著者
小口 彦太
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.32, pp.1-48, 2022-03-15

1990 年代に入るや,鄧小平の「南巡講話」を突破口にして,中国の市場経済が本格的に始動し始め,これと符節を合わせて統一契約法が1999 年に制定された。この法律は中国内の市場経済を媒介するための基本法としてだけでなく,国内市場と国外市場を繋ぐ[接軌=レールを繋ぐ]ことを目的として制定されたものであり,したがって立法時にあって最新の国際的契約立法・思想を参照したきわめて先進的契約法であった。しかし,この法は2020 年の民法典の編纂にともない,その法典の中の一編として組み込まれることになった。しかし,そのことは統一契約法の諸規定がそのまま機械的に民法典の中に移し替えられたことを意味しない。統一契約法中の7ヵ条が削除され,26ヵ条が新設され,ほぼ無修正のまま民法典に継承された条文は僅か21.7%に止まった。このことは,統一契約法から民法典契約編への移行がきわめて大掛かりな作業であったことを意味している。そして,注目すべきことは,民法典編纂を契機として本格的注釈書が刊行されたことである。本稿は,民法典編纂に伴う「契約法」から「契約編」への条文の改変の在り様を逐条的に示し,あわせて法解釈論上興味あると思われる条文につき王利明主編『中国民法典釈評』合同編通則およびその他の注釈を【注記】の形で書き込んだものである。もとより本稿での注記はきわめて限られたものであり,今後これを拡充すると同時に,各条文の解釈に関する学説と裁判例の渉猟に努めたい。こうした作業を行う目的は二点あり,その一は,中国ビジネスに携わっている実務者にできるだけ正確な中国契約法の情報を提供することであり,その二は,比較法的関心であり,中国法と日本法の条文上および解釈論上の「ズレ」に着目して,何故このような「ズレ」が生ずるのか,その社会的要因は何なのかという問いを究明することである。
著者
神田 洋
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.31, 2021-03-15

1998 年の米大リーグを報じた日本のマスメディアには,筋肉増強剤使用を容認する記事が表出した。強打者マグワイアがシーズン中に筋肉増強剤の使用を告白し,年間本塁打記録を更新。薬物使用を巡り米国で起こった論争を受け,日本でも薬物批判だけでなく薬物容認論が出た。 米国の薬物容認論は批判への反論であり,日本でも同じ図式の容認記事が見られた。それらはHoberman ら米国の先行研究が示した容認の理由に合致するか,あるいは理由を日本の状況に置き換えて解釈することができた。その一方で日本にしか見られない無造作な容認と言える記事も多く見られた。筋肉増強剤での肉体強化という逸脱行為そのものを楽しむ姿勢や,大リーグの権威への無批判な追随が,無造作な薬物容認を生んだ背景で特に目立ったものであった。いずれの背景も海外事情を報じる日本のジャーナリズム全般の問題につながるものであり,日本ジャーナリズム史の中での大リーグ薬物報道の位置づけは今後の課題となる。
著者
植田 康孝
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.27, 2017-03-31

