著者
後藤 将史
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究 (ISSN:18835074)
巻号頁・発行日
vol.8, no.1, pp.5-25, 2016 (Released:2016-11-01)
参考文献数
38

組織論における制度理論では、「同じ制度的圧力を受けても、個別の組織でなぜ反応が異なるか」を主要論点の一つとするが、先行研究では組織外との関係性や組織の外形要因に関心が集中し、組織内のプロセス要因の検討が不足している。本稿の目的は、制度がもたらす同型化圧力に対する組織の反応の決定要因について、意思決定プロセスの観点で探索することである。特に、「そもそも組織内部の意思決定プロセスも同型化に何らかの影響を及ぼすのか」、そして「もしそうであれば何がどのように影響因子となるのか」を検討する。この目的から、近年普及が進むグローバル人事制度の導入検討を題材に、B2B 事業で海外展開する中堅規模日系上場企業 7 社の、2000 年以後の本社における過程につき、インタビューを中心とした比較事例分析を行った。事例分析の結果、検討着手の早さ遅さは、「外的正当性に対する感度」の高さ低さとも呼ぶべき、意思決定プロセスに内在する要因に大きく影響されたことが明らかとなった。着手が早い組織は、意思決定において、外部規範こそ目指すべき道を示すものとして高く評価し探し求め、合理的必要性と関係なく自ら進んで同型化を目指した。着手が遅い組織は、正当性を最初から最後まで自組織内の合理的判断に求め、合理的必要性を認めるまで同型化を拒んだ。本研究の貢献は、第一に制度の影響下での組織行動の説明要素として、外的正当性に対する感度をはじめとする組織内プロセス要因の影響を確認したこと、第二にそれに伴って Tolbert & Zucker (1983) が提示した制度採用のモチベーションに関するいわゆる 2-stage model の反例を提示したことである。さらに、本研究の観察は、変革への着手のされ方 (「外的正当性に対する感度」の結果) によるその後の組織変革への影響等の、研究課題の広がりの可能性を示す。
著者
米澤 聡士
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究 (ISSN:18835074)
巻号頁・発行日
vol.2, no.2, pp.93-107, 2010
参考文献数
16

本稿の目的は、外航海運企業におけるクルーズ客船事業に焦点を当て、代表事例としてのケース・スタディと、主にサービス・マネジメント論の先行研究によって示された理論的フレームワークに基づいて、同事業部門におけるサービス・マネジメントを成功裏に展開するための船員戦略の要件を仮説として提示することである。本稿では第1に、サービス・マネジメント論の概念を用いて、クルーズ客船におけるサービス・マネジメントの本質を明確にする。第2に、日本の海運企業によるクルーズ客船事業の代表事例として、郵船クルーズ(飛鳥II)を取り上げる。本稿では、海運企業やクルーズ客船の現場におけるインタビュー調査に基づいて、同社のクルーズ客船事業を概観し、同社全体としての船員戦略、船舶の現場におけるサービス・マネジメント、クルーのトレーニングを中心とする現場レベルでの船員戦略を検討する。第3に、上述のケース・スタディと理論的フレームワークに基づいて、クルーズ客船事業のサービス・マネジメントを成功裏に展開するための船員戦略とは何かを帰納的に考察する。その結果、クルーズ客船事業の特異性を踏まえ、以下2点の仮説を提起した。第1に、海運企業が、マンニングの段階において、船員組織における各Divisionの業務特性と、世界レベルで各マンニング・ソースから雇用するクルーのコンピテンシーを適合化すること。これによって、多様性をもつクルーのサービス・デリバリーが円滑に遂行され、サービス品質が高度化する。第2に、海運企業が、継続的雇用と固定配乗をベースとするクルーイングとトレーニングによって、クルーのサービス品質を全社レベルで標準化すること。これによって、サービス・デリバリーの不均質性を克服すると同時に、現場におけるトレーニングを効率的に行うことが可能となり、サービス品質を高度化させることが可能となる。
著者
楊 英賢
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究 (ISSN:18835074)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.131-148, 2015 (Released:2015-10-20)
参考文献数
44

本研究では、台湾の自転車産業における A-Team と最大手メーカージャイアントを研究対象として、 製品アーキテクチャという新たな視点を導入することで、A-Team に関する成立背景と目的、そのパフォーマンス及び新たな能力創造、そして A-Team の特徴と従来型の組織間関係との差異などを明らかにしたい。以下、明らかになった点とインプリケーションについて述べる。第一に、モジュラー型アーキテクチャの典型で、コモディティ化が一方的に進むと考えられてきた自転車産業において、ジャイアントは革新的で高付加価値の製品開発を実現した。これは A-Team における組織間協調や交流を通じた技術開発と知識の共有化・融合化の促進によって可能となった。第二に、A-Team は、企業間に競争関係ではなくコーペティション(CO-OPETITION)関係を導入することで、有形資源の取引だけでなく、無形資源の共有化を実現し、さらにはコスト優位から差別化優位への能力転換などを実現させた。こうしたことが、革新的で高付加価値製品の開発生産性向上に結び付いた。これらは、従来型の中心・衛星工場システムといった取引関係では実現できなかったものである。このような、競争と提携が交錯したコーペティションという経営手法が、台湾の自転車産業独自の強みになっていると考えられる。最後に、台湾の自転車産業は A-Team による新たな能力創造と製品アーキテクチャの変化に依拠して、従来のコスト優位から、差別化優位の戦略や能力の構築をさらに推進していく必要がある。中国はモジュラー型・オープン型アーキテクチャの技術開発を得意とするため、価格競争で優位性を持つ。この分野では、どの企業も中国に勝つための優位性を持つことは難しい。したがって、台湾の自転車産業は、日本型のすり合わせを特徴とする非標準的な付加価値の高いアーキテクチャ分野の製品を開発する必要がある。
著者
尾崎 俊哉
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究学会年報
巻号頁・発行日
no.11, pp.129-150, 2005

