著者
荻原 桂子
出版者
九州女子大学・九州女子短期大学
雑誌
九州女子大学紀要. 人文・社会科学編 (ISSN:09162151)
巻号頁・発行日
vol.44, no.3, pp.143-154, 2008

『羊をめぐる冒険』は、一九八二年八月『群像』に発表された村上春樹(一九四九年〜)の長編小説である。一九七九年六月『群像』に発表された『風の歌を聴け』、一九八〇年三月『群像』に発表された『1973年のピンボール』に続く、<鼠>三部作の最終作として若い世代から圧倒的な支持を受け、一九八二年には野間文芸新入賞を受けた。内閉した自己の心と、他者の心との関係性に触れ、自分か自分として感覚できない自己をめぐる病が描きだされる。他者の心に達するということの不可能から、他者との断絶のなかで生きていた<僕>が、<羊>をめぐる冒険に駆り出される。「自分自身の半分でしか生きてない」(第三章-3)と不思議な力のある耳を持つ女友達に言われ、「僕の残り半分」(同)を見出す行動にでることで、<撲>は自閉した自己を解放する冒険にでるのである。そこには、向こう側の世界が待ち受けていたのである。
著者
海老田 輝巳
出版者
九州女子大学・九州女子短期大学
雑誌
九州女子大学紀要. 人文・社会科学編 (ISSN:09162151)
巻号頁・発行日
vol.36, no.1, pp.79-91, 1999-09

津和野は、森鴎外の生地として多くの人々に知られ、現在、西日本における観光地としても有名である。鴎外の津和野在住は生誕から一八七二(明治五)年、十歳(数え年十一歳)までの十年間であった。この間、鴎外は、六歳(数え年。本論では数え年で論述)の時、藩校養老館の教官村田義実に『論語』を学び、八歳から藩校養老館で、四書五経の経書や『史記』その他の史書などを学んだ。廃藩置県で養老館が閉校になるまでの約二年間藩校の経営が続けられた。一七八六(天明六)年から一八七一(明治四)年までの八十五年間、養老館の教学は、山崎闇斎(一六一八-八二)を祖とする朱子学、すなわち崎門学派の朱子学が根幹であった。八十五年間には、時代の趨勢によって、洋学が採り容れられたり、日本神道や国学が中心になったこともある。また我が国啓蒙思想家西周(一八二九-九七)によって、これらの思想を包括して広い視野に立った近代教育への脱皮の試みがなされたこともあった。森鴎外は藩校養老館で学んだ最後の学生の一人である。彼は、死去する五年前、一九一七(大正六)年に、随筆「なかじきり」を『斯論』第一巻第五号に掲載し、「幼い時に宋明理気の説が、微かにレミニサンス(筆者注-フランス語で、無意識の記憶。)として心の根底に残ってゐて、」と述べ、さらに「同書」で、宋代理学、すなわち朱子学と西欧のエドワルト・フォン・ハルトマンの無意識哲学やショーペンハウエルの厭世哲学の影響が、鴎外の思想的生涯に大きいことを述べている。本論では、藩校設立以前の藩学の状況、藩校設立に崎門学派朱子学を導入した際の経緯、それ以降の藩学の推移などについて論述し、崎門学の果たした役割について述べる。
著者
荻原 桂子
出版者
九州女子大学・九州女子短期大学
雑誌
九州女子大学紀要. 人文・社会科学編 (ISSN:09162151)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.63-72, 2006-09

漱石は、自己の内なる狂気と対峙し、狂気を作品に相対化して描くことで、人間の生の根源にある心の実体を描き出そうとする。漱石は、『行人』の前作『彼岸過迄』で、「自分はたゞ人間の研究者否人間の異常なる機関が暗い闇夜に運転する有様を、驚嘆の念を以て眺めてゐたい」(「停留所」一『漱石全集』七巻、三九頁)と述べている。漱石の文芸創作の課題は、「人間の異常なる機関が暗い闇夜に運転する有様」を相対化して描くことである。『行人』は、その最も実在的な、人間の暗闇を映し出し、狂気を極限にまで相対化して描いた作品である。『行人』にある「即ち絶対だと云ひます。さうして其絶対を経験してゐる人が、俄然として半鐘の音を聞くとすると、其半鐘の音は即ち自分だといふのです。従つて自分以外に物を置き人を作つて、苦しむ必要がなくなるし、又苦しめられる懸念も起らないのだと云ふのです」(四四『漱石全集』八巻、四二七頁)は、西田幾多郎の「自己の意識状態を直下に経験した時、未だ主もなく客もない、知識とその対象とが全く合一している」(「第一編 純粋経験 第一章 純粋経験」『西田幾多郎全集』一巻、一頁)状態と響き合うのである。夏目漱石と西田幾多郎は、ともに明治という時代とともに青春を過ごし、和魂洋才のなかから、独自の境地を切り開いたのである。
著者
坂井 充 八板 昭仁 北田 豊治 得居 雅人 船津 京太郎 泉川 貴子 宮田 睦美
出版者
九州女子大学・九州女子短期大学
雑誌
九州女子大学紀要 自然科学編 (ISSN:0916216X)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.61-69, 2003

