著者
植田 邦彦
出版者
日本植物分類学会
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.40, no.5-6, pp.190-202, 1989 (Released:2017-11-17)

Circum-Ise Bay area, which is newly defined here, means hill and terrace regions that surround Ise Bay, (10-)50 to 600(-1000) m in elevation. A lot of local endemic, semi-endemic and relict taxa growing in small peatless mires (swamp and marsh) in the area are found. The following plants are defined here as Tokai hilly land element: Magnolia tomentosa, Berberis sieboldii, Drosera indica, Drosera spathulata ssp. tokaiensis, Pyrus calleryana, Acer pycnanthum, Vaccinium sieboldii, Chionanthus restusus, Pedicularis resupinata var. microphylla, Utricularia minutissima, Veratrum stamineum var. micranthum, Eriocaulon nudicspe and Eulalia speciosa.
著者
寺尾 博
出版者
日本植物分類学会
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.30, no.1, pp.45-64, 1979
被引用文献数
1

日本海要素に関する植物地理学的な研究を進める過程で,Oxalis acetosella L. s.l.の一新変種,ヒョウノセンカタバミ subsp. acetosella var. longicapsula TERAOを日本海要素のひとつとして認めることができた。本報では,主として日本産のO. acetosella s.l. に関する観察結果に基づき,ヒョウノセンカタバミについて植物地理学的な考察を行なうと共に,O. acetosella s.l. の種内分類群の整理を行なった。ヒョウノセンカタバミは,主として本州の日本海地域に分布し,チシマザサを伴なったブナ林に多くみられ,長楕円形の〓果をつけ,全体により大型になる点で,コミヤマカタバミ subsp. acetosella var. acetosella から区別される。また本変種は,染色体数が2N=44で,基本数11の4倍体とみなされる。コミヤマカタバミの染色体数については,これまでに,ヨーロッパや北米産の植物で2N=22の2倍体のみが多くの研究者により報告されているが,日本産のものには,2N=22の2倍体と2N=44の4倍体のあることが明らかとなった。日本においては,2倍体は,北海道,本州,四国及び九州に分布し,主として亜高山帯の針葉樹林下に生育している。それに対し,4倍体は,本州中部地方の太平洋側及び四国,九州に分布し,主として暖帯上部,特にスギの植林下に多く生育し,2倍体とは明らかにその生育域を異にしている。4倍体は2倍体に比べ,全草がやや大きく,種子もより大きくなる傾向を持つが,両者の間に明瞭な形態的ギャップは認められない。したがって,4倍体は,2倍体とは異なった生育域に分布を確立したcytological raceとみなされる。ヒョウノセンカタバミ(4倍体)とコミヤマカタバミの4倍体は,いずれも減数分裂の際に,22個の2価染色体を形成するので安定した4倍体である。また両者は,基本的に同一の核型を有している。このことは,両者が同一の起源を持つことを示唆するものである。同一種内,あるいは近縁種間で,本州の日本海側に分布するものが,本州の太平洋側や,四国,九州に分布するものに比し,全体により大型になる例は,系統を異にするいくつかの植物群において,平行的にみられることが知られている。ヒョウノセンカタバミと,コミヤマカタバミの4倍体の間に認められる形態的な差異も,この地理的な傾向に対応するものと考えられる。したがって,ヒョウノセンカタバミは,コミヤマカタバミの4倍体から,本州の日本海側の環境条件に適応的に分化したものと推定される。