経営環境の国際比較は、構造や制度に焦点をあてた比較制度分析と、企業家に焦点をあてた担い手の分析の2つのアプローチから、それぞれ行われてきた。本稿では、その2つを、主に社会学における研究をもとに統合した新しい理論的枠組みの可能性について、検討するものである。具体的な比較分析の対象として、ベンチャー企業の誕生と創生をめぐる国際的な格差をとりあげることにする。近年、ベンチャー型企業の起業活動の国際的な格差の大きさは、定量的に明らかにされてきた。例えば2004年に発表されたバブソン大学とロンドン・ビジネススクールによるグローバル・アントレナーシップ・モニター(GEM)の調査によれば、日本はG7諸国の中で最も起業や新事業創造が起こりにくい国だという。その背景には、何があるのか。そして特に日本の経済やビジネスの活性化の文脈で、日本社会の何が変わり、政府がどのような方策をとり、日本人がどのような個人的資質を獲得すれば、アントレナープレナーシップに満ちたベンチャー企業や新事業の創造が増えるのだろうか。このような問題提起に対して、従来から、起業の担い手(エージェント)と、それを包摂する構造(ストラクチャー)の相関関係についての2つの立場から、仮説が提起されてきた。一つが、各国の政治・経済・社会構造が、起業家精神の醸成と実践に第一義的に関わっているという立場であり、もう一つが、起業や新事業創造の担い手個人の資質や、効用やリスクに対する個人的な受け止め方、選好が重要な要因であるとする立場である。本研究では、利害や選好を社会の営みの中で構築された(Socially Constructed)「意味の体系」のなかで考察しようとする分析手法の応用を試みる中から、この二つの立場を統合し、一貫した理論枠組みを提示し、その上で、日本経済についての洞察を導きたいと考える。
著者
鈴木 章浩
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究 (ISSN:18835074)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.59-74, 2015 (Released:2016-02-05)
参考文献数
51

本稿の研究課題は、日系多国籍企業の海外研究開発 (R&D) 拠点が、R&D 活動に関わる知識・技術・情報を日本の本社や R&D 拠点へ移転させる要因を探ることである。海外拠点から本国へ知識・技術・情報を移転させることは、“Reverse Knowledge Transfer”と呼ばれ、グローバル・ビジネス研究分野では高い関心を集めている。本稿はこの知識逆移転についての実証研究である。具体的には 137 の海外 R&D拠点から集めたアンケート調査結果をもとに、日本への R&D 知識の逆移転を従属変数とする階層的重回帰分析を行った。 本研究の特徴は知識逆移転を、拠点の役割、人材の国際移動、拠点の自律という 3 つの面から考察した点である。まず、拠点の役割については、先端的な研究・先行テーマに取り組んでいる拠点と、それ以外の役割の拠点とに分けて知識逆移転への影響のちがいを考察した。つぎに、人材の国際移動に関しては、日本から海外へ、反対に海外から日本へ、研究開発者の 3 ヶ月以上の派遣がどのくらい行われているかを調べ、知識伝達するうえでの人材移動の効果の有無を確かめた。さいごに、拠点の自律性については多くの企業で現地人材の裁量を広げていくなどの動きがみられ分析上重要なファクターであると考えられる。ところが、自律の知識逆移転への効果を探った研究では、逆移転を促進するという結果もあれば阻害するという結果もあり、両方が混在している。そこで、自律を単独ではなく、先端的研究に従事している拠点では自律度をどうすべきか、人材の国際移動を頻繁に行っている拠点では自律度をどうすべきか、というように他変数との兼ね合いの視座から検証した。 分析の結果、先端的な研究テーマに取り組んでいる拠点はそれ以外の拠点と比べ、日本へ多くの知識を逆移転していることが明らかになった。また、日本から海外へ研究開発者を密に派遣している拠点も知識逆移転が多い。さらに、先端的研究に従事している拠点ではその自律度を低くすることで、日本から海外への人材の国際移動を頻繁に行っている拠点ではその自律度を高くすることで、知識逆移転が促されることが見出された。
著者
鈴木 章浩
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究 (ISSN:18835074)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.59-74, 2015

