著者
村田 憲一郎 佐﨑 元
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.72, no.9, pp.669-674, 2017

<p>雪国に住む人でなくとも,一度はスキーやスケートを楽しんだり,雪だるまやかまくらを作って遊んだ経験があるだろう.また,凍った道を歩くときやアイスバーンで車を運転するときは,滑らぬように大変気を遣う.ちなみに,私たちが雪玉を作れるのは,氷の表面が濡れていることによる毛管接着のおかげである.このように私たちは日常の様々な経験を通して,「氷点下でも氷の表面は濡れている」ことを実感している.</p><p>現在,氷の表面融解として知られるこの現象の研究の歴史は思いのほか古く,電磁気学の祖として名高いマイケル=ファラデーの英国王立研究所での金曜講話(1850年)にまで遡るといわれている.以来,多くの研究者がこの現象に魅せられ,その解明に力を注いできたが,氷上で凍らない水膜―バルク水と区別して擬似液体層と呼ばれる―が発生するメカニズムは,今なお十分に理解されていない.この層の厚さは数ナノメートル程度と極めて薄く,擬似液体層を直接捉え,かつ精度よく測定することが極めて難しいのである.実は,その存在をはじめて実証できたのでさえ1980年代―ファラデーによる考察から一世紀以上を経た後のことであった.</p><p>我々はこの難題に対し,レーザー共焦点微分干渉顕微鏡と呼ばれる独自の光学顕微鏡システムを開発し,厚さ10 nmに満たない氷上の擬似液体層を,その表面揺らぎに至るまで直接可視化することに成功した.すると「百聞は一見に如かず」の格言の通り,従来の表面融解のシナリオでは想定されてこなかった擬似液体層の新たな性質が見えてきた.</p><p>これまで「擬似液体層は均一かつ完全に氷の上を濡らしている」と考えられてきたが,実際は温度と水蒸気圧に応じてその濡れ状態を変化させており,氷表面を平衡状態に近づけると,擬似液体層は濡れ転移により自発的に撥水する,つまり平衡状態では擬似液体層は薄膜として氷を完全に濡らすことができず,結露の如く液滴状になることが明らかになった.その結果,融点近傍であっても系全体の表面自由エネルギーは押し上げられ,擬似液体層は熱平衡下では安定に存在できずに蒸発してしまい,氷表面は乾いてしまうのである.</p><p>その一方で,氷表面がある一定の氷の成長条件もしくは昇華条件を満たしたときのみ,擬似液体層が生成されることが明らかになった.この結果は,擬似液体層が水蒸気から氷へと相転移する過程(もしくはその逆)で過渡的に生み出される中間相であることを強く示唆する.この擬似液体層の相挙動は,表面融解を字義通りにバルクの融解の前駆現象として捉える伝統的立場とは相反するものであり,本研究は長年の謎であった氷の表面融解を引き起こす新しいメカニズムを解き明かすものといえる.</p><p>氷は水とともに地球上にあまねく存在しており,氷が主役になる自然現象は枚挙に暇がない.特に氷の表面融解は,我々に身近な雪玉作りや氷上の潤滑以外にも,凍結によって地面が隆起する凍上現象,雪の形態変化,氷河の流動,オゾンホールの生成プロセス,雷雲での電気の発生機構など,地球寒冷圏での様々な自然現象に関与しているといわれている.本研究により氷の表面融解のメカニズムの一端が明らかになったことで,これらの自然現象の基礎的理解がより深まることが期待される.</p>
著者
山田 道夫
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.60, no.6, pp.434-440, 2005

今から40年前, 今井先生は流体力学を通じて数学を理解・研究することを「流体数学」として提唱された.その後の数値的技術の発展は, 数学だけでなく, 多くの諸分野と流体力学の関係に大きな影響を与えつつある.数値解析や新しい実験・観測によって, さまざまなマクロな物理現象において多様な流体運動が発見され続けており, その物理的機構には未解決なものが多い.それら多様な分野における流れに物理的理解を与えることは, 基礎科学としての流体力学/物理学の大きな課題となっている.
著者
今野 宏之
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
大学の物理教育 (ISSN:1340993X)
巻号頁・発行日
vol.25, no.1, pp.31-33, 2019

<p>1.はじめに</p><p>現代物理学史研究者としての廣重徹の最後の仕事の一つとなった原子構造の量子論について述べたいと思う.『物理学史II』の後半部分,「11.現代物理学への転換」以降で19~20世紀物理学史</p>
著者
岡本 隆一 小貫 明
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.74, no.4, pp.210-214, 2019-04-05 (Released:2019-09-05)
参考文献数
26