カントウミヤマカタバミ subsp. griffithii EDGEW. et HOOK. f. var. kantoensis TERAO は,本州の関東地方に分布し,球形ないし卵形の〓果をつけ,小葉裏面の毛が散生する点で,ミヤマカタバミ subsp. griffithii var. griffithii から区別される。染色体数は,両者とも2N=22で,核型も基本的に同一である。長野県,上高地においては,コミヤマカタバミの2倍体とミヤマカタバミに加えて,両者の中間的な形態を示すものが得られた。この中間型は,1)コミヤマカタバミとミヤマカタバミが相接して生育する所に散点的にみられる; 2)減数分裂に異常がみとめられ,正常な花粉をほとんど形成しない; 3)核型が不整いになる; 4)結実する例が見られない,などの事実から,コミヤマカタバミの2倍体とミヤマカタバミの雑種と推定された。
著者
植田 邦彦
出版者
日本植物分類学会
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.31, no.4, pp.117-126, 1980

オオヤマレンゲ Magnolia sieboldii は,モクレン属オオヤマレンゲ節に分類される落葉性大本植物である。雄〓の色・葉形・葉の大きさ・毛の色と量・花の咲き方・樹形・樹高及び生育環境に変異が見られ,その変異に地理的なまとまりがあるので,2亜種,日本(谷川連峰から屋久島)と中国の安徽省・広西省に分布するオオヤマレンゲM. sieboldii ssp. japnicaと,朝鮮,南満州に分布するオオバオオヤマレンゲ(新称) M. sieboldii ssp. sieboldii を認める。オオヤマレンゲは,古く花壇地錦抄(三代目 伊藤伊兵衛,1695)にあげられており,また地錦抄附録(四代目 伊藤伊兵衛,1733)によれば延宝年間(1673〜1680)に江戸に栽培用として持ち込まれた。その後,岩崎灌園は草木育種(1819)と本草図譜(1828)で,雄〓の色に紅白の2種類があるとしている。オオヤマレンゲの名は大峰山に生えているため,つけられたということなので,日本に自生していることは,当時すでに知られていた。伊藤圭介は栽培されていたオオバオオヤマレンゲの標本をSIEBOLDにわたしたが,ラベルには日本の高山に自生と書かれている。その標本がもとになって,オオバオオヤマレンゲ M. parviflora SIEB. et ZUCC.(non BL.)が記載された。伊藤圭介が両者を混同していた事は,後年著した小石川植物園草本図説(1881)からもうかがえる。彼は,濃赤紫色の雄〓が示されているオオバオオヤマレンゲの絵に,日本の深山に自生するオオヤマレンゲの説明文を書いている。更に,雄〓に紅色と紫色の2種類があって,紅色のものは中国産のオオヤマレンゲであると誤った説明をしている。欧米では,上記の文献等は訳されてはいたが,雄〓の色に2種類あることは問題にされず,日本の種苗商より得たオオバオオヤマレンゲは日本産と信じられていた。それと,WILSONらが朝鮮より持ち帰ったものは,当然のことながら,同一物とされてきた。こうして,長らく日本のオオヤマレンゲの実体は,顧みられず,状況は日本においても同様であった。文献にみられる限りでは,岡ら(1972)の山口県植物誌でのオオヤマレンゲの記載をきっかけに,ようやく雄〓の色が注目され始めたようである。また,園芸的に栽培されているものは朝鮮産ではないかとの疑いも生じていた。オオバオオヤマレンゲは,朝鮮では少し山地に入れば極めて普通で,様々な環境下で旺盛に生育しており,3-10mの大灌木〜小喬木である。それに対し,オオヤマレンゲは,深山に点在し,やせ尾根や岩場,林縁等の限られた所にのみ生え,1〜3mの灌木で,葉もより小さく毛も少なく,全体的にひ弱な印象を受ける。大峰山以外では稀な植物で,オオヤマレンゲ節の他の種と,生育地・分布型・樹形等を比較して考えると,遺存種といっていいだろう。雄〓の色は,前者では本節の他種同様,濃赤紫色であるが,後者では白地に紅色が少しさす程度である。この様に,両者は容易に区別がつき,明らかに分類群を異にする。しかし,葉・花・毛等の形質を,個々にとり出してみた場合,雄〓の色をのぞいて,変異が連続してつながってしまう訳ではないが,多少とも変異は重なりあう。更に,モクレン科を通じて重要な分類形質である葉裏面の毛を両者間で比較すると,オオバオオヤマレンゲの方が,図2に見られる様に,色素沈着のない細胞が長い点等で違うものの,細胞構成や直毛で基部からねている点ではまったく同一である。こうしたことを考え合わせると,両者は互いに独立種として扱える程ではなく,地理的亜種としてとらえるのが適当であろう。八重咲きのものが時にオオバオオヤマレンゲに見られ,花彙(1765)や上記の小石川植物園草木図説,白井光太郎(1933)の樹木和名考等に絵がのせられており,欧米の書にもよく紹介されている。和名・学名とも様々につけられているが,正式に記載された学名はなく,また分類群としても認められない。オオヤマレンゲに6枚以上の花弁はまず見つからないが,オオバオオヤマレンゲでは6〜8枚の花弁は普通で,同一の木に6枚の花弁の花と八重咲きのものが同時に咲いたりする。
