著者
植田 康孝
出版者
江戸川大学
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.26, pp.141-158, 2016-03

新しいメディアが新しい体験をもたらし,時として認識する方法を再編し人々の生活あるいは人生のあり方を変えることは,メディア史研究の源流の一つであるイニス,ハヴロック,マクルーハンらの第一世代,オングやメイロウイッツら第二世代のトロント学派によって提起されてきた。たとえば,最近のInstagram の急速な普及は,特にファッション分野において男性中心だった写真文化の「女子化」というメディア文化の変容をもたらしている。スマートフォンの普及に伴い,Instagram の月間アクティブユーザー数(MAU)は4 億人に増えTwitter の月間を超えLINEに次ぐ2 番目のアプリの位置を占めたことが報告されるが,本学学生の間においても,約6 割の学生が利用経験を有し,約9 割の学生が撮影した写真をネットに投稿した経験があることがアンケート調査で分かった。インターネットの面白いところは,作り込まれたテレビ番組を見るよりも,Instagram で流れて来る友人の近況の方が「エンタテインメント」になることである。更にInstagram が急速に広がった理由として,若者が好む「自己肯定感」がある。Instagram に投稿した意外な背景やイケてる自分が仲間に注目され認められれば,自信につながる。同じインターネットサービスであっても,ブログとは異なり,ネットワーク財としての性格が強いInstagram の場合,ネットワークを通じて拡散する傾向が強く,ユーザーの自信が増幅して投稿する誘因となりうる。特にファッション分野においては,モデルや女優が自撮りした数多くの写真をInstagram に投稿するようになっている。Instagram は,その日のファッションや訪れたカフェの写真を投稿したり,好きなモデルやタレントをフォローしたり,「おしゃれ」なイメージから大学生を中心に人気が拡大している。Instagram には,ファッションアイテムやコーディネート,ヘアアレンジ,メイクなど,多様なファッション関連写真が投稿される。Instagram はファッションに関する若者の興味関心を細分化することにより,多様化多彩化していくメディアである。一方でInstagram はそのメディア(中間)性を発揮して若者を結び付け,「想像の共同体」を育んだ。その疑似空間は時にお互いが切磋琢磨する学びの場となっている。ファッションモデルやファッションブロガーの大半がInstagram にアカウントを持っており,ファッションに関心がある若者はこれらモデルや有名人をフォローして,コーディネートを考える時にInstagram を参考にするようになっている。そのため,「ファッシニスタ」と呼ばれる美意識の高い先進的な若者がファッションに関する知識を得るメディアは,かつての店頭マネキン(1970 年代),テレビ・新聞(1980 年代),ファッション雑誌(1990 年代),読者モデルによるブログ(2000 年代)からInstagram(2010 年代)へと移行した。エンタテインメントビジネスでは,「演者」と「観客」の偏りで大きく2 つに人気構造が分かれる。たとえば,ジャニーズやAKB48 などアイドルは「異性間消費」である一方,ファッションにおけるInstagram は同性から支持を受ける「同性間消費」である。「異性間消費」は「疑似恋愛」の関係が観客から演者に取り結ばれる一方,「同性間消費」では観客から演者に「私もかくありたい」という憧れの構造が取り結ばれる。Instagram はその先進性がゆえにオールドメディア過ぎる人々には包摂と排除のメカニズムを有するが,ミレニアルズ(21 世紀世代人)にはメディア環境変化の必然である。
著者
植田 康孝 榎本 優奈
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.30, 2020-03-15