バレーボールにおけるリベロ制度は、国内では1998年度の大会から国際ルールで正式決定される前年から導入されており、試合では各チーム1名のリベロプレイヤーの登録が許されている。箕輪らは、リベロ制の導入によりゲームにおけるレシーブの返球結果が向上しており、リベロは、特にラリー中のレシーブに関してゲームへの貢献度が高いと述べている。そこでリベロ制導入というルール改正の目的が「ラリーの継続によりバレーボールゲームにおける本来の面白さを引き出す」であることに注目し、ラリーの継続とリベロのレシーブの直接的な関わりについて調査することとした。本研究では、ラリー中におけるリベロのレシーブをパターン別に記録し、ラリー継続回数との関連を調査することによって今後のバレーボール指導に関する資料を得ることを目的とする。調査対象は、女子大学生の九州トップレベルのチームであり、それらの中からラリー中におけるリベロのレシーブと1回のサーブにおけるラリー継続回数について記録・集計した。その結果、ラリーの継続回数とリベロのレシーブ率には相関があり、SPRでは正の相関、MRでは負の相関が認められた。相手の攻撃をレシーブするSPRにおいてラリー継続が長くなるとリベロのレシーブする確率が高くなり、相手の攻撃をレシーブミスで終わったMRにおいて、ラリー継続が長くなるとリベロのレシーブミスする確率が低くなることは、リベロのレシーブがラリー継続に大きな影響を与えているということができるであろう。また、リベロが相手チームの1回目の攻撃をレシーブすることによって、2回目以降の攻撃に対するレシーブ率は有意に高くなり、レシーブミスの割合も1回目と比較して2回目以降は有意に低くなることが認められた。したがって、1回目の攻撃をレシーブすることが、そのラリーの継続に大きく関わっているということが認められた。
著者
池田 稜子
出版者
九州女子大学・九州女子短期大学
雑誌
九州女子大学紀要. 自然科学編 (ISSN:0916216X)
巻号頁・発行日
vol.32, no.2, pp.19-32, 1995-12

偏食傾向の実態を把握するため、園児(3〜6歳)及び大学生(18〜22歳)を対象としてアンケート調査を実施した結果、以下の点が明らかとなった。1.園児の約90%、大学生の約66%が嫌いな食品を有していたが、その食品の嫌偏食傾向は園児より大学生の方が強いことが示唆された。2.食物に対する好偏食傾向は園児、大学生ともに極めて低く、両者間に有意差は認められなかった。3.偏食食品に対して園児は「なんとなく嫌い(食べず嫌い)」、大学生は「味やにおい」が最大の嫌いな要因であった。4.好き嫌いの多い偏食児の男児は、女児に比してより「甘えん坊」型が多いことが示唆された。5.大学生に対する調査から偏食の矯正時期として中学生時代が最も多いことが分かった。
著者
奥田 俊博
出版者
九州女子大学・九州女子短期大学
雑誌
九州女子大学紀要. 人文・社会科学編 (ISSN:09162151)
巻号頁・発行日
vol.43, no.1, pp.73-86, 2006-09