著者
若林 三千男 大場 秀章
出版者
Japanese Society for Plant Systematics
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.46, no.1, pp.1-27, 1995-07-28 (Released:2017-09-25)
参考文献数
16

ホクリクネコノメの仲間(ホクリクネコノメ群)のホクリクネコノメとボタンネコノメソウは深山の渓流沿いなどの湿った場所に生え, 春先に花を咲かせる多年性草本で, 主として本州の日本海側寄りに分布している。ボタンネコノメソウはホクリクネコノメの分布域よりやや南側に生育し, 大井次三郎博士によって1933年, 種として記載されたが, 現在ホクリクネコノメの変種として扱われている。両者は主に, 花柱と雄しべが萼片より超出するか, またはそれより短いかで識別されるが, それらの変異についてはまだ詳しい解析はなされておらず, 変種関係とする理由も明らかにされていない。また両者の分布についても, 原(1957)および原と金井(1959)によって当時点での概略が示されているが, その後の詳しい研究はなされていない。最近, 岐阜県高山市在住の長瀬秀雄氏は, 飛騨地方一帯に変わったボタンネコノメソウがあることを発見された。私達はその実態を把握するため, 氏の案内で現地調査をする機会を得た。その結果, 花柱や雄しべが萼片より超出しない点はボタンネコノメソウに似ているが, 花はそれよりかなり大きく, 葯は赤色で萼が黄色を帝びるなとボタンネコノメソウとはかなり異なる特徴を示すことが確認された。さらにこの植物の分類学的位置づけを明確にするため, ホクリクネコノメ群全般にわたり, 花, 〓果, 種子表面の形態, 及び核型の変異を解析するとともに, 詳細な分布調査を行った。その結果, 上記の植物は, ホクリクネコノメとボタンネコノメソウと同様に2倍体(2n=22)で倍数性の変化はみられなかったが, 核型では一対の次端部動原体型染色体に付随体がある点でそれらと異なっていた(Fig.7)。また形態的には雌しべの形状や長さ, 雄しべの長さや葯と花糸の長さの比率など(Figs.1-3)でホクリクネコノメやボタンネコノメソウと明確なギャップがあり, 新分類群と認められた。特に〓果の形態では, 宿存する花糸は萼片と同長かわずかに短い点(Fig.4)で乾燥標本でも容易に識別できる。私達はこれにヒダボタンという和名をつけた。ヒダボタンのこれらの特徴はこれまで見過ごされてきたもので, ボタンネコノメソウと混同されていたと考えられる。また, ホクリクネコノメとボタンネコノメソウの間には上記の特徴では著しい差異があり, それぞれを変種関係とする形態学的証拠は見当たらなかった。さらに両者は異所的な分布圏をもち, まれにそれらが接する所では同所的に生育していることが分かった。これは生殖的隔離の存在を示唆するもので, 形態的ギャップと考え合わせると両者は既に種レベルまで十分分化したものと考えられる。ボタンネコノメソウは種として扱うべきだろう。これに伴い, ヒダボタンも種として扱うのが自然である。ヒダボタンも, ボタンネコノメソウとまれに混在して生育している所があり, まれに雑種と思われるものがあってもその花粉稔性は低い。ホクリクネコノメと同所的に生育している所でもそれぞれの種の特徴ははっきり維持されている。生殖的隔離が存在していると考えられる。最初に発見した長瀬氏の名にちなみ, ヒダボタンを新種Chrysosplenium nagaseiと命名・記載した。ヒダボタンは地域によって変異がみられるが, 種としては岐阜県中部を中心にした地域及び伊吹・鈴鹿山地に沿って南は三重県の野登山まで生育しており, 中国地方の山地にも散在的に分布する(Fig.8b)。岐阜県の西北部や滋賀県東北部(伊吹山地の西麓)には, 葯が黄色で萼も黄色または黄緑色で, 外観はボタンネコノメソウの品種キンシベボタンネコノメソウに似ているが, はっきりとしたヒダボタンの仲間が分布する。ヒダボタンより花がやや小さく, 分布的にもまとまっているのでこれを新変種ヒメヒダボタンvar.luteoflorumとした。また, 岐阜県西部の伊吹山地東麓, 養老山地, および霊山から野登山までの鈴鹿山地に分布しているものは, 外観は典型的なボタンネコノメソウとよく似るが, これもはっきりとしたヒダボタンの仲間である。