著者
足立 悦男
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.44, no.3, pp.12-20, 1995-03-10 (Released:2017-08-01)

九〇年代のはじめ、宇佐美寛氏と私のあいだで、「文学教育」をめぐる論争があった(宇佐美・足立論争)。本論文では、その中の「夕焼け」(吉野弘)をめぐる論争を取りあげて、文学教育と道徳教育の果たす役割の違いを明らかにしてみた。具体的には、文学的認識力と道徳的判断力はどう違うのか、という問題である。そして、論争以後の課題として、「夕焼け」を例として、文学的認識力を問い直す、新たな視点を提示してみた。
著者
目黒 強
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.47, no.12, pp.10-18, 1998

メディア研究で直面する問題の一つに、表象と現実の相互侵犯があげられる。表象は単に「現実の再現」にすぎないのか、あるいは、「現実」こそが表象作用の結果=効果にすぎないのか。そこで本稿は、後者が前者として再認されるイデオロギーの機制に着目した。殊に、『少年園』という少年雑誌は「地方少年」をアドレスとして指定しており、「地方少年」の「現実」がまさしくメディアを媒体に形成される機制が明らかにされよう。
著者
小川 豊生
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.55, no.7, pp.43-55, 2006-07-10 (Released:2017-08-01)

十三世紀の日本が体験した危機として蒙古襲来をあつかうことは、あまりに新味に欠けるというべきかもしれない。しかし、この国家的危機がひきおこした諸言説の根本的な変化については、それほど詳細に分析されているとは思えない。たとえば、北畠親房がその歴史叙述『神皇正統記』を超越神としての「国常立尊」から書き起こしていること、またその親房がその思想を度会家行をはじめとする伊勢神道にもとづいて形成していたことについては知られているものの、それまで言説化されることのなかった「超絶神」あるいは「世界を建立する神」が、いかなるプロセスで出現してくるのか、といった問題に関してはいまだ明らかにされていない。危機のなかでこそ惹起する、思考のある決定的な飛躍、この問題を十三世紀のテキストをもとに探究してみたい。
著者
榊原 千鶴
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.60, no.7, pp.44-52, 2011-07-10 (Released:2017-05-19)

明治期に多く作られた女性向け書簡文範のなかには、中世の軍記物語を素材のひとつとするものがある。たとえば、樋口一葉晩年の作品として広く読まれた『通俗書簡文』では、一葉による本文とは別に、鼇頭が設けられている。両者は乖離することなく、書簡文範というひとつの世界を創造した。その世界で軍記物語は、どのような役割を果たしたのか。本稿では、近代における中世文学の再生の意味を、戦時下での女性像という面から考えた。
著者
千田 洋幸
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.63, no.4, pp.10-17, 2014-04-10 (Released:2019-05-03)

一九九〇年代後半から二〇〇〇年代にかけては、「この現実」に対抗する仮想世界や反世界を立ち上げようとする衝動が、さまざまな文化ジャンルにおいて顕在化した時代だった。たとえば、ポップカルチャーの一ジャンルであるアニメにおいては、パラレルワールド、時間ループ、変身といった物語要素がしばしば使用され、セカイ系や空気系の物語類型がデフォルトとなり、「もうひとつの世界」に牽引されていく視聴者の欲望の受け皿を作り出していく。現代文学の場において、そのような欲望をもっとも強力に吸い上げ、読者層の広がりを獲得していった存在が、村上春樹であることはいうまでもない。その行き着いた果てに、『1Q84』の世界が位置していると考えてもいいだろう。だが、二〇一〇年代に至って、そういう世界観のリアルはすでに失われつつあるのではないか。その決定的な契機が二〇一一年の震災であったことは確かだが、実際にはそれ以前から、現代文化における現実/虚構の関係は――あくまでも二〇一〇年代的な形で――変容し、再編されつつあったように思う。それはすなわち、村上春樹的な世界観に終焉を告げ、過去へと押しやっていくことをも意味するだろう。本発表では、こうした視点からごく最近の文化コンテンツをいくつか取りあげ、どのような転回がそこに見いだされうるのかを検討してみることにしたい。その際、小説はもちろんだが、問題の所在をあきらかにするため、アニメ、アイドル、ボーカロイドといったポップカルチャーのジャンルにもしばしば触れていくことにする。
著者
宮下 雅恵
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.50, no.5, pp.54-63, 2001-05-10 (Released:2017-08-01)

<身体>の<病>の向こう側にある言葉にできない心の動きは、解釈可能なものとして「病」や「物の気」あるいは「妊娠・出産」としてしばしば一元的に解釈される。このとき何が隠蔽され、どのような解釈がさらに固定化されていくのか。この問いを起点とし、<病>と<孕み>をめぐる思考の鋳型と「二重の疎外」の機制について、『夜の寝覚』第三部の分析を通して考察する。
著者
橋本 博孝
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.60, no.8, pp.43-51, 2011-08-10 (Released:2017-05-19)

