. 物質を連続媒体として扱い, その中に系の構造を特徴づける長さを見出し, 種々の階層構造をそれぞれにあったスケールで粗視化してとらえるやり方です. コロイド科学はこれから新しい研究の場を求めている若い物理学者にとって絶好の挑戦舞台となるでしょう.
著者
狩野 旬 押目 典宏 池永 英司 安井 伸太郎
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.7, pp.469-474, 2022-07-05 (Released:2022-07-05)
参考文献数
25

「誘電体」という言葉は「電気を誘う物体」を指すような印象を与えるかもしれないが,実際は電荷を誘う物体の方が正しい.強誘電体は,強的な秩序が形成された誘電体を意味する.強誘電体の結晶では表面と裏面でそれぞれ正と負の電荷を帯電させ,結晶内部に電場を形成させる.電場は正電荷から負電荷に引いたベクトルであるが,逆に負電荷から正電荷に引いたベクトルは電気分極と呼ばれる.つまり電気分極を有する強誘電体は,外部から電圧を印加させることなく電場を内包させた物質である.結晶の表面と裏面に正負の電荷を分離存在できるのは,結晶の相転移に伴う反転対称性の破れにより陽・陰イオンが相対変位し,結晶格子内の電荷バランスが崩れることで微視的には電気双極子モーメントが規則配列され,巨視的に電気分極が形成されるからである.最初に発見された強誘電体が水溶性の水素結合を有した塩であったことで,永らく研究者の認識は強誘電体=絶縁体であった.そのために結晶内に存在するすべての電子は,格子を形成する原子の核と重心を同じにする束縛電子しか存在しないと理解され,古典物理学での取り扱いで十分だと思われていた.磁性体の相転移が電子論を礎に置いた量子統計力学での取り扱いが可能だったことに対し,誘電体の構造相転移は古典物理学に立脚した統計力学的機構の基本的理解によって発展を続けてきた所以である.BaTiO3が第二次世界大戦中に発見されて以来,ペロブスカイト型結晶を中心とし酸化物強誘電体が広く研究され,その過程において電子構造の理解が大切なはずだと,半導体としての取り扱いがゆっくりではあるが確実に進展し続けた.強誘電体の半導体としての取り扱いが可能ならば,電子構造を眺めてやれば電子論からの理解が可能かもしれない.強誘電体の電子バンド構造はどのようなものだろうか?電子構造は電気分極由来の電場により変調されるはずで,分極方向に沿って結晶内でポテンシャルが傾斜した構造をもつことが予想される.筆者らは,結晶内部を深さ方向にスキャン可能な硬X線角度分解光電子分光法で原子層レベルに精密合成された強誘電体薄膜を測定して,傾斜したバンド構造の観測に初めて成功した.各イオンのバンド傾斜のエネルギーシフトの大小はボルンの有効電荷,またソフトモードの構成イオンに対応し,電気分極由来による傾斜したバンド構造がフォノンダイナミクスと紐付けられることがわかった.電気分極で制御された傾斜したバンド構造は,強誘電体に特異な整流性を発現させる.金属–半導体もしくは半導体–半導体接合時に2つの物質のフェルミ準位を合わせるバンドアライメントはよく知られているが,強誘電体と接合した金属や半導体とのバンドアライメントでは,傾斜したバンド構造に影響され特異な電子構造の変調を接合金属・半導体に対して引き起こす.筆者らにより,BaTiO3に接合させたPd酸化物が一般にとりやすいPd2+ではなくPd4+の価数状態を実現させることがわかった.これからは強誘電体=絶縁体という古典描像を捨て,傾斜したバンド構造のような電子構造を探求する強誘電体研究を目指すのはいかがだろうか.
著者
伊藤 俊 松田 巌
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.76, no.9, pp.566-574, 2021-09-05 (Released:2021-09-05)
参考文献数
49