ヒダボタンとは萼が赤褐色で花はそれよりずっと小さい点で異なっており, 新変種アカヒダボタンvar.porphyranthesと命名・記載した。中国地方に散在的に分布しているヒダボタンは, 現時点では標本によってのみ検討されたものなので, その実態については今後の調査を待ちたい。ヒダボタンの花や〓果は, ボタンネコノメソウとホクリクネコノメのものとの中間的な形態である。また, ヒダボタンは, ボタンネコノメソウとホクリクネコノメの分布域の間に位置するような分布をしている。これは, ヒダボタンがボタンネコノメソウとホクリクネコノメの間の雑種起源であるという可能性を示唆するものであるが, このことについてはさらに詳細な遺伝的解析が必要である。今回の研究でボタンネコノメソウとホクリクネコノメについても従来より詳細な分布状況を把握することができた。ボタンネコノメ
著者
伊藤 元己
出版者
Japanese Society for Plant Systematics
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.37, no.1-3, pp.82-96, 1986-09-30 (Released:2017-09-25)

ハス属はアジア産のハスと北アメリカ産のキバナバスの2種から成っている。本属は、広義のスイレン科に含めて分類されてきたが、近年では以下にあげる形質が他のスイレン科の植物と異なるために単系のハス科として独立させる研究者が多くなっている。1)種子に胚珠および周乳を持たない。2)実生の第一葉が針状葉にならず明らかな葉身を持つ。3)三孔乳の花粉を持つ。本研究ではハス属とスイレン科の他の属との系統関係を明らかにし、これらの植物群のより自然な分類体系を確立することを目的としてハスの花の内部形態の観察を行なった。ハスの維管束は茎、葉柄、花柄などでは1つの同心円状に配列しておらず、しばしば不斉中心柱と記載される。しかしながら、花柄において詳しく観察を行ってみるとこれらの維管束はある一定の配列をしていることがわかる。(Fig. 1参照)。これらの維管束の中で、中心部に位置する6〜10この維管束は同心円上に配列しており花床においては典型的な真性中心柱を形成することになる。また、他の維管束は花床の下部において配列、形態が変化し皮層走条となる。花柄では個々の維管束は木部に1〜3個の直径の大きな仮道管を持つ。しかしながら、これらの仮道管は花床にはいるに従って、より直径の小さな仮導管に置きかわる。(Fig. 2)。花の維管束走向は2つの系からなる。1つは中心部に同心円上に配列する中心維管束系(central vascular system)であり、他方は皮層維管束系(cortical vascular system)である。これらの2つの維管束系は互いに独立している。各々のがく片、花弁には中心維管束系から一本、皮層維管束系から数本の維管束が供給される。雄ずい、子房へは中心維管束系のみから供給される(Fig. 6)。ハスとスイレン科の各属の花の内部形態を比較すると以下の点で異なっている。1)花柄の維管束はスイレン科の植物が持つ原生木部間隙を持たず、かわりに直径の大きな仮道管がある。2)スイレン科でみられる花床の維管束複合体(receptacular plexus)がない。3)皮膚走条がある。これらの点と始めにあげた差異を考慮すると、ハス属はスイレン科から独立させ、ハス科とするのが適当と考えられる。また、皮膚走条がある点、雄ずいへの維管束の入り方などの点ではモクレン科と共通したところがみられるので、ハス科の系統関係についてはこれからの植物群を含めて更に研究を進めていく必要がある。
著者
中西 弘樹
出版者
日本植物分類学会
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.47, no.1, pp.113-124, 1996-07-10 (Released:2017-09-25)
参考文献数
42
被引用文献数
1

九州西廻り分布植物は, 亜熱帯性(南方系)の植物で, 琉球列島, 九州南部から九州西部(熊本・長崎県)を北上分布し, 九州東部(宮崎県北部・大分県)には分布していないものと定義され, 33種を確認した。九州西廻り分布型が成立するようになった理由を明らかにするために, 植物の生育型, 散布型, 生育立地, 気候, 地史について検討した。その結果, 最終氷期に海面が低下したために九州西部にできた広大な低地が亜熱帯性植物のレフュジアとなり, 氷期以後そこから分布を広げたことが九州西廻り分布植物の成立の主な理由と考えた。