本稿の研究課題は、日系多国籍企業の海外研究開発 (R&D) 拠点が、R&D 活動に関わる知識・技術・情報を日本の本社や R&D 拠点へ移転させる要因を探ることである。海外拠点から本国へ知識・技術・情報を移転させることは、&ldquo;Reverse Knowledge Transfer&rdquo;と呼ばれ、グローバル・ビジネス研究分野では高い関心を集めている。本稿はこの知識逆移転についての実証研究である。具体的には 137 の海外 R&D拠点から集めたアンケート調査結果をもとに、日本への R&D 知識の逆移転を従属変数とする階層的重回帰分析を行った。<br> 本研究の特徴は知識逆移転を、拠点の役割、人材の国際移動、拠点の自律という 3 つの面から考察した点である。まず、拠点の役割については、先端的な研究・先行テーマに取り組んでいる拠点と、それ以外の役割の拠点とに分けて知識逆移転への影響のちがいを考察した。つぎに、人材の国際移動に関しては、日本から海外へ、反対に海外から日本へ、研究開発者の 3 ヶ月以上の派遣がどのくらい行われているかを調べ、知識伝達するうえでの人材移動の効果の有無を確かめた。さいごに、拠点の自律性については多くの企業で現地人材の裁量を広げていくなどの動きがみられ分析上重要なファクターであると考えられる。ところが、自律の知識逆移転への効果を探った研究では、逆移転を促進するという結果もあれば阻害するという結果もあり、両方が混在している。そこで、自律を単独ではなく、先端的研究に従事している拠点では自律度をどうすべきか、人材の国際移動を頻繁に行っている拠点では自律度をどうすべきか、というように他変数との兼ね合いの視座から検証した。<br> 分析の結果、先端的な研究テーマに取り組んでいる拠点はそれ以外の拠点と比べ、日本へ多くの知識を逆移転していることが明らかになった。また、日本から海外へ研究開発者を密に派遣している拠点も知識逆移転が多い。さらに、先端的研究に従事している拠点ではその自律度を低くすることで、日本から海外への人材の国際移動を頻繁に行っている拠点ではその自律度を高くすることで、知識逆移転が促されることが見出された。
著者
中村 隆
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究 (ISSN:18835074)
巻号頁・発行日
vol.6, no.1, pp.33-44, 2014-04-30 (Released:2017-07-04)

新興国市場において、モジュール化が進展すると、日本企業の開発した製品は競争力を失う傾向がある。このような新興国市場における日本企業のジレンマを克服するためには、摺り合せの利点を活かしたプラットフォームを用いて品質と低コストを総合的に備えた製品を開発することが求められる。その具体例として、本稿は本田技研工業株式会社(以下「ホンダ」と略称)が開発したスーパーカブ(現地モデル)のタイ、ベトナム市場での事例を取り上げる。スーパーカブは、二輪車の中ではコモディティに近い製品ながら、新興国市場等で高い競争力を保持している。その背景には、摺り合わせ型のプラットフォームの完成度の高さに依拠する製品の品質の秀逸さと、サプライヤーとの組織間関係の革新による低コスト化の両立を図ったことがある。本稿の目的は、摺り合せ型プラットフォームにより品質等と組織間関係の革新による低コスト化を両立できれば、新興国市場でも競争力を保持できることを示すことにある。
著者
陳 剛
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.61-73, 2013

近年、各国の大手小売企業は積極的に海外進出し、小売企業間の競争は世界中で行われている。日本の小売企業の海外進出と関連しては、日本本国で築いた優位性を如何に海外に移転するのかが重要な研究テーマになる。小売企業が海外に移転するのは各小売技術の集合体、いわゆる経営システムである。その際、日本と欧米の小売企業の経営システムには顕著な違いがあるため、日本的小売システムの視点により分析する必要がある。しかし、小売技術の国際化に関する研究において、日本的小売システムの視点による研究はほとんど見受けられないのが現状である。陳(2013a、b)が「日本的小売システム」、「日本的小売システム国際移転モデル」の構築を試みているが、具体的な事例の考察までには至っていない。本論文では、陳(2013b)の「日本的小売システム国際移転モデル」の改良版をツールにし、成都イトーヨーカドーにおける小売システムの国際移転状況を考察する。その目的は、日本的小売システムの国際移転状況を体系的に測定することによって、日本的小売システムの構成要素のどの部分が移転され、どの部分が調整されているのか、海外の異なる経営環境で順調に機能しているのかを明らかにするためである。成都イトーヨーカドーにおける日本的小売システムの移転状況を考察した結果、以下のようなことを明らかにすることができた。「完全移転」、「部分移転」に属する項目がそれぞれ半分ずつで、なお「部分移転」の12個の項目は受動的な部分移転と、能動的な部分移転に分けることができる。それは、現地環境が障害として作用した項目とイトーヨーカドーが戦略的に移転を部分的に行った項目があることを意味している。受動的な部分移転はシステムにマイナスの影響をもたらし、能動的な部分移転はそれを補完している。これらのことから、日本の小売企業が海外に進出する際に、「完全移転」に属する各項目を徹底的に実行すると同時に、障害になっている「部分移転」に属する各項目の調整および教育制度の完備に注意する必要があるという示唆が得られる。本論で用いた「日本的小売システム国際移転モデル」の特徴は、親会社にみられる小売システムの諸要素が現地子会社にどの程度持ち込まれているかを体系的に明らかにしたところである。今後、研究の深化につれて、フレームワークの完善や評価基準の修正などの課題が残されている。
著者
岡田 仁孝
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究 (ISSN:18835074)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.15-29, 2013-09