表面物理学は,物理学の諸分野の中でも「直接見ること」を求め発展してきた点にその独自性がある.その象徴が,走査型トンネル顕微鏡(1986年ノーベル物理学賞)を用いた表面原子構造の観測であろう.一方,光励起で放出される電子を利用した光電子分光(1981年ノーベル物理学賞)により,エネルギー・運動量・スピンすべての情報を分解したバンド構造を直接観測することもできる.物理学の抽象的な概念を,疑いようのない形で描き出すことに表面物理学の醍醐味がある.近年の表面物理学での一大トピックがトポロジカル物質の研究である.トポロジカル物質は「ねじれた」電子状態をもち,そのねじれに対応した特別な電子状態を表面に作り出す.このトポロジカル表面状態は,系の対称性によって不純物から保護され,無磁場下でスピン流を担う驚くべき性質をもつ.表面の数原子層に局在するこの電子状態の研究において,光電子分光による直接観測が大きな力を発揮し,多様なトポロジカル相の存在が実証されてきた.さらに,トポロジカル物質の研究で重要な役割を果たしてきた元素がビスマスである.安定元素中最大の原子質量をもつビスマスは巨大なスピン軌道結合を有する.これを「ねじる」原動力として,多彩なトポロジカル物質が作り出されている.一方でBi単結晶自体は,その強すぎるスピン軌道結合によってねじれが戻ってしまい,通常の物質であるとされてきた.しかし近年異議が唱えられ,我々はビスマス薄膜中に形成される量子井戸状態を活用して,実験的に困難を極めるビスマスのトポロジー決定に成功した.最近のさらなる理論・実験研究とともに,ビスマス表面において多様なトポロジカル相が実現していることが解明されつつある.ビスマス薄膜中の量子井戸状態は,それ自体が表面物理学の歴史的なトピックでもある.半金属であるビスマスのバンドが量子化されることにより,ある膜厚を境に絶縁体化することが半世紀前に予言されていた.電気伝導や光電子分光による測定が行われてきたが,先行研究の間に奇妙な矛盾が残っていた.我々は,高品質なビスマス薄膜の測定により,ビスマスのバンドが量子化によって絶縁化する過程を描き出すことに初めて成功した.量子化モデルと著しく異なる膜厚依存性,そして準位の縮退の観測により,表面状態由来のクーロン反発効果によって薄膜内部の絶縁化が促進されることを明らかにした.この描像は先行研究の矛盾を解決し,表面状態の電子相関による新たなサイズ効果を提示する.薄膜内部の絶縁相が実証されたことで,トポロジカル表面状態の伝導測定が,そしてさらには表面における量子極限での伝導測定が展開できることとなる.奇しくも最近,走査型トンネル顕微鏡により,ビスマス表面における多体電子相が発見されたばかりである.光電子分光による直接観測を駆使することで,トポロジカル相や絶縁体相の実験的検証について進展がもたらされた.だがこれは次の出発点である.存在が明らかになったトポロジカル相や多体電子相がビスマス表面でどのような応答を示すのか.物性物理学の黎明期から研究されてきたビスマスは,依然新たな物性探求の場を提供し続けている.
著者
野村 亨 佐藤 〓
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.41, no.2, pp.147-154, 1986-02-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
30

重イオン反応, ことに数十MeV/u以上の重イオン核破砕反応は, 地上で中性子過剰核をつくる有力な手段として期待されている. 重イオン反応の特徴を中性子過剰核の生成という観点で概観し, 幾つかの研究例を紹介する.
著者
中畑 雅行 鈴木 洋一郎
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.57, no.3, pp.171-179, 2002-03-05 (Released:2011-02-09)
参考文献数
19
被引用文献数
1

「観測された太陽ニュートリノ強度が標準太陽モデルからの予想値に比べて有意に小さい」という「太陽ニュートリノ問題」は, 30年以上もの間, 議論されてきた. 最近, スーパーカミオカンデとカナダのSNO (サドバリーニュートリノ観測) 実験との観測により, この太陽ニュートリノ問題の解は, 「ニュートリノ振動」という現象が原因であることがはっきりした. また, 電子ニュートリノを質量の固有状態に分解すると質量の異なる状態が大きく混合しているらしいことも分かってきた, この解説では, 最新の太陽ニュートリノ実験の結果を踏まえて, ニュートリノの素粒子的性質, 今後の太陽ニュートリノ研究の進展にっいて述べる.
著者
中村 健蔵
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.71, no.4, pp.214-217, 2016-04-05 (Released:2016-06-03)
参考文献数
3
被引用文献数
1

ニュートリノ振動の物理を簡単に解説した後,カミオカンデとスーパーカミオカンデの建設のいきさつと研究の歴史など,および主な研究成果の概要を紹介する.
著者
中村 勝弘 馬 駿
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.56, no.4, pp.233-242, 2001-04-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
26

ケルヴィン卿の歴史的講演に初登場した古典ビリアードから,ナノテクノロジーにより出現した量子ビリアードの最前線までを簡単にレヴューする.考察の主な対象は,ビリアード壁との衝突を繰り返す電子のカオス運動である.ニュートンカ学に従う粒子と異なり,電子は干渉,回折などの量子効果を示す.その結果現れてくるカオスの量子論的兆候を量子カオスと呼ぶ.ここでは,電子のドブロイ波長がビリアードの特徴的長さ(サブミクロンスケール)より十分小さい場合,つまり,半古典領域の電子の量子カオスを取り上げる.本稿では非線形動力学,統計力学との関係で将来性のある問題(軌道分岐,周期倍加現象,アーノルド拡散とそれらの半古典理論)をわかりやすく解説する.最後に,量子カオスの将来(未来?)に言及する.
著者
山地 洋平
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.7, pp.506, 2019-07-05 (Released:2019-12-13)

新著紹介物性物理のための場の理論・グリーン関数;量子多体系をどう解くか?
著者
佐藤 卓
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.12, pp.869, 2019-12-05 (Released:2020-05-15)

追悼蔡安邦先生を偲んで

1 0 0 0 編集後記

著者
稲葉 肇
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.6, pp.406-407, 2022-06-05 (Released:2022-06-05)