著者
若林 三千男
出版者
日本植物分類学会
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.25, no.4, pp.154-169, 1973
被引用文献数
4 1

東アジアに分布するユキノシタ属のDiptera節は,ENGLER(1930)によると13種を含み,そのうち5種が日本に産するが,最近,この節に属する新種が福井県の丈競山北山麓で,渡辺定路氏によって最初に採集された.そこで,この新種の分類学的位置づけのため,新種を含めた6種の日本産種について,いくつかの形質を比較検討し,各種間の類縁関係を考察するとともに,新種の記載を行ったので,ここに要約してみたい.結論として導き出された6種間の関係をFig. 14に示してあるが,最も大きな指標形質となったものは染色体数,及び核型である.各種の染色体はTable 1に示すとおり,2n=22 (ジンジソウ,ダイモンジソウ),2n=20 (ハルユキノシタ,センダイソウ,新種),2n=36, 54 (ユキノシタ)であり,基本数はそれぞれX=11, X=10, X=9である.これらの3群は各々まとまった分類群と考えられるが,このことはジンジソウとダイモンジソウ(X=11),及びハルユキノシタとセンダイソウ(X=10)の核型がよく似ていることからも示唆される.染色体の大きさは,ジンジソウ,ハルユキノシタでは大変大きく,ダイモンジソ,ユキノシタでは小さく,センダイソウ,新種ではその中間の大きさである.進化の過程において,染色体の大きさの退化,及び基本数の減少は,広く認められている.おそらくダイモンジソウ,及びセンダイソウは,染色体の大きさの退化を伴ないながら,それぞれジンジソウ,及びハルユキノシタに似たものから導びかれてきたものと考えられる.ユキノシタは,2n=18をもったprimitiveな種を仮定し,そのようなものから倍数化,及び染色体の退化によって導びかれたものと考えられる.新種の核型をみると,ハルユキノシタ,センダイソウより,terminalに一次狭窄をもつ染色体が多い.これは,この新種が,より特殊化していることを示すものであろう.また基本数の減少,x=11→10→9,から,ジンジソウ→ハルユキノシタ→ユキノシタの祖先型が考えられる.ジンジソウ,ハルユキノシタとも,同じように大きい染色体をもつことも1つの傍証となる.要するに,ジンジソウ,ハルユキノシタなどはprimitiveな型を保っているものと考えられ,ダイモンジソウ,センダイソウ,新種,及びユキノシタはadvancedのものであって,前者から後者へとそれぞれ平行的に進化してきたものと考えられる.外部形態からみると,花弁に走る脈が一般に多いもの(ジンジソウ,ハルユキノシタ,ユキノシタ)と,一般に脈の少ないもの(ダイモンジソウ,センダイソウ,新種)が認められ,後者は前者の退化型と考えられる.種子の表面形態にも2つの型があり,1つは,表面に大小2種類の突起を有するもの(ジンジソウ,ハルユキノシタ,ユキノシタ)と,他は1種類の突起しか有しないsimpleなもの(ダイモンジソウ,センダイソウ,新種)である.葉に含まれる修酸石灰結晶の形にも2種類あり,1つは針状のもの(ジンジソウ,ハルユキノシタ): 他は金米糖状のもの(ダイモンジソウ,センダイソウ,新種,ユキノシタ)である.花序にある腺毛の形態にも2つの型があり,1つは腺毛の柄が一列の細胞からなるもの(ジンジソウ,ハルユキノシタ,ユキノシタ)と,他は多列の細胞からなるもの(ダイモンジソウ,センダイソウ,新種)である.以上のように,外部形態のいくつかの形質には,それぞれ2つの型が認められ,その型に含まれる種は,ほとんど一致している.それぞれの型で代表される群は,各々まとまった自然群であるというよりむしろ,前者の型から後者の型へと平行的に進んできたものと考えられる.このことは,花弁や染色体の形質から推定されるように,一方が他よりも,よりadvancedのものと考えられるからであり,葉に含まれる修酸石灰結晶,種子表面の突起,花序の腺毛などに認められるそれぞれの型も,前述のものと関連があるからである.以上の結果から,今のところ,日本産Diptera節の各種の関係はFig. 14に示されたようなものと考えられ,ここでの新種は,センダイソウ,あるいはハルユキノシタに類縁の近い種として位置づけられるだろう.新種の特徴として,以上述べた形質の他に,葉は掌状に5〜7深裂し,裂片は,倒卵状披針形鋭頭,不規則な欠刻状鋸歯を有し,根茎は横走して密に分枝し,花期は5〜6月,などである.名称はSaxifraga acerifolia WAKABAYASHI et SATOMI とし,和名は渡辺定路氏によるエチゼンダイモンジソウとする.
