著者
西條 勉
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.38, no.5, pp.1-10, 1989-05-10 (Released:2017-08-01)

歌謡の源初形態である<ウタ-マヒ>は、身体表現を本質とする。ことばの次元を超えて、身体の表現性からウタの始源に迫っていくと、自他未分の原初的共生があらわれてくる。巫謡・歌垣・歌舞劇などを貫くメタモルフォーゼの構造は、すべてが身体の表現性にかかわっており、<ウタ-マヒ>表現は、日常的なものに覆い隠されている身体感覚を発露して、そこに、無人称的な「われ」の世界をつくり出していく。
著者
内田 賢徳
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.49, no.5, pp.18-26, 2000-05-10 (Released:2017-08-01)

修辞の出発には、ものと人、或いはものごと相互の同一性が身体的に感受されるということがある。それは語の語源的な層において、身体の体制こそが語源であるというあり方に言語としての基礎をもち、そして地名の語源のようなミュトスに広がる。身体はまた律動の場でもある。生の脈動がことばの音律に現れる時に歌は生まれる。歌謡から定型歌へと様式化したそれぞれで、同一性の感受は修辞として歌のことばへと組織される。

1 0 0 0 OA 「扇の的」考

著者
今井 正之助
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.63, no.5, pp.54-64, 2014-05-10 (Released:2019-05-31)

中学校2年国語「扇の的」は、与一の技量および敵味方が称賛するすばらしさ((『平家物語』巻一一「那須与一」)から、与一を称賛して舞い出た平家方の「老武者」を射殺する場面(「弓流」)を加え、戦の非情さを考えさせることに力点がうつり、その方向に各教科書会社の足並みが揃いつつある。しかし、「老武者」は扇の的を立てた船に乗り組み、義経狙撃を企む一員であった可能性が高い。善良な老人を冷酷に射殺したと受けとめることは誤っている。また、義経は、敵は一人でも生かしておくわけにはいかない、と考え、与一に射殺を命じた、とみなされている。しかし、『平家物語』の義経の行動原理からはそのような理解は成り立たない。「老武者」が扇が立ててあった場所を占拠して舞を舞い、主役の座を奪うかの行為をしたことに対して、義経は激しく怒り、与一も同じ思いで矢を放った。
著者
ダラム ヴァレリー
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.50, no.10, pp.24-33, 2001-10-10 (Released:2017-08-01)

幕末から明治初期にかけての歌舞伎を代表する一つの役柄に「悪婆」がある。その名称にも拘わらず、「悪婆」とは典型的には老女というより年増であり、悪を働いても、それはかつての主人等のためを思って行われることが多い。また、悪婆は、悪女・アウトサイダーというレッテルを貼られ、「異界」的な存在でありながらも、庶民にとってはいわばヒロイン的な存在であったようにも思われる。本稿では、化政期から明治初期の歌舞伎台帳における「悪婆」の用例を分析して、そこに垣間見える悪婆像を考察する。
著者
中沢 弥
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.42, no.9, pp.45-55, 1993-09-10 (Released:2017-08-01)

梶井基次郎の作品は、その独自の美意識が高く評価され、時にはボードレールと比較されたりしてきた。しかし、その美意識には一貫した規範が存在するというよりは、飛躍した主観性を帯びている。本論では、「檸檬」を表現主義映画「カリガリ博士」と重ね合わせて読むことを手始めに、画家のカンディンスキーを中心とした梶井を取り巻く芸術的な背景や梶井自身の表現意識を点検して、二〇世紀芸術の大きな流れである「表現主義」の方法との類縁性を探ってみた。
著者
高木 和子
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.61, no.1, pp.2-11, 2012-01-10 (Released:2017-08-01)

この論文は、平安時代の仮名日記文学、『土佐日記』『蜻蛉日記』『和泉式部日記』『更級日記』を取り上げ、虚構化の方法について論じたものである。これらは、時系列的に叙述する点では日記の形式を備えながらも、時には歌集、歌物語、あるいは長編物語の叙述方法を範とする。当時の日記は、単なる個人の記録ではなく、周囲に読まれることを意識したものだったために、自然と既存の発想に似た叙述方法が選び取られたのである。
著者
榊原 千鶴
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.60, no.7, pp.44-52, 2011

<p>明治期に多く作られた女性向け書簡文範のなかには、中世の軍記物語を素材のひとつとするものがある。たとえば、樋口一葉晩年の作品として広く読まれた『通俗書簡文』では、一葉による本文とは別に、鼇頭が設けられている。両者は乖離することなく、書簡文範というひとつの世界を創造した。その世界で軍記物語は、どのような役割を果たしたのか。本稿では、近代における中世文学の再生の意味を、戦時下での女性像という面から考えた。</p>
著者
田中 厚一
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.39, no.7, pp.21-34, 1990-07-10 (Released:2017-08-01)

本稿は、従来全体として論じられることの少なかった『西山物語』を自<註>のあり方を検討することによって<小説テキスト>として捉え直そうとしたものである。建部綾足が学者としての営為によって始めた本文への自註自体が、逆に本文に影響を与え、そこから独得な表現が成立したのであり、そこには綾足の<作家>としての誕生、並びに小説テキストの生成として認めることができる内実があったのである。
著者
寺島 恒世
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.63, no.7, pp.35-44, 2014-07-10 (Released:2019-07-20)

歌仙絵の文字表記は、時代とともに多様化する。後代に受け継がれる業兼本三十六歌仙絵の書式は、歌合を志向したもので、その系譜に左方の歌を左から書く形が登場する。俊忠本等の資料に基づけば、その左書きの由来は歌合の場における声への関心にあり、受け継がれる中世の扁額では神への奉納と関わっていた可能性も窺われる。後代定着する顔の向きに添う書字方向の規則など、対幅書画等先例との相関を含め、改めて問い直されてよい。
著者
松下 浩幸
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.49, no.11, pp.1-12, 2000

戦後日本の児童向け出版物の主流を占めたジャンルに偉人伝(伝記文学)がある。近代文学の作者たちがそのような<場>で偉人化されるのは無論、戦後のことだが、ここで文学者たちはどのようなイデオロギーを背負わされることになったのだろうか。偉人伝の物語内容と物語行為、さらにそれを取り巻く社会状況を視野に入れつつ、文学のカノン化が同時に読者への刷り込み作用と同義であることを、夏目漱石を主な例としながら考察した。
著者
沢野 邦子
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.12, no.12, pp.904-913, 1963
著者
横手 一彦
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.44, no.9, pp.51-60, 1995-09-10 (Released:2017-08-01)

『樹影』は、長崎の新地中華街を舞台とする。長崎の<街>と新地それぞれの歴史性や地理性、祭祀の相違などを援用しながらそれら異なる文化に属する個の関係性に関心を向けた。それは、偶然にも日本に生まれ日本国籍を持つ我々自身を扁平した個として認識することを意図した考察である。そこに、日本に在ることの優越性を隠蔽して社会的落差を固定化する意識の陥穽があると考える。