The base of the economic pyramid(BOP)に関して討論が盛んに行われている。以前は、リスクやコストが高く、利益が得にくい発展途上国での貧困層を対象としたビジネスは、ほとんどの多国籍企業にとり興味の対象外であった。では、なぜBOPビジネスが重要になってきたのか。持続可能性の概念が個人や組織に大きく影響を与え、それに一番脅威となる貧困と貧富の差の問題を解決することが、不可欠となってきたからである。その解決策として、富の再分配ではなく、市場原理を基にした価値創造による方法が模索され、開発と企業活動が融合する領域であるBOPビジネスが重要視されるようになってきた。また、持続可能な発展を実現するには、包括的な考え方が必要になり、市民社会は、企業を社会に依存する組織として認識し、社会における合法性と正当性、人権の擁護、そして、公平性.透明性.説明責任等を伴うガヴァナンスの実施を強く要求した。結果、企業市民として、また、これらの要求に沿って行動している証として、企業のBOPビジネスが重要になってきたのである。持続可能性実現への動きの中では、数々の新しい制度が創られ、組織変革を起こした。そして、これらの新しい動きと連携することにより、企業はリスクと取引コストを下げることができるようになり、以前はビジネスとして成立しえなかった領域においてさえも、ビジネス機会が増え、BOPビジネスが可能になってきた。当然、このような変革から、必要とされるビジネスモデルも変わってきた。貧困層が持つ分散知識への理解がBOPビジネスの発掘を助け、そして、彼らの合理的行動を理解することが、彼らをビジネス活動に参画させる方法を見出すのに役に立っている。当然、これらのノウハウは開発関係の諸組織に集積しており、彼らとの協働というクロス・バウンダリー・コラボレーションが重要になり、その手法は、リスクをヘッジさせ、取引コストを下げ得ることから、非常に効果的なビジネスモデルと理解されるようになってきた。このことは、全く新しい考え方、ノウハウ、経験がBOPビジネスに必要になって来たことを意味し、特に、分散知識に基づいた価値観の多様性、分散知識を動員する能力、そして、現地合理性への理解が不可欠になってきた。その結果、企業がこのような動きに対応できる価値観や組織の適応能力を持っているかどうかまで試されるようになってきた。
著者
内田 康郎
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究 (ISSN:18835074)
巻号頁・発行日
vol.4, no.2, pp.93-113, 2012-10-10

本稿の目的は、これまで標準化戦略研究で取り上げられてこなかった「ユーザー主導による標準化プロセス」の実態を解明し、これをもとに標準化戦略研究全体の体系化を図ることにおかれる。ここで、標準化戦略とは競争優位の確立を目的に、技術標準をもとに構築する事業戦略を意味するものだが、その意味での研究はこれまでさまざまな成果が見られるようになっている。だが、これまでの標準化戦略研究はライセンサ側から捉えたものが多かったが、近年の標準化はライセンサを巻き込みながらユーザー主導で進められる標準化プロセスも確認されるようになってきている。そこでは、ライセンスを持たない企業も積極的に標準開発作業に参画するだけでなく、標準開発メンバーの間では、ライセンサの持つ特許を無償で利用できるようライセンサに対してロイヤリティフリー(RF)での実施許諾を求めることなど、これまでの標準化戦略研究では対象とされなかった特徴が確認できる。こうした標準化プロセスは、ライセンサの事業戦略のあり方にも大きく影響するものと考えられる。本稿は、こうした知財を無償化させるユーザー主導の標準化プロセスの内容を明らかにしながら、このことがライセンサの競争戦略に対してどのような意味をもたらすのかについて検討することを目的とするものである。この目的に則って、事例分析としてインターネットで使われる技術の標準化を進めるW3CやRFIDの国際標準化を推進するEPCglobalを対象に進めていく。どちらもユーザー主導での標準化をRFで進めている標準開発機関である。これらの事例分析を通じて、ライセンサ主導の標準化プロセスとの間での相違点を見つけ出し、ユーザー主導の標準化プロセスがライセンサにどのような意味をもたらすかを明らかにする。同時に、本研究によって標準化戦略研究全体の体系化に資することを目指している。
著者
魏 聰哲
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究学会年報 (ISSN:13480464)
巻号頁・発行日
no.12, pp.353-366, 2006-09-30