著者
小山 鐵夫
出版者
日本植物分類学会
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.31, no.4-6, pp.139-148, 1980-11-10 (Released:2017-09-25)
被引用文献数
1

Nomenclatural identity has been established for the three Far Eastern species of Bolboschoenus that I recognize as valid. They are B. fluviatilis ssp. yagara (n. comb.), B. maritimus and B. planiculmis, which may be differentiated by the following key. A) Achenes truly trigonous, rhombic-obovate, subacute at apex; stigmas 3; inflorescence an open anthela bearing several to 20 spikelets on several elongated rays. 1. B. fluviatilis ssp. yagara. A) Achenes lenticular (or rarely obcompressed-trigonous with obscurely angular dorsal side), obovate, rounded to mucronate apex; stigmas 2 (rarely 3) ; inflorescence frequently capitate bearing 1 to several spikelets, occasionally developing 1 to few rays. B) Leaf blades dorsi-ventrally flattened ; inflorescence truly terminal, bearing few to several spikelets ; leafy bracts spreading ; hypogynous bristles 2 to 4 (rarely to 6). 2. B. maritimus. B) Leaf blades 3-sided ; inflorescence quasi-lateral, mostly of a single spikelet, rarely with few digitate spikelets ; the lowest bract culm-like, erect ; hypogynous bristles 5 to 6. 3. B. planiculmis.
著者
ブーフォード
出版者
日本植物分類学会
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.28-40, 1982

ミズタマソウ属の分類は混乱していて人によって取り扱いが違っている。日本産種についていえば,混乱の原因のうち大切なものが2つあり,その1つはミヤマタニタデの2亜種をはっきり認識していなかったことであり,他の1つは雑種についてよく調べられていなかったことである。筆者はミズタマソウ属についての比較研究を行って,この属には7種7亜種が認められることを確かめた。この研究の成果はAnnals of Missouri Botanical Gardenに掲載される予定である。ミズタマソウ属は東亜に分布の中心があり,日本にも多様な型が見られる。筆者は1977年に日本各地で詳細な野外観察を行ない,1980年にも補足的な調査を行なったほか,日本や欧米のハーバリウムにある標本も丁寧に検討した。これらの研究によって,日本のミズタマソウ属には5種1亜種が認められることを確かめた。これらを識別するための人為検索表をつくると,1 子房と果実は2室で,根茎は塊茎状にはならない…2 2 密腺は花筒部内にあり,円筒状または環状のデイスクになって突出することなはい。花序の軸には,短かくて鎌状に曲がる腺毛と,長くて真直ぐか少し曲がる開出毛がつく…1 ウシタキソウ 2 密腺は花筒の開口部より外へ突出し,円筒状か環状のデイスクとなる。花序の軸は無毛か,腺毛あるいは短かくて鎌状に曲がる毛がつくが,長くて真直ぐか少し曲がる開出毛はつかない…3 3 花弁は倒卵形または広卵形,先へ伸びる部分は花弁の全長の1/4かそれ以上。花序の軸は有毛。さく果は熟するとたてに深い溝が入り,稜は鈍円形…4 4 茎は有毛で,鎌状に曲がる毛が密に生じることが多い。葉は基部がクサビ形または稀に円形。花序はほとんど毛がないか,腺状で鎌状に曲がる毛がつく…2 ミズタマソウ 4 茎は無毛。葉は基部は円形からやや心形。花序は腺状で鎌状に曲がる毛が密生する…3 ヤマタニタデ 3 花弁はコテ形で,先へ伸びる部分は花弁の全長の1/5かそれ以下。花序の軸は無毛。