著者
松倉 昂平
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.141-154, 2014-09-30

今日に至るまで詳細なアクセント調査がなされずその分布・体系詳細が明らかにされていなかった福井県あわら市は、ほぼ全域が明瞭なN型アクセントの分布域であることを臨地調査により確認した。南部を中心とした市内の広い範囲には従来三国式として知られてきた二型アクセントが、北部には互いに音声実質が大きく異なる3種類の三型アクセントが分布する。同市北部に位置する北潟湖周辺は、多様なN型に加え隣接する石川県加賀地方のアクセントと類似する多型アクセントも分布し、特にアクセントの地域差が著しい。本稿では、同市に確認された多様なアクセント体系の概要と分布状況を報告する。
著者
三好 彰
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.36, 2015-09-30

研究ノート Source Materials and Remarks嘉永3年(西暦1850)に編纂に着手したが中断してしまったのが英和辞書『エゲレス語辞書和解』である。中断の理由は一流の英語遣いだった編纂者が次々に起こる外国との交渉事への対応に追われて英和辞書の編纂に手が回らなくなったためと従来簡単に片づけられてきた。ところが見出し語の構成に統一性が見られないし、邦訳語の質がほぼ10年後に刊行された『英和対訳袖珍辞書』と比べて見劣りする。とりわけ言語関係の邦訳からは言語学の理解の低さが目立つ。開国前の嘉永年間では英和辞書を作るだけの英語力が身について居らず、それが『エゲレス語辞書和解』中断の理由と考える。The English-Japanese Dictionary titled "Egeresugo Jisho Wage" was started to be compiled in 1850, but it was not completed. Hitherto it has been believed that the compilers, who were excellent English Scholars in Japan, were too busy in dealing with foreign issue s to complete the dictionary
著者
Cardona George
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.3-81, 2013-01-31

熊本裕先生退職記念号 Festschrift for Professor Hiroshi KUMAMOTO
著者
酒井 智宏
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.31, pp.269-286, 2011-09-30

論文 Articles藤田(1988)および坂原(1992, 2002)に始まる等質化(あるいは同質化)によるトートロジー分析はトートロジー研究の標準理論とさえ言えるまでになっている。この論文では、こうした研究で用いられている等質化概念が混乱に陥っていることを指摘し、その混乱が意味の共有という幻想に根ざしていることを論じる。等質化に基づく理論では、「PであるXはXでない」と「PであってもXはXだ」が対立する場面において、「PであるX」(p)がXであると仮定しても、Xでないと仮定しても、矛盾が生じる。この見かけ上のパラドックスは、Xの意味を固定した上で「pはXなのか否か」と問うことから生じる。実際には、この対立は「Xの意味をpを含むようなものとするべきか否か」という言語的な対立であり、pの所属をめぐる事実的な対立ではない。そのように解釈すればどこにも不整合はなくなる。逆に、そのように解釈しない限り、不整合が生じる。「猫」のような基本語でさえ、話者の問でその意味が常に共有されていると考えるのは、幻想である。そしてこれこそが「言語記号の恣意性」が真に意味していることにほかならない。The homogenization-based approach to the tautology of the form X is X (even if P) contradicts itself regarding whether "X with P", evoked prior to its utterance, falls within the category of X or not. This paradox can be dissolved if we do not consider the meaning of the word X to be shared between speakers when X is X is uttered. This type of sentence does not express a factual proposition but a grammatical proposition about the very definition of X. Such freedom of definition is, we argue, what the arbitrariness of the sign is all about.
著者
Dōyama Eijirō
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.33, pp.83-98, 2013-01-31

熊本裕先生退職記念号 Festschrift for Professor Hiroshi KUMAMOTO
著者
高山 林太郎
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.35, pp.e1-e118, 2014-09-30

筆者の修士論文を修正して本稿とした。本稿の目的は、日本語の八丈方言の非短母音(長母音・二重母音)を、各地区方言間で比較して、八丈祖語における非短母音の祖体系を再構し、更に古文献『八丈実記』などの状態とも比較して、通時的変化を描くことである。上代東国方言に由来する八丈方言は、上代中央方言に由来する標準語などと、単純に同じ出発点であったとは言えず、また標準語などの辿った変化と、単純に同じような変化を辿ったとは言えないが、一旦はそのように仮定した上で、通時的変化の議論を実施してみることは、決して無益ではない。最終的に非短母音は、それほど古くない、1800年前後から各地区方言へと分岐し、多様化したと分かる。論文 Articles
著者
髙城 隆一
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 = Tokyo University linguistic papers (TULIP) (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.267-282, 2020-10-31

本稿では、先行研究によって「一型アクセント」であるとされてきた鹿児島県の大隅半島東部で話されている内之浦方言のアクセント体系を記述し、二型アクセントの痕跡が今なお残存することを指摘する。拡張語を2つ以上使用した文中での名詞の発音を観察すると、ある話者の発音では鹿児島市方言の二型アクセントと類似する、対立する2 種類のアクセント型が現れることから、この話者が鹿児島市方言と同じ二型アクセントに近い体系を意識下に持っていると考える。さらに、拡張語を単独で発音した際にはアクセント型の対立が見られない別の話者も、文中での発音においては2 種類のアクセント型が比較的安定して現れることが明らかになった。両話者の体系にはそれぞれ鹿児島市方言とのアクセント型の対応や語末音素による条件づけが想定でき、これは二型アクセントから変化したものであると考えられる。論文 Articles
著者
平田 秀
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 = Tokyo University linguistic papers (TULIP) (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.41, no.TULIP, pp.103-115, 2019-09-30