1980年代後半以来、パソコン業界ではM-O型(Modular/Open)アーキテクチャーの設計概念が幅広く採用されるようになり、アセンブリーでの付加価値が最も低くなるというスマイルカーブ現象が生じるようになった。この現象に対処するために、ブランドメーカーではバリューチェーンを見直し、研究開発やマーケティングなど付加価値の高い領域に経営資源をシフトさせて、付加価値の低いアセンブリーをEMS/ODMメーカーに委託するという「選択と集中」がしばしば採られている。しかし、パソコン・メーカーの戦略行動を見ると、このようなポジションニングが必ずしもうまくいくとは限らないようである。本稿では、このような製品技術環境の変化に伴う「選択と集中」の戦略パターンとその展開のメカニズムをコア・コンピタンスの形成・進化に関連付けて検討する。そこで、東芝、デル、エイサーおよびASUSなどパソコンのブランドメーカーを対象にケーススタディーを行った。その結果は、ブランドメーカーの「選択と集中」の戦略行動はスマイルカーブの川上や川下の高付加価値分野へ一方的に収束するのではなく、付加価値の低い川中の組立工程にとどまって、高い製品付加価値を創造しようとする動きもあることが判明した。これは「高付加価値製品への選択と集中」戦略によるものである。スマイルカーブ上でそれぞれの戦略行動が成功に展開できるのは、その背後を支えるコア・コンピタンスの特異性によると考えられる。スマイルカーブ上の高付加価値領域への選択と集中をとる場合、デルやエイサーのように、EMS/ODMメーカーの川中での低コスト組立能力を活用しながら、自社の戦略領域を川上の開発設計や川下のマーケティングに集中し、そこでのコンピタンス形成をすることになる。他方、東芝やASUSのように、高付加価値製品の選択と集中をめざす場合、スマイルカーブとは無関係に、開発から生産、販売までの全てのプロセスで、自社独自のコア・コンピタンスを形成し、それを統合化することになる。パソコン・メーカーの戦略はコア・コンピタンスを川上から川下のどこでどのように形成、それを展開するのかということと密接に関連している。
著者
大東和 武司
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究 (ISSN:18835074)
巻号頁・発行日
vol.7, no.1, pp.3-13, 2015 (Released:2015-10-20)
参考文献数
18

本稿では、成長・発展につなげている「地域企業」がそれぞれに独自の発想を活かして経営活動を行い、どのようにして事業転換・事業拡大につなげていったのかについて検討する。とりわけ、そのベースとしての「ルーチン」、そしてその地域企業がもっている伝統、ないし伝統技術をいかに創造的に「翻訳」したのかについて着目し、新市場の獲得・普及への途を探ることとする。企業が存続していくためには、少なくとも何らかの変革(イノベーション)が求められる。つまり、変革への創造が求められる。伝統は、いわば新しく創りあげられたものの積み重ねである。逆説的に言えば、伝統のなかに革新、創造のシーズがある。ここでは、伝統的な中小企業、いわば地場企業である広島・熊野の化粧筆・白鳳堂を事例として取り上げて検討する。
著者
安室 憲一
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究 (ISSN:18835074)
巻号頁・発行日
vol.7, no.2, pp.47-58, 2015

本稿では、リバース・イノベーションに注目するが、とくに新興国企業による違法な模倣とそうした製品のグローバルな浸透 ( 逆輸出 ) に焦点を置く。新興国企業は、先進国の多国籍企業が提供する製品やサービスを模倣しつつ、自国の社会的条件や市場のニーズに合わせて適応・改良を企て、モジュール化の設計技術を活用しながら、新しいモノづくりを学んでいく。その過程で、しばしば先進国の知的財産権を侵害する。新興国企業の生産様式は、多くの場合、地域の産業集積(モノ作りの生態系)に依存するオープン型の「モジュール型生産」である。こうした新興国企業が内需の停滞などを理由に海外市場に成長基盤を求めて進出し、新興国多国籍企業となる。彼らは、地縁血縁に基づくインフォーマルなネットワークを形成する。そのネットワークが、先進国の「フォーマル・エコノミー」のガバナンス・システムと摩擦を起こす可能性がある。本稿では中国における携帯電話と電子商取引の事例を取り上げ、イノベーションの理由を探索する。21 世紀は、こうした新興国多国籍企業のインフォーマル・エコノミーに立脚した「リバース・イノベーション」が先進国の市場にも到達する時代かもしれない。20 世紀は、先進国企業の多国籍化という「上からのグローバリゼーション」(globalization from above) だった。21 世紀は、新興国多国籍企業による「下からのグローバリゼーション」(globalization from below) の時代になるだろう。その結果、われわれのフォーマル・エコノミーのガバナンスは深刻な影響を受けるだろう。
著者
江崎 康弘
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究 (ISSN:18835074)
巻号頁・発行日
vol.5, no.2, pp.75-90, 2013-09-30