近年,ストリーミングの台頭で音楽の聴き方が大きく変わりつつある。スマートフォンが変えた様々な生活スタイルの中でも,音楽は劇的に変化した消費行動の一つである。利用者の嗜好に合わせて人工知能が推薦曲を自動的に生成し,日々変化させる。ストリーミングを利用することにより,音楽消費が好みのアーティストや楽曲,アルバムを指定して聴くスタイルから,プレイリスト中心のスタイルへと大きく変化した。ストリーミングを使ってヒットするためには,プレイリストの活用が重要になる。そして,プレイリストに採用されるためには,繰り返し聴けるBGM にもなる楽曲となることを必要とする。色々なプレイリストに入る楽曲の方が再生回数を伸ばすには,メタルのような激しいサウンドの楽曲よりも,歌詞をじっくりと聴ける楽曲の方が適する。ストリーミングランキングにおいては,売り上げや動員よりも再生回数が指標となり,繰り返して何度も聴きたくなるシンプルな「楽曲の良さ」がヒットに直結する。レコード会社,アーティスト,芸能事務所,マスメディアの力が弱まり,歌詞や楽曲が重要となっている。この点がCD シングルランキングとの大きな違いである。 「あいみょん」も「トップ50」や「ネクストブレイク」など,各社の公式プレイリストに入ったことがストリーミングにおける人気に繋がった。「あいみょん」が人気となった最大の理由として,歌詞の良さが挙げられる。歌詞に彼女が得た人気の原因があり,ストリーミングという何度でも繰り返し聴きたくなる楽曲に有利なメディアと相乗効果を生んだことが,デビュー以降の急激な人気上昇を生み出した。本研究は,「あいみょん」の歌詞に着目,テキストマイニングにより歌詞を数量化したデータに考察を加えた。「あいみょん」の歌詞を分析すると,アーティストらしさが意識された語として「君」「僕」「あなた」「2 人」がすべての楽曲において多用されていることが分かった。
著者
佐古 仁志
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.31, pp.291-299, 2021-03-15

本稿の目的は,科学の方法におけるアブダクションの位置づけを確認し,発見の方法とも呼ばれるアブダクションが,たんなる偶然のひらめきによりなされているのではなく,あらたな発見(の驚き)に対する心構えとしての習慣を必要とすると論じることにある。日本において「科学」という言葉は,理系,特に,自然科学をさすものと考えられがちであるが,「科学」を意味する英語のscience は「知る」を意味するラテン語に由来するものであり,疑念を解消するために知ろうとする探求の営みは,社会科学や人文科学(人文学)にも共通している。本稿では,まず科学の方法について確認したうえで,科学の成立と現在における様々な科学の営みを確認する。そのうえで,そのような科学の方法を駆動させる推論としてのアブダクションに注目し,広い意味での科学的な発見がどのようになされるのかを自然科学,社会科学,人文科学(人文学)それぞれについて検討する。 それらの検討を通じて,本稿では,一般にセレンディピティやひらめきとよばれるものが単なる偶然によるものではなく,そもそもそのような機会をつかみ取る心構えとしての習慣,つまり,何かをあらたに知る,あるいは発見するためには,日頃からあらたなものに対する予測と,そのような予測が裏切られることに対して驚く準備ができている必要があると論じる。
著者
植田 康孝 木内 英太 西条 昇 田畑 恒平
出版者
江戸川大学
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.25, pp.171-184, 2015-03