言葉の内部には均質に概念が詰まっているのではない。担い手ごとに固有の核がある。その固有であるべき言葉の核を統制しようとするかのごとき動きが、現在の小学校国語科の授業に見られる。物語の授業においてこの傾向を打ち破るには、物語がどう語られているかという次元での文脈を、子どもたちとともに築くことから始めなければならない。登場人物とできごとではなく、語りの次元で作品と向かい合う、という問題意識から出発すると、「ごんぎつね」で問われるべきは、ごんと兵十の物語ではなくなる。ごんと兵十の物語を語る「わたし」をこそ読まなければいけない。そのことは「ごんぎつね」の構造を解き明かすことにつながる。
著者
前田 角蔵
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.30, no.7, pp.98-114, 1981
著者
角谷 有一
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.53, no.3, pp.1-12, 2004

作品のことばに撃たれ、その「ことばの仕組み」が、自分のとらわれている世界を揺さぶり、瓦解させていくような文学作品の「読み」を教室の一斉授業の中でつくり出すことができないか。今回、村上春樹の『七番目の男』を取り上げて、その<語り>の構造を読むことを通じて目指したのも、そういうことだった。授業として決してうまくいったとは言えない今回の実践から、作品の深みへ誘う「読み」の授業づくりのヒントをつかもうとしたのが、今回の報告である。
著者
風間 誠史
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.48, no.2, pp.1-11, 1999

国学とは歌文の表現をめぐるなにごとかであった、という視点から真淵以後の国学と歌文の流れを俯瞰しようと試みた。真淵国学は、中世以来の雅(古典規範)を相対化することによって、十八世紀後半に多種多様な歌文を生み出す契機となった。そしてその延長において、雅という規範や美意識は意義を失い、近代の始まりを招来した。それはまた同時に、歌文の創作と学問との乖離をも決定的にした。
著者
北條 勝貴
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.62, no.5, pp.39-54, 2013

<p>平城京二条大路側溝から出土した治瘧の呪符木簡は、定説的には唐・孫思?撰の医書『千金翼方』に基づき、列島固有の文脈も加味して作成されたと考えられている。しかし、同種の呪言は八世紀に至るまでの複数の中医書に散見し、『千金翼方』より上記の木簡に近い表現を持つものもある。その淵源を遡ってみると、前漢・王充撰『論衡』に引かれる『山海経』にまで辿り着く。鬼門を守る神が疫鬼を虎に喰わせるという辟邪の文章は、やがて儺の呪言として展開してゆくが、その過程で、山林修行で培われた医薬・呪術の知識・方法、洪水と疫病の流行による世界の破滅/更新を説く神呪経の言説を含み込んでゆくことになる。そうして成立した短い呪言の一語一語には、その直接意味するところ以上に、豊かで複雑な自然環境/人間の関わりをうかがうことができるのである。</p>
著者
田中 榮一
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.33, no.8, pp.25-39, 1984-08-10 (Released:2017-08-01)

国語教育の一環としての、文学教育における「読み」や教材研究・教材分析はどうあったらより妥当であるのかという観点に立ち、その一例として、かつてかならずしも妥当な扱われ方をしなかった「野ばら」(小川未明)に即して、その読み・分析について私見をこころみてみた。そこにおいて、その作品の有する特質に即した読みや分析をほどこすことが大切であること、それにより、見落しがちな新たな意味の発見や、より深くより妥当な読み(学習)の成立が期待できること、作者や周辺の資料の援用も時によっては必要であり効果を挙げうること、等にふれた。
著者
大橋 直義
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.52, no.7, pp.34-43, 2003-07-10 (Released:2017-08-01)

『玉葉』建久三年四月八日条に記された鳥羽宝蔵宝珠の相承系譜は先学の指摘するように、その後も三宝院流という宗教空間内の秘事口説として存在し続けた。しかし、一方で、鳥羽宝蔵の宝珠という本来の意味を離れ、十三世紀の舎利相承系譜に借用されてゆく。これらの相承説の変容・展開の位相を検討することにより、九条家・大乗院や承久の乱以後の天皇家など、様々なかたちの〈家〉の存続・財産保全・追善供養を保証するという現実的な意味をになった歴史叙述として仮構される様相について考察する。
著者
森 かをる
出版者
日本文学協会
雑誌
日本文学 (ISSN:03869903)
巻号頁・発行日
vol.46, no.9, pp.45-52, 1997

横光利一は、国体観念の徹底を目的とした大政翼賛会が採用した禊を通じて、『旅愁』に古神道のモチーフを構想する契機をつかんだ。筧克彦の神道説の発見は、他の神道説も複合しての古神道の造形をもたらしたのみでなく、小説の構想にもかかわる点で意味が大きい。同化主義を本質とする筧の神道思想の受容によって構築されたのが、『旅愁』第四篇を中心とした、古神道がカトリックを包摂する神道的世界である。