日本は,面積は世界60 位に過ぎないが,人口は世界10位,GDPはいまだ世界3位であり,「大きな力を持つ小さな島国」である。しかし,同じく小さな島国であるニュージーランドと日本の国民生活の質を示す「一人当たり名目GDP」は逆転し,年々その差を拡げつつある。伴い,多くの変化が見られるようになって来た。日本とニュージーランドは対極にあることが分かる。日本が貧しくなっているならば,ニュージーランドは豊かになっている。英国EU離脱や米国トランプ大統領就任が続く中,移民を上手く受け入れ自由貿易を推進するニュージーランドは今や「世界を元気づけ幸福に出来る唯一の例外」である。 ニュージーランドでは,2016年12月,49.5% という高い国民支持率を得ながらジョン・キー首相(1961 年8 月9日生まれ,55 歳)が「今が引き際」と辞任(政界引退)を表明し,副首相兼財務相のビル・イングッシュ氏にその座を禅譲する潔さが話題となった。一方,日本は,東京五輪準備で元首相が影響力を行使するなど,高度経済成長の頃を夢見て,客観的な判断を怠る姿を露呈した。日本の凋落は,幻想に縛られ,時代の転換期に付いて行けなくなっている前世代がもたらす「老害」に他ならない。「21 世紀に生きているのに,20世紀から抜け出せない感覚を抱いている」世代は,若い世代に居心地の悪さを与える。日本の若者は,職業が安定せず年金がもらえない不安があり,賃金も低いまま放置されている世代である。将来に不安があるため,晩婚化が進み社会に少子化をもたらす。民主主義はその参加者により決まるが,わが国が抱える病理は,参加者の大半が高齢者になっている点である。高齢者は自らの世代を最優先に考えて行動するため,年少世代が貧乏くじを引く羽目に陥いる。 2016 年末,テレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ(逃げ恥)」が若者を中心に人気沸騰したが,25 歳大学院修了で働きたい意欲を持つ主人公「森山みくり」(新垣結衣)が派遣切りされ月給19万4,000円で「家事のプロ」を目指さなければならない,「就職難」「晩婚化」という日本の若者が抱える現代事情を反映させたことが,広く「共感」を呼んだ。若者世代は社会や他人から必要とされたいアイデンティティ欲望を強く持つが,高学歴で「できる」若者が,「できない」高齢者の割を食う構図にあり,生き難いと感じる社会になっている。主人公が「ああ,誰にも必要とされないって,つら~い」とため息を付くところから,作品は始まった。 同じく大ヒットした「君の名は。」は,女子高生・三葉(上白石萌音)と男子高校生・瀧(神木隆之介)の「入れ替わり」という超常現象で結び付いた恋愛関係が山深い町に住む人々を100 年に1 度の彗星が近付く巨大災厄から救う大きな力になる。若者世代が活躍する場が狭められている日本において,「社会に役立つ存在になりたい」「他人から必要とされたい」という2つの欲求を同時に成就させる過程が若者世代の心を捉えた。 バブルを知らず大きな災厄のみを体験して来た若者世代は「もう日本は経済成長せず,下り坂を転がり続ける」と感づいており,「日本はどうなってしまうのか」と壮大な不安の只中にいる。東京五輪も無責任な高齢者たちが場当たり的に事を進める茶番を繰り広げ,大手メディアからの「みんなで」応援しようという「同調圧力」は悽まじい。推進するはずであった大手広告代理店は24歳の新入社員を過重労働やサービス残業,セクハラやパワハラで自殺に追い込んだ。SMAP が解散に至るまでの経緯は,若い挑戦者が年長者や既存システムにすり潰されて行く姿を映し出した。新しい時代を築くためには新しい発想が不可欠であり,若者世代が主役となるべきであるが、日本は若者世代が活躍する場が極めて狭い社会となっている。 「老人大国」日本と「若者の国」ニュージーランドでは将来性に大差があり,今後更に格差が拡がる見込みである。
著者
植田 康孝
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.29, 2019-03-15