1980年代には「日本は世界の工場である」との称賛を受け、日本の製造業は強い国際競争力を有していたが、その中でも電機業界は最も成功した事例であり、日本の経済力は質量ともに世界のトップクラスにいた。しかし、1990年代にバブル経済が弾けて以来、輝きを失い始めた。とりわけ今世紀に入ってからは、日本の電機業界の代表的な企業であるソニー、パナソニックやシャープの収益が激減し、事業再編を迫られ実施したが、業績が好転せず、さらに大きな赤字に陥った。このような状況下、電機業界で期待されている事業が海外への都市開発、鉄道、水資源や電力等の社会インフラ事業の輸出である。社会インフラ事業は多岐にわたるが、日本企業が蓄積してきた技術力が発揮できることが期待される。新興国を中心に大きな需要が見込まれる分野として、インフラ輸出産業および環境・エネルギー課題解決産業がある。これには、鉄道、水、電力が含まれるが、水は日本で有力な企業が100社以上あり、全体的な取りまとめが出来るのは東京都水道局などの公的機関であり民間企業には見当たらず、また世界では水メジャーなどの巨大企業がおり参入障壁が高い。一方、電力は、日本企業が国際競争力を有する原子力発電があり、政府、電力会社やプラントメーカーが共同で官民連携体制を構築したが、東日本大震災に伴う福島原発事故発生で事実上頓挫し、海外の電力オペレーターとの協業を検討する等新しいビジネススキームの構築を模索している。そして残されたのが鉄道である。鉄道事業では、グローバル市場には欧州のビッグ3などの強敵がいるが、米国企業の参入がなく、東アジア企業の参入が限定的であり、日本の「擦り合わせ」ものづくりの競争力が発揮できると考えられる。実際、昨年、日立が英国向けの大型商談を受注にこぎ着け、今後の成長性や可能性が現実味を帯びてきた。しかし、グローバル鉄道事業では、鉄道車両や電機設備に加え、土木・建築工事、保守に加え事業運営までを含めるハイリスクな大型案件が増え、ビジネスモデルの激変期を迎えている。これらを踏まえ、グローバル企業の取り組みを検証の上で、日本企業の中でパッケージ型インフラ輸出としてのグローバル鉄道事業に一日の長がある日立製作所の事業戦略を分析、検証することを通じて日本企業がグローバル鉄道市場で活路を見出すための課題や施策を論じていく。
著者
梅野 巨利
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究 (ISSN:18835074)
巻号頁・発行日
vol.1, no.2, pp.133-145, 2009-09-30
参考文献数
14

本稿は、1970年代初頭に立ち上げられた後、数々の苦難に直面して挫折したイラン・ジャパン石油化学プロジェクト(通称IJPCプロジェクト)の誕生過程を史的に分析するものである。IJPCプロジェクトは完成を見ることなく終わったことから、これまで「失敗プロジェクト」として見なされることが多かった。そうしたことが強く影響しているためか、本プロジェクトに関係した日本企業は、本件に関する企業資料の開示を一切行っていない。そのため、これまでIJPCについて書かれたものの大半はマスコミやジャーナリズムの手によるものであり、学術的視点からこの問題を取り上げ分析したものはほぼ皆無であった。本稿はこうした資料的制約を克服し、本課題に関する研究上の空白を埋めるべく、IJPC関係者への面談取材を積み重ねることで、これまでの既存文献資料では明らかにされなかった本プロジェクト誕生過程の事実関係の詳細と、そこにおける諸問題に焦点を当てようとするものである。本稿の結論は以下の3点である。第1点は、IJPCプロジェクトは、その誕生過程においてイランの突出した交渉イニシアチブに押される形で実現へと向かったということである。イランの積極的かつ巧みな交渉力に、日本側は石化事業の実行へと突き動かされた。第2点は、本プロジェクトの立ち上げ段階において、すでに日本側関係企業内部において利害相克や思惑の相違などが存在しており、本プロジェクトの立ち上げ初期段階において日本側が一枚岩ではなかったということである。したがって、日本側企業グループの代表的立場にあった三井物産は、イランとの関係ばかりでなく、同社自身の関連部門組織間ならびに参加化学メーカーどうしの利害調整という難しい課題を抱えながらプロジェクトをスタートさせたのである。第3点は、上述の状況下、本プロジェクトが不確かなフィージビリティを抱えたまま前進したのは、これが三井物産トップの持ち込んだ重要案件であったことに加え、石油資源確保という日本にとっての至上課題が優先されたこと、そして三井物産がイランとの条件交渉面において、後に何らかの譲歩が得られるであろうという希望的観測を持っていたためであった。加えて、三井物産とともに日本側パートナーを構成した化学メーカーは、自らの利害と三井物産との企業間関係を考慮して三井物産の意思決定に追随したのである。
著者
八井田 收
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究学会年報 (ISSN:13480464)
巻号頁・発行日
no.14, pp.157-170, 2008-09-30