近年の大学教育において、特に学生集めに奔走する私学では、学生に分かり易い「現実」や「過去」を教育対象とする傾向がある。いわゆる「置きに行く」と呼ばれる行為である。しかし、本来「大学」とは長期的視座に立って時代や学生の一歩先、半歩先の方向性を提示する機関であるべきはずである。本稿は、このような反省に立ち、新たな時代概念として「インフォテインメント(Infotainment)」を提示して、概説するものである。「インフォテインメント(Infotainnment)=情報娯楽」とは,「エンタテインメント(Entertainment)=娯楽」と「インフォメーション(Information)=情報」を融合させた上位レイヤー概念である。アナログ文化に留まらず,「(デジタル)インフォメーション」と融合することにより,「エンタテインメント(Entertainment)」をより魅力あるものにすることが可能となる。「スマート(賢い)エンタテインメント」とも言うべき存在である。具体的には,初音ミクや末永みらい,プロジェクションマッピング,ライブ・ビューイング,AR(拡張現実)を用いた劇場演出などが挙げられる。一方でイノベーションの基に生まれる画期的な「(デジタル)インフォメーション」もスムーズに社会や市民に受け入れられる訳ではない。材料を削る切削加工,金型を用いた射出成形,板金やプレス成型などを代替する新しい製造技術として期待される「3D プリンター」も,フィギュアやキャラクターグッズ,アクセサリーなど「エンタテインメント」との融合を起点とすることにより,ユーザー・インターフェイスを格段に向上させる。「クール(カッコイイ)インフォメーション」とも呼ぶべき出発点はユーザーフレンドリーな存在である。平成27 年度カリキュラムから本学マス・コミュニケーション学科に創設される「エンタテインメント」コースは,これら「スマート・エンタテインメント」や「クール・インフォメーション」の上位レイヤーのコンセプトとして「インフォテインメント」を掲げ,これを学ぶものである。従来のアナログ中心の「エンタテインメント」教育や,効率性・利便性を中心とした工業的な「情報」教育とは,明確なる区別を目指すものであり,新たな時代の実践モデルを図る。平成26 年度においては,「プロジェクションマッピング」「3D プリンター」や「ユーストリーム中継」を用いた教育を実践し一定の教育効果を見た。平成27 年度は改組した上で,「人工知能(AI)ロボット」や「AR ウェアラブル端末」を用いた新たな「インフォテインメント教育」を導入する計画である。
著者
植田 康孝
出版者
江戸川大学
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.25, pp.185-193, 2015-03

2014 年3 月に国内上映が始まったディズニー映画「アナと雪の女王」は,興行収入で,「千と千尋の神隠し」(304億円),「タイタニック」(262 億円)に次ぐ歴代第3 位となったが,ヒット作以外は厳しいのが,日本における映画産業の現状である。2013 年の日本公開映画の1 本当たりの興行収入は1 億7,389 万円であり,1973 年以来40 年ぶりの低水準に落ち込んだ。興行収入総額は1,942 億円であり,3 年連続で2,000 億円を下回り頭打ちとなっている。このような中で,閑散期に映画館の上映室や座席を有効利用する策として考えられたのが,映画以外のコンテンツ配信である「ODS(Other Digital Stuff)」あるいは「AC(Alternative Contents)」とも呼ばれる「ライブ・ビューイング」である。「ライブ・ビューイング」は,音楽ライブ,スポーツイベントなどの中継,オペラやミュージカル,歌舞伎,落語など様々なジャンルに及ぶ。また,映画とは異なり鑑賞料金の価格を自由に設定することができることに加え,人気アーティストの生中継では満席に近い集客が期待できるため,映画上映では平均稼働率25% にしか座席が埋まらない映画館側にとってメリットがある。観客にとっても,入手困難で高額なチケットを購入しなくてもライブの臨場感を楽しむことができること,ライブ会場までの長距離移動が解消されること,ゆったりとした環境で視聴できることなどのメリットがある。
著者
廣田 有里 清野 隆 大内 田鶴子
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.30, 2020-03-15

地縁型コミュニティの重要性が高まっている現在,希薄になったつながりを取り戻す試みが注目されている。そこで本研究では近隣住民ネットワークを構築する方法に注目し,オレゴン州ポートランド市のシティリペアプロジェクトの取り組みについて報告する。シティリペアプロジェクトは,創造的活動を通して人々が集まる場所を作り,つながりを取り戻す活動を行っている。シティリペアプロジェクトは,デザインされた空間自体は簡易的なものであったが,その建設や作成過程にコミュニティが主体的に携わる点に特徴がある。さらに,建設と政策の過程自体が,コミュニティ形成を強く促す効果があることが明らかになった。
著者
森川 俊生
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.30, 2020-03-15