アイドルグループの一部はメンバーを次々と変えるが,人気グループはメンバーの誰かが卒業・新加入を繰り返して新陳代謝することにより,その変化に柔軟に対応し,進化を遂げることに成功している。メンバーやファンは寂しさを感じながらも,新たな出発点を経てグループは更に強くなって行く。以前のアイドルの「解散」「引退」宣言は,どれも悲壮であったが,近年の「卒業」「活動休止」「充電」発表には悲壮感はなく,清々しいくらいに前向きとなっている。ヴァーチャルコミュニケーションを継続することにより,ファンとの関係をそのまま継続することが出来,様々な経験をした後で芸能活動に復帰したりするケースも増えている。 2017 年9 月27 日,安室奈美恵が1 年後の引退を発表すると,「安室ロス」を嘆くファンが続出した。2018 年9 月16 日,平成を代表する歌姫であった安室奈美恵は,ファンに,社会に,音楽界に大きな足跡を残し引退した。閉塞した時代,現状の自分や社会への不満など暗い話題の多かった「平成」に,安室奈美恵は女性の憧れの「アイコン」になった。地位にしがみつかない清々しい引退劇を目に焼き付け,感謝の思いを伝えようとファンは「社会現象」と呼ばれる程に共鳴した。平成が終わる前に,平成を象徴する歌姫はステージを去った。そして,嵐が活動休止する。平成元年6 月に「歌謡界の女王」美空ひばりが亡くなり,昭和が美空ひばりと共に去ったことを想起させる。 このような社会的な注目を浴びて惜しまれつつ去っていく人がいる一方,人知れず去っていく者,業界から追われる人など 「有名人の引き際」は千差万別である。毎年多くのタレントを輩出するアイドルは,引退や卒業が多い。ブレイクする一握りのアイドルに隠れ,ひっそりと消えて行くアイドルは少なくない。「アイドル戦国時代」と言われたブームは収束,メジャーアイドル,インディーズアイドル共に,卒業(引退),解散,活動休止が増え,多くのファンを悲嘆に暮れさせている。昨今も「SMAP ロス」「福山ロス」「堀北ロス」「アムロス(安室ロス)」「さや姉ロス」「なあちゃん(西野)ロス」「嵐ロス」などのショック(精神的な空洞)現象が指摘された。「行動経済学」では,損は得をした場合より2 倍の心理的な負担が掛かるとされる。推しメンの卒業という損失が回避することが出来なかった場合のファンに掛かる心理的負担は極めて大きい。本稿においては,複雑な「アイドル」パンデミック現象を,仮に経済学の前提に当て嵌めて,単純に数理モデル化した場合における定量化評価を行うことを試みる。「パンデミック」と呼ばれるほどに大きな社会現象でありながら,これまで未整理のまま論じられることが多かった「アイドル」の「ファン心理」に関して,多くのレポートや著書に欠落した部分を学術的に補完する。
著者
植田 康孝
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.28, 2018-03-31

「ナイト・エンタテインメント」は,「子供向けエンタテインメント」に対し,自律的にナイトタイムに楽しむ「大人向けエンタテインメント」を指す。「子供向けエンタテインメント」は,大人の世界への入口に位置付けられる。子供たちは,従来,大人たちの様々な行為を観察して遊びの世界に取り入れることで楽しんで来た。子供は,仲間が集まって行う「子供向けエンタテインメント」から,工夫することの面白さや社会のルールを学ぶ。子供の遊びで良く使われる「~ごっこ」という名称は,「~ごと」には,「真似る」「仮託する」という意味を内包する。 「ナイト・エンタテインメント」は,このような「子供向けエンタテインメント」から独立する。本稿は,「子供向けエンタテインメント」に対する教育的な「遊び」とは遊離した形態で,「遊び」の原点である「快楽」を求める「ナイト・エンタテインメント」の一つである「ギャンブル」を取り上げる。現代社会は,貧富の格差が固定化して社会の閉塞感に溢れ,「夢を持ち難い時代である」と言われる。そのため,ギャンブルで夢やファンタジー,非日常性を見たい人が増える背景が確実に存在する。確率から考えると明らかに非合理的行動に捉えられる「宝くじを購入する」人が現在も少なからず存在することが,それを示す。 商業カジノは依然として,世界的に成長が著しいエンタテインメント分野であり,世界の100カ国以上で開業されているが,日本においても解禁されることが議論されている。カジノには,負の側面があることも見逃すことが出来ない。これまで10年以上に亘って何度も導入が試みられながら挫折を重ねて来たのは,ギャンブルに対して国民の根強いアレルギーがあることを背景とする。お酒,エロスを含め嗜好的な色彩が強い「ナイト・エンタテインメント」は,倫理面から批判されることも多い。ここに,経済学で良く知られた「合成の誤謬」が発生する。ミクロ経済の個人行動として道徳的なことでも,みんなで行うとマクロ経済では困難な状況を招くことを指す。例えば,倹約や借金をなくす行為は,個人的な道徳観では良いこととされるが,みんなでやると消費が落ち込み,不況になり,結果,みんなの所得が少なくなり,失業が発生する。政府の借金である国債をゼロにしようとすると,超緊縮財政になり,国民経済は大きなダメージを受ける。「借金をしない方が良い」という個人の道徳心は,ビジネス面においてはマイナス面が大きい。個人や企業の借金を増やしたこと自体を道徳的に批判することは,マクロ経済的観点からすれば筋違いとなる。同様に「ナイト・エンタテインメント」を消費することは,個人的な道徳心に反しても,厳しく批判したり否定したりすることは「合成の誤謬」につながる。 カジノは概して,他のエンタテインメントと同様にビジネス面で機能することが実証されている。映画館,プロスポーツチーム,遊園地と同様,消費者が進んで支出するサービスを提供する娯楽に過ぎないが,カジノなどギャンブル全般を不道徳であると見做し,偏見を持っている人は多い。このような主張は,良く言えば極めて単純,悪く言えば短絡的に捉えられる。日本は,「サッカーくじ」導入の際も,子供への悪影響など机上の空論を議論して,時間を費やした苦い過去を持つ。カジノも同様の側面があり,イメージではなく,正確にメリットとデメリットの両面を,学術的に把握する段階に来ている。
著者
下平 拓哉
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.31, pp.301-309, 2021-03-15