さく果は熟しても深い溝や円形の稜をもたない…4 タニタデ 1 子房と果実は1室で,根茎は塊茎状になって終る…5 5 茎には短かくて反曲した毛がつく。花は総状花序が展開してから開出するか少し斜上する柄の上で咲く。小花柄には小包葉がない。…5a ケミヤマタニタデ 5 茎は無毛。花は総状花序が展開する前に直立か斜上する柄の上で咲く。小花柄には小包葉がある…5b ミヤマタニタデ(狭義) ミズタマソウ属は日本で図1に示すような組み合せで7通りの雑種を作っている。この他,ミヤマタニタデとウシタキソウの雑種と思われる標本が1点だけある。この組み合せの雑種は,稀ではあるけれども中国では知られている。その他の組み合わせの雑種も探がしてみる値打ちがある。特に,ヤマタニタデとミズタマソウの雑種は北海道にありそうである。ミズタマソウ属では雑種は形態的に両親の完全な中間型となり,不稔である。野外では果実のつかないものがあれば雑種である可能性が高い。花粉も普通なら80%以上も成熟するが,雑種では10%以上が完熟することは珍らしい。雑種は生育場所でも母種の中間となり,川沿いのような場所に繁茂することが多い。雑種がつくられると,あとは栄養繁殖をして大きな群落をつくっていることが多い。1 ウシタキソウ Circaea cordata ROYLE 日本・台湾・朝鮮・中国・南東シベリア・アッサム・ネパール・パキスタンに分布し,染色体数はn=11。オオタニタデC. × dubia HARAはウシキタソウとタニタデの雑種である。ウシキタソウとヤマタニタデの雑種(C. × skvortsovii BOUFFORD)らしいものが早池峰山でも採られている(T. Makino MAK 6953)が,ここにはヤマタニタデが生えていない。片親が現在分布していない地域に雑種が生育する例はアメリカでもある。これはその地域にかっては両種が分布していたか,他の地域から動物によって雑種種子が運ばれてきた可能性を推定させる。ヒロハノミズタマソウはウシタキソウとミズタマソウの雑種で,学名をC. × ovata(HONDA) BOUFFORDとする。2 ミズタマソウ Circaea mollis SIEB. & ZUCC. 日本・朝鮮・中国・インドシナ北部・ビルマ北部・アッサムに分布し,染色体数はn=11。ミズタマソウとタニタデは相接して生育している所が多いけれど雑種はあまり見つかっていない。3 ヤマタニタデ Circaea lutetiana L. subsp. quadrisulcata (MAXIM.) ASCH. & MAG. ヨーロッパのsubsp. lutetiana,アメリカのsubsp. canadensisと地理的に分かれており,東アジアからシベリアに分布している。染色体数はn=11。ヤマタニタデとタニタデの雑種が北海道で見つかりC. × decipiens BOUFFORDと命名する。ヤマタニタデとミヤマタニタデの雑種(C. × intermedia EHRH.)は原(1959)のエゾミズタマソウである。4 タニタデ Circaea erubescens FRANCH. & SAV. 日本・朝鮮南部,中国に分布し,染色体数
著者
黒沢 高秀
出版者
日本植物分類学会
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.51, no.2, pp.203-229, 2001
参考文献数
58
被引用文献数
4

日本には雑草性のトウダイグサ科ニシキソウ属植物Chamaesyceが9種1品種生育している。これらの植物のいくつかは日本で使われている学名に混乱が見られる。また,いくつかは帰化植物(江戸時代末期以降に日本に入ってきたいわゆる新帰化植物)であるか在来植物であるか扱いが分かれている。これらの植物の学名の混乱を整理するとともに,それぞれの種の日本での出現年代や分布の変遷などを調べ,帰化植物として扱うのが適当かを議論した。その結果,コバノニシキソウC. makinoi (Hayata) H. Haraは戦後に関東以南の本州,四国,琉球に広がった帰化植物であること,帰化植物として扱われることがあるシマニシキソウC. hirta (L.) Millsp.,ミヤコジマニシキソウ,およびイリオモテニシキソウC. thymifolia (L.) Millsp.は帰化植物ではなく,自生植物か,かなり古くから定着していた植物と考えられること,ハイニシキソウは典型的なものが関東以南に帰化しているほか,アレチニシキソウと呼ばれる毛の多いタイプが関東以南の本州と九州に広がっていること,イリオモテニシキソウの分布は主に琉球と小笠原であり,九州以北からの分布報告の多くは誤同定と考えられることを示した。また,オオニシキソウ,コニシキソウ,およびハイニシキソウの正しい学名はそれぞれC. nutans (Lag.) Small, C. maculata (L.) Small, およびC. prostrata (Aiton) Smallであることを解説し,ミヤコジマニシキソウに対して新組合せC. bifida (Hook. & Arn.) T. Kuros., comb. nov.を提案した。
著者
若林 三千男 大場 秀章