正倉院文書に見える複数の字体を有する助数詞の多くは、偏や旁などの一部分が共通する字体になっている。これらの助数詞の中で、「條」と「条」、ならびに「〓」と「斗」は、異なる字義を担っていない点で、他の複数の字体を有する助数詞と性質を異にする。さらに、「條」「条」と「〓」「斗」の間においても用法に差が窺える。「條」は律令制公文に多用され、「条」に比して規範性が強い字体であるのに対し、「〓」「斗」は、(イ)「〓」が使用される場合、一般的に大字が上接する、(ロ)「斗」が使用される場合、大字・通常字のいずれも上接する、(ハ)小書においては「斗」が使用され、通常字が上接する、といった傾向が認められ、「斗」が「〓」に比して規範性が強い。ただし、「〓」が、同じ物のかさの単位である「斛」と対応しながら大字に下接する点を勘案するならば、書記者によっては、「〓」に規範性を持たせようとする意識が働いていたものと考えられる。
著者
八板 昭仁 濱 賢次郎
出版者
九州女子大学・九州女子短期大学
雑誌
九州女子大学紀要. 自然科学編 (ISSN:0916216X)
巻号頁・発行日
vol.35, no.4, pp.33-42, 1999-02

筆者らはこれまで女子大学生及び女子高校生(以下それぞれを大学生、高校生と省略する)を対象にバスケットボールのゲームにおける各局面において、ボール獲得状況が、そのボール保持の攻撃結果に影響を及ぼすことについて調査を重ねて報告してきた。大学生、高校生ともにボールの獲得と攻撃終了形態の間には有意な差が認められた。しかし各ボールの獲得と攻撃終了形態の関連において、局面転換における時間的な経過が攻撃終了形態に与える影響は、とりわけショット成功について異なった傾向がみられた。そこで本研究は、これまでの報告の結果から攻撃開始エリアと攻撃終了形態の関連について、高校生における攻撃開始エリアが攻撃結果に及ぼす影響は、大学生と異なった傾向がみられるという仮説を立てその検証を行った。データは攻撃開始エリアと攻撃終了形態をクロス集計し、全体的な頻度によって独立性の検定を行い、各チームのデータは攻撃終了の3形態のそれぞれについて重回帰分析法による統計処理を行った。各攻撃終了形態についての重相関係数はF値を算出し、各変数間の偏相関係数についてはt値を算出し有意性の検定を行った。また、各攻撃終了形態におけるボール獲得状況の度数分布については、x^2値を算出し独立性の検定を行った。高校生における全体的な度数分布の分散傾向から攻撃開始エリアと攻撃終了形態の関連は低く、大学生とは異なった傾向が認められた。攻撃開始エリアがバックコートエリアの場合において攻撃終了形態(特にターンオーバー)に影響がみられ、ショット成功とショット失敗の割合にも差が認められた。高校生においては攻撃開始エリアが攻撃するゴールに近くなればショット成功率が高くなり、遠くなれば防御側が隊形を整えるための時間的余裕ができ防御することが可能になるため、ショット失敗の割合が高くなり、ターンオーバーにも影響を及ぼす傾向がみられた。
著者
松丸 智美 奥村 幸恵 山形 知広 力武 史郎 滝口 靖憲 石橋 源次
出版者
九州女子大学・九州女子短期大学
雑誌
九州女子大学紀要. 自然科学編 (ISSN:0916216X)
巻号頁・発行日
vol.40, no.2, pp.1-11, 2003-09

本研究は、ヒアルロン酸を添加したプリンおよびゼラチンゼリーの嗜好に及ぼす影響について検討した。ヒアルロン酸のみかけの粘度は、グアガムおよびカルボキシメチルセルロース(CMC)の粘度よりも高い値であった。ヒアルロン酸を添加した飲料水の嗜好性については、グアガムおよびCMCを添加した飲料水と比較した結果、最も良いと評価された。ゼリーとプリンでは、一般に基準とされているゼラチン濃度および卵使用量をできる限りヒアルロン酸、グアガムおよびCMCと置換して調製した結果、ヒアルロン酸添加ゼリーの硬さ、咀嚼性および付着性のテクスチャー特性値はグアガムおよびCMCよりも高くなった。パネルによるヒアルロン酸添加ゼリーの舌触り、飲み込みやすさおよび残留感はグアガムおよびCMCよりも高い評価であった。
著者
塚本 貞次 水崎 幸一 吉田 紀夫 石本 陽子 坂田 良子 唐崎 裕治
出版者
九州女子大学・九州女子短期大学
雑誌
九州女子大学紀要. 自然科学編 (ISSN:0916216X)
巻号頁・発行日
vol.34, no.2, pp.11-21, 1998-03