現在主流の統合作戦の中核である統合参謀本部の起源は,諸外国に先駆けて日本にあった。しかしながら,太平洋戦争を振り返れば,日本帝国陸海軍に統合の片鱗も見ることはできなく,統合参謀本部の崩壊原因を探る意義がそこにある。統帥権独立から帝国国防方針策定に至る歴史的経緯を,陸海軍の駆け引きを中心に分析し,そこから歴史的教訓を抽出した。
著者
田畑 恒平 西条 昇 木内 英太 植田 康孝
出版者
江戸川大学
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.26, pp.291-300, 2016-03

クラウドとビッグデータ,人工知能などの情報通信技術(ICT)の発達によって今後必要となる能力や人材が今までとは大きく異なってくる。多くの人がそう感じ始めているが,問題であるのは,その動きがかなり急速なことである。必要とされる能力が急ピッチに変化するならば,その変化に応じた能力開発も急ピッチで行っていく必要がある。もちろん大学教育の内容も大きく変革していかなければならない。急速な時代変化に合わせた大学教育の変革の必要性を感じた植田・木内・西条・田畑[2015]は,「エンタインメント」と「インフォメーション」を融合させた上位レイヤー概念として,「インフォテインメント(Infotainnment)」を定義した。本学マス・コミュニケーション学科「エンタテインメント」コースにおいては,「ハロウィンパーティ」の企画および実際に自らが仮装して歌や踊りなどのパフォーマンスを行う「エンタテインメント」の要素と,イベントをライブストリーミングで配信するという「インフォメーション」の要素を融合させた教育を2015 年10 月30 日に実践した。動画配信サービスは,ユーザーが投稿した動画を共有する「動画共有」と,ユーザーがライブ放送を共有できる「ライブストリーミング」の2 つから成るが,前期(2015 年5 月8 日)に行った動画共有サービス「Vine」による実習に加えて,後期でライブストリーミングによる実習も付加することにより,動画配信サービスに対する知識とスキルを学生は習得してくれたことを確認できたため,本稿に事例紹介する。LINE がスマホで動画を配信す「LINE ライブ」は,2015 年12 月10 日に始まったばかりのサービスであるが,視聴者は対話アプリ(日本国内は5,800 万ユーザー)と別の専用アプリをダウンロードすることにより,公演中のコンサートをスマートフォンでどこでも見ることが可能である。ドワンゴが手掛ける「ニコニコ生放送」サービスに続く生中継サービスが登場することにより,テレビに代替するサービスになると注目されていたが,インディーズアイドル「原宿駅前パーティーズ」による2015 年12 月24 日限定のクリスマス公演は128 万8,000 視聴という驚異的な数字を記録し実証する形になった。また,テイラー・スウィフトやアデルが世界ツアーの映像を「アップル・ミュージック」でコンサート映像を独占配信したり,リアーナが世界ツアーの映像をサムソン「ミルクミュージック」で,コールドプレイがロサンゼルスで行ったコンサート映像をJay-Z「タイダル」で配信したりするなど,人気アーティストが積極的に活用するようになっている。「ライブストリーミング」は,テレビ番組では視聴者が少なくて放送できないようなリアルタイムの映像を届けることができるため,テレビ番組に飽き足らず「テレビ離れ」を進めた若者世代が視聴するメディアに位置づけた結果,テレビの求心性は解体しその啓蒙機能は著しく減衰,レガシー化されつつある。更に,レッド・ブルやコカ・コーラなどの有力広告主が「ライブストリーミング」に対してテレビを代替するメディアとしての有効性と成長性に期待し,この流れに拍車を掛けている。このようにライブ配信は,ライブアイドルにとって不可欠のサービスになっており,芸能事務所や音楽関係を志す学生が多いエンタテインメントコースにおいては習得することが求められる重要技法の一つに位置づけられる。
著者
清水 一彦
出版者
江戸川大学
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.26, pp.159-172, 2016-03