本研究は、半導体産業が「垂直統合型」から「水平分業型」の生産形態に移行し、さらにPC(パソコン)や携帯電話等の短い製品サイクルに対応するための「SCM型グローバル・ソーシング」に着目した半導体企業の調達戦略について考察を試みるものである。半導体はPCや携帯電話等のデジタル機器の中核デバイスとして位置付けされるが、これらの機器の急激な価格下落と短いプロダクト・ライフ・サイクル(PLC)に対応して、コストダウンとジャスト・イン・タイムを兼ねたSCM型グローバル・ソーシングによる供給が必要不可欠になっている。この市場環境に対して、半導体企業のSCM型グローバル・ソーシングの実態について検証を行った。顧客(=デジタル機器メーカー)確定注文納期が数週間であるのに対して、半導体企業の供給リード・タイムは2.5〜3ヶ月を要し、在庫リスクを抱えた見込み生産を余儀なくされるため、SCM型グローバル・ソーシングの機能は十分に達していないと考えられる。水平分業型の生産システムにおいて、不完全なSCM型グローバル・ソーシングの理由は、近年のように需要変動が大きく、PLCの短い用途で、専用のカスタムICを使うケースでは、不動在庫を抱えやすく、情報の一貫性がすべての生産機能が同一企業内である垂直統合型の企業に比べて、水平分業型では変量や優先順位の入れ替え情報が発生した場合には、対応(=生産の柔軟性とスピード)の脆弱性がさらに起こりうる。一方で、顧客と半導体企業とのパワー・バランスの不均衡も大きな要因である。顧客企業は最終製品の在庫の付加価値金額が圧倒的に高いため在庫を持ちたくない。よって、部品サプライヤーに対してジャスト・イン・タイムと価格低減を要求し、その対応能力を測りながら、サプライヤーを選別する自由度を持っている。半導体企業は、コスト低減のために大量受注する必要があり、また顧客からの継続採用が得られることを望む理由から、半導体企業は在庫リスクを抱えながらも顧客からの変量要求や優先順位の入れ替え要求を甘受せざるを得ない。今後、半導体のSCM型グローバル・ソーシングは、顧客と半導体企業とのパワー・バランスの不均衡を是正するため、顧客⇔半導体企業⇔ビジネス・パートナーの3者間でデマンド・プル型SCMを構築することが重要になる。そして、半導体の水平分業型モデルにおける調達活動は、SCM型グローバル・ソーシングを遂行目標とした戦略に基づき、ビジネス・パートナーに対して競争と協業の取引環境を形成することが必要である。
著者
張 軍宏 平野 真 劉 鳳 劉 培謙
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究学会年報 (ISSN:13480464)
巻号頁・発行日
no.13, pp.141-150, 2007-09-30

本研究は、中国の大学発ベンチャーの現状とその中で芽生えつつある成長への変容を、上海の同済大学科技園(サイエンスパーク)の上海同済同捷科技有限会社を主な対象事例として調査し分析考察したものである。同済大学科技園の場合、政府の奨励と財政的支援などにより、すでに数多くの大学発ベンチャーを設立するに至っているが、その多くは、大学教授の研究の延長上にあるもので、本格的な事業へと成長しているものは数えるほどしかない。その数少ない成長企業のひとつとして、雷雨成を経営者とする自動車設計会社、上海同済同捷科技有限会社がある。本研究では、この上海同済同捷科技有限会社の成功要因を、企業の外部要因としての技術・市場・競合の視点から、また内部要因としての人材・組織の視点から、分析・考察を行った。その結果、外部要因としては、1) CADなど形式知化した既存技術のパッケージを有効に活用し、2) 開拓期の自動車市場の興隆に照準を合わせてタイミングよく事業拡大を図り、3) かつ初期に蓄積された財務資産を手際よく活用してWTO加盟以降の競争激化に対して、最も効率的な外部人材移入による暗黙知吸収を図り、企業経営力強化とブランド力など競争優位性の獲得をタイミングよく図った。また内部要因としては、1) 通常の研究本位の大学教授ではなく、起業家精神に溢れた技術者が中核となり、2) 早い時期の起業と失敗により経営ノウハウを獲得し、これを基礎に第二の起業によって事業化に成功した。3) 市場性重視の視点から「市場部」の設置を早くから行い、受託業務を逆手にとって市場ニーズの把握に努めた。4) 人材と組織力の強化のため、社内教育の充実や外部人材の登用により、効率よく企業の競争力強化を実現した。といった諸点が挙げられる。こうした成功事例を、その他の大半のあまり飛躍的発展の見られない大学発ベンチャーと比較することにより、今後の中国における大学発ベンチャーの成長と飛躍を促すために、有効なベンチャー経営手法と大学科技園の支援策について考察を行った。また、あわせて調査した内陸部成都の大学関連ベンチャーについても若干の報告を行い、中国全体における大学発ベンチャーの変容と成長についての知見とした。
著者
平賀 富一
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究学会年報 (ISSN:13480464)
巻号頁・発行日
no.10, pp.251-270, 2004-09-30

小売業の分野でも外資有力企業の重要な参入ターゲットになっている中国においては、特に2001年12月のWTO加盟を契機に外資系企業の動きが加速している。それらの中には、カルフールのように特に積極的かつ大規模な展開を行なっている企業がある反面、相対的に慎重な企業も見られ、日系企業の成功事例として挙げられるローソン、イトーヨーカ堂、伊勢丹等も、欧米の大手企業に比べればその企業行動は慎重で小規模なものに留まっている。本稿では、中国小売市場の構造変化およびその開放動向を踏まえて、(1)外資各企業間の対中参入戦略や取り組みの違いはどうして生じているのか、(2)中国小売市場で外資企業が成功を期する上では何が重要な要因であり、日本企業にとっての留意点は何か、という課題につき、現地での店舗の視察と先行研究・各種調査データ等の諸文献を踏まえて考察した。具体的には、先ず中国の小売業の概況、改革・開放後の中国政府による小売市場の開放方針・法制度の変遷、今後の市場環境に大きな影響を有するWTO加盟に際しての国際約束について概観し、次いで欧米日の有力企業6社を取り上げその対中戦略や中国市場での経営・営業動向を考察し、関連する小売業の国際化理論に関する先行研究について述べた。最後に、それらを踏まえた総合的な考察の結果として、各社の対中戦略・取り組みの違いとしては、中国への進出の重要性に関する各企業の認識の違いが大きな要因となっていること、また外資企業の成功要因としては、自社の強みを活かし現地ニーズへの適応を含む戦略の策定・実行、政府との良好な関係の構築の必要性などを挙げた。さらに日本企業にとっての留意点としては、将来を見据えた戦略を持っての行動、日本での成功体験に固執せず現地市場の特性を認識し、より柔軟に適応すべきこと、歴史認識問題など対日感情の悪さや欧米系企業に比べた企業イメージの低さなどにも配慮し正攻法で事業活動を展開すべきことを指摘した。
著者
江藤 学
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究学会年報 (ISSN:13480464)
巻号頁・発行日
no.14, pp.29-41, 2008-09-30

