著者
康 潤伊
出版者
日本近代文学会
雑誌
日本近代文学 (ISSN:05493749)
巻号頁・発行日
vol.101, pp.235-250, 2019-11-15 (Released:2020-11-15)

本稿ではヤン ヨンヒ『朝鮮大学校物語』に実話性と証言性が付与されていることおよびそれらが朝鮮学校をめぐる排外主義と表裏をなしていることを指摘したうえで、実話性と証言性を切り離した読みを模索した。小説において主人公は特権的な差異を帯びているが、主人公が恋人と失恋する場面では、抑圧的な場だった朝鮮大学校が、主人公の差異が有効に機能する場として語られていることを明らかにした。朝鮮大学校という空間の意味の転換をふまえると、『朝鮮大学校物語』は、差異と承認のメカニズムをあばく小説であるといえる。そのうえで、実際に行われた朝鮮大学校と武蔵野美術大学の壁を超える試みを参照しつつ、『朝鮮大学校物語』の批評性をさらに跡づけた。
著者
飛田 英伸
出版者
日本近代文学会
雑誌
日本近代文学 (ISSN:05493749)
巻号頁・発行日
vol.100, pp.1-14, 2019-05-15 (Released:2020-05-15)

翻訳小説として最初の流行作となった織田純一郎訳『花柳春話』は、以後の翻訳小説の模範となった。『花柳春話』と同一の書肆から出版された関直彦訳『春鶯囀』も、その影響を受けたと考えられるが、文体のあり方には違いが見られる。本稿では、『花柳春話』を踏襲する翻訳小説の系譜と、関が記者を務めていた『東京日日新聞』における文のあり方を検討することによって、『春鶯囀』の文体のあり方がどのように画期的なものであり、それが何を背景として生じたのかについて明らかにするとともに、その翻訳が小説に何をもたらしたのかについて論じた。
著者
秋吉 大輔
出版者
日本近代文学会
雑誌
日本近代文学 (ISSN:05493749)
巻号頁・発行日
vol.96, pp.78-92, 2017-05-15 (Released:2018-05-15)

三島由紀夫「弱法師」(一九六〇)は、これまで「盲目」と晴眼者の世界を二項対立で捉えることで、三島の述べる「形而上学的主題」(「あとがき」『近代能楽集』新潮社、一九五六年四月)を明らかにすることに焦点が絞られてきた。本論では家庭裁判所や戦災孤児としての俊徳を分析することで、個人的な視覚経験がどのような形で「盲目」として表象されるのか、その権力編成のあり方を明らかにする。家庭裁判所での発話が近代的な家族を前提にしていることを明らかにし、家族の物語という了解枠組みに沿わない俊徳のトラウマ的な視覚経験の語りが、家族の権力編制の中で「子ども」「狂人」「盲者」として配置され抑圧されていくさまを明らかにした。
著者
金 泰暻
出版者
日本近代文学会
雑誌
日本近代文学 (ISSN:05493749)
巻号頁・発行日
vol.98, pp.59-70, 2018-05-15 (Released:2019-05-15)

漱石がブームである。没後一〇〇年、生誕一五〇年を迎えていた夏目漱石が生まれ死んだ日本でのことを言うのではない。二〇一七年四月八日、ソウルに位置した明知大学校で韓国日語日文学会春季学術大会が開かれた。この日のテーマは、夏目漱石の生誕一五〇年を記念して「夏目漱石、一五〇年の旅、そして韓国」であった。かかる漱石への関心は「日本」関連の仕事に従事している専門家に限ってのことではない。二〇一六年、韓国のある出版社から『夏目漱石小説全集』全十四巻が完訳・刊行した。本稿では、玄岩社版『夏目漱石小説全集』に焦点を合わせ、現在の「文学」をめぐる諸条件のなかで、韓国における漱石現象を考察した。
著者
栗山 雄佑
出版者
日本近代文学会
雑誌
日本近代文学 (ISSN:05493749)
巻号頁・発行日
vol.99, pp.80-94, 2018-11-15 (Released:2019-11-15)

(要旨)本稿は、沖縄における戦時慰安婦の問題を描いた目取真俊「群蝶の木」について、現代の沖縄の部落においていかに過去の記憶を引き受けることが可能かを考察した。その方策として、主人公の男性は元慰安婦の女性との身体的な接触を、友人から聞かされた自殺した知人の情報を重ね合わせる。そして、彼が両者の姿、情報によって自身の心奥に〈何か〉が生じたことを知覚したことに注目する。その〈何か〉を読み解くためにアフェクトの概念を援用しつつ、主人公が得たものが他者の背景に対する〈わからなさ〉という無力さであることを明らかにした。この〈わからなさ〉を起点にすることで、慰安婦の女性の語りに誘発された一義的な読解を読み替える可能性が提示されていることを示した。
著者
小泉 京美
出版者
日本近代文学会
雑誌
日本近代文学 (ISSN:05493749)
巻号頁・発行日
vol.92, pp.17-32, 2015 (Released:2016-08-02)

記号活字やリノカットを駆使して視覚性を強調した萩原恭次郎の『死刑宣告』(長隆舎、一九二五年)は、これまで詩的言語の言語(symbol)から図像(icon)への移行を示す記念碑的詩集として捉えられてきた。だが、表現規範の革新を目指す前衛的な芸術運動を後押しした関東大震災という出来事に密着して考えるならば、『死刑宣告』は表象の秩序を根柢から揺るがす、より本質的な言語の変容を記録していたことが見えてくる。震災による活字不足と新聞紙面の混乱、震災を契機に普及した素材リノリウムとリノカットという表現手法、これらを取り巻く文化史的な背景を検証することで、その表現の独自性と詩の新たな読解可能性を開示する。
著者
朴 裕河
出版者
日本近代文学会
雑誌
日本近代文学 (ISSN:05493749)
巻号頁・発行日
vol.87, pp.116-122, 2012-11-15
著者
大津 直子
出版者
日本近代文学会
雑誌
日本近代文学 (ISSN:05493749)
巻号頁・発行日
vol.93, pp.32-45, 2015-11-15 (Released:2016-11-15)

本稿は、『猫と庄造と二人のをんな』の執筆と、当時取り組んでいた『源氏物語』の翻訳とが、相互に影響を及ぼしあう関係であることを明らかにした。この(猫と)作品は、「若菜上・下」巻、言い換えれば『源氏物語』第二部世界に影響を受けてきたと言われてきた。だが小説の執筆と源氏訳との進捗状況を確認すると、直接の影響は「帚木」巻から受けたと推察される。なぜなら雨夜の品定めにおける左馬頭と二人の女とのエピソードが小説の筋書きに反映されていると考えられたからである。さらに単行本収録段階で本文を削除した点についても言及した。一方、國學院大學蔵『谷崎源氏新訳草稿』から、小説の執筆が第二部世界の訳出に影響を及ぼした可能性についても言及した。