- 著者
-
三須田 善暢
- 出版者
- 東北社会学会
- 雑誌
- 社会学年報 (ISSN:02873133)
- 巻号頁・発行日
- vol.43, pp.107-117, 2014-07-25 (Released:2015-08-24)
- 参考文献数
- 26
本稿では,日本農村社会学の先駆的業績と位置づけられる新渡戸稲造農業論の主著『農業本論』を中心に取り上げ,これまでの先行研究ではあまり論じられてこなかった点――特にモノグラフ研究法の手法と全人的な農民把握――に注目し,彼の思想の特質と農村社会学上の先駆性をあきらかにする.くわえて,現在からみての農村社会学に対する意義を示唆的に提示する.その際には新渡戸の提唱した「地方学」および彼の都市農村関係論,とりわけ“農工商鼎立併進論”,さらにはその基盤にある農民心理・性格等の分析に注目する. 新渡戸は,当時の農民の心理,意識,道徳等を平等な人間観にもとづき全人的に把握している.それによって,中央集権的に上から教化しようとする姿勢から,一線を画すことができた.地方学にこめられた地域の自立を重視する姿勢の基盤には,このような,新渡戸の農民把握の姿勢が存している.そこには,当時の小農保護論の問題状況のなか,地方(農業)の担い手を自立的な農民にもとめていたことが関わっている.このことと,地方学の構想,都市工商業との関係,農工商鼎立併進論の志向は連関しあっているのである.こうした点において,新渡戸農業論を,いわゆる内発的発展論の系譜に位置づけることは可能であろう.特に地方学は,日本農村社会学のモノグラフ研究の系譜に位置づけるべきものであろう. 新渡戸農業論は日本農村社会学その他の先駆的な位置におかれうるものだが,単に先駆的というだけではなく,専門分化していない時期のダイナミズムだからこその視角・着眼等を汲み取りえる業績といえる.