- 著者
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山口 浩司
- 出版者
- 一般社団法人 日本物理学会
- 雑誌
- 日本物理学会誌 (ISSN:00290181)
- 巻号頁・発行日
- vol.72, no.8, pp.554-562, 2017-08-05 (Released:2018-07-25)
- 参考文献数
- 59
ここ10年ほどの間,最先端の微細加工技術を用いて作製した微小なメカニカル共振器に関する研究が大きな広がりを見せている.微小メカニカル共振器はそのサイズに応じてマイクロメカニカル共振器,あるいはナノメカニカル共振器と呼ばれるが,微細化のメリットは周波数を高くできることにある.素子応用などを考えた際,周波数が高くできるということは,それだけ動作速度を早くできるということであるが,一方,基礎物理の側面からも極めて重要な性質である.サブミクロンスケールの構造の共振周波数は1 GHzを超え,この系を調和振動子として見なしたときのエネルギー量子は温度に換算して50 mKとなり,市販の希釈冷凍機で容易に到達可能な領域である.すなわち,このような高周波のメカニカル共振器を冷却すると量子力学的な調和振動子として扱えることになる.この領域のメカニカル共振器は数百万から数億という膨大な数の原子から構成され,いわゆる巨視的物理系の量子力学的な性質が観測できるのではないか,という点が大きな注目を集めているのである.一方,このようなエネルギー量子は,別の考え方をすると構造に閉じ込められた音響フォノンであり,一個一個の量子力学的なフォノンの振る舞いを調べるという視点でも,興味深い研究対象となっている.マイクロ・ナノメカニカル共振器のもう一つの特徴は,非線形性の出現である.両持ち梁などの共振器構造においては振動振幅が大きくなると構造全体に張力が発生し,これが起因して非線形相互作用,すなわちフォノンの非調和性が現れる.一般の場の理論と同様に共振器のハミルトニアンは固有モードに分解すると調和振動子の集団として記述することができるが,この非線形相互作用は異なるモード間の生成消滅演算子の3次以上の積として書くことができる.すなわち,この非線形相互作用は異なるモードのフォノンの生成や消滅,あるいは反応などをつかさどることになる.この効果はメカニカル振動の周波数変換やフォノンの3波あるいは4波混合などととらえることができ,多彩なメカニカル振動の制御が可能となる.これはデバイス応用上の重要性だけではなく,量子力学的な領域においても,量子ノイズのスクイージングやフォノンのコヒーレント制御など,基礎物理の視点において興味深い現象が実現できる可能性を与える.我々は,このような視点から圧電材料である化合物半導体を用いて微小メカニカル共振器を作製し,振動により生成する張力を介した非線形相互作用を用いて,様々な実証実験を行うことに成功した.特に二つのモード間の相互作用を外部からの張力変調により電気的に制御できることを示し,二つのモード間における振動エネルギーの操作や,コヒーレンスが低い振動からコヒーレンスが高い振動を生成するフォノンレージング動作,さらには両者の熱揺らぎに対して相関を引き起こす2モードスクイージングを実現した.現在量子領域における実験を念頭に,量子ドットをはじめとする様々な半導体量子構造とのハイブリッド素子化を進めている.