本論では、日本語歌謡曲における特殊モーラの自立性について、2010 年代に活躍した2 名の男性シンガーソングライター・星野源と米津玄師の対照を通して論じる。特殊モーラが独立した1 つの音符を付与されている割合は、星野の楽曲において高く、米津の楽曲では低いという結果であり、2 名のシンガーソングライター間で大きな差がみられた。その一方で、二重母音の第2 モーラであるイ音・撥音は自立性をもちやすく、長母音の第2 モーラ・促音は自立性を失いやすい点は共通していた。本論では、単独で独自の音色を有する特殊モーラである二重母音の第2 モーラであるイ音・撥音は自立性をもちやすく、独自の音色をもたない特殊モーラである長母音の第2 モーラ・促音は自立性を失いやすいことを指摘する。
著者
鎌田 寧々
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 = Tokyo University linguistic papers (TULIP) (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.105-116, 2020-10-31

石川県旧鳳至郡能都町方言は、旧七尾市徳田などに分布する能登主流アクセントの変形したアクセントをもつとされてきた。本稿ではまず、能都町の1~3拍のアクセントを記述する。次に、これを能登主流アクセントと比較し、能都町方言には能登主流アクセントの変形と呼ばれるほどの差はなく、同様の体系をもっていることを指摘する。最後に、上昇式の音調型に注目し、能都町の方言が式の対立を失う過程に入ろうとしていることを示す。特に、1~3拍の名詞の中では1拍のものから対立が消滅していくという可能性を指摘する。論文 Articles
著者
大西 貴也
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 電子版(eTULIP) = Tokyo University linguistic papers (eTULIP) (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.42, pp.e51-e78, 2020-10-31

本稿では、Haspelmath (1993) が提示する 31 の動詞対リストを用いた調査結果を元に、デンマ ーク語における自他交替についての分析を行う。デンマーク語では、非使役形 (noncausal) と使役形 (causal) が同形式である自他同形型が最も多く、次に使役形から非使役形を派生する逆使役型が多い。両極派生型や、それぞれ別の語彙を用いて表現する補充型もわずかに見られる。自他同形型の動詞対が大部分を占めつつも、ヨーロッパの言語らしく逆使役型の動詞対も多いというのは、デンマーク語の自他交替において特徴的な点である。 逆使役型の交替を示す動詞対の自動詞形は、受動の助動詞 blive と過去分詞を用いる受動態、接尾辞 -s、再帰目的語 sig を伴う形式、の 3 種類で表現されうる。この 3 形式は他動詞の他動性を下げ、自動詞化することに主な役割があるということに触れつつ、動詞の示す事象を他動性の観点から見ることで、3 形式の比較を行う。また、自他同形型なのか逆使役型なのかという動詞対の交替型の差と他動性との関連性についても考察する。特集:自他交替の言語類型論 Special Issue on Causal-Noncausal Verb Alternations
著者
Sasaki Mitsuya
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
no.31, pp.287-316, 2011-09-30

古典ナワトル語には、場所詞が空間意味役割を特定しない(path neutrality)という特質がある。したがって、同じ形式が動作の着点を表すこともあれば、起点や位置を表すこともある。本稿では、こうした古典ナワトル語の空間表現の性質を意味類型論的観点から考察し、その類型論的帰結について論じる。まず、古典ナワトル語の空間表現体系を、Bohnemeyerらが"radically V-framed"であると主張しているユカテク語の空間表現体系と比較し、前者が"radical V-framed"な体系の例にあたらないことを指摘する。続いて、古典ナワトル語の空間表現体系をclass-locativeな体系と解釈することで、その特徴を適切にとらえることができると主張する。最後に、この言語内的分析がほかの言語の分析に応用できる可能性について論じる。論文 Articles
著者
酒井 智宏
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
no.30, pp.195-214, 2010-09-30

この論文の目的は主観性に基づくトートロジーの分析(主観性仮説)を解体することである。主観性仮説は、(i)一般に文が表す主観性はその文が持つ情報量に反比例する、(ii)トートロジーは情報量がゼロである、という二つのテーゼからなり、(i-ii)によりトートロジーが豊かな主観性を表すという事実を説明しようとする。このうちテーゼ(i)を取り上げ、それがさまざまな言語学的・哲学的難問を引き起こし、そうした難問を回避するべく(i)を修正していくと、結局、主観性仮説自体が解消されてしまうことを示す。論文 Articles
著者
田中 太一
出版者
東京大学大学院人文社会系研究科・文学部言語学研究室
雑誌
東京大学言語学論集 = Tokyo University linguistic papers (TULIP) (ISSN:13458663)
巻号頁・発行日
vol.41, pp.295-313, 2019-09-30

中野 (2017) によって提唱された「認知言語類型論」は、ラネカーによる認知文法は認知D モードに基づいているために主体的表現の分析には適さないと批判し、日本語はその深層において文字を持たない言語であり、認知PA モードによって主体的に事態を捉える言語であるために、態や時制などの、英語には存在する文法カテゴリーは創発しないという結論を提示する。本稿では、本書を批判的に検討し、その主張が誤解に基づくものであり、多くの誤りを含むことを示す。論文 Articles