出版者
日本植物分類学会
雑誌
植物分類,地理 (ISSN:00016799)
巻号頁・発行日
vol.46, no.1, pp.1-27, 1995
参考文献数
16
被引用文献数
4

ホクリクネコノメの仲間(ホクリクネコノメ群)のホクリクネコノメとボタンネコノメソウは深山の渓流沿いなどの湿った場所に生え, 春先に花を咲かせる多年性草本で, 主として本州の日本海側寄りに分布している。ボタンネコノメソウはホクリクネコノメの分布域よりやや南側に生育し, 大井次三郎博士によって1933年, 種として記載されたが, 現在ホクリクネコノメの変種として扱われている。両者は主に, 花柱と雄しべが萼片より超出するか, またはそれより短いかで識別されるが, それらの変異についてはまだ詳しい解析はなされておらず, 変種関係とする理由も明らかにされていない。また両者の分布についても, 原(1957)および原と金井(1959)によって当時点での概略が示されているが, その後の詳しい研究はなされていない。最近, 岐阜県高山市在住の長瀬秀雄氏は, 飛騨地方一帯に変わったボタンネコノメソウがあることを発見された。私達はその実態を把握するため, 氏の案内で現地調査をする機会を得た。その結果, 花柱や雄しべが萼片より超出しない点はボタンネコノメソウに似ているが, 花はそれよりかなり大きく, 葯は赤色で萼が黄色を帝びるなとボタンネコノメソウとはかなり異なる特徴を示すことが確認された。さらにこの植物の分類学的位置づけを明確にするため, ホクリクネコノメ群全般にわたり, 花, 〓果, 種子表面の形態, 及び核型の変異を解析するとともに, 詳細な分布調査を行った。その結果, 上記の植物は, ホクリクネコノメとボタンネコノメソウと同様に2倍体(2n=22)で倍数性の変化はみられなかったが, 核型では一対の次端部動原体型染色体に付随体がある点でそれらと異なっていた(Fig.7)。また形態的には雌しべの形状や長さ, 雄しべの長さや葯と花糸の長さの比率など(Figs.1-3)でホクリクネコノメやボタンネコノメソウと明確なギャップがあり, 新分類群と認められた。特に〓果の形態では, 宿存する花糸は萼片と同長かわずかに短い点(Fig.4)で乾燥標本でも容易に識別できる。私達はこれにヒダボタンという和名をつけた。ヒダボタンのこれらの特徴はこれまで見過ごされてきたもので, ボタンネコノメソウと混同されていたと考えられる。また, ホクリクネコノメとボタンネコノメソウの間には上記の特徴では著しい差異があり, それぞれを変種関係とする形態学的証拠は見当たらなかった。さらに両者は異所的な分布圏をもち, まれにそれらが接する所では同所的に生育していることが分かった。これは生殖的隔離の存在を示唆するもので, 形態的ギャップと考え合わせると両者は既に種レベルまで十分分化したものと考えられる。ボタンネコノメソウは種として扱うべきだろう。これに伴い, ヒダボタンも種として扱うのが自然である。ヒダボタンも, ボタンネコノメソウとまれに混在して生育している所があり, まれに雑種と思われるものがあってもその花粉稔性は低い。ホクリクネコノメと同所的に生育している所でもそれぞれの種の特徴ははっきり維持されている。生殖的隔離が存在していると考えられる。最初に発見した長瀬氏の名にちなみ, ヒダボタンを新種Chrysosplenium nagaseiと命名・記載した。ヒダボタンは地域によって変異がみられるが, 種としては岐阜県中部を中心にした地域及び伊吹・鈴鹿山地に沿って南は三重県の野登山まで生育しており, 中国地方の山地にも散在的に分布する(Fig.8b)。岐阜県の西北部や滋賀県東北部(伊吹山地の西麓)には, 葯が黄色で萼も黄色または黄緑色で, 外観はボタンネコノメソウの品種キンシベボタンネコノメソウに似ているが, はっきりとしたヒダボタンの仲間が分布する。ヒダボタンより花がやや小さく, 分布的にもまとまっているのでこれを新変種ヒメヒダボタンvar.luteoflorumとした。また, 岐阜県西部の伊吹山地東麓, 養老山地, および霊山から野登山までの鈴鹿山地に分布しているものは, 外観は典型的なボタンネコノメソウとよく似るが, これもはっきりとしたヒダボタンの仲間である。ヒダボタンとは萼が赤褐色で花はそれよりずっと小さい点で異なっており, 新変種アカヒダボタンvar.porphyranthesと命名・記載した。中国地方に散在的に分布しているヒダボタンは, 現時点では標本によってのみ検討されたものなので, その実態については今後の調査を待ちたい。ヒダボタンの花や〓果は, ボタンネコノメソウとホクリクネコノメのものとの中間的な形態である。また, ヒダボタンは, ボタンネコノメソウとホクリクネコノメの分布域の間に位置するような分布をしている。これは, ヒダボタンがボタンネコノメソウとホクリクネコノメの間の雑種起源であるという可能性を示唆するものであるが, このことについてはさらに詳細な遺伝的解析が必要である。今回の研究でボタンネコノメソウとホクリクネコノメについても従来より詳細な分布状況を把握することができた。ボタンネコノメ