著者らは、ニンニク(Allium sativum L)の鱗茎中に耐熱性のタンパク質が存在することを見い出した。このタンパク質の精製は、90℃、30分間の熱処理、ゲル濾過法、DEAE-トヨパールカラムクロマトグラフィーで行った。この精製物は、ディスク電気泳動で単一バンドを示し、ゲル濾過法により分子量は、20kDaと測定された。さらに、SDS-スラブーPAGEでは、分子量は11kDaであった。このタンパク質は、ダイマーであることがわかった。アミノ酸組成の特徴は、酸性アミノ酸とそのアミドが約30%も含まれることであった。N-末端アミノ酸配列(1-36)を決定し、他のタンパク質との相同性を調べた結果、スノードロップやラムソンのレクチンに類似していた。さらに、Van Damme, J.M.他がcDNAから推定したニンニクのレクチンと、ほぼ一致した。また、このタンパク質は、ヒトの赤血球を凝集させた。以上のことより、このタンパク質は、レクチンであると確認した。ニンニクのレクチンは、収穫期である6月頃に含量が高く、月日の経過とともに減少することもわかった。
著者
古城 和子 黒岩 純子
出版者
九州女子大学・九州女子短期大学
雑誌
九州女子大学紀要. 人文・社会科学編 (ISSN:09162151)
巻号頁・発行日
vol.36, no.1, pp.21-39, 1999-09

平成10年度入学生から、小学校・中学校教諭普通免許状の取得要件として、「教員が個人の尊厳および社会連帯の理念に関する認識を深めることの重要性と教員の資質向上および学校教育の一層の充実を図る」観点から『介護等体験』が義務づけられた。『介護等体験』を充実した教師教育のプログラムとするためには、養成側の大学での事前・事後指導と、受入側の各学校・施設における体験とが、有機的に結び付き、学生が障害者や高齢者等との交流・介護・介助等を通して、価値観の相違や地域社会での共生等を学ぶことが必要である。本研究は、初年度の『介護等体験』の体験生を対象に、現場での具体的な体験内容を集約し、今後の指導上の課題を探り、現場に即した事前指導の在り方を検討することを目的として行なわれた。その結果、学生の体験内容から、1)養護学校、社会福祉施設での体験に違いがあること、2)養護学校、社会福祉施設共にそれぞれの学校・施設の種別によって求められる体験が異なっていることが明らかとなった。また、指導上の課題としては、1)基礎的介助・介護の説明・実習、2)受入先の養護学校、社会福祉施設に関する説明及び入所者・通学(通所)者の状態・症状についての説明、3)入所者・通学(通所)者とのコミュニケーションの取り方の指導、4)一人ひとりに合わせた対応の仕方についての指導の必要性があることがわかった。
著者
荻原 桂子
出版者
九州女子大学・九州女子短期大学
雑誌
九州女子大学紀要. 人文・社会科学編 (ISSN:09162151)
巻号頁・発行日
vol.36, no.1, pp.71-77, 1999-09

「滑稽の裏には真面目がくつ付いて居る。大笑の奥には熱涙が潜んで居る。雑談の底には啾々たる鬼哭が聞える。」(二)という「諷語」を作品に活かすことで、「趣味の遺伝」という「男女相愛」の「玄境」を現代に問いかける。作品の背景は、明治三十七年(一九〇四)から明治三十八年(一九〇五)の日露戦争であるが、読者と物語の時間を共有するということ以外で、漱石がこの戦争とかかわることはない。というのも、漱石には「生理的な『厭戦思想』はあっても、政治的な『反戦思想』はない。」からである。作品の主題は、あくまでも「天下に浩さんのことを思つて居るものは此御母さんと此御嬢さん許りであらう。」(三)という「余」が、「此両人の睦まじき様」に「清き凉しき涙を流す。」(三)ということ以外ないのである。ここに、「父母未生以前に受けた記憶と情緒が、長い時間を隔て、脳中に再現する。」(三)という漱石文芸の世界が開示する。
著者
リチャーズ ライン・S
出版者
九州女子大学・九州女子短期大学
雑誌
九州女子大学紀要. 人文・社会科学編 (ISSN:09162151)
巻号頁・発行日
vol.38, no.3, pp.27-41, 2002-03