出版とは情報を編集して公開する行為である。出版行為の結果としての出版物には,書籍,雑誌,ムック,コミックス,新聞,そして印刷メディアからの拡張である電子書籍,電子雑誌などがある。江戸川大学マス・コミュニケーション学科出版研究ゼミナールでは,新聞記事制作も出版行為の一部として千葉日報社主催のチバ・ユニバーシティ・プレス(CUP)に参加している。本稿ではCUP の教育効果を個別的に論考する。具体的な教育的効果としては,①体感的にジャーナリズム的な思考を獲得できること,②新聞に書くことでうまれる責任と社会的影響を実感できること,③メンタル面でのストレスが連帯感と技術習得をうながすこと,そして④取材量の確保ができることの4 点があげられる。
著者
中村 真
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.28, 2018-03-31

本稿は,恥意識が社会的逸脱行為に対して促進・抑制の両面にわたって影響を及ぼすことを首都圏の四年制大学に通う学生を対象とする質問紙調査を行って実証的に検討した。先行研究の知見をふまえて,自分の行動が自ら立てた目標や基準に合致しないときに生じる「自分恥」,および,自分の行動が社会一般の常識やルールと一致しないときに生起する「他人恥」が社会的逸脱行為に対する許容性を抑制すること,自分の考えや行動が身近な仲間集団と一致しないときに生じる「仲間恥」が社会的逸脱行為に対する許容性を促進するという仮説を設定し,これらを概ね支持する結果を得た。また,「仲間恥」が社会的逸脱行為を促進する背景に,規範意識の低い仲間との同調傾向があることを裏付ける因果モデルの検証をパス解析により行った。
著者
大矢 裕一
出版者
江戸川大学
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.30, pp.251-255, 2020-03

社会的厚生は,個人の効用の集積であり,社会全体の望ましさを示すものである。公共経済学ではこの社会的厚生を最大化させる制度設計のあり方がこれまで議論され,社会的厚生を最大化させることが政府の役割であることが認識されている。しかし,周知されている通り,「市場の失敗」及び「政府の失敗」によって,社会的厚生の拡大が抑制・毀損される。これらのことに加え,事業の許認可における行政の判断の誤りによって社会的厚生の拡大が阻害され得る。本研究は,事業に対する行政の許認可に関して,社会的厚生毀損の要因を行政と市場との関係から検討し,社会的厚生を確保するための,市場に対する行政の役割を明確にする。 行政は事業の許認可権限を持つため,行政は実質的に企業の市場参入を規制(審査)する権限を持つことになる。言わば,行政は企業の市場参入への門番(ゲートキーパー)の役割を果たすことになる。公害等負の外部効果を発生させる事業者,食品衛生の維持に不備のある事業者や危険物を適切に処理する能力を有しない事業者等,不適切な事業者に対して,また,事業の許認可をめぐり事業者間で競合となった際に社会的厚生の最大化に適さない事業者に対して,市場参入への事業の許認可を行政が与えることを,本稿は「行政の失敗 (administrationfailure) 」という概念で示す。「行政の失敗」の要因は,事業の審査に関する法の不備,行政と事業者との情報の非対称性,行政(官)の審査能力の欠如,事業審査の際の行政への贈賄が考えられる。外部不経済を発生させる無許可操業や,国民生活に弊害を及ぼす薬物の売買等の犯罪行為に対する取締りの不備も,予算と人員の制約を受けるが,それらを取り締まる立場にある警察行政という観点で「行政の失敗」と言える。
著者
小原 裕二
出版者
江戸川大学
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.29, pp.233-238, 2019-03