編集後記
著者
中野 祐司 榎本 嘉範 東 俊行
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.77, no.6, pp.346-354, 2022-06-05 (Released:2022-06-05)
参考文献数
75

80–90年代に加速器施設に建設された原子分子物理用のイオン蓄積リングは,重イオン物理や分子科学において多大な成果をあげてきた.近年,これらのリングの多くが当初の役割を終え,姿を変えて第二の生涯を歩み始めている.その背景には,原子分子物理の研究の場が,高エネルギー(MeV~GeV)の磁場型リングから低エネルギー(keV)の静電型リングへ移り変わってきたことがある.原子分子の反応は素粒子や核物理のように高エネルギーを必要としないのでビームのエネルギーはkeV領域で十分であり,この程度のエネルギーであれば電場で制御することができる.磁場型リングではイオン質量に応じて磁場を強くする必要があったのに対し,静電型リングで必要な電場強度はイオン質量に依存しないため,多様なイオンビームを蓄積することが可能である.さらに電磁石が不要なため装置を実験室サイズに小型化することができる.大型の国際計画へと巨大化していく加速器や宇宙科学とは好対照に,大型加速器から生まれた蓄積リングの技術が多様化と小型化を遂げた結果,世界各所でバラエティ豊かな研究が展開されるようになった.原子,分子に関する基礎研究をはじめ,クラスターや生体分子を対象としたダイナミクス研究,星間分子反応の実験研究など,様々な研究分野にまたがる新しい発見がたくさん得られた.このようななか,電子,振動,回転状態がいずれも基底状態に冷却された「単一量子状態の分子イオン」による新しい物理の探索を目指して次世代リングの検討が始まり,3つの拠点で極低温静電型イオン蓄積リングDESIREE(Stockholm大学),CSR(Max Planck原子核研究所),RICE(理化学研究所)の開発が進められてきた.いずれのリング開発も真空容器そのものを10 K以下にまで冷却することで熱輻射を遮断し,さらに10-10 Pa以下の極高真空を実現して長時間のイオン蓄積を実現しようとする野心的な計画であった.各リングとも5~10年にわたる開発期間を経て,2010年代に入って装置温度10 K以下を達成し,数100秒以上の長時間にわたる分子イオンの安定蓄積に成功した.2017年,極低温リング内での分子の冷却が初めて観測された.DESIREEとCSRのグループは,蓄積したOH-分子イオンの光電子脱離スペクトルから振動回転状態の占有率を見積もり,最大で99%以上もの分子イオンが基底状態に冷却される様子を捉えた.我々の開発した極低温リングRICEでは3原子分子イオンN2O+の高分解能分光によって,孤立分子の状態分布が刻々と変化する過程を追跡することに成功した.極低温リングの登場によってこれまで見ることのできなかった孤立分子の冷却ダイナミクスが明らかになってきたとともに,冷却分子イオンビームを利用した実験研究が現実のものとなった.冷却分子およびその量子制御を利用した研究展開として,RICEでは中性原子ビーム,DESIREEでは負イオンビームとの相互作用を観測するためのセットアップが進行中である.CSRでは冷却分子と電子の衝突実験が行われ,初期宇宙の原子分子過程として重要なHeH+の解離性再結合反応および回転状態依存性が初めて観測されるなど,重要なマイルストーンが達成された.
著者
小田 竜樹
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.60, no.1, pp.35-39, 2005-01-05 (Released:2008-04-14)
参考文献数
18

新規物質の探索,設計,物性解析に不可欠とされている第一原理分子動力学であるが,磁性物質への適用に一歩踏み込んだ研究手法,ノンコリニアー磁性の第一原理分子動力学を紹介する.許される磁気構造の範囲が,コリニアー構造からノンコリニアー構造へ拡大されたことで,磁性体への応用が進むであろう.本稿では,ノンコリニアー磁気構造の鉄クラスターと液体酸素のシミュレーンョン結果を通して,計算手法の特徴を述べる.
著者
宇田川 猛
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.61, no.12, pp.933-939, 2006-12-05 (Released:2022-05-31)
参考文献数
56

湯川は中間子論の提唱によって,また朝永は場の量子論の困難を救うくりこみ理論によって,素粒子物理の発展に欠かすことのできない重要な貢献をされた.湯川の予言した中間子の交換で生ずる核力は,そのまま現在につながり原子核物理の根幹をなすもので,その意味で湯川は原子核物理の礎を築いたものと言える.朝永は後年,多粒子系の集団運動の理論など,原子核物理に直接関わる仕事もされた.二人はまた,基礎物理学研究所と原子核研究所の設立に深く関わり,それを通じて原子核物理の発展に計り知れない貢献をされた.二人の貢献をこの文章で語り尽くすことは不可能であるが,筆者の個人的体験を交えながら振り返ってみたい.
著者
田口 善弘
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.3, pp.212, 2017-03-05 (Released:2018-03-05)

会員の声その人事公募,公平ですか?