地上波のテレビ番組において,30 年程前までは「映像の補足説明」に過ぎなかった文字テロップが,今や「映像」と「音声」に並び立つ主要な表現手段の一つとなっている。現在地上波で放送されているテロップを目的と機能に沿って細かく分析すると大きく10 のカテゴリーに分類されるが,その中でも1990 年代以降,急激に増加したのがサイドテロップである。テレビのリモコン普及とともに,ザッピング対策を主な目的として始まったサイドテロップの現状を分析すると,番組のジャンルごとに大きな特徴が見られた。 サイドテロップの目的には大きく「視聴者の理解を助けること」と「視聴者の興味を引き付けること」の二つがあるが,報道情報番組においては前者が,バラエティ番組においては後者が主な目的となっており,さらに報道情報番組ではその色調によって番組のイメージカラーを印象づけて類似番組との差別化を図る手段となり,バラエティ番組ではカラフルな色づかいにより画面を華やかにする役割を担うなど,多様な目的を持つようになっていることがわかった。過去30 年を通して,テロップが地上波の番組に質的変化をもたらしたのである。
著者
植田 康孝
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.28, 2018-03-31

アイルランド出身の劇作家ジョージ・バーナード・ショーは「老いるから遊ばなくなるのではない。遊ばなくなるから老いるのだ」と残し,人は感情から老いることを諭した。明るい社会を構築するためには,夜遊びを楽しむ元気で健康な大人が必要であり,日本でも,「夜の活力」を維持する努力が欠かせない。高齢者は若者に比べ夜間の屋外活動時間が短いため,社会の高齢化に伴い日本の夜間経済(ナイトタイム・エコノミー)が縮小しつつある。訪日外国人客からは,日中には観光に忙しいが,夕食後は時間を持て余すため,日本の都市について「夜,遊べる場所が少ない」との不満が聞かれる。夕食後の午後8時から午前3時までの時間帯は飲食やカラオケが主体となっているが,訪日客の本時間帯における消費は少ない。欧米では,ミュージカルに音楽ライブやダンスなど,大人が深夜まで楽しめる「クラブ文化」が根付き,「ナイト・エンタテインメント」(「夜遊び経済」)が盛り上がって来ている。年間4,000億円とも言われる「ナイト・エンタテインメント」市場の創設に向け,ナイト・エンタテインメントを楽しむモデルケースが求められている。 本稿は,「子供向けエンタテインメント」に対する抑制された「遊び」に対する反発として,「遊び」の原点である「快楽」を求める「ナイト・エンタテインメント」の「飲酒」を取り上げる。時に「ナイト・エンタテインメント」に有用性は認められず,その享受者は後ろめたささえ感じて来た。実際,大衆が楽しむ多くの「ナイト・エンタテインメント」は低俗なものとして,高級文化に対置され,一段低く見なされた。なお且つ学術的研究の対象からも排除され,時に低級なものとして揶揄の対象となる傾向があった。映画や文学,スポーツなど「子供向けエンタテインメント」には有用性があるとされ,「ナイト・エンタテインメント」は堕落的,金銭浪費的であると捉えられた。 本稿で扱う「飲酒エンタテインメント」には,人口減少,少子高齢化,若者のお酒離れなどマイナストレンドが進む。エンタテインメントの選択肢が数多く存在する21世紀にあって,居酒屋での飲酒は現代人には時間的に長過ぎるエンタテインメントであり,衰退傾向にある。例えば,ビール市場は1994年をピークとして,近年は下落基調が継続し,ピーク時の4分の3になった。また,日本酒の消費量は直近40年間でピーク時の3分の1にまで減少している。しかし,近年,人工知能により大幅に品質改善が進み,SNSでの高い評価を受けて,国内需要の見直しに留まらず,日本製ワインや日本酒の輸出も増加傾向にある。ワインや日本酒の輸出増加の恩恵を受け,原料となるブドウや酒米の生産量も増加に転じている。飲酒エンタテインメントにおいて,人工知能技術の導入による技術革新を発端として,輸出→生産増→原料生産増加という経緯を経た「第6次産業化」が進行中であることは,ナイト・エンタテインメントに新時代(人工知能やロボットなどを上手に利用する「テック社会」)の到来を促している。
著者
杉山 瑠人 浅岡 章一
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.29, 2019-03-15