近年政府の様々な会議においてIT パスポート試験を拡充することが示されている。そのため,企業人事担当者からは採用時に,学生のIT リテラシーを証明するものとして高く評価される資格であり,入社までに取得していることが望まれている。本稿では,情報文化学科における取組みについて報告する。本年度のIT パスポート試験の合格者数は19 名 (2019 年1 月末時点)であり,昨年度の合格者数を上回る結果となった。さらに,上級資格である基本情報技術者試験に2 名合格することができた。このことは,学生の資格取得に対する意識が向上した結果である。また,学習する環境としてエドクラテスを活用してe-Learning サイトを開設することができたことは大きな成果である。
著者
浅岡 章一 福田 一彦
出版者
江戸川大学
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.27, pp.329-334, 2017-03

様々な認知機能に与える乱れた睡眠習慣の悪影響は,多くの実験や調査によって明らかにされてきている。乱れた睡眠習慣と学業成績との関連も国内外を問わず多数の研究で確認されていることから,学校現場における睡眠教育の必要性も以前から指摘されている。しかし,学校現場における睡眠教育の現状においては不明な点も多い。そこで,我々は子どもの健康教育の担い手と考えられる養護教諭 (保健室の先生) を対象として,睡眠に対する正しい知識の有無と睡眠教育の現状に関する調査を行った。さらに睡眠の正しい知識の教育現場への普及方法に関する示唆を得ることを目的として,養護教諭が睡眠教育のために睡眠の専門家からどのような支援を必要としているのかについて「ニーズ調査」を合わせて実施することとした。調査の結果,養護教諭は睡眠教育の必要性を高く考えているが,実際に学校現場では睡眠教育を頻繁に実施できていないと考えられた。信頼できる情報を載せたWeb サイトやテキスト・スライドの必要性が高く評価されており,睡眠に関する正しい情報を収集し難い事が教育現場における睡眠教育の実施を妨げている一因と考えられた。
著者
中村 真 中尾 花奈子 西村 律子
出版者
江戸川大学
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
no.30, pp.267-280, 2020-03

本稿は,衝動性が意欲低下を媒介して間接的に適応感の低さに影響するというモデルを考案し,その妥当性を検討することを目的に行われた実証的研究である。首都圏の四年制大学で心理学系学科に所属する学生を対象に質問紙調査を実施し,モデルの検証を行った。まず,衝動性,意欲低下,適応感の3 つの変数のうち,1 つの変数を制御変数とし,他の2 つの変数間の偏相関係数をすべての組み合わせで算出した結果,「衝動性」→「意欲低下」→「適応感の低さ」という因果関係を示唆する結果が得られた。これをふまえて,衝動性が意欲低下を促し,意欲低下が適応感に負の影響をもたらすことを示す因果モデルの検証をパス解析により探索的に行った。その結果,総じて,男女に共通して「思考・行動の制御不全」「熟慮・集中力の欠如」に特徴づけられる衝動性が,大学生活における意欲の低下を媒介して,適応感の低下を促すという想定した通りの因果関係が裏付けられた。 以上の分析結果に基づいて,衝動性から意欲低下および適応感に至る心理的プロセスについて考察し,今後の研究の課題を述べた。
著者
佐古 仁志
雑誌
江戸川大学紀要 = Bulletin of Edogawa University
巻号頁・発行日
vol.29, 2019-03-15

本稿は,J・J・ギブソンが提唱している生態心理学的アプローチの観点から,エージェント同士が行う相互作用(相互行為)としての「共感」考察することを目的とする。具体的には,まずアフォーダンスを通じてその関係性が指摘される生態心理学的アプローチ,特にギブソン自身が提唱した情報抽出理論とミラーニューロン・システムの研究を概観する。それから通常混同されている「共感」の区別を行い,その観点から情報抽出理論における「共感」についての考察を行う。さらに,近年,生態心理学的アプローチにおいて提示されているシナジーに関する研究を参照することで,ミラーニューロン・システムとは異なるタイプの「共感」も考察する。