水溶液における溶質添加効果は古くから研究されてきた.単純な分子構造を持った溶質は疎水性のものと親水性のものに分類される.酸素分子,メタン分子などの小さな分子は比較的弱く疎水的であり水に僅かに溶ける.C60やC8H18O(オクタノール)のような大きい分子は周囲の水の水素結合を変形するため強く疎水的になり水には殆ど溶けない.一方Na+やCl-のような小さなイオンは周囲の水双極子を配向させるため強く親水的になる.タンパク質や界面活性剤などの複雑な分子は,疎水部分(疎水基)と親水部分(親水基)から構成される.そのため水との相互作用は拮抗的かつ集団的であり,凝集・相分離・ミセル形成などの興味ある現象が出現する.疎水相互作用の引き起こす現象の事例としてまず1つは,水中の疎水性固体表面に形成される数十–数百nmサイズの微小バブルが挙げられる.ここでは水に溶解している酸素や窒素などが壁へ追い出されている.また疎水性ガスを水に混入し攪拌するとバルクにナノバブル(またはマイクロバブル)が生成され塩の添加でほぼ安定となる.この現象は工学・医学などで応用されているが,安定性の原因(=疎水相互作用)については殆ど意識されていない.またさらなる現象として水にヒドロトロープ(hydrotrope)を加えた場合の特異な効果も際立っている.ヒドロトロープは低分子アルコール(エタノールなど)を代表例とする小さいながら疎水基と親水基を持つ低分子共溶媒の総称である.水+ヒドロトロープ混合溶媒では濃度揺らぎが亢進する.ここに疎水性溶質が僅かでもあれば組成に応じてマクロな相分離とともに102–103 nmサイズのマイクロエマルジョンが生じる.後者に起因する白濁現象は,蒸留酒Ouzo(強疎水性アニスで香りをつけたエタノール)に水を注ぐと観測される.このような溶液の相転移を理解する上で重要な量として,第一に溶質分子の溶媒への溶けやすさを表す溶媒和化学ポテンシャルがある.これは,純溶媒に溶質分子1個を入れた時の自由エネルギー変化のことであり,溶媒分子と溶質分子,そして溶媒分子同士の相互作用を反映している.加えて重要な量として,溶質による浸透圧を溶質密度で展開したときの2次の係数,浸透第2ビリアル係数が挙げられる.これは溶媒中における(溶媒効果を繰り込んだ)溶質分子間相互作用を特徴づける.我々はこれらの溶液の振る舞いを記述するために,まず2成分溶媒+溶質の3成分系における浸透第2ビリアル係数の新しい表式を導出した.この量は溶質誘起不安定性が起こる溶質濃度の下限と関係づけられる.これらは純粋に熱力学的な表式である.そこでMansoori-Carnahan-Starling-Leland(MCSL)モデルを用いて,水–低分子アルコールのように全組成で混合するような溶媒を想定したパラメタ値を設定し,溶媒和化学ポテンシャルや浸透第2ビリアル係数などを具体的に計算した.その結果,浸透第2ビリアル係数が溶媒組成に関して極小を持つこと,そしてそれは溶媒組成揺らぎと溶質の溶媒和化学ポテンシャルの組成依存性が要因となっていることがわかった.以上の表式はミクロな理論,分子シミュレーションや実験との対応を考える際に重要なKirkwood-Buff積分とも関係づけられる.さらに,微小バブルの安定性において過飽和と疎水性溶質の存在が重要であることがわかった.加えて溶質誘起の液液相分離の相図をMCSLモデルを用いて計算し,実験で得られる水–低分子アルコール–疎水性溶質系で得られるマクロ相分離の様相と類似することが示された.
著者
長島 順清
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.60, no.3, pp.171-179, 2005

素粒子物理学の100年を日本の著名な科学者の業績と思考に重点を置いて述べる.1935年からの最初の四半世紀は, 先駆者仁科および理論の3巨頭湯川・朝永・坂田が日本を先導した.標準理論が形成される1960-70年代には, 随所に南部のアイデアが光る.次に日本が高エネルギー実験分野で世界の3極になるまでの経過を追い, 最後に, KEKB/Belleグループによる小林・益川理論の検証と, 小柴に始まるニュートリノ物理学の興隆で締めくくる.
著者
堀川 直顕
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
巻号頁・発行日
vol.76, no.12, pp.809-810, 2021-12-05 (Released:2021-12-05)
参考文献数
5

ラ・トッカータCERNでの実験に大学院生が単独出張滞在できるようになるまで
著者
月出 章 都留 忍
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会講演概要集
巻号頁・発行日
vol.72, pp.3334, 2017

<p>我国では倍率重視のため初心者向の小望遠鏡の視野は狭く、月と木星の衛星くらいしか見るものがなく、子供向けになってしまう。小望遠鏡でも地方の夜空の暗いところに行くと数々の星団・星雲を楽しむことができる。今回、自作用の4.5cm紙筒望遠鏡と塩ビ望遠鏡を改良した。低倍率の望遠鏡で淡い天体を観察しようとすると、眼の構造、感光細胞、眼の心理学が関わってくるので、医学・看護学系の学部教育にも活用できる。</p>
著者
近藤 憲治 寺本 央
出版者
一般社団法人 日本物理学会
雑誌
日本物理学会講演概要集
巻号頁・発行日
vol.71, pp.1112, 2016

<p>Bi_2_Te_3_における表面の電子状態のヘキサゴナルなワーピングを解明するFuの論文により、実験によるDirac-Coneの歪みの理解が進んだ。しかしながら、特異点論の考察から、3次摂動ではミニマルなモデルではないことがわかり、3次より高次の摂動を考慮した場合、質的な変化も起こりうるので、5次までの摂動計算を行った。その結果、質的な変化はないが、有意な定量的な変化がエネルギーバンドならびにスピン分布にもたらされたので、報告する。</p>