製品技術が複雑化し、技術革新スピードが向上する中で、知的財産が規格中に特許等の形で組み込まれる事例が増加している。しかし同時に、一社単独で市場を獲得しデファクト規格を成立されるのは困難となり、標準化は関係者の話し合いによって決まるコンセンサス規格の形を取ることが増えている。特にIT分野では、JPEG事件やクアルコムのビジネスが有名になり、規格に特許を組み込むことで大きな利益をあげることができるとの認識が広がった。そして、デファクト狙いだけでなく、コンセンサス規格においても、規格中に特許を組み込み、これで利益を上げようとする企業は多い。しかし、その結果、市場におけるコンセンサス規格の重要な役割である、市場拡大とコストダウン機能を失ってしまう例も見られる。本論文では、規格中に埋め込んだ特許によって利益を得ようとする活動は、コンセンサスによる標準化本来の効果を失わせる可能性が高いことを、このような事例が多く見られるIT分野の10の事例で考察した。その結果、規格に特許を組み込むことで市場拡大を効果的に行った事例、ライセンス料確保により市場競争で負けた事例、規格中に特許を組み込もうとしてライセンスの無償化や規格技術からの排除を強制された例など、多くの事業成功例、失敗例が見られた。しかし、コンセンサス規格中に利益確保を目的として特許を組み込み、事業として成功している例は無かった。そして、規格と特許を組み合わせて事業活動を成功させている例は全て、特許を規格中に組み込まず、規格外に維持することでライセンス料率や排他実施権の行使権利を維持していることが分かった。つまり、製品標準化の基本機能である市場拡大とコストダウンを強化する特許は規格中に組み込み、利益を確保するための特許は規格外にすることで、複数の特許を目的別に使い分けていたのである。
著者
三宅 真也
出版者
国際ビジネス研究学会
雑誌
国際ビジネス研究学会年報 (ISSN:13480464)
巻号頁・発行日
no.12, pp.79-91, 2006-09-30

本稿は、しばしば日本固有の業態と言われる総合商社の存在の持続性こついて、海外直接投資(FDI)の実施主体としての側面に焦点を当てながら考察することを目的とする。本稿では、先ず総合商社と19世紀後半から20世紀初の英国の典型的なFDI実施主体とされるフリースタンディング・カンパニー(FSC)のFDIに関する既存研究をレビューし、FDI実施主体としての総合商社とFSCの組織設計、そして各々のFDI(又は海外事業)のコントロールの仕方を比較した。その上で、総合商社のビジネスモデルの変化に着目し、企業成長におけるFDIの戦略的意味合いに関する仮説の導出を試みた。FSCは、国内事業の拡張を目的とした米国型FDIと異なり、複数の企業や個人の関係に基づくネットワーク型FDIの実施主体であり、対象事業分野も広範に及んだ点が特徴とされる。こうした点で、FDIの実施主体としてのFSCと総合商社の間には一見類似性も認められるが、FSCの多くは、商社と異なり短命であり、両者の間には何らかの大きな相違があったことが示唆される。既存研究のレビューの結果からは、短命に終わった多くのFSCの場合、FSC自体はあくまでFSCを取り巻くクラスター内の企業や個人のためのFDI実施手段に過ぎず、自らネットワークの形成主体とはなり得なかったのではないかと考えることができた。他方、総合商社の場合は、自らがネットワークのハブとなるべく戦略的目的を持ってFDIを実施してきたと考えられ、この点が両者の間の大きな相違の可能性として浮かび上がった。つまり、短命に終わったFSCの場合は、元々、組織そのものの存続と成長を可能とする組織設計ではなかったことから、必然的に短命に終わったのではないか。他方、総合商社の場合は、FDIの実施主体としての商社自体がgoing concernを前提とする組織設計であった結果、FDIは単なる事業戦略としての意味合いを超えて、親会社の経営資源の内部蓄積への貢献を通じ、親会社である総合商社の企業存続と成長に繋がったのではないかという仮説が導出された。こうした総合商社の戦略的観点からのFDIの重要性は、近年のビジネスモデルの変化においても現れている。今後は、本稿における論理的仮説について、更なる分析によって検証し、FDIの実施主体としての総合商社の企業成長の仕組みを解明することとしたい。