本研究では,パレイドリアテストの図版を用いて,一般大学生の顔知覚上の特徴に関する個人差を測定し,その結果と超常現象体験報告の有無との関連について検討した。本研究において実施された顔検出課題の結果,参加者の約4 割が本来存在しない顔をノイズパレイドリア図版の中に見いだしていた。そして,そのような参加者においては,宇宙人や幽霊に関わる超常現象を体験したと報告する割合が高い傾向が示された。この結果は,本来顔が存在しない画像の中に顔を見いだしやすいという顔知覚上の特徴が,宇宙人や幽霊に関する主観的超常現象体験を生み出す認知的メカニズムに関わっていることを示唆するものと言えるだろう。
著者
佐古 仁志
出版者
江戸川大学
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.30, pp.257-265, 2020-03

本稿では,心理学と哲学の〈あいだ〉でなされてきたインゴルドの思索の変遷を,彼の「移動」にまつわる研究に注目し,展開する。特に,インゴルドが西洋近代思想の特徴と主張している「反転の論理」の要点が「〔存在するものの〕知覚」と「〔存在しないものの〕想像」の区別・対立にあること指摘する。そのうえで,「反転の論理」を反転させようとするインゴルドの試みが,たえず生まれては消えながら波を形成する波頭のように,生きることをたえざる世界との調整あるいは世界の形成に見る生成の人類学とでも呼ぶべきものであること,さらには,パースの連続主義と結びつけることで,身体性認知科学の方へと展開しうるということを提示する。
著者
高見 寛孝
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.29, 2019-03-15

日本人の精神文化の解明を目標のひとつとして掲げている日本民俗学の立場から、古典文学を研究資料として取り上げて論じた。具体的には、平安時代に生きたひとりの女性清少納言によって書かれた『枕草子』の中から仏教関係の記事を拾い出して分析した。末法思想が広まり、浄土教が特に貴族層の間に浸透したとされる時代において、『枕草子』の中に極楽浄土への往生志向は見られない。清少納言の価値観は現世利益志向である。仏教に求める清少納言のこの態度は現代日本人と変わりなく、歴史を通底する日本人の価値観だと考えられる。
著者
植田 康孝 木村 真澄
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.27, 2017-03-31

日本人は,鉄腕アトム,ドラえもんなど,いつの時代も人間そっくりのヒト型ロボットに憧れて来た。そして,その憧れは,近年,技術革新が著しい人工知能へと結び付く。人間のように動き,時に感情まで持つアンドロイド(ヒト型ロボット)は様々なSF マンガに登場するため,今やエンタテインメントには欠かすことが出来ない存在になっている。鉄腕アトムやドラえもんといった,ロボットを題材としたアニメが人気となった日本では,特にヒト型ロボットの研究が先行して来た。コミュニケーションが出来るヒト型ロボットは海外でも需要が高い。日本以外にも少子高齢化に悩む国では新たな労働力が必要となるためである。サービス業でロボットを利用すれば,生産性を向上して経済成長を促すことが出来る。日本は,福島第一原発,少子高齢化に伴う健康・医療,介護,労働力不足,地方経済の疲弊など数多くの課題を抱えるが,課題解決するためには人工知能(ロボット)の活用が不可欠である。課題先進国であるからこそ,人工知能の開発が進むチャンスである。 問題となるのは,ロボットが獲得する「自律知」である。人間が作り出す人工知能を搭載する最新のロボットは果たして「心」を持つことが出来るのか。「感情」や「自意識」を持った「人格」がロボットに宿るのか。議論の分かれ目は「感性」や「意識」,そして「精神」や「魂」といったある種の神秘性をロボットが持てるか,それともそれらがロボットには欠落するか,という点に尽きる。この問題は,ハリウッドのSF 映画における見方と日本アニメ文化の見方で大きく分かれる。西欧キリスト教文明では,心を持つのは人間だけに限定され,動物には心はないと考える。ましてやロボットのような無機物の「魂」には「心」も「魂」もないと考える。一方,日本人は,路傍の石やモノノケなど森羅万象あらゆるモノに「モノの気」があると考えて来た。もちろん森羅万象の「気」「魂」「心」「意識」「自我」には様々な階層があるが,自然に対するそのような見方の下では,人間以外の存在も「心」や「魂」を持てることを,日本人は自然に受け入れることが可能になっている。 「ドラえもん」や「鉄腕アトム」のような「自律知」を持った「汎用人工知能」を実現するためには,2つの問題を解決しなければならない。人工知能のシステムに価値観を「植え付ける」という技術的問題と,その価値観はどういうものにするべきかという倫理的問題である。道徳論はいわば,人類の永遠のテーマとして扱われて来た。何千年も前から議論が続いているが,私たちはいまだ道徳論に対する「正解」を見つけられずにいる。汎用人工知能として日常生活に溶け込むロボット「ドラえもん」にどのような倫理観を植え付けるべきかという正解を見つけることは,今後ともに議論の余地を残す。軍事ロボットを開発する米国や中国と異なり,ロボットを平和用途に限定して用いる日本が果たすべき役割は大きい。いつの時代も問われているのは人間の倫理観である。
著者
下平 拓哉
出版者
江戸川大学
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.33, pp.349-359, 2023-03-15
著者
高見 寛孝
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.33, pp.1-15, 2023-03-15

先祖と子孫を結び付ける文化装置としてのイエが大きく変容している今日の社会において、イエを中心に行われてきた死者祭祀のありかたもまた変わらざるを得ない。これからの社会において先祖を含む死者祭祀はどのように行うのがよいのか、その手掛かりを求めるべく、柳田國男と有賀喜左衞門の先祖論を取り上げた。柳田が人々の心の癒しを先祖祭祀に求めようとするのに対し、有賀はむしろ本家と分家とを政治的・経済的に結び付ける社会的機能を重視する。本家分家関係も、そして先祖子孫関係もますます変容していくことが予想される中で、死者と生者とはどのような関係を構築していけばよいのかを考察した。
著者
薊 理津子
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.29, 2019-03-15

本研究では,宝塚歌劇団(通称タカラヅカ)のファン心理について,日本人ファンと海外ファンとを比較することを第1 の目的とし,また,約25 年前に上瀬(1994)が実施した,日本人を対象としたタカラヅカファンの心理に関する研究結果と,本研究の結果とを比較することを第2 の目的とした。結果,タカラヅカの日本人ファンについては上瀬(1994)とほぼ同様の結果が得られ,日本人ファンがタカラヅカに抱いているイメージや求めているものは時代によって変化していなかった。一方,海外ファンは日本人ファンと同様に舞台の華やかさ,美しさ,男役のかっこよさに魅力を抱いているという共通点もあったが,タカラヅカ独特の世界感および文化を好んでおり,また,男役を理想の男性像と重ねているという相違点が示された。
著者
下平 拓哉
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.32, pp.321-334, 2022-03-15

日本にとって,国家の命運がかかった太平洋戦争は,日本海軍連合艦隊司令部の事実上の解体,原爆投下,ソ連侵攻などを経て,天皇陛下の聖断という形をもって幕を閉じた。本稿では,日本海軍が開戦までにどのような終戦構想を描き,開戦前にはそれがどのような変化を遂げて,終戦の聖断へと至ったのか。その流れを,主として高木惣吉の文献を通じて考察した。