一般的に日本人はある種の英語の音を取得するのが難しいと言われている。英語教育に携わるほとんどの日本人教育者は [F], [L], [R], [V], と [TH] がそれらの音に当たるとしている。しかし、これらの音は繰返し練習することによって、取得できると言うのが私の意見である。しかしながら、大多数の日本人にとって取得するのにもつとも難しい英語の音は [YEAR] のような [YE] の音であると提案したい。そこで、私の提案が正しいことを証明する為に研究の資料と高度の機能を持つDATという録音システムを使い、16歳から62歳までの100人の協力者の音を録音をした。
著者
荻原 桂子
出版者
九州女子大学・九州女子短期大学
雑誌
九州女子大学紀要. 人文・社会科学編 (ISSN:09162151)
巻号頁・発行日
vol.35, no.1, pp.101-109, 1998-09

『坑夫』は、主人公が北へ北へとめざす坑夫になるまでの前半部と、銅山に着いてから坑夫としての生活を体験する坑内での後半部とでは、その運動の方向性だけでは語りつくせない、漱石の作家としての二極を見ることができる。前半は「〓徊」という立場で主人公の意識を追うことに全神経を集中している。しかし、後半で「シキ」という現実の生と死が向き合う世界に身をおいてからは、文学理論家としての漱石ではなく、生の暗部を追う作家漱石の鋭い目が見開かれ、「生涯片付かない不安の中を歩いて行くんだ」という「片付かない不安」の中を生きる人間を描くことになる。
著者
荻原 桂子
出版者
九州女子大学・九州女子短期大学
雑誌
九州女子大学紀要. 人文・社会科学編 (ISSN:09162151)
巻号頁・発行日
vol.34, no.3, pp.91-100, 1998-03

作品末尾の「憐れ」は「非人情」の対極にあるのではなく究極に存在するものである。「非人情」を追求してきた画工にとって、それは非現実的なものではなく、現実的な確かなものである。現実は何一つとして変わっていないが、画工の意識の中では変化が遂げられる。それは、那美の内面の変化でもある。
著者
荻原 桂子
出版者
九州女子大学・九州女子短期大学
雑誌
九州女子大学紀要. 人文・社会科学編 (ISSN:09162151)
巻号頁・発行日
vol.39, no.1, pp.85-92, 2002-10

「舞姫」は、明治二三年 (一八九〇) 一月「国民之友」第69号付録に掲載された。鴎外二九歳の作である。太田豊太郎の一人称で語られるこの作品は、完成度の高さにおいて、近代文学史において重要な位置をしめている。本稿は、ここに描かれる太田豊太郎の近代知識人としてのありかたについて考えるなかで、その感性を導きだしたエリスの存在について考察する。明治日本の精神においては、異国での結婚を前提とした恋愛、官命への反抗、家の放棄は、倫理に反する重罪であった。たとえば、愛した女性を捨てるよりも、国家や家を捨てることのほうが、罪が深いとされる。明治日本の精神構造のなかでは、個人の精神は、抹殺される。そのなかで、エリスは狂い、太田豊太郎は痛恨の痛みを持続する。近代知識人太田豊太郎が超えようとした近代とは何だったのか。森鴎外「舞姫」について論及する。
著者
奥田 俊博
出版者
九州女子大学・九州女子短期大学
雑誌
九州女子大学紀要. 人文・社会科学編 (ISSN:09162151)
巻号頁・発行日
vol.45, no.3, pp.43-55, 2009

国語科教育は文学的文章の読解を中心とする指導から、日常生活における的確な情報伝達に重点を置く指導へと変化しつつあり、現行の学習指導要領においても、これまでの「表現」と「理解」から、「話すこと・聞くこと」、「書くこと」、「読むこと」の3領域が設定されたように、読解の比重が相対的に低くなっている。とはいえ、文学的文章の表現技法を的確に読み取り、さらに、その技法を自らの表現活動に役立てることは、国語科教育の目標達成において必要である。本稿では、中学校国語科で学習する表現技法のうち、比喩を取り上げ、主な教科書に取り上げられている比喩の説明、ならびに、比喩の理解が指導項目に入っている教材に見える比喩表現や、比喩に基づいて作られている慣用句を対象にして、比喩表現の指導内容を検討するとともに、直喩や隠喩だけでなく、換喩に基づく表現についても